異次元の色彩(中編)
巨大な太刀魚みたいな魚が垂直に立っていた。
苦しいのさえ忘れるぐらいの衝撃だった。
全長は何メートルあるんだろう。多分、10メートルはくだらない。
色はあらゆる色が混じったマーブル模様だった。
俺達を瞼のない瞳で見ている。
そして、はるか下にはその太刀魚みたいな魚が何十匹もひしめいて、横にいる太刀魚のように静かに俺達を見ていた――――。
恐怖にがぼっと息を吐いてしまった
咄嗟に強志が俺を片手に抱いたまま水上に出た。
「はぁ、は、」
「未来、大丈夫!?」
「押し上げるから手を貸してくれ」
「うん」「はい!」
柵を超えて達樹と虎太郎が手を伸ばしてくれる。二人に助けられ、俺はすぐに水から出ることができた。
でも強志はもう一度水中に潜ってしまった。
それから上がってくる。
「どうしたんすか先輩」
「食いでがありそうなでっけー魚が居た」
「え!? マジで? 釣りでもします? ってこんな所に住んでる魚食ったら腹壊しそうか」
「未来、大丈夫?」
美穂子が俺の顔をハンカチで拭いてくれる。
「いきなり引きずり込まれたように見えたが、何かあったのか?」
「わかんない。いきなり透明な紐みたいなのが絡んできて、引っ張られて……」
魚を思い出して背中がゾクリと冷えた。
「中に、太刀魚みたいな魚がいたんだ。マーブル模様で、長さが多分10メートル以上ある魚」
「え!? なんすかそれ! 気持ち悪ィ! つか怖すぎますよ!」
「わかんない」
「太刀魚の変種じゃねえか? とにかく、ここにいたままじゃ風邪ひきそうだ。一旦ペンションに戻るぞ」
「うん」
濡れたスカートを絞りながら答えると、太刀魚が水面から飛び出してきた。そして弧を描きまたストライプの水面へと沈んでいく。
描く弧が大きすぎて空中で止まっているかのようだった。魚が水中に戻ると、距離が充分にあるのにしずくがこちらまで飛んできた。
その奇怪な姿に全員声も出なかった。
「あれのどこが太刀魚の変種だ!」
「いでっ」
百合が強志の頭に拳を落とす。
「一匹じゃなかったよ。足元にたくさんいた。数もわかんないぐらいに」
「また異形の生き物が襲ってくる前触れにしか見えんな。薔薇の化け物の次はひまわりの怪物か?」
百合が自嘲するように言う。
「あ、あんな生き物がいるのも初めてです。わたくしは」
セバスチャンさんが動揺している。
「大丈夫です。僕達はこんな変なことには慣れてますから」
動揺するセバスチャンさんを虎太郎がなだめる。
なれてるですと!? とセバスチャンさんが驚いている。
「とにかく部屋に戻って着替えるぞ」
「うん」
――――
「ふぅ、やっと体があったまった」
びしょ濡れになった服はメイドさんが洗ってくれている。
下着だけは自分の部屋に干したけどな!
部屋の備え付けになってるシャワーを浴びてさっぱりした。
「未来」
コンコンコンと控えめなノックが三回なる。
「どうしたの? 美穂子」
「お昼にしようって。お風呂は済んだみたいだね」
「うん! お腹減ってきた……」
すぐ隣のエントランスに入る。テーブルには赤く豪華なテーブルクロスが張られていた。
「あ、先輩、大丈夫ですか?」
「うん。体もあったまったし」
「けどあのでっかい魚、なんだったんでしょうね。わかります? 虎太郎さん」
「分からないよ。でも、あんな大きな魚が跳ねたのに、水面のマーブル模様はそのままだったのが気になったかな。普通なら色が混ざると思うんだけど」
「考えても無駄だろう。未来、腕を引かれたと言ってたな」
百合が俺に問いかけてくる。
「うん」
「二度とあの洞窟には入らない方が良いようだな」
「オレも賛成だ」
「ん」
いい匂いがする。コックさんが料理を運んできてくれた。メイドさんたちが給仕してくれる。
「どうぞお召し上がりください」
「おー、美味そう」
「いただきます!」
まさかペンションにコックさんが居たなんて。ほんとお屋敷だなー。
コース料理で満足した所で異変が起こった。
いろんな色が混じったもやのような物が玄関ドアの隙間から入ってきたんだ。
百合がガタンと立ち上がる。
「何だこれは」
「未来、美穂子、離れてろ」
強志にうながされ俺と美穂子は部屋のある廊下側へと下がった。
「プラズマかな」
「ぜってー違うと思いますよ ――うわ!」
光がまっすぐに達樹に襲い掛かった!
咄嗟に顔をかばった達樹の手にいつか見た日本刀が握られる。
「――――!!??」
達樹はそうとう驚いていたけど、それよりも早く謎の球体を真っ二つに切った。
でも相手は光だ。また一つに纏まって行く。
「何が起こってんだよ! くそ、粉々にしてやる」
達樹が剣を振り回して球体を細かくしていく。
それでも関係なく、球体に戻ると今度は俺たちの方に凄い速さで襲い掛かってきた!
