異次元の色彩(前編)
「久しぶりだな諸君!!!」
夏休みの登校日の休憩時間。ばーんとドアが開いて入ってきたのは……。
顔を見てうんざりしてしまった。
「なにしに来てんだよ三郎。あんたとっくに卒業したはずだろ」
まず反応したのは達樹だった。目を吊り上げて三郎を睨んでいる。
そう、俺達をお化け屋敷に閉じ込めた変態野郎で家が大金持ちで去年こいつをかばったせいで竜神が銃弾を受けることになった女顔の男――三郎(名字忘れた)だったからだ。ボディーガードを四人もつけて教室に入ってくる。
「だから君はね……。僕は君より二つも先輩なんだからもっと敬いたまえ」
「敬うところがねーから三郎なんだろうが! あんたのせいで竜神先輩が十日も入院したの忘れてんじゃねーだろうな! もうおれ達に関わるなよ!」
「面倒だな。冬子に追い出させるか」
百合がスマホを手にした。
「待って百合君! 僕は君たちに朗報を持ってきたんだ」
「朗報? なんすか? 金でもくれんの?」
「ふふふ、未来君、竜神君、美穂子君、百合君、達樹君、浅見君。君たちを僕の別荘に招待してあげよう!」
「別荘?」
「夏といえば避暑だろう。天然の鍾乳洞と地底湖が楽しめるペンションだ!」
周りのクラスメイト達から「えーいいなー」とか「羨ましいぜ」とか声が飛ぶ。
「では、楽しみにしておいで」
伝えることだけ一方的に伝え、三郎は高笑いしながら出て行った。
もうこないでくれー。
と、思いつつも、鍾乳洞体験は楽しみだったのであった。
そして三郎から連絡が入り、当日。三郎から指定されたのは空港だった。
「三郎様のお客様方ですね」
迎えてくれたのは如何にもって感じの執事のおじいさん。
「三郎様とそのご家族が急遽、総理との会食が入りまして、先に皆様だけをご案内いたします」
総理との会食!?
三郎ってほんと名家なんだなー!
自家用機(!)で揺られること一時間。ペンションと言うより屋敷といった方がよさそうな建物が俺たちを待っていた。
「わー凄いお屋敷!」
「こんなとこに泊まっていいの? 初めて三郎に感謝しちゃったよ」
美穂子と俺がほぼ同時に声を上げる。
「あいつに何されたか忘れたんですか先輩」
「それを差し引いてもゼロって感じかな」
「お前は金さえもらえればどうでもいいのか」
百合に突っ込まれてしまった。そういうわけじゃありませんが、ちょっとそういう傾向があるのも否定できません。
「「「いらっしゃいませ、お客様方」」」
玄関でメイドさんが並んで待っていた。
すごい、本物のメイドさんだ!
「初めまして、藤峰と申します」「高木です」「沢野です」
ホールを抜けると廊下に個室が左右に並んでいた。
「女性の方々は101、102、103をお使いください。そして男性は向かい側の110、112、113をご利用ください」
しかも個室だった。中に入るとハートのクッションやら風船が散りばめられていた。しかもベッドには天蓋付き!
「わ、可愛い部屋ー」
「これならお前ひとりでも大丈夫そうだな」
強志が中を確認して、ふ、と息を吐く。
「強志の部屋はどうなってるの!?」
自分の部屋のオートロックのカードキーを手に、好奇心丸出しで強志の部屋を見る。
飾りつけは何も無かったけど、女性の部屋よりベッドが大きい。
「これなら二人で寝ても大丈夫だな」
「また潜りこんでくるつもりか?」
「襲ってもいいぞ」もうわたしは気持ちを固めたんだ。
「軽く言うな」
羽より軽くデコピンをされる。
結構本気だったんだけどな。
「強志君、鍾乳洞の見学に行こうよ」
荷物を置いてきた虎太郎が半開きだったドアを開いて言ったが「ご、ごめん!」と赤くなって慌ててドアを閉めた。
改めてこっちからドアを開く。
「別になんもしてねーし気にすんな」
「うん。見られたって困ることしてないよ。鍾乳洞見学楽しみだなー!」
「う、うん」
今年も夏は暑く、35度超えの猛暑日が続いている。
だから半袖だったんだけど、鍾乳洞の中は冷えるから、と強志に言われて長袖も持ってきていた。チェックのスカートに合わせた白の上着。
「あの、早速鍾乳洞の見学に行ってもいっすか? えと……」
執事さんに確認を取るために達樹が話しかけていたけど途中で言葉に詰まった。
「わたくしの名前はセバスチャンと申します。ではご案内いたしますね」
わー、執事のセバスチャン初めて見た……。執事といったらセバスチャンなのはなんでだろな。
上着を手に持ってセバスチャンさんの後についていく。
――――
三郎一家、個人所有の鍾乳洞と聞いたからこじんまりとした洞窟を想像していたんだけど、全然違った!
