お盆です! 竜神一族へのご挨拶
色々あったけど時間は待ってくれない。そう、俺達は受験生なのだ。
受験勉強しながらの夏休みはあっという間に過ぎて行き、お盆になってしまった。竜神家の親族が集まって、盆のお参りといいつつ酒盛りを楽しむそうだ。
なんと、そこに俺も参加することになってしまった。強志の嫁として皆に紹介してくれるんだって!
「つ、強志、恰好はこれでいいかな?」
動きやすいシャツとジーンズ姿に、強志が眉間にしわを作った。
「もっと……いつもの服装でいいんだぞ」
「でも、母さんが、嫁は旦那様の実家の雑用をするのが当たり前だから動きやすい恰好で行きなさいって……」
竜神家の本家の参加者は参加人数はおよそ150人って聞いてる。
だから、一番新参である嫁の俺は雑用と片づけをしなさいと母さんに言いつけられたのだった。
それを話すと強志は眉間を寄せた。
「手伝いなんて必要ねえよ。家事する兄ちゃんたちもいるし、お前が頑張らなくても人手はあるから」
「で、でも」
「いいから、いつも着てる服にしてくれ」
「う、うん……」
強志に言われ、白のブラウスと淡いピンクのスカートに変更したのだった。胸元にはボタン式の大き目なピンクのリボンがついている。文化祭で女の子に貰った服だからはずれてないと思う。
「これでいい?」
「あぁ。良く似合ってるぞ」
強志は車の免許を一発で受かっていた(バイク乗ってたから当たり前かもしれないけど)
兄ちゃんの車と並んで止まる大きな車に強志が乗り込んでいく。
俺も、助手席に乗る。
この車は結婚祝いに、と竜神家から貰ったものだった。
身長の高い強志でも運転できる結構大きな車だ。
「おい、そこじゃない。お前の席は助手席じゃなくて俺の後ろだ。万一事故った時そこが一番安心だからな」
「やだ、助手席に座る!」
それだけは絶対に譲れない。
俺が絶対引かないとわかったのか、
「わかったよ……。ほんと、お前は頑固だな」
お前が言うなである。
竜神の本家は車で10分程度の距離だった。がっちりとしたただっぴろい日本家屋で、駐車場には数えるのも面倒くさいぐらいの車が停車していた。
蔵の数も五つもある。
「こ、この格好で本当に大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。似合ってるって言っただろ」
「う、うん……」
せめてズボンにしとけばよかったかな。
この格好じゃ蔵の掃除を言われても動きづらいぞ。
「あ」
強志が助手席の後ろに手をあててバックで駐車ゾーンに車を入れていく。
そんな些細なことさえかっこよくて顔が赤くなってしまった。
二人で手を繋いでお屋敷に向かう。
『はい、どちら様でしょうか?』
優しい声がインターホンから流れて来た。「りゃー」となく男の子を連れて挨拶に来てくれたお姉さんの声だった。
「強志と未来だ。ひさしぶり姉さん」
『あ、強志だったのね。みんなー、強志が来たわよ!』
ひぃ、なんで皆に報告する必要があるの!? そっと入らせてくださいお姉さま!
ドアを開いて中に入る。
「いらっしゃーい、兄貴、お姉ちゃん!」
迎えてくれたのは花ちゃんだった。ほっと一息ついてしまうが――。
中に入ると同時に、いきなり緊張がマックスに達してしまった。
人が多い! テーブルも一列じゃなく二列になってる!
