指輪に突っ込みを入れられまくる未来
うちの学校に校則はほぼない。
ピアスを何個つけててもOKだし私服登校もありである。
でも、補習をやっても合格点が取れなかったら即退学という厳しい学校なんだよな。
学力があればなにをしてもいいけど、学力が無かったら切り捨てていく。
だから俺も虎太郎からもらったネックレスつけっぱなしだし。
でも……指輪、どうしよう。俺の指にぴったりだけど、万一外れて無くしたらもう号泣するしかない。汚したら嫌だし……。
「どうした、朝から眉間にしわが寄ってるぞ」
「う……」
今は朝食中。
向かいに座る竜神の顔をまともに見れなくて視線を落としてしまう。
頬が熱い。
だ、だって、キスしちゃった。
恥ずかしい。
顔なんてまともに見ることすらできないんだもん。
「まだ照れてるのか」
「あ、当たり前だろ!」
竜神とまっすぐに目が合っちゃって、耳まで赤くなるのが自分でわかった。
「可愛いな」
笑ってそう言う。
「簡単に可愛いとかいうな!」
「簡単じゃねえよ。本気で思ったから言っただけだ」
「う~~~」
「お前が慣れるように毎日するか」
「やめて! 心臓が持たないもん!!」
「すぐ慣れるから心配すんな」
「メンタルオリハルコンのお前が言うな!」
絶対なれない!
「で、なにを悩んでるんだ?」
「う……、指輪を学校に付けて行こうかどうかを悩んでいます。無くしたり汚したりするのが嫌だし……」
「オレはつけてほしいけどな」
「う……」
そうだよな。せっかくのプレゼント、しかも指輪なんだもん。
「竜神がそういうならつけて行こうかな……」
自分の指で光る指輪に唇を押し付けてしまう。
――――
「おはようございまーす」
校門前でばったりと達樹に出会ってしまった。
「お、おはよう」
指輪をからかわれそうで、右手で咄嗟にかばってしまう。
「先輩、隠しても無駄っすよ。ばっちり見ちまいました結婚指輪」
「け、結婚じゃないよ、婚約指輪!」
「ほとんど同じじゃないですか。あーあ、これでおれが未来先輩と付き合う可能性がゼロになっちまいましたよ」
「初めからゼロだけど?」
「いや、そう真顔で言われるといくらおれでも傷付きますからね? 竜神先輩、今度はプレゼントはずさなかったんすね」
「そうだよ。だから未来にちょっかいかけんな」
「おれと未来先輩が付き合う可能性が1%ぐらいはあると思ってたんだけどなー」
あるわけないだろ! 俺と同じぐらい怖がりで虫苦手で昔から知ってる達樹とつきあうなんて良太と付き合うぐらいありえない。
「未来ー!」
後ろから抱きしめられてしまう。む、胸が当たってます美穂子さん! やらかい!
「指輪もらったんだ、よかったね! 竜神君、去年のプレゼントはどうかと思ったけど、今回のプレゼントは大当たりだよ! ふふ、これで未来ちゃんは名実ともに竜神くんのお嫁さんになっちゃったんだね」
「お、お嫁さん!?」
「左手薬指の指輪なんだよ、お嫁さんだよ」
「そ、それは……」
思わず竜神を見上げてしまう。
「オレはそのつもりで渡してるからな」
「う、うん……!」
「まぁ人妻になろうがそれを奪うのが楽しいから私はどっちでも構わんがな」
今度は百合に抱きしめられてしまう。
「百合……お前とだけは絶対付き合わないと断言できる」
きっぱりと断ると、「そう考えているのは今のうちだ」と耳の後ろにふぅ、と息を吐きかけられた。
「きゃ……」
ぞくりと全身にしびれが走って女の子みたいな悲鳴を上げてしまう。
いや、女の子だけどさ!
「やめろ百合」
竜神が百合を引き剥がしてくれる。
「もー、百合のバカ! ぞくぞくしちゃっただろ!」
「今の程度でゾクゾクするのか」
どうやら弱みを握られてしまったようで、百合が良くない顔で笑っていた。
もー、絶対何かするつもりだな!
