まさかの結婚式(後編)
300席も結婚式にいらない。
ガラガラになる……と思ったんだけど、竜神家の親類縁者で150人ほど。
一年、二年、三年のクラスメイトや先生で100人ほど。(良太と美羽ちゃんも出席してくれた)後は俺の母さんとお父さんと兄ちゃんと井上さん。母さんの元仕事仲間、お世話になったリリィさんとアシュレイさん。そして三郎とその関係者と虎太郎の関係者(社長さんとか)で300席は見事に埋まってしまったのだった。
「絶対失敗する、絶対間違えちゃう!」
「落ち着きなさい未来。リハまでちゃんとやったでしょ? 本当にアンタは昔から気が弱いんだから」
母さんが俺の背中を撫でてくれた。
「だってこんな人が多いと思わなかったんだもん!」
「三百人なのは分かっていたことだろうが。いまさら何をいってるんだ」
兄ちゃんに怒られてしまった。
音無麗さんにメイクをしてもらう。
「相変わらず目元くっきり、睫くるんくるん、唇ピンク、肌綺麗。元が良すぎるから全く化粧映えしないじゃない! あんた、私に喧嘩売ってんの!?」
と、いつか聞いたことのある逆恨みのような怒られかたをされてしまったけど。
お父さんがおずおずと話しかけてくる。
「本当におじさんが父親役をつとめていいのかい? バージンロードを歩いていいのかい?」
答えたのは俺じゃなく母さんだった。
「当たり前でしょ。この子の父親はアンタしかいないんだから」
「でもこんな可愛い子の父ちゃん役なんてなぁ。お婿さんたちにバカにされないだろうか」
「言いたい奴には言わせとけばいいのよ。ほら、しゃんとしな」
母さんが今度は父さんの腰を叩いた。
「未来……」
強志が新婦控室に入ってきた。
「すげえ似合ってるな。この世で一番可愛い花嫁だ」
「な、は、恥ずかしいこと言うな……! 強志のタキシードもよく似合って……」
カッコよすぎてついつい赤くなって視線をそらしてしまう。
あ。
「お父さんの形見のカフス、付けてくれたんだ」
「あら懐かしい。やっぱりよく似合っているわ。強志君にプレゼントして正解だったわね」
「あぁ。懐かしいな」
母さんも兄さんも笑顔になった。
「大事に使わせていただいてます」
「新郎さま、そろそろご支度を」
「はい」
スタッフさんに呼ばれ、竜神が式場に入っていく。
次は俺だ。
父さんの腕に腕を絡ませて式場に入る。
赤い絨毯が伸びるバージンロードを歩いていく。強志がくれた手袋をはめて。
どうもどうもと周りに礼をしようとするお父さんを母さんが睨んでやめさせた。
「わぁ……!」「未来、綺麗!」「素敵……!」「すっげえ」「まじそれな……」
あんまり見ないで!
強志の元まで歩いたら、次は誓いの言葉。
神父さんおなじみの、「病める時も健やかなるときも――」の言葉に、二人揃って
「誓います」
と言葉を返す。
そして、誓いのキスだ!
わぁすれてたああ! こんな大勢の前でキスするの!? できるの!?
混乱して固まるわたしをよそに、強志がベールアップをしてくれてゆっくりと誓いのキスをした。
途端に、ぶわっと二人の記憶があふれて来た。
早苗ちゃんの父親に襲われたとき助けてくれたこと、セクハラ教師にいたずらされたときに助けてくれたこと、初めてのデートの事、三郎から助けてくれたこと。
脳のキャパシティを超えたんじゃないかってぐらい、思い出が押し寄せて来る。
そして、涙を一筋流してしまった。
「ありがとう、強志」
「あぁ。オレも、ありがとうな」
皆がキャーと騒いだり写真を撮ったりしてくれてたみたいだけど、俺は全然気づかずに強志と手を取り合った。
全然最初の作業じゃない指輪交換をして全然最初の作業じゃないケーキ入刀をして全然ファーストバイトじゃないファーストバイトして、メイちゃんの演奏があったり琴音たちの歌があったり、ギャル軍団がハンドベルをしたり、バンド部が俺たちの歌を演奏して歌ってくれたり、友人代表で美穂子が手紙を読んでくれたり、(強志の友人代表は虎太郎だった)テーブル回ったり、両親に手紙読んだりして、いろいろあったけど緊張ですっぽりと記憶が抜けてしまった。後から確認するの怖いなー。ずっと緊張してたからご飯もろくに食べられなかったし。
覚えてるのはわたしの手紙で母さんお父さん、周りの人が泣いてくれたことぐらい。気恥ずかしかったけど、父さんと母さんに俺の思いを伝えられてよかった。
「えい!」
後ろ向きに投げたブーケは「とや!」と琴音が受け取ってくれた。というか無理やり自分のものにした。
「く、くやしー、取りたかったのに」
メイちゃんが悔しがってるけど、彼氏いるのかな?
「未来の物は全部私の物なのに」
違いますけど!? 欲しがる理由が物騒過ぎる。
「次の結婚はアタシたちだね、藤堂」
藤堂が赤くなって、祝福の拍手が送られる。
そうなれば嬉しいな!
夢みたいな時間はあっという間に通り過ぎていき――――。
最後の強志の謝辞の言葉で締めとなった。
そして、拍手と皆の祝福の言葉で終わった。