竜神の誕生日(結婚指輪)
今日は竜神の誕生日。
今年も皆で花見をした。
今回は雨も降らず、全員で美味しい料理を最後まで楽しむことができた。
もちろんケーキで竜神の誕生日も皆でお祝いして。
充分桜を楽しんでから家に帰った。
「あー、楽しかったね」
「あぁ。お前の料理も美味かったしな」
「アシュレイさんとこのケーキも、美穂子の料理もね」
竜神はちょっと言い淀んでから、
「夜に帝国ホテルのディナーを予約したんだ。急でわりーが、行けそうか?」
「え、行ける行ける! あそこいっぺんは行きたいって思ってたんだ、料理がおいしいって評判だし嬉しい! でも食事代は割り勘だからな。もしくは全部わたしの奢りじゃなきゃいかない」
「……相変わらず頑固だな」
「だって竜神ばっかり出すのはフェアじゃないだろー。特に今日は誕生日だし。何着て行こうかなー、お洒落しないと入れないよな。えっとーこれとーこれとー」
早速クローゼットをあさる。
「まだ時間はあるぞ。七時に予約を取ってるからな」
「だって楽しみなんだもん。あ、百合からプレゼントされたリップ塗って行こっと」
着替えてリップを塗って部屋から出ると、竜神が「……」と固まった。
「な、なに!? この格好変!?」
「いや、何でもない」
「無いならいいけど……」
リップ……というか口紅だけど、変だったのかな?
落とすか塗るべきかとか考えてたら、時間はあっという間に過ぎた。
俺が選んだ服はいつか兄ちゃんに買ってもらったワンピース。勿体なくて着れなかったからこれが二回目なんだよな。
竜神はシンプルなフォーマルスーツだ。
「そろそろ行くか」
「うん!」
俺は竜神のお母さんの車で帝国ホテルまで送ってもらったのだった。
出てくる料理はどれも美味しかった!
肉も唇で切れそうなほど柔らかったしサラダもスモークサーモンがめちゃ美味しかった。
今度家で真似して作ってみようかなーエビとホタテのバター炒めも絶品だったし。
もちろん眺めも最高だ。
「どれも美味しかった! 来てよかったよ、誘ってくれてありがとう!」
「あぁ……。」
「?」
「オレ、18になったんだ」
「知ってるよ? 誕生日祝いしただろ? 成人だな。おめでとう」
「未来、左手」
手を差し出して、そう言われたので、疑問もなく左手を乗せてしまった。
「え」
竜神が婚約指輪を引き抜いた。
「ど、どうして取るの? 嫌になっちゃったの?」
ずきんと心臓が嫌な音を立てた。心が苦しい。涙がわいてきそうになった。
けど、竜神が指輪の箱を差し出してきた。
「18になったから、結婚できる歳になったんだ。だから、これ」
箱を開けると、婚約指輪よりシンプルな指輪があった。
「結婚指輪」
俺の左手薬指にそのままはめてくれる。
「お前もはめてくれ」
もう一つの指輪の箱には竜神サイズの指輪があった。
震える手で受け取って、やっぱり震える手で竜神の左手薬指にはめる。
「本当に、オレでいいのか? 後悔しないか?」
「――――――――こ、後悔なんて、するわけない。竜神のほうこそ、後悔しない?」
「するわけないだろ」
きっぱりとそう言い切った。
「まだ早いかもしれねーけど、これも」
次に竜神が出してきたのは結婚届。
「竜神未来になってほしい」
「――――ほんとに、ほんとにいいの?」
「お前以外に考えられないから」
「う、うん……!!」
ここは家の中じゃない。外だから他のお客さんの迷惑にならないようにしたいのに、涙が止まらない。震える文字で日向未来って記入した。
婚姻届が涙で濡れてしまった。
「こんなオレを選んでくれてありがとうな、未来」
竜神がこれまで以上に優しく笑う。