「ミキミキーー! 左手の指輪なに!? ひょっとして竜神と結婚するの!?」
琴音が飛びついてきた。
「結婚するよ。そのための婚約指輪」
竜神があっけらかんと言った。
改めて嬉しくなって、竜神のブレザーの袖を掴んだ。
その手を繋がれてしまう。
「ふん!」
つないだ手をチョップで引きはがされてしまった。
「メイちゃん」
「なにその指輪! 20万ぐらいの安物じゃん! アタシが百万単位の指輪あげる」
「いらないよ! 竜神からもらったこの指輪が大事な指輪なんだから!」
「ぐぐぐ……相変わらずのバカップル……未来の馬鹿!」
悪口を残して走り去っていってしまった。
「本当に結婚までするつもりだったのか……」
次に話しかけて来たのは藤堂君率いるボクシング部の三人。
「結婚するつもりだったに決まってるだろ」
ブレザーの手が恋人つなぎに結びなおされた。
「う、へへ」
変な笑いをしながら、またボロボロ涙が流れてしまった。
「み、未来」
竜神が慌ててハンカチで涙を拭いてくれた。
これを機に、竜神が虎太郎や達樹に俺を売っているというデマが一層されたのは良かったな。
「みーきー、婚約指輪もらったんだってな」
クラスに入ると俺の前の席の良太がさっそくからかってきた。
「う、うん」
「これが噂の指輪か、たっかそー」
「うん、高そうだよな。宝石外れないか心配。あ、そうだ」
机の前に膝をついて胸を机に乗せて、良太の頭の上にポンと弁当箱を置く。
「なんだこれ、弁当?」
「うん! 中身は唐揚げ。 今日作りすぎちゃってさー、美羽ちゃんと二人で食べてくれよ」
「おーマジか! お前の唐揚げうまいんだよなー!」
「ふふふ、お前の好物だもんな。今回も味は保証するぞ」
ビシ、とピースを繰り出す。
匂いに我慢できなくなったみたいで弁当箱から唐揚げを一つ口に入れる。
「これこれ、この味! やべえ止まらなくなるかも」
「美羽ちゃんにもちゃんと残せよなー」
「それにしてもまたでかくなったんじゃね? おっぱい」
「な、変なこと言うな! でも肩こりがきついんだよなーこうしてると楽ー。俺、栄養が全部胸に行ってるのかも」
「お前自分の事わたしって言うって言ってなかったか?」
「あ、そだった。お前の前じゃつい気を抜いちゃうんだよなぁ」
「私たちの前でも俺でいいんだよ?」
良太の隣の席の美穂子が言う。
「それじゃダメなんだ。ちゃんと竜神にふさわしい女になるんだから」
立ち上がってぐ、と拳を握る。
「つか、唐揚げが余るってどういうこと? 良太先輩、俺にもください」
達樹が弁当に手を伸ばそうとするが、良太がパシンと弁当を閉めてしまった。
「久しぶりの未来の手料理なんだ。一個も渡さねえ」
良太と達樹の間に火花が飛ぶ
「ねぇ、美穂子、未来、百合、ちょっと来て!」
「なになに?」
柳瀬のグループに呼ばれて混じると、指輪の事を散々突っ込まれてしまった。
「うらやましー、私も彼氏から指輪貰いたいよー」
「竜神君ってこんな優しいとこもあったんだね、意外ー」
「よし、次は私が未来に結婚指輪を送ろう」
「何言ってんだよ百合……受け取るわけないだろう」
「お前は竜神の傍にいるより私の傍にいるほうが幸せにしてやれるからな」
「その根拠は一体どこから!?」
指輪のことについて、突っ込まれるかと思ったけど予想以上に突っ込まれまくってぐったりなってしまった。
ヘロヘロと竜神の前の自分の席に座る。そして竜神の机に突っ伏す。
竜神は髪の流れに逆らわないように、そっと髪を撫でてくれた。
左手薬指の指輪が、日の光を反射してキラリと光った。
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無意識に指輪にキスしてる(クラスメイト視点)
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文化祭ごとになぜか百合さんに引っ張られてしまう、寺戸と申します。クラスで一番地味で人畜無害だと自負しています。身長も低いです。自他とも認めるもやしっ子です。
でも、斜め前に座っている日向未来さんは僕よりも小柄だ。
足も腕も体も細くて、少し乱暴に扱っただけでも壊れてしまいそうな……そんな容姿をしている。しかも超絶美人。
竜神君と付き合っているって聞いた時は、絶対暴力で脅かして付き合っているんだと思った。
でも、二人を見ているととてもそうは思えなくなってきた。
むしろ日向さんのほうが竜神君のことを大好きだと思っているような。
指輪を貰った日もすごく嬉しそうにしてたし。
で、その指輪なんですが。
今は期末テスト中。
日向さんはペンが止まると必ず指輪にキスをしていた。
キスというより唇に押し付けているだけかもしれないけど。
しばらく考えて、テスト用紙にシャープペンを走らせている。
そしてまた止まると指輪にキスする。
無意識なんだろうな。
その仕草がまるで竜神君を頼ってるような、不思議な感じ。
最近ようやくわかってきたことだけど、竜神君はめったに怒らないし、暴力も振るわない。
暴力を振るうときは誰かを守るときだけだ。
そんな優しいところに惹かれたんだろう。
ちょっとだけ羨ましくなりながらも、僕もテストに集中するのであった。