和室だったんだけど、部屋の広ささえこれ何畳?と聞きたくなってしまうほどだ。
しかも俺たちが入った途端、玄関まで漏れていたにぎやかな声が止まってしまった。
思わず強志の後ろに逃げてシャツをぎゅっと掴んでしまう。
「強志、その子がお前のお嫁さんか」
すげーかっこいい、強志を30代にしたみたいな人が言う。
「ああ。未来だ。皆よろしくたの」
む、まで言い終わらないうちに、わぁ、と歓声が上がった。
「小さい子だ! やっとうちに小さい子が嫁に来てくれた!」
「でかしたぞ強志!!」
「しかも可愛いじゃないか。何もしないから、ほら、おいで、寿司も煮物も美味いぞ!」
「お寿司も一杯食べて行ってね!」
「は、はい」
「おねちゃーの?」
てこてこと三歳ぐらいの子が近づいてきたから、しゃがんで「どうしたの?」と聞くと、俺に抱き着いてきゃーと言いながら離れて行った。な、なんだったんだ。でもぷくぷくの体が気持ちよかった。
「は、初めまして、未来と申します」
「だからそういうのはいいから」
三つ指ついて礼をしようとした俺を強志が引っ張る。
「お座りなさい未来さん。今日は仕出し屋さんに全部頼んでるからゆっくりしていきなさいね」
お婆さんが笑顔で言ってくれた。
仕出し屋さんの料理だったのか……。竜神宅の味を覚えて帰りたかったんだけどなぁ。
ちょっぴり残念である。
なら、と俺は皆さんのお酌をする側に回った。竜神家は酒豪がそろっているようで、男性だけじゃなく女性も「そんなに呑んで大丈夫なの?」と思えるぐらいにお酒をカパカパ開けていく。
お酌をしつつ、「よろしくお願いします。未来と申します」と挨拶はするけど、明日まで覚えている人が何人いるのだろうか。
とりあえず俺は頑張って名前を憶えて回った。
「未来、そろそろ飯を食え。ほら」
強志が俺の為に取り皿にお寿司を取ってくれていた。ウニ、イクラ、サーモン。俺の好きなお寿司ばかりだ。
「うん! いただきます!」
ゆっくりかみ砕くとウニは濃厚でイクラは新鮮そのもの。口の中でぱちぱちとはじけていく。
「ん――――美味しい!」
「まさかなぁ、強志になぁ、こんな可愛い子が嫁に来てくれるなんてなぁ」
「うちの娘は可愛いだけじゃなくて気立てがいいのよ。お料理も美味しいんだから」
「そうか! ご相伴に預かりたいもんだぜ。良かったな強志。お前にはもったいないぐらいだぞ。大切にしてるか?」
「してるに決まってるだろうが」
酒が入ってるせいか場が混とんとしだした。
検察、警察組と弁護士組の間で裁判の言い合いが始まったんだ。
俺は強志の親戚に会うのは初めてだったのに、話だけでどちらがどっちか見当がついてしまった。
「あの事件は懲役三年はなければ犯人が反省しないというのになぜ二年まで下げさせた!」
「いや十分反省していた! 二年で上等だ!」
「それよりも〇〇事件の被害者をすぐに発見できなかったのは警察の失態だろうが!」
「発見はしていたの! 被害者の心情を考えて裁判まで控えさせてただけよ!」
女性も男性も関係なく事件の話題で言い合っている。
つ、強い。
俺のような凡人では入っていけない世界だぞ。
「ほら未来さんお茶が少なくなってるぞ」
「あ、すいません!」
強志を30代にしたみたいだったお兄さんが俺の湯呑にお茶を入れてくれた。
「ありがとうございます」
「私は竜神家本家の当主をさせてもらってる正宗という者だ。なにか困ったことがあったらいつでも相談しにきなさい」
当主様だったの!? しまった、お茶くみなんかさせてしまった。
「こ、困ったことなんて……皆さんには本当によくしてもらって申し訳ないぐらいです」
「……」
正宗さんが無言になった。変なこと言ったかな??!!
「いや、話には聞いていたが本当に謙虚でいい子だな! いい嫁を見つけたもんだ」
ばしばしと強志の背中を叩く。笑顔もやっぱり強志に似ていた。
「いてえいてえ」
「未来ちゃん、万一にも強志と離婚したくなったら私に連絡してちょうだい」
弁護士軍団から名刺を大量にもらってしまった。
けど。
「絶対強志君と別れるつもりはありませんから、これは必要ありません」
と、手を出しあぐねてしまう。
「そうよ。未来ちゃんは強志を大事にしてくれているんですからね」
お母さんが集まった名刺をまとめて輪ゴムで止めて、
「でも万が一の時の為に持ってなさい。でもまずは最初は私に相談すること」
と名刺を渡されてしまった。
強志と同棲(!)をし出して二年目になる。
それでも何の問題もなかったどころか毎日が楽しい。
結婚してからもなにも変わらない。
絶対使わない名刺だったけど、貰った以上は、とバックにしまったのだった。