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南国パラダイス島へ旅行に行きます!!

 船着場からホテルまではバスであっという間の距離だった。

「うわー、綺麗」

「素敵なペンションだね」

 予想していたよりもずっと感じがいい。何より新しいのがいい! 木の香りが気持ちいいな。これならお札を探す必要は無いかもしれない。まだ、呪われてないだろうし。


 入ってすぐは吹き抜けで、靴で入っていく洋風タイプの建物なんだけど、奥には畳敷きの部屋と床の間があった。窓には障子があり刀や掛け軸まで飾ってある。外国人やお年寄り向けのサービスなのかも。


 ガイドさんが部屋割りを告げていく。


 ショートさんは一人部屋、

 大学生の男性二人が同じ部屋、

 浅見虎太郎と王鳥達樹が同じ部屋、

 美穂子ちゃんと百合ちゃんが同じ部屋、

 そして、


「205号室、日向様、竜神様」


「え」

 お、俺とヤクザが同じ部屋なの!? なんで!?


「オレと日向さんが同室……?」

 ヤクザまで戸惑ってる。そりゃそうだよな。

「な、なんで見ず知らずの男女が同じ部屋になるんですか!?」

 せめて見ず知らずの同性でお願いします!


「なぜと言われましても……、こういう部屋割りでして」

 なんという雑な理由。これで納得できる人間がいるなら連れてきてほしいぐらいだ。


「…じゃあ、オレはロビーで寝るから部屋は一人で使ってくれ」

「ええええ!?」


 ヤクザが後頭部に手をやりながらそんな提案を切り出してくる。


「き、気にすんなって! せっかく旅行に来たのに、ゆっくりできないのはもったいないだろ」

 流石にそこまで気を遣わせる分けにはいかない。

「竜神君を追い出すぐらいなら、俺がロビーで寝るから」


「そんな訳行くかよ。オレはどこでも寝れるから気にすんな」

「で、でも」

「じゃあ、末来ちゃんが私たちの部屋においで。私と一緒に寝よう」

 美穂子ちゃんが後ろから肩に腕をまわしてくる。

「え” それはそれで問題が……」

「どうして? 人が居たら寝れないタイプ?」


 全然違う。むしろ一人にされたほうが(怖くて)眠れないと思う。


「ち、違うけど……」

「ならいいよね、百合ちゃん」

「えぇ勿論よ。人数が多いほうが楽しいもの」


 で、でも、でも、とか言いそうになっちゃったけど、ご厚意に甘えさせてもらう。

 だって、男と一緒の部屋で寝たら襲われるかもしれないし。

 襲われたら怖――突然に目の前がブラックアウトした。

 なぜ?

 頭が痛い。怖い、指先も足も冷たくなる。呼吸が、できない、

「日向さん?」

 竜神の声が俺の名前を呼んだ。

 一気に体が楽になる。固まってしまった肺が動き出して酸素を体に取り込み始める。


「え、う」

「大丈夫か? 顔色が真っ青だぞ」

「う、ん、平気」


「部屋割りが決まったところで、シェフの紹介をさせていただきます。東京の三ツ星レストランにも在籍したことのある、諸星シェフです」

 ガイドさんが奥に引っ込み、「な…!?」と悲鳴を上げた。


「なんだこれ、食べ物が荒らされてる……!!?」


 荒らされてる? 悲鳴につられるように俺たちも全員調理場に足を踏み入れた。

 ロビーとは別室になった、大きなダイニングキッチンだった。

 まず真っ先に目に飛び込んできたのは、色とりどりの花が飾られた大きな長いテーブルだ。

 その奥の広いキッチンの中央に鎮座した両開きの冷蔵庫が、扉だけでなく引き出しまで全開にされていた。


 床には野菜や肉が散らばってる。エアコンが温度を調整しているとはいえども夏だ。一部が腐って嫌な臭いを放っていた。

「うわ、もったいないー」「もったいねええ」

 悲しみに満ちた俺と達樹の声がはもった。

 中にはステーキ肉もあったんだもん! 踏みつぶされてるのか、変に引き千切られてるけど。

「諸星さん…諸星さん!」

 ガイドさんが名前を呼びながら探し回るけど、シェフの姿はどこにもなかった。


「え、飯を作ってくれる人が居ないんですか?」


 食べ物が無い上にシェフさんも居ないなんて最悪じゃないか!