「ううん、こちらこそ、選んでくれてありがとう……!!!」
隣のテーブルのお客さんから拍手が上がって「結婚おめでとう」の言葉でフロア中のお客さんが拍手してくれた。
「ありがとうございます」
竜神はそういうものの、俺は何も言えず、ただ泣く事しかできなかった。
「嬉しい、嬉しいよ竜神……、どうしよう、幸せ過ぎて怖いよ……」
「オレもだよ。世界で一番幸せな男だな。誕生日と結婚記念日が一緒になったし」
「ふふ、絶対忘れないね」
わたしが落ち着くまで待ってくれて、地下駐車場へ向かった。
「お待たせしてすいません、お母さん……」
「あらあら、目元が真っ赤じゃない」
「嬉し泣きのせいです……お母さん、本当に強志君と結婚してもいいんですか?」
「――そう、うまくいったのね、やったわね強志! こんな気立てのいい子が嫁に来てくれるなんて、お母さんも鼻が高いわ! そしてはいこれ!」
お母さんが印鑑を差し出してくれた。
日向の印鑑だった。
「百均で買ってきちゃった。それを押して……未来ちゃん、マイナンバーカードは持ってる?」
「は、はい」
「じゃあそれをコピーしたら市役所に行くわよ! 今日中に提出しなきゃ!」
知らなかったんだけど、婚姻届は夜でも出せるらしい。
りゅうと結婚するんだ!
竜神未来になるんだ!
「嬉しいよりゅう~~!」
お母さんが居るのに抱き着いてべそべそ泣いてしまう。
「竜神未来って名乗れる日が来るなんて……!」
「オレも嬉しいよ。未来を嫁にできる日が来るなんて思ってなかったから」
「なんで思ってなかったんだよ! ずっと好きだって言ってたのに!」
「いや、言うほど言われてねえからな」
う、確かに、言葉にするのは恥ずかしかった。でもでも、今まで態度で示してきてたのに!
「お揃いの指輪ーえへへ嬉しいー」
「ああ」
左手と左手を重ね合わせる。
は! お母さんの前でなにやってるんだわたし! 恥ずかしい! 竜神に甘えるのはやめて、
「お、お母さんもわたしみたいなのが嫁で本当にいいんでしょうか!」と声を張り上げる。
「いいに決まってるでしょ。大歓迎よ。むしろうちの愚息でそこまで喜んでくれるなんて驚いたぐらいだわ」
「ず、ずっと、好きだったから、」
「そうだったのねぇ。やっぱり人生一回ぐらいは奇跡が起こるものなのね」
市役所につくと、二人で手を繋いで夜間ボックスに婚姻届を提出した。
「これでアレもクリアだな」
「アレ?」
「名前呼び。同じ竜神なのに竜神呼びは変だろ?」
「う……! もーただでさえパンクしそうなのにこれ以上難しいことを上乗せしないで」
「そこまで難しいか?」
「恥ずかしさと嬉しさとでパニック中だもん」
竜神が泣きすぎて赤くなったわたしの目元を親指で撫でる。
「お前のお兄さんに挨拶しに行かないとな」
「え? 別にいいよ。母さんにだけ自分で連絡するから」
「いや、お義母さんとお義父さんには連絡済なんだよ」
「なんて言ってた?」
「お義父さんは泣きながら喜んでくれたけど、お義母さんがようやくなの、おめでとうって……そして早く子供を作ってくれって……」
「母さん……!」
聞きなれた母さんの口調までばっちり再現されてしまって頭を抱えてしまう。
「ウチの母さんがごめん」
「謝る必要はないぞ。孫が見たいっていう気持はわかるからな。でも学生のうちは無理だって伝えといたから」
「ご迷惑をおかけしました。ありがとうね、強志」
名前が自然に口から出て来た。
竜神が笑って、「おう」と答えてくれた。こんなに嬉しそうにしてくれるなら、もっと早く呼んでおけばよかった。
強志とぎゅっと恋人つなぎでお母さんの待つ車に乗り込んだ。
今日から竜神未来なんだ……嘘みたい!