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モブ君(ある朝突然)絶世の美少女になる  作者: イヌスキ
一章 体の違いに右往左往する
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おっぱい重たい【挿絵有り】

「ぎゃぁああ――――――!!?」



 声の限りに俺は叫んだ。胸が重たかったのはこいつのせいか!


「なな、ななななんで俺が女になってんだよ!」

 兄ちゃんの襟首に齧りつく。男だった時は身長差は数センチしかなかったのに、二十センチは差が開いている。


「自分の胸に手を当ててよーく考えてみろ。お前には自業自得という言葉をのしを付けて進呈しよう」

 必要以上に冷静沈着な声に記憶がまざまざと蘇ってきた。

 そうだ、俺、交通事故で――――。


「俺の体、どうにかなったのか?」


 目を開けるだけ開いて問いかける。兄ちゃんにしては馬鹿馬鹿しい質問だったのだろう。深い溜息が返って来た。


「お前の体はズタズタだった。骨折六十箇所、内蔵は破裂した上にはみ出していて、右手と右足は地面に擦り切れて半分になっていて――」

「も、もうイイデス!」


 果てしなく続きそうな気色の悪い説明を慌てて遮る。俺の体、そこまでボロボロになっちゃったのか? あんまり痛くなかったのに。

「それで、どうして女になってんだ?」


「その子の名前は上田早苗、お前と同じ十五歳の高校生だ。遺書が無かったので動機は不明だが、手首を切って自殺を謀ったんだ。

 発見が早くて命は助かったが、残念ながら、脳へ血液が流れない時間が長すぎて脳死状態になっていた。それからもう一ヶ月が過ぎている。生き返る望みはないと、泣く泣く生命維持装置を外そうとしていた所に、お前が交通事故で運ばれてきた。

 申し合わせたように同じ血液型だったので、即死でもおかしくない重態だったのに死んではいなかったお前の脳を、その少女の体に移植したというわけだ。わかったか、愚弟よ」


「そ、そんなことって許されるのかよ!? 俺の人権も上田早苗さんの人権も無視して……」


「交通ルールも守れんような猿に人権などない。少女の人権の方だが……猿頭のお前も聞いたことぐらいあるだろう。脳死はいわゆる死だ。死んでいる人間に確認は取れない。だから、ご両親に確認を取ったのだが、かえって喜んでらしたよ。娘の体だけでも幸せになって欲しいと仰っていた」

 そうなのか? 泣かせる話だな……。


「って、それとこれとは別だ――!」


 拳を振り回して叫ぶ。

「俺は冗談じゃねーぞ! ズタボロでもいいから体を返せ!」


 十五年間男として生きてきたのに、いきなり女になって、はいそうですか、って生きていけるはずないだろうが!


「あ、それは無理だ」

 兄ちゃんはあっさりと手を振る。


「お前の体はとっくに火葬にされた。そこの机の上に骨壷が乗ってるだろう?」

 病室の一角の薄暗い場所に設置してある机、その上に、葬儀の際喪主が持つ多角形の箱が置いてある。


 う――そだ――――! 十五年間、朝も夜も昼も楽しい時も苦しい時も一緒に生きてきた俺の体が、こんなコンパクトにおさまってるなんてえええ!


「葬儀もすんだからな」

「俺の体になんてことしやがるんだぁああ!」


 涙目で兄ちゃんに飛び掛ろうとしたが、隣に立っていた母ちゃんに叩き込みを掛けられた。

 病床についていた痩せっぽっちの体はあっさりと床に崩れ落ちた。

「命を救ってくれた兄ちゃんにお礼の一言もなし、親に心配をかけてごめんなさいの一言も無しで、自分の都合ばかり喚くんじゃないよ! このバカ息子は……」

 再び母ちゃんが目頭を押さえて、言葉に詰まってしまった。息子が交通事故に会って、ひき肉みたいになった姿を目の当たりにしたら、半狂乱になってもおかしくないよな。

「そりゃ、俺が悪かったけどさ……」

「でも、災い転じて福となったね」

 にっこり、と突然の笑顔。


「欲しい欲しいと思ってた娘が、こんな形でできるなんてねぇ。猛を授かった後は子宝に恵まれず、ようやくできたと思った子は男の子。それからすぐお父さんが亡くなって、私に似た可愛い女の子を胸に抱くのは諦めていたんだけど……。こーんな可愛い娘ができるなんて!」


 本当に嬉しそうに、母ちゃんは俺の頬を人差し指で突いた。おいこら、本当に悲しんだんだろうな!?