「す、すぐに食い物を持ってこさせろ! 旅行に来たのに食い物もないなんて冗談じゃない!」

 酒を飲んだ男たちがガイドさんに怒鳴った。

「は、はい」

 ガイドさんがベビーチョコみたいなアンテナがついた衛星携帯を取り出すが、

「あ、あれ? 繋がらない? 電源が入らない?」

 と慌てだした。

 電源が入らない? バッグのポケットに突っ込んでたスマホを取り出す。

 皆もほぼ同時にそれぞれの端末を手にする。


「え?」

 サイドボタンを押して表示されたのは、見慣れた待ち受けじゃなくホワイトノイズだった。

 こ、壊れた!? そんな、この携帯兄ちゃんから買ってもらったばっかりなのに!


「これは」

「携帯にノイズが走っとる」

 隣に立っていた零戦爺ちゃんの手元をついつい覗き込んでしまった。ガラケーのそれも表示されているのは俺と同じ画面だ。


『…ラ――』

 突然、手元の携帯から歌声のようなものが流れてきた。

 男の声と女の声が混じっているのに、男声と女声を分けて聞くことができない。二つで一つに溶け合った声だ。


「なに、これ」

 ビビッて腕を伸ばした途端に

『ラ―――ラララ――――ララララララ――ララララララ――』

 歌声がどんどん甲高くなり金切り音となった。

「うわあああ!?」「きゃあああ!??」

 何人かの客が一気に携帯を床に落としてしまう。もちろん俺も! 飛びついて電源を切る。

『ラララララララ――――』


「何だ? この音」

「ここら辺は電波が弱いだろうし、混線かな?」

「うるさいから音量を下げたいのに下げられないのね」


 竜神、浅見虎太郎、百合ちゃんが金切り声を聞きながら平然と意見を出し合う。


「切ってください!!」

 俺が百合ちゃんに、達樹が竜神と浅見に飛びついて携帯の電源を落とす。


「な、何すかこれ、死ぬほどビビったあああ!」

「多分混線だよ」

「通話もしてないのに混線してくるわけねーっしょ!」

「そういうこともあるんじゃないかな」

 ねーよ! 冷静な浅見相手に達樹がぎゃーぎゃー暴れるが、この状況では騒ぐこいつのお蔭で逆に落ち着けた。


「これも、駄目か……」

 木で作られたアンティーク調の電話を手にしていた山本さんが諦めて受話器を下す。


「いきなり全部の通信機が使えなくなったということは、磁場の影響なのかもしれないわね。心配しないで大丈夫よ、未来ちゃん」

 百合ちゃんが綺麗な笑顔で微笑みかけてくる。

「う、うん」

 深窓のご令嬢って外見なのに意外と根性座ってるなぁ。同じ美女でも美穂子ちゃんは平気なのに、百合ちゃんと話すと緊張してしまう。


「つ、次の船はいつなんじゃ? すぐに迎えはくるのか?」


 おじいちゃんが詰め寄っていく。

「次の船は、三日後の昼なんです。皆様がお帰りになるのと同時に迎えが来ることになっていまして」

「三日後!?」

「三日も食料なしで過ごさないといけないのか!?」


 驚く俺たちをよそに、中年男三人組が戸棚を漁り、缶詰と酒を両手に抱えた。


「これは俺たちのもんだ。早いもの勝ちだからな、」


 えええ……。


 流石に、非常事態なんだから食べ物は分けようよ。

 そういうの良くないと思います。


「お前達なら分けてやってもいいぞ。部屋までこい」

 俺と美穂子と百合を指さす。

 一番近くにいたのは百合ちゃんだった。

 百合ちゃんの腕をつかみ引っ張っていこうとするけど、百合ちゃんはバン、と弾き飛ばした。

 見るからに大人しそうなお嬢様なのに、汚泥でも見るような冷たい視線を男たちに向けた。

 男たちは静かに睥睨する百合ちゃんに「う…」と言葉を無くす。その時、


「そんな勝手が許されると思っているのか!!! 平等に配るのが当然だろうが!!!!」


 40代ぐらいの男性が大声で怒鳴り三人に詰め寄っていった。ヤクザ君ほどじゃないけど身長が高いし、横幅に至ってはヤクザ君以上に大きい。プロレスラーみたいだ。

 こ、こわ!