「きゃああ!」「美穂子!」
咄嗟に美穂子をかばって俺が前に出たんだけど、
光の鳥かごみたいなのが俺と美穂子を閉じ込めた。
光が弾け、中から出て来たのは巨大な薔薇とそのツタだった。
「これ……、まさかあの時の、」
神主さんが言ってた。俺たちは薔薇に守られてるって。
閉まったドアの隙間から入ってきたくせに、結構大きめの隙間がある鳥かごには入れないようで光が明滅する。
そして諦めたように戻り、呆然としていたコックさんに襲い掛かった!
「う、うわああ!」
コックさんが床に転がってのたうつ。
手をばたつかせ転がって球体から逃げようとしてるけど、そのせいで達樹の剣が使えない。
「暴れないでください、今、切りますから!」
達樹が呼び掛けても無駄だった。
球体がコックさんから離れた。
「う……!」
コックさんはひどい有り様になっていた。
目が落ちくぼみ頬はこけ、体も骨と皮しか残ってないんじゃないかと思えるほどやせ細っている。
しかも皮膚の色があの光と同じ、マーブル色だった。
「きゃああ!」
メイドさんがお互いに身を寄せ合った。
球体は満足したのか、また玄関のドアからにじみ出て行った。
「どういうことだ。あの球体が命を吸い取ったのか? これは今日昨日の死体じゃないぞ。おい、さっきの球体は何だ!」
百合がセバスチャンさんを問い詰める。
「わ、わたくしにも何が何やら…! こんなこと、悪い夢としか思えません……!」
「初めての事象なんだな。ならばここ最近で起こったことを思い出せ」
「起こったこと……」セバスチャンさんが思い出してる間に俺たちを包んでいた薔薇の鳥かごがパリンと弾けて消えた。
「あぁ、隕石騒ぎが起こりました。この辺りに落ちたのに発見できなかったそうで。ま、まさかあの隕石のせいで地底湖の水も」
「隕石? ならばあれは宇宙から飛来したものなのか」
「もう、そうだと考えて動くしかねえな。人為的に作れるモンじゃねーし」
「考えるだけ無駄っすもんね。これだって」
と達樹が日本刀を自分の顔の前に振り上げた途端、スゥ、と消えて行った。
「危険が去ったという事か。 おい、セバスチャン。私たちは帰らせてもらう。警察には連絡しろよ」
「そうですね。警察、警察……ああ、飛行機の方は三郎様を迎えに行っているので今日中にお帰りになるのは無理かと……」
「じゃあ警察のヘリに同乗するしかないか。命を狙われているもの十名。ちゃんと伝えろよ」
「は、はい」
セバスチャンさんが警察に連絡をするも、
「今は風が酷くてヘリが飛べないそうで……天候が回復次第こちらに向かってくると……」
「え――!?」
「じゃあおれらここに閉じ込められてるようなモンじゃないっすか! しかもあっちはドアの隙間から入ってこれるんですよ!」
「飛行機から見た限りでは周辺に町も道も無かったからな。車での移動は無理か」
「そもそも車が無いじゃねーか。四面楚歌だな」
強志がどこからか持ってきた白いシーツをコックさんにかぶせた。
「また固まって寝るしかないね。セバスチャンさん、六人部屋はありますか?」
虎太郎が問う。
「いえ……、ですがキングサイズのベッドが二つある部屋がありますので、そちらでお休みになってください」
「セバスチャンさんも一緒に居ましょう。何が起こるかわかりませんから。メイドさんたちも」
「いえ、わたくし達は一緒におりますのでお気になさらず。お客様と同じ部屋に泊まるなどできません」
虎太郎が誘ったんだけどセバスチャンさんは聞き入れなかった。
「じゃあ包丁でもなんでもいいから刃物を持っておいてください」
「ご忠告ありがとうございます」
セバスチャンさんは俺たちに一礼すると部屋から出て行った。
「大丈夫かな……」
美穂子が心配げに顔を曇らせた。
「宇宙から来た人食いの光かぁ……あれも宇宙人の範囲に入るのかな」
虎太郎が素朴な疑問を口にする。
「入るんじゃねーすか? 人っぽくないけど」
「刀で切っても足止めにしかならないのが厄介だね」
「見張りは二時間交代だ。強志、私、虎太郎でいいな」
「ああ」
「うん」
「じゃあ一緒に起きてるよ。眠れそうもないし」
こんな怖い所で眠りたくない。
「お前が居ても邪魔になるだけだろうが。いいからちゃんと寝て逃げる為の体力を作っておけ」
「むー」百合にばっさりと反対されてしまった。
「わ、キングサイズのベッドってこんなにおっきいんだ! これなら三人寝れそう」
「女子組と男子組だね」
「え、おれ、また虎太郎さんと強志先輩と一緒っすか!?」
「聞くまでもないだろうが」
「そんなぁ……」
と達樹が肩を落とすが、虎太郎も強志も見張り役だからほぼ二人で寝てるようなもんじゃないか。
「って三郎はいつ帰ってくるんでしょうかね。あいつを真っ先に生贄にしてやりたいっつーのに」
「同感だ」と百合がうなづく。
「ヘリが駄目なら飛行機はもっと無理だろ。外の暴風がやむことを祈るしかないな」
――――
翌日、俺たちには何も起こらなかったが、
「全滅か」
セバスチャンさんと三人のメイドさん、全員がコックさんと同じような死に方をしていた。
死体だけでも怖いのにマーブルの色の皮膚のせいで余計に怖さが増す。