異次元の色彩(後編)
「だから気をつけろと虎太郎が忠告したのに」
百合が吐き捨てる。
この部屋に刃物は無かった。怪物が持ち帰ったのかもしれないけど。
「つ、次は私たちの番だよね……、うー、怖い」
美穂子が俺に抱き着いてきた。大丈夫だ美穂子。俺も怖い。実は足がガクガクしている。
「美穂子さんと未来には薔薇の守護がついているから大丈夫だよ。光も手出しができなかったし。百合さんも大丈夫じゃないかな」
「殺し合いでの高みの見物はあまり好かんな。どうせならこの手で葬ってやりたい」
「っていっても、ここにあるのは包丁ぐらいでしょ? 射程が短すぎますよ」
百合が小さく「くそ」と悔し気につぶやいた。
「あーあ、可愛いメイドさんたちだったのに」
俺と同じぐらいのビビりだから部屋には入れないまま達樹がこぼした。
強志がリネン室からシーツを持ってきて四人の体に掛けた。
「先輩! 天井から垂れてきてます!」
達樹が指さした場所には確かにあの宇宙人?が垂れてきていた。
強志、虎太郎、達樹の手に日本刀が現れる。
「待て、ここで戦うな! 一度屋敷を出るぞ!」
百合が指示を出した。確かに、天井の角から垂れてくる光を相手にするのは難しい。
俺は強志に手を引かれ部屋を出た。廊下の角にも光がにじみ出ていた。
「そんな……」
玄関を出て、振り返った美穂子が絶望に満ちた声を上げる。
屋敷全体がマーブルの光に包まれていたんだ。
「人を食えば食うほどでかくなる化け物だったか」
「それにしてもでかくなりすぎっすよ」
屋敷の中に人が居ないと気付いたからか、光がこっちに向かって触手を伸ばしてきた!
早すぎて薔薇の檻の発動が追いつかない!
ズシャ!
とんでもない動体視力で強志が触手を切った。
切られた触手はまた球体となり本体に戻って行こうとする。
(お願い)
薔薇に祈ると、巨大な鳥かごが俺、美穂子、百合を包んだ
「お前たちに任せたぞ!」
百合が強志と虎太郎と達樹に告げる。
「おう」「うん」「っす」
「本体がこっちに来そうだよ」
ずずずと音を立てて光が屋敷からはがれ、俺たちの方へ向かってくる。
「巨大すぎてどこから切ればいいか悩みますね……って!」
襲ってきた触手を慌てて達樹が切り落とす。
「あ、あぶねえ」
「――――」
虎太郎が飛んで本体を攻撃する。触手も片っ端から切り落としていく。
それでも光はまた一つに集まり本体へと戻ってしまう。
「虎太郎」
強志も切り落としながら一点を指さした。
「あそこだけ色が濃い。おそらくコアだ」
「――本当だ」
強志と虎太郎二人がかりでコアの露出までたどり着く。
コアが体内に逃げようとする前に竜神が一刀で切り落とした。
光なのに水みたいな音を立てて光が地面に倒れこんだ。
「おわっと」
流れて来た光を達樹が下がって避ける。
「これで……終わりなのかな?」
「刀が消えねー。まだなんかいるんだろ」
確かに薔薇の結界も消えない。
どこだ? どこにいる?
「強志、左だ!」
百合が指さす。
そこに居たのは魚の化け物だった。
あの湖にいたマーブル模様の魚!
その魚が何十匹かもわからないほど絡まりついて、まるで人間のような形をしてる。
巨大な魚が何十匹もからまっているのに、一つの生命体のようにしか見えなかった。マーブルの色のせいかもしれない。
当然身長は10メートルを超えている。
迷いもせずにひたひたと俺たちに近づいてくる。
「今度は実体がある分ましだね」
刀を構えて虎太郎が言う。
「冗談でしょ!? おれ、腰が抜けそうなんですけど」
「たたが魚じゃねーか」
魚が手をかざすとミサイルみたいに一匹の魚が飛び出した!