「これは俺たちのもんだ! や、やるなら来い! これで頭叩き割ってやる!」

 3人が3人とも酒瓶を構え、振り回しだし、プロレスラーさんも瓶を手にした酔っ払い3人に手を出しあぐねる。

 ここ、病院もないし、通信機は使えないし、次の船は3日後だし、怪我でもしたら取り返しが付かないもんな。


 ヤクザ君が前に出て、俺と美穂子を背中に隠した。


「オレも食料は分けるべきだと思いますよ。たった三日なんです。食料をきちんと分配すれば誰も飢えずにすみますから」

「うるさい! 早い者勝ちだ!!」

 早い者勝ちという単語が神の言葉だかのように何度も繰り返し缶詰を抱えて逃げていく。

 うー、みっともない。あんな浅ましい真似をするぐらいなら飢えたほうがマシだと思うのは、俺がガキだからだろうか。


「まったく…子供もいるのに…」

 プロレスラーが歯を食いしばってぼやく。怖い人だけどいい人なんだな。


 美穂子がパタパタと靴を鳴らし戸棚を開いた。


「んー、お米があるから大丈夫だね。塩おにぎりだけでも美味しいもん」


 確かに肉や野菜、卵はなくなっていたけど、調味料は無事に残っていた。小麦粉もパン粉もある。やったー! お味噌も無事だ! これなら問題なくご飯が作れるな。


「釣り竿はありますか?」

 ヤクザがガイドさんに聞いた。

「はい、あります」

 クローゼットみたいなのを開くと中に10本以上の釣り竿があった。


「よし、これだけあれば充分だな。釣りに行くぞ。王鳥君、浅見君、協力しろ」

「えええ!? おれ、釣りなんかやったことねーっすよ! つか、餌って虫でしょ? ぜってー触れねえ!」

「エサはオレがつけてやるから」


「ぼ、僕も釣りをしたことは無いんだけど」


 浅見虎太郎、一人称が僕だったのか。見た目めっちゃ柄悪いのに僕とか。逆に女の子に幻滅されそう。


「教えてやるから来い。自分の飯を調達しなきゃ食うもの無いんだぞ」

「うん」


「私たちは野草を取りに行こうか。多分食べられる草があると思うから!」

 美穂子ちゃんが提案してくる。

「うん!」

 当初の予定の観光ができないのは残念だけど、野草摘みってのもピクニックみたいで楽しそうだ。

「じゃ、私もそちらに参加するわね。ところで、他の方たちは釣りに行かないのかしら?」


 百合ちゃんがにっこり笑ったまま残る全員を見渡した。

「私は資料撮影に来たのだから、参加はできん」

 堂々と言い放ったのはさっきのプロレスラー。

「私も、写真を撮るって友達と約束してきちゃったの。本当なら協力したいんだけど、ほんっとに、ほんっとうにごめん!」

 大学生っぽいショートカットのお姉さんが大げさに頭を下げてくる。


「では、あなた達の食事は白米だけでよろしくお願いします。おかずが欲しければ、先ほどの男性達から奪い取ってきてください」

「ゆ、百合ちゃん、それはさすがに。皆で分けようよ」

 美穂子ちゃんが一歩前に出て百合ちゃんを止めた。

「釣れなかったらどうしょうもないが、ある程度釣れたら全員に分配して構わねえよ」

 竜神君まで。

「えー!? おれ達だけ働いて、遊んでるほかの連中に分けるんスかー? やる気でねー」

「わたしも達樹君と同意見です。みんなで協力するべきだと思います」

 大人たちの余りにも身勝手な態度に、俺も一歩前に出て声を上げるものの、一斉に視線を向けられ竜神君の後ろに隠れた。


「まぁまぁ、観光に行かれる皆様も、食べられそうな実や草があったら取ってきてください。それでいいでしょ? 達樹君、百合ちゃん、未来ちゃん」