 隣に立っていた兄ちゃんも俺の肩を叩いた。


「兄ちゃんもお前の生まれ変わりを心から喜んでいるぞ。成績は中の中、サッカーは上手いようだがプロ入りできる実力ではなし、顔に至っては、十人いれば二三人は同じ顔がいるという典型的なモブ顔。童貞彼女無し。そのお前が絶世の美女になれたんだからな」


 確かに俺はモブ顔だったよ! 確かに彼女居ない歴十五年だったよ童貞だったよ! でも、でも、でも、女になるなんて、そんなのありなのか!?


――――☆


 余りのショックに俺はその後意識を失った。ようだった。

 二回目の覚醒は夜だ。部屋に掛けられた時計の針は11時を指している。


 目を覚ましたのに悪夢が覚めない。胸は大きく膨らんだままだった。俯いた顔の左右からさらさらと髪の毛も流れてる。


(なんで、こんなことに)


 喋ろうとしたのに、声が出なかった。


(え? なんで?)



 喉を押さえて声を出そうとするけど、ヒューヒューと息が漏れるだけ。

 一難去ってまた一難。いや、違う、難は去ってない。だって体が女の子のままなんだもん。声まで出せなくなっちゃうなんて……!!


(もう嫌だ……!!!)


 病院にいるから悪夢が覚めないんだ。家に帰ろう!


 見慣れた自分の部屋を思い返す。あの部屋に戻れば、きっと、何も変わらない生活に戻れるはず。

 スリッパを履き、靴にも履き替えないまま俺は夜の街に飛び出していた。


 誰かが俺を止める声が聞こえたけど、振り返りはしなかった。


 車道を横切り歩道を走り――あそこの公園を横切れば近道できる。

 この街でも1,2を争う大きな自然公園に走り込む。

 遊具は特に置いてないものの、犬の散歩やピクニック、ロードワークを楽しむ人で賑わう公園だ。

 といえども、当然ながらこの時間はほとんど無人だった。


「!」


 突風が吹き、木々が波音のようなざわめきを上げる。

 本当に今更に、今が真夜中に近い夜だと思い出した。


 気温も低く、一気に背筋が寒くなり自分で自分の体を抱きしめる。


 ――こ、こわいかも。急速に心細くなってきたぞ。


 今にも木の陰からお化けが飛び出してきそう。だめだ、変なこと考えるな俺。


 誰か居ないかな? あ、居た! 良かった……。あの人達の後ろに付いて行こっと。


 少し前を大学生らしい男が四人組で歩いていた。お酒を呑んでるようでフラフラした足取りだけど、楽しそうには笑いながら歩いている。賑やかな兄ちゃんたちの後ろをこっそりとついていく。



 一人がこちらを振り返り大声で言った。


「おぉ? すげーかわいい子見つけー」


 え?


 すげー、可愛いって……?


 思わず周りを見回すが誰も居ない。


 酔っぱらい過ぎて幻覚でも見てんのかな? と思いつつ後を付いて行くけど、男たちの視線は俺を見てた。


(え? どうして?)


(あ、そっか)


 二つの異なる感想が同時に脳内に浮かぶ。



 俺だって思ったじゃないか。鏡を見て、すげー可愛い女の子だって。



 男が距離を詰めてくる。

「こんなとこで一人で何してんの? ひょっとして家出?」


 腕が伸びてくる。

 恐怖にドクンと心臓が跳ねた。


(やばい、逃げなきゃ)


 返事もせずに回れ右して走り出す、けど、服を掴まれた。

「――――ぁ!」


「逃げなくてもいいのにー。俺たちとちょっと話そうよ」


 放せよ!!


 叫ぼうとするものの、喉から漏れるのは呼吸音ばかりだ。

「えー、ひょっとして声出せねえの?」


 男の声が下卑た響きになる。腕を引っ張られると、自分でも考えられないぐらいに軽く体が浮いた。なに、この体! こんなに簡単に他人の思い通りにされちゃうの!?


 いやだ、はなせ!!


 咄嗟に男の脇腹を蹴って逃げ出した。

 スリッパが脱げてしまうけど構ってる暇なんかない。早く大通りに逃げなきゃ。人の居るところに行かなきゃ――。


 ザクザクと柔らかい裸足が小石に刻まれる。痛みに気が付くことさえ出来ずに俺は必死に走ったんだけど、逃走劇は長くは続かなかった。


 男たちは笑いながら俺を追いかけてきた。


 前に回り込み、行く手を塞ぐ。肩で息をする俺とは対照的に楽しそうに爆笑してる。

 怖い。情けないことに目尻に涙が滲んできた。

 男の癖に男に追いかけまわされて泣くなんて恥ずかしい。泣きたくないのに虚勢さえ張れない。


 四人がかりで追い詰められ、今度こそ痛みを感じるぐらいに強く腕を握られた。周りを男たちに囲まれる。


 これじゃ、逃げられない。

 俺の身長、いま、どのぐらいなんだろう。


 囲む男達がひどく大きく見える。多分、一番身長が高い男でも170センチ無いはずなのに、2メートルぐらいに見える。


 ぐるりと眩暈がした。




「いきなり蹴るなんて酷いよねー。痛かったよ。ちょっとそこの草むらで慰めてよ」

「いこーいこー」

 男が指さすのは、俺の身長以上もある木で真っ暗な影を落としている暗がりだった。


 嫌だ、やめろ、誰か助けて……!!


