尊い『当たり前』
「あれ? 強志、どこ行った?」
竜神未来が教室を見渡しながら百合に聞くと、
「部室じゃないか? でなければ便所だろ」
と、百合から答えが返ってきた。
女の子が便所とか言うな。心の中で注意しつつ未来は走り出した。
ててっと階段を上り部室へ向かう。
だがそこに強志はいなかった。
(ひょっとして……)
机を登ってガラスを外す。
「あ、またここにいた!」
うまく登れなくてじたばたしている未来を、強志が両手で抱え上げる。
「お前はいいのか? 次の授業が始まるぞ」
「ん、今日はいい天気だから一緒にさぼっちゃう。二月とは思えないぐらいあったかいな」
今日の未来は髪は結んでいなかった。
気持のいい風に髪の毛がなびく。
スカートまでふわりと上がりそうになり咄嗟に押さえ、強志の隣に座った。
同じデザインの指輪が日の光を跳ね返し、キラリと光る。
「強志がわたしを選んでくれるとは思わなかった」
いたずらで強志の手に手を重ねると恋人繋ぎでぎゅっと握ってきた。
「どうしたんだよ今更。オレもだよ。お前がオレを選ぶとは夢にも思わなかった」
「強志の他に誰がいるんだよー。良太とか言ったら怒るからな」
「先に言われた」
「もー」
壁に背をもたれて空を見上げる。輝く雲とあきれるぐらいに青い空が広がっていた。
「卒業したらここにもこれなくなるの、寂しい」
「……そうだな。寂しくなるのは確かだな」
ここだけじゃない。百合が色々調度品をそろえてくれた部室。
色々あった教室。
全部寂しい。
未来のこころがじくりと痛んだ。
強志の肩に頭を預ける。
「当たり前みたいに通っていたのに、卒業したら入ることも出来なくなるなんて不思議」
「あぁ」
「ここには来れなくなっても、ずっと、ずっと……強志との関係だけは変わりたくない。過去形にならない関係で居たい」
「当たり前だろ。お前がオレとの関係を過去形にしたいと思ってもストーカーになって追いかけまわすからな」
「うん。強志が逃げようとしても地の果てまで追っていくから」
強志の体にもたれかかり、未来はいつの間にか寝入っていた。
――――――
「未来先輩、強志先輩」
ぽむ、と頭にチョップが落とされて目が覚めた。
「ん……?」
「もう飯時ですよ。目ぇ覚ましてください」
「え、もう?」
「今日は屋上で食べちゃおうか。強志君、おべんと受け取って」
「おう」
美穂子が差し出した弁当を受け取り、美穂子の手を取って屋上へ上げる。未来が作った弁当までちゃんと持ってきてくれていた。
「懐かしい場所じゃないか。昔を思い出すな」百合が仁王立ちして辺りを見まわした。
「昔?」
「一年の頃な。強志とここで密会していたんだ」
「み、密会!?」
「一回だけだろうが。しかも密会じゃねーし」
「そういや昔、百合先輩と強志先輩なんかコソコソしてましたもんね。おれ、付き合ってんのかなーって思ってましたよ」
ガンと百合が達樹を殴る。
「誰がこんなうどの大木と付き合うか!」
「す、すんません」
取り皿を配って、未来はまた空を見上げた。
「いい天気だなー」
「……あのね、皆に言いたいことがあるんだ」
美穂子が切り出した。
「どうした?」
深刻な顔に未来たちの無駄口が止まった。
「私、明日から学校に来ないつもりなの」
「……そうか……」
「えー、美穂子ちゃんが来なくなるなんて寂しすぎますよー!」
「そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、志望校に合格できたから、先に勉強したいことがあるんだ」
「美穂子、合格してたの!? おめでとう!!」
「ふふ、昨日合格通知が来たんだ。私もまだ夢みたい」
「じゃあ一緒に食べるのは今日が最後になるんだね……」
虎太郎が残念そうに漏らす。
「ごめんね」
「謝ることじゃないだろ。応援する。頑張れよ」
「ありがと、強志君」
「めでたいが、やはり寂しいな。これまでの『当たり前』がどれだけ尊い物だったのか思い知らされる」
百合が目を伏せ、少しだけ口角をあげる。
「みんな、笑ってください」
達樹が少し離れ、スマホを横に構える。
「はい、チーズ!」
全員が笑ってカメラを向く。
「撮れました。これ、後で皆に送りますね」
内カメラで取ったので、達樹のバカ面がまでばっちり写りこんでいた。顔の半分だけだけど。
達樹が画面を全員に見せる。
「う……」
画像を見て、美穂子が涙をこぼした。
「美穂子」
百合が抱きしめる。未来も箸を置いて美穂子の横から抱き着いた。
「ずっと、皆と、高校生のままで居たいよ……!」
「あぁ、私も同感だ。しかし、先に進みたいんだろう?」
「うん、うん……」
「美穂子行かないでよぉ、一緒に居たいよぉ……!」
抱き着いていた未来まで涙を落とす。
「あーあ、春なんて永遠に来なきゃいいのに」
達樹が零した。