「う……ん」

 美穂子ちゃんが言うならしょうがないか…。今回は引き下がろう。


「わしも釣りに行こうかの」

「それじゃ、あたしは山菜摘みに同行しましょ。あんまり長くは歩けないから、途中で帰らせてもらうかもしれないけど、よろしくね」

 零戦爺ちゃんが竜神たちと一緒に、おばあちゃんが俺たちと同行することとなった。


――☆


「これ、食べられるんだよ!」

「え、そうなの?」


 美穂子ちゃんは見た目によらず山登りが好きらしく、野草にも詳しかった。次から次に食べられる草を見つけてくる。

「谷川岳にも登ったことがあるんだー」

 と普通に言われたが、その山って世界で一番死者が多い山だよね? エベレストとかK2より登山者が死んでる山だよね?

 なぜ登ろうと思ったんだ。無事に帰還できてよかったよ。山ガール怖い。

「美味しそうな新芽も一杯ある。これなら十分3日間持つね」

「これも食べられるのよ」

 おばあちゃんが摘む草を一緒に採っていく。


 うう、屈みっぱなしだから腰が痛くなってきちゃった。

「あ」

 伸びをした視線の先に赤い実が一個だけ成っていた。

 薔薇に似た花の真ん中に、リンゴとスモモのハーフみたいな実が。

 こんなの初めて見た。手を伸ばして花からむしり取る。

「ねぇ、美穂子ちゃん、これは食べられるのかな?」

「……? なんだろ、見たこと無いなぁ」

 食べてみればわかるかも。


 木の実に噛り付くと、脳天まで突き抜けるみたいな刺激が走った。

「すっぱ!?」

 え、違う、辛いのかな、痛いのかな、甘すぎるのかな!? なんだ、この実! 舌が痺れる――!

「あ、こら!」

 美穂子ちゃんに怒られ、口の中にあったものを飲み干してしまう。

「気軽に食べちゃ駄目だよ! 毒があったらどうするの。ほら、水あげる」

「ありがとう」

 ペットボトルの水を口に含む。

「未来ちゃんは見かけによらずおてんばさんねぇ」

 おばあちゃんに笑われてしまった。




 摘んできた野草をキッチンに持ち込み味見してみる。

 これ、苦い。苦いけど、味があるかも。あ、こっちの草は美味しい。


 おひたしにしたら十分満足できるおかずになりそう。天ぷらでもいい! これだけの量があれば全員に行き届くし。美穂子ちゃんとおばあちゃんに感謝だな。

 釣りに出ていた男子チームが帰ってきた。


「ただいまっすー」


 馬鹿みたいに跳ねて入ってきた達樹を皮切りに、


「結構釣れたんだ」


 ヤクザ…もとい竜神君がクーラーボックスの蓋を開いた。でっかいクーラーボックスなのにみっちりと魚が詰まってる!


「うわーすげえ! イシダイまで釣れたの? 天才じゃねーか!」

「日向さん、魚料理は作れるか?」

「うん、ばっちり!」


「じゃあ、これ、全部やるから、全員分の料理を作ってくれねえ?」


 全員分かぁ……。


「貴重なおかずなのに本気でいいの?」

「おう」

「俺も食べていいの?」

「当たり前だろうが」

「竜神君って見た目によらず優しいんだな」


 ししししまった、おかずが出来た嬉しさの余り、ものすごい失言をしてしまった!

 ぶん殴られたらどうしよう。一気に真っ青になって一歩下がっちゃったんだけど、竜神は困ったみたいに笑っていた。


「んなはっきり言われたの初めてだよ」

「ご、ごめん」

「いいよ。気にしてねえ。見た目が物騒なのは自覚してるしな。それより飯を頼むな」


 自覚してることを他人から言われるのが一番きつくないか?

