竜神のバイト
「ひまー」
今日は日曜日。なのに、竜神が休みにびっちりとバイトを入れてるので一人にされた俺は暇でしょうがないのである。
バイト内容は建築関係。大変な仕事だし、怪我をしないかちょっと心配。
前からたまにバイト入れてたけど、今月は特に多いし。
「そだ、お弁当作って持って行こ!」
作るって言ったのに「朝が早いからお前まで起きる必要はねーよ。休みなんだから寝てろ」と遠慮されてしまったのだ。
確か今日の現場は駅一つ分ぐらいの距離にあった。
そうと決まればお弁当作りだ!
――――
と、意気込んでお弁当を作り、白いブラウスに黒のリボンを蝶結びにし、下品にならない程度の丈の黒のスカートをはく。
精いっぱいのお洒落をして休憩時間だろう12時前に現場に着いたんだけど、
「ビ、ビル作りなんて聞いてないぞ」
竜神は三階部分に居た。
作業員さんも大勢いて、怒号と指示が飛び交っている。
「うーし、そろそろメシにすっか! 全員降りてこい、休憩だ!」
監督さんっぽい人がそう言った。
やった、ばっちりの時間だった!
「ういーっす」
あちこちから返事が上がる。
「ようやくメシか。強志、またあそこの定食食いに行くかぁー!?」
五階部分を建築していたおじさんが大声で竜神を呼んだ。
しまった、もう仲良くしてる人が居たんだ!
余計な事しちゃったな。
このままそっと帰ろうかな。
「おや、嬢ちゃんどうした?」
回れ右したら監督さんに呼び止められてしまった。
「って、えれー美人さんだな。誰かの娘か?」
「あ、あの、強志君の……」
彼女ですって自分で言うのがなぜか恥ずかしくて言えなかった。
「強志の彼女か! こんな可愛い彼女がいたなんて、あいつも隅に置けねえなぁ。手に持ってるのは弁当か?」
「は、はい……」
「おーい強志、降りてこい! 美人の彼女さんが呼んでるぞー!」
監督さんが竜神を呼んでしまった。
「未来! どうしたんだこんな所に」
「ひえー、えらい別嬪さんじゃねーか。強志の彼女にしとくのはもったいねえなぁ。おじちゃんの愛人にならねえか?」
「やめてくれよ昭二さん。こいつは絶対に渡さねえ」
「弁当持ってきてくれたんだってよ。美人の上に献身的なんて、こんな彼女どこで見つけてきたんだぁ?」
監督さんがメガホンを肩でポンポンしながら言う。
「弁当……? わざわざ作ってくれたのか、ありがとうな」
「で、でも、なんかタイミング悪かったみたいでごめん。余計な事しちゃった」
「余計なことじゃねーよ。お前の料理が一番スタミナ付くから」
「ごめん」
「謝るなって。やっぱ美味そうじゃねーか」
弁当箱を開いて褒めてくれる。
「へー! 確かに美味そうだな。別嬪の上に飯までこのレベルたぁ、あれだな、高スペックって奴だな」
「あ、昭二さん」
竜神を呼んだおじさんがお弁当から卵焼きをつまみ上げた。
「ん、うめー! お前果報者だな。彼女さんを大事にしてやれよ」
腰をバシンと叩かれて「いて、」と声を上げる。
「一緒に食べられたらいいなって思って、自分の分も作って来ちゃった」
竜神のお弁当は傾いたら嫌だから手で持ってきたけど、俺の弁当は小さいからバッグの中に入れてた。
「そうか。じゃあ一緒に食おう」
竜神がジャケットを脱いで土が盛り上がった場所に敷いた。
「ジャケット汚れちゃうよ?」
季節はもう10月だ。なのにジャケットの下には半袖のTシャツしか着ていなかった。
「お前の座る場所。土に直接座ったら服が汚れるだろ」
「え、気にしないでいいよ! 竜神が風邪ひいちゃう!」
「大丈夫だよこんぐらい」「わ」
抱き上げられてジャケットに座らせられてしまった。
竜神が隣に座る。そして早速食べだした。
「うん、うめー。休みなのに弁当作らせて悪かったな」
「悪くないよ。暇だったから作っただけだし」
「おじちゃんも一緒していいか?」
昭二さんと呼ばれていたおじさんが前にあった土の盛り上がりに座ってコンビニ弁当を掲げた。
「は、はい」
「あんまり話しかけないでやってくれ。恥ずかしがり屋だからな」
「なんだぁ? えらい大事にしてんだな。いいことだぞ。ウチのかーちゃんなんか」
「俺も一緒させてくれ。アスパラのベーコン巻きいただき」
「俺も俺も」
「オレが食う分が無くなるだろ」
あっという間におじさんたちに囲まれてしまった。
「こんな可愛い彼女を隠してたなんて水臭い奴だな全く」
若めの人が竜神の頭をぐりぐりして笑う。
「だから恥ずかしがり屋だからって言ってるだろ。なんで今日に限って集まってくるんだよ……」
「だ、大丈夫だから! 皆さん、強志君をよろしくお願いします!」
「強志は力あるから重宝してるよ。仕事もできるヤツだしな」
「そうそう。このままここに就職して欲しいぐらいだぜ」
「――――――」
竜神の箸が止まった。
「? どうしたの?」
「いや、初めて呼ばれたなと思って」
「なにが?」
「名前」
「え?」
そ、そうだっけ?
「竜神と一緒に暮らすためにお父さんやお母さん達に挨拶した時に呼んだはずだけど」
竜神家の人たちの前で竜神なんて呼ぶのおかしいし。
「あれは付き合う前だろ」
「って、お前たち同棲してんのか? 高校生なのに?」
俺たちの話を聞いていたおじさんが突っ込みを入れてくる。
「結婚前提の付き合いしてるからな」
「へー! そうだったのか! ちゃんと避妊はしてるだろうな?」
「だからそういう話題はやめてくれ! まだなんもしてねーし!」
「は? お前若いのにEDか?」
「それ以上言うと先輩でも殴りますよ」
「わ、悪かった」
竜神の迫力におじさんたちが気圧される。
ひ、ひにんって……!
「ありゃ、彼女さんが真っ赤になっちまった」
「ごめんごめん、若いお嬢さんには刺激の強い話題だったな」
「い、いえ……」
そ、想像してしまった。
ひょっとして、竜神、したいのかな……したいに決まってるよな。俺の心の準備が全然できてないから無理だけど……無理って、わかってくれて、我慢してるんだろうな……。
「話戻すけど、名前」
竜神の声で現実に戻ってくる。
「う、うん。名前がなんだっけ?」
「これからは名前で呼んでくれよ。達樹も虎太郎も名前呼びなのにオレだけずっと名字呼びなのは不公平だろ」
え。
「な、名前呼び……、」
「なんでそこで赤くなるんだよ」
「だ、だって、りゅうは竜神だから……」
「……そうか……」
まだ名前を呼ぶ心構えも出来てないとは我ながらびっくりだ。
クラスメイトだって強志って呼んでるのに。
ここの現場の人だって。
強志。
うーやっぱり恥ずかしい!