スケートに行こう!(パラゼ部の部活)
「今日の部活はスケートだ。異論はないな?」
「スケート? いいっすねー。最近行ってねえし」
「私も! 楽しみだよ!」
いつもと同じ百合の突拍子も無い提案に、達樹と美穂子が一気に乗り気になったんだけど、俺は戸惑ってしまった。
「あの、一回も行ったことないけど初心者でも大丈夫?」
「ぼ、僕も行ったことない」
俺と虎太郎が手を挙げる。
寒がりの良太と美羽ちゃんのせいで、冬のスポーツとは無縁の生活を送っていたのだ。
もちろんスキーもスノボもやったことがない。
「誰でもみんな初めての時はあるだろうが。未来はともかく、虎太郎はすぐに慣れるだろう。ケツを蹴っ飛ばして教えてやる」
「も、もうちょっと穏便にやってほしいんだけど」
「部活服だ。着替えろ」
「え?
女子にはいかにも暖かそうな白のポンチョともこもこのワンピース。分厚い黒のタイツにはPARAZEのロゴが入っていた。
男子は黒のジャケットの後ろにロゴいり。
「お前らのファンに気付かれたら面倒くさいからな。あくまで部活の一環として遊びに――いや、冬の行事の学習に行く」
「はーい」
男子は外にけり出されて廊下で着替え、女子は部室で着替えた。
「これも付けておけ」
続いて百合に渡されたのは、ミトンの手袋とイヤーマフ。
着替え終わると、脱いだ制服と鞄を持って、冬月さんの運転するリムジンで送ってもらった。 この街にあるでっかいタワー。その下がスケートリンクになっていた。
それぞれのサイズのスケートシューズを借りる。
「しっかり閉めておけよ」
俺より履くのが早かった竜神が俺や美穂子の靴紐をぎっちり結んでくれる。
「わ、あ、歩きにくい……」
まだスケートリンクにも達してない。
絨毯の上で立っただけなのに、歩きにくさにびっくりしてしまう。
「大丈夫か、捕まれ」
「う、うん」
ありがたく竜神の腕にしがみ付く。
虎太郎もうまく立てなかったらしく、達樹の肩を持ってどうにか歩き出す。
絨毯の上でこれなんて、氷の上で滑れるかなぁ?
百合、美穂子、竜神、達樹は何の抵抗もなく氷の上に立った。
「わ、あ」
「あぶね」
続いてリンクに入った虎太郎が滑って慌てて竜神に支えられた。
俺は美穂子の手を借りてそっと降りる。
「え、え、勝手に滑っていく、怖い!」
「ゆっくり行くから、頑張って!」
「う、うん」
へっぴり腰で引っ張ってくれる美穂子についていく。
「ぅや」
それでも倒れて尻もちをついてしまった。
「大丈夫、未来!?」
「うん、平気」
虎太郎は手すりを使って滑るが、滑ってるんだか歩いているんだかわからないことになっている。
「二人ともまずは初心者リンクで練習しろ。竜神、特訓させてこい」
「わかったよ」
竜神に連れられて、さっきのリンクより四分の一以上狭いリンクに連れていかれた。
見るからに初心者さんたちが練習していた。
ここなら手すりも近いし滑りやすそう!
「てか未来先輩はともかく、虎太郎さんは体幹しっかりしててるんだからすぐ滑れるようになりますよ」
「そ、そうかな」
「ともかくってなんだ! 遠回しにけなすな!」
達樹に文句を言いつつ、竜神についてもらって俺も虎太郎も練習をした。
俺は手を握ってもらって、虎太郎は手首を掴んで。
ふらふらの俺と違って、虎太郎は5分もしないうちに普通に滑れるようになっていた。
「もう手助けはいらないな。リンクに行っていいぞ」
「うん!」
「虎太郎に負けた……」
「負けたとか思うなよ。虎太郎は空手もやってるし達樹の言うよう体幹が出来上がってるだけだから」
「ぬ……」
竜神に両手をひっぱられ、狭いリンクなのに誰もいない場所を滑った。
「気持ちいいかも」
スピード感もそうだけど、氷の上をすべる感触が気持ちいい。
「じゃあリンクに移るか」
「う、うん!」
初心者ゾーンを出て、大きいリンクに移ると、片手に竜神の手を、もう片手で手すりを掴んでゆっくり滑っていく。
「未来、滑れるようになったんだね」
「意外に早かったな」
「竜神に手を握ってもらわないとこけちゃいそうだけどな!」
「ほら」
「え」
竜神に引っ張られて手すりを放してしまった。
「わ、わ、」
そしていきなりの姫抱っこ。
思わず竜神の首にしがみついた。
そのまま竜神は滑りだした。
「は、早い!」
「滑り方がちょっと分かるだろ?」
「う、うん、気持ちいい、でも」
目立ってる目立ってる!
「わ、わかったから下して!」
「おう」
「所かまわずいちゃつくな」
百合が細い目をして言う。
「いちゃついたわけじゃないよ! 教えてもらってただけだ!」
「はいはい」
百合! 返事に誠意がない!
「その服、もこもこして触り心地良いな」
「そ、そう?」
「デザイナーに作らせた物だからな」
「虎太郎さん、スピード出し過ぎ! あんた慣れて無いくせ人にぶつかったらどうするんですか」
「あ、そうだね、ごめん」
ききゅ、と音をたてて反転し、達樹を向いて止まる。初心者とは思えないほど慣れてるのがやっぱりちょっと悔しい。
「久しぶりだけど楽しいなぁ」
美穂子が俺の横を通り過ぎていく。
そして百合と手をつないで二人で滑ってった。
俺と竜神もまた手をつないで滑る。
気持ちいい。
「スケートって楽しかったんだなー」
「そりゃよかった。転びまくってトラウマになるかと思ってたぞ」
「竜神がいなかったらトラウマになってました」
「あ、これベックスに投稿するから虎太郎さんそのまま止まっててください」
「えー」
「えーじゃねえ。いい加減写真に慣れてください」
スマホで写真を連写でとると、達樹はそのままスマホをポケットに入れてしまった。
「ベックスに投稿するんじゃなかったの?」
「リアルタイムだとファンの人がきて面倒だから明日投稿します」
「なるほどー」
有名人って大変なんだな。
後日達樹のベックスを見たら、フォロワーが百万人超えていた。
これは確かに自衛しないと大変なことになるな、と納得したのだった。