 ごめん、と、また謝りそうになったけど、重ねて謝るのも竜神君に負担を掛けそうな気がして、背伸びをして声を張り上げる。


「うん! とびっきり美味しく作るから楽しみにしてろ。野菜は無いからそこは諦めてくれよな。できる限り野草で代用するけど。美穂子ちゃんとおばあちゃんが野草に詳しくてさ、教えてもらいながら一杯取ってきたんだ」

 どーん! と口で効果音を放ちつつボールにたっぷり入った草を見せびらかす。

「楽しみにしてる」

 竜神君は笑って答えてくれた。

「うん!」


「おれ、これ、この魚食わせてください! 生まれて初めて釣ったのがこいつなんすよ」

 達樹が一番小さい魚を指さしてはしゃぐ。

 初めて釣った魚って嬉しいよな。食べたくなる気持ちめっちゃわかる。

「フライできます? アジのフライみたいなの!」

「任せとけ。釣りたて魚のフライは超豪華だよなー! 卵と玉ねぎがあればタルタルソースが作れたのに残念だよ」

「タルタルソース!? めっちゃ食いたかったっすよー。残念過ぎます。釣り、意外と楽しかったんです。全然やったことなかったのに予想してたより釣れて! ……まぁ、虎太郎先輩は一匹っしか釣れなかったんすけど」


「役立たずでごめん」

 釣り竿を片付けながら浅見が頭を下げる。

 容姿にステータスが全振りされリアルラックが0のタイプか。浅見虎太郎、見直したぞ。見た目がかっこよすぎて腹立つから、そんくらいマイナスの部分があった方がいい。


「けど、イシダイを釣ったのは虎太郎だしな。差し引き0だろ」

 竜神君がフォローを入れてくるのだが、


「じゃあ、そこのイケメンは3日でイシダイ一匹だけだな」

 ガハハ、と、脂肪たっぷりの樽みたいな腹を揺らしながら、50代ぐらいのオジサンが笑う。


 これには浅見以外の5人が一気にイラ!! となった。騒ぎを収める立場に居た美穂子と竜神までもが。


「本気で仰っているのなら魚は一匹たりとも分配しませんが」

 ドスの利いた声で竜神が言い放つ。

「白飯だけ差し上げます。お塩も砂糖も沢山あるから降り放題ですので充分ですよね」

 にっこり笑ってるのに人を切れそうな笑顔で百合ちゃんが続く。

「パン粉もどうですか? そんままソース掛けて食っても美味いらしいっすよー」

 ガキの笑顔ながらも、今にも飛び掛かりそうな感じで達樹も続けた。


 タル男は「じ、冗談じゃないか。この程度の冗談も通じないとは、最近の子供は」とたじろぐ。

「言っていい冗談と悪い冗談があります」

 竜神の言葉に、

「そうです! 虎太郎君に対してひど過ぎます!」

 大げさな甲高い涙声が続き、ぎょ、と顔を上げてしまった。大学生のお姉さんだ。

 浅見君の前に立ち両手を広げてる。

「気にしちゃ駄目だよ、虎太郎君」

「ぅ」


 見えてしまった。浅見君とお姉さんの間に透明な壁がドゴン!っと聳え立ったのが。

 いわゆる心の壁だ。立てたのは浅見君だった。


 背中からぶつかってきたお姉さんをやんわりと押し返しながら、雑誌で見たような笑顔を顔に浮かべる。

「僕のために怒ってくださってありがとうございます。でも、お気になさらないでください。気にしていませんので」

「ならいいけど……。あ、あたし、木之元きのもと 優奈ゆなといいます」


「はじめまして、浅見虎太郎です。では」とお姉さんに挨拶をしてテーブルの傍に立つ竜神の横へと行く。皆から表情が隠れると同時に暗く沈んだ顔になった。


「今、虎太郎先輩の前に心の壁が立ったのが見えましたね」

 達樹がテーブルに身を乗り出してきながらこっそりと耳打ちしてきた。

「見えた。あいつってあんな女が苦手だったのか。意外だな。ちょっとあざといけど、可愛いのに」

「いやー、あれはいき過ぎっすよ。嫌な思いしてきたんじゃねーっすか?」

 そうかも。



「じゃあ、お料理に取り掛かろうかしらね。女の子達、手伝って頂戴」

 おばあちゃんがまな板を準備しながらフロアに言う。開け放しになったドアの向こうには帰ってきた観光客たちが集まっていた。


 が、二人組で行動していた20代女性たちは目を反らして階段を上がり、大学生お姉さんも「資料の整理があるので、ごめんなさい!」と頭を下げて上っていく。女性は俺たちも含め7人しかいない。3人が部屋に戻ってしまったので、厨房に残るのは野草を摘みに行ったメンバーだけになってしまった。ほんとひでーな。俺たちが居なかったらご飯をどするつもりだったんだ。アル中三人組とバトルロワイヤルか?