 叫びたいのに、声が出ない――――!!!!


「おい、やめろ」


 俺の願いが届いたのか、第三者の声が割って入った。


「あぁ? 楽しいナンパの邪魔してんじゃねーよ。女が欲しけりゃぁほか当たれ。早いもん勝ちな――」


 男が文句を言って振り返る。そして息を呑んだ。そこに立つのが身長190センチもある、あきらかに喧嘩なれしていそうな男だったから。


 俺は二重の意味で驚いてしまった。


 止めてくれたのが俺のクラスメイトでもあったからだったからだ。


 竜神強志。


 まだ高校に入学して数週間しかたってない。一度も話したことさえ無いってのに、フルネームで覚えてしまった同級生だ。


挿絵(By みてみん)


 身長は多分190センチ。

 吊り上がった目は獲物を探すかのように鋭く、俺みたいな根性無しは、こいつの視界に入っただけでも硬直してしまう程だった。目を合わせるなんてとんでもない。多分その瞬間ぶん殴られる。


 俺と竜神が同じクラスだと知ったサッカー部の先輩達からまで、竜神には注意しろって忠告されたぐらいだ。


 流れてる噂話はとんでもないものばかりだった。女を脅しておっさんと援助交際をさせ金を巻き上げているとか、先輩を刺したとか。



 ぜ、前門の虎、後門の狼とはこのことか。




「放してやれよ」

 竜神が詰め寄ってくる。


「う、うるせえ、お前には関係ねえだろうが!」

「邪魔すんじゃねぇ!!」

 男達も喧嘩なれしてた。俺の腕を掴んだ一人が竜神を罵倒し引き付けている間に、一人がゆっくりと俺達から離れ竜神の視界から外れた。


 完全に竜神の死角に入ってから、拳を振り上げ突っ込む!!

(あぶない!)


 声は出なかったけど唇だけで叫ぶ。


 竜神は面倒くさそうに足を上げると、男の腹に強烈な蹴りを入れた。死角から飛び掛かった男を見もしなかったのに!


「ぐぅ……!」


 成人した男が軽く飛ばされ石畳の上を肩から滑る。

 一斉に酔いが冷めたのか大学生たち全員が真っ青になって竜神を振り仰いだ。


「おい、行くぞ」「お、う」

 蹴られた男に手を貸すのもそこそこに元酔っ払いたちが逃げていく。


 ど、どう、どうしよう、あいつらが竜神に変わったところで俺のピンチは変わんないぞ。


 逃げたいのに足が竦んで動かない。怖い。




 大きな体が、正面に、立つ。


 体を完全に覆いつくす影が俺の上に落ち、呼吸が止まる――――!!




「大丈夫だったか? ……裸足じゃねか、そこに座れ」


「――――!!!!!?」


 予想外に穏やかに話しかけられ、びっくりしすぎて硬直してしまった。


「花壇のふちに座れって。土の上に裸足で立ってたら怪我するだろうが」


「……!? ……!!!?」


 言葉も出ないまま、言われるがまま花壇のふちに腰掛ける。ずきりと足の裏が痛んだ。……怖くて傷を見れないけど、結構切れてる……んだろうな……。


 竜神が俺の前にしゃがみ込んだ。


 俺を威圧するヤンキー座りじゃなく、片膝をついた中世の騎士みたいな体勢で。

 ハンカチを取り出して、俺の足を拭いてくれた。


「――――――!!!!」

「やっぱり怪我してるじゃねえか。くそ、オレが気付くのがもう少し早けりゃよかったのに」


 そんなことない。ただの自業自得だ!

 次はスマホを取り出して俺の手に乗せた。


「ほら、スマホ貸してやっから親に連絡しろ。その恰好、病院着じゃねーか。どっかから抜け出して来たんだろ? 裸足のままじゃ帰れないから迎えに来てもらえ」


「――――――!!!???」


「迎えが来るまではオレが傍に居てやるから」


 あ、あれ!? 竜神ってこんな奴だったの? 数々流れてる物騒な噂のイメージとは全然違うんだけど、すっげーいい奴にしか見えないんだけど、どういうこと? え!?

挿絵をダンダダン男子様よりいただきました!!!!!

ありがとうございますありがとうございます!気づくのが遅くなって(遅くなりすぎて)本当に申し訳ありませんでした…!

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