「うわぁ……」「すっげ」
以前住んでた築40年の家より高く広い空間。
ライトアップされているはずなのに奥がぽっかりと黒い穴を開いていて怖いぐらいだ。
「ここが三郎様所有の『楽園の鍾乳洞』でございます」
「わー、水が冷たいよ!」
「天然の湧き水だからな」
美穂子が溝の水に手を入れて驚く。
この溝も人工的な物じゃなく、何百年、何千年をかけて削れていったのが分かる。
個人の私物のせいか、観光コースのように鎖で仕切られてないから用心しながら先に進んでいく。鍾乳洞のつららが出来るのって何万年もかかるって聞く。折ったりしたら取り返し付かないからな。
「さむ……」
長袖を羽織ったんだけど、ミニスカートの足が冷たくなっていく。
「ほら、着てろ」
強志が重ね着したシャツを俺に羽織らせてくれた。
「いいよ。強志が寒いだろ」
「こんぐらい平気だよ」
「美穂子さんは大丈夫?」
虎太郎が心配そうに美穂子に声をかける。
「ちょっと寒いけど、平気だよ」
「でも風邪ひいたら困るから、僕のでよければどうぞ」
「ありがとう! ごめんね虎太郎君」
虎太郎も美穂子に服を貸す。
「百合先輩は……」
「いらん」
「で、ですよねー」
達樹の申し出をあっさり断る。
つららが固まり、巨大な柱が何本もある。それだけじゃない。まるで人形のようになっている箇所まである。
こういうのって鍾乳洞自体に意志がある訳じゃないのに、わざと人型に盛り上がってるのかと思ってしまう。ちょっと怖い。
強志の腕にきゅっとしがみつく。
「な、なんか……怖い位っすね……」
俺と同じぐらい怖がりの達樹も虎太郎の両肩を両手で掴む。
「凄くきれいな黄色……!」
美穂子が息を呑む。
一際大きな広間に出ると黄色と青色、そして真っ白の石が天井から壁まで続いていた。
赤い場所まである。
何の成分なんだろ? ルビーとかサファイアって訳じゃないよね?
「と、とりあえず写真撮っておきます」
達樹がスマホを取り出してあちこち撮影している。
まるでアーチのように垂れ下がるつららの下をくぐっていく。といっても高さは3メートルもあり、強志でも簡単にくぐれたんだけど。
天井は青色だ。
「凄い……!!」
アーチの先には凄い景色が広がっていた。
天井も床もすべてが交じり合わないストライプ柄のドームだった。
「素晴らしいな。何億年掛ければこの模様ができるのか想像もつかん」
百合が珍しく素直に感心している。
「これがこの『楽園の洞窟』の名前の由来となっております」
「確かに楽園って言えるぐらいに凄いね……」
美穂子が見上げながら呟く。
「さ、この先が地底湖となっております。あまりにも深すぎて探索の手が及んでいませんが、透明度が高くどこまでも見下ろせますよ」
「へー」
セバスチャンさんを先頭にして地底湖へと向かう。
「な、なんだこれは……」
セバスチャンさんが驚きの声を上げた。
「湖の色までストライプ状なのか」
地底湖の表面はさっきの洞窟みたいにいろんな色のストライプ柄で出来てて、透明度なんか全然なかった。
「いえ、このような現象は初めてです。普通の地底湖だったはずですのに、これは一体」
落ちたら危険だからだろうか、この湖だけには柵が張り巡らせていた。と言えども俺のお腹ぐらいの低さだけど。
「周りの景色が反射している訳でもないな」
百合が周りを見渡す。確かにここにあるのは黄金にも近い黄色の壁と柱のみだ。
「でも、綺麗だよなー」
柵を握って地底湖を覗いていた俺の右腕に、何かが絡みついた。
「え?」
透明な何かだ。気のせいかな? と左手で触ろうとすると、一気に引きずられた!
「きゃあ!?」
「未来!?」
ザブンと地底湖の水の中に入る。
寒い、冷たい、
(苦しい!)
からみついていた物は取れたけど、洋服が重くてうまく泳げない!
バシャ! と俺のすぐ横で水がはねた。
強志だ。
(助けにきてくれたんだ)
溺れている人を泳いで助けに行くのは危険だ。
暴れるから、二人とも沈んでしまうから。
咄嗟にそれを思い出し、強志の腕に抱えられたまま力を抜いた。
そして見てしまった。
上から見る水はカラフルで透明度が全然無かったのに、中は湖全体が見渡せるほどに透明だった。
そこに、居たんだ。
漫画家の田部剛さんがとても好きです。
しばらく非日常な展開にお付き合いくださいー!
三話ぐらいで終了予定です