 まあいいや。


 俺が揚げ物や焼き物を作り、美穂子ちゃんが野草の付け合わせを作り、お婆ちゃんがお吸い物を作ってくれた。お吸い物美味しい、美味しすぎる……!!!

 おかず、全然なかったのに、焼き魚に南蛮漬け、唐揚げ、フライ、お吸い物、刺身とカルパッチョ、そして、箸休めの、お浸し、野草のサラダと天ぷら。


 こんな贅沢なメニューができたことにびっくりする!


「ごめんね、美穂子ちゃんと末来ちゃんに任せっきりにしちゃって……」

 キッチンに残ってくれたものの、料理が一切できないという百合ちゃんが頭をさげてくる。

「気にしないでいいよ。料理するの好きだもん」

 テーブルに皿を並べながら答える。


「どうも、皆さんのお蔭で色々と助かりました」


 ガイドの山本さんが頭を下げてきた。

 そしてテーブルに一つ一つ名札を置いていく。

「それ、私にやらせてください」

 にっこりと、だが有無を言わせぬ笑顔で百合ちゃんが名札を手に取った。


 端っこから、浅見、百合、達樹、おじいちゃん。向かい側には 美穂子、俺、竜神、おばあちゃん。

 男四人組の津々浦々は一番遠くへ、隣に大学生のお姉さんともちらりあんさんを固めるように。おじいちゃんとおばあちゃんに、他の大人たちへの壁になってもらう席順になった。


「さあさ、ご飯ができましたよ」

 入ってきたおじいちゃんにおばあちゃんが言う。

「こりゃ美味そうだな! さすが鈴子さん」

「ほとんどは未来ちゃんと美穂子ちゃんが作ったのよ。あたしは褒められるようなことはしてません」

 おじいちゃんが上機嫌でおばあちゃんの前に座る。熟年の夫婦というよりは、知り合いたてのカップルみたいな会話に違和感を覚えてしまう。

「おじいちゃんとおばあちゃんって夫婦じゃなかったんですか?」

「何言ってるの未来ちゃんったら、違うわよ!」

「こんな別嬪さんが爺ちゃんの嫁なはずないだろうが」

「別嬪さんなんて、いやあねえ、若い子の前で」

 二人に同時に否定されてしまった。あれ? そうだっけ? 夫婦って、言ってたような、違った?


「よっしゃ、先に食っちゃいましょう! そんくらい特権あってもいいっすよね」

 達樹がバン、と手を合わせ「いただきます!」と豪快に挨拶してから箸を手に取る。

 一番初めに食らいついたのは、初めて釣った魚のフライだ。

「めっちゃうめー! これ、すげーうまいっす! まじうめえ」

 語彙力3点に苦笑してしまう。でも褒めてくれると嬉しい…というか安心した。せっかく釣ってきてくれた魚を不味く料理しちゃわないでよかったよ。卵が無いから美味しくできたか不安だったし。


 その頃、ちらほらと二階から人が降りてきた。


 一番初めに来たのはお姉さん――木之元さんだった。

 うわ、胸の谷間がモロ見えの服着てる! すっげー!!(語彙力3点)なかなかの巨乳! 出てきそうで怖い!

 俺には絶対着れないなあの服は。着ろと言われたらガチで泣くかも。「おー」相手に聞こえない程度に達樹が感嘆の声を上げる。


 木之元さんは浅見君の隣に座る百合ちゃんを物凄い目で睨んでから名札の席に座った。

 隣に座ろうと狙ってたんだろうな。

 百合ちゃん、自分が嫌われ役になるのを知っててそこの席にしたのかな。