強志も虎太郎もギリギリで避ける。
地面に噛り付いてビチビチと跳ねるその魚には目もくれず、強志が走った。上半身を狙うと見せかけて足部分の魚を両方切り落とした。
続いて虎太郎が首を落とす。
ずん、と重い音を立てて怪物が倒れた。
やった、倒した!?
って喜んだのもつかの間だ。
新しい足が生え、頭が出てくる。
「消耗戦だな」
百合が舌打ちした。
強志もそう思ったんだろう。鋭い切れ味の日本刀で魚の胴体を一閃した。
「ギャオオオオ」
初めて魚が悲鳴を上げた。そして、地面に広がる光の中に倒れた。
途端に魚に光が集まり出した。
咄嗟に強志が刀を振り、とどめをさそうとしたんだけど、それよりも早く光が魚を包んだまま天高くへ飛んで行った。
突き抜けられた雲が丸くぽっかりとした穴を開けている。
「……これで終りっすね」
達樹の手から日本刀が消えていく。もちろん強志と虎太郎のも。
「宇宙に戻っていったのかな。本当に宇宙人だったんだね」
薔薇の結界も解けた。
「強志!」
思わず駆け寄って抱き着いてしまう。
「無事でよかったよ……もちろん虎太郎も達樹も」
「じゃあおれにもハグしてくださいよー」
「あ?」
「冗談です。本気にしないでください強志先輩」
速攻で直角に頭を下げる。
「ようやく終わったか……」
百合がふ、と短くため息をつく。
「怖かったよー」
美穂子が土の上で女の子座りをしちゃった。
「もう大丈夫だよ。また宇宙に逃げたみたいだしね」
虎太郎が慰める。
ゴオオオと、音がしてセスナが滑走路を走った。
「ようやく風がやんだんで飛んでこれたよ。ん? どうしたんだい皆、怖い顔をして」
三郎の登場である。
代表で三郎の横っ面を殴ったのは達樹だった。
「な、な、な?」
「とんでもない場所に招待してんじゃねーよ! こっちは化け物と戦う羽目になったんだぞ!!」
「は? 化け物? なんだいそれは。クマでも出たのか?」
「とりあえず屋敷の中を見てこい。それと従業員の控室もな」
三郎はボディーガードさんを連れて言われるがままに玄関を入り、「ぎゃああああ」と悲鳴を上げて出て来た。
「ま、ま、まさか、君たちが人殺しをしたわけじゃないよな?」
「一日二日であの殺し方ができると思うか? しかも皮膚までマーブル色になっている原因もわからんだろうが」
百合が目を細めて答える。
「た、確かに……。じゃあ君たちが来た時にはもう死んでいたのか?」
「虎太郎、説明してやれ」
――――
「光の玉に襲われ、魚の化け物がいたと……それが天に上って行ったと……にわかには信じられないな」
「信じろよ! 人間ができる殺し方じゃないんだから」
念のためにと鍾乳洞に入っていく。
が、地底湖は澄んだ青に戻っていた。透明度が高く、はるか下まで見えるけど魚の気配がない。
「あの化け物が居なくなったお陰っすね」
達樹がスマホで撮ってた湖の写真を表示させる。
「本当にストライプ柄だ……」
「でしょ?」
三郎にやや遅れて警察も到着した。
俺たちがここに来たのが昨日。
通報したのは執事さんだったのに、当然疑われてひとりひとり取調室で質問を受けた。が、全員が全員意見が一致していて俺たちは話だけで帰される事となった。多分、警察にもコネがある三郎が裏から手を回したのだろうけど。
俺たちの逮捕はなかったものの、怪物に襲われたとか、怪物を包んだ光が天に上っていっただのを信じてくれるはずもなく。
結局、メイドさんやセバスチャンさんは、強盗に襲われ、その際鍵のかかる部屋に押し込められ餓死したのだという結論に達していた。
その後に死体をマーブル色に染め上げた、と。
マーブル色はただの絵具ではなく、入れ墨のような物だったらしいけど。
常識的に考えるとそれしかないもんな。
これから、居ない犯人を捜すため尽力するのであろうお巡りさんにちょっと同情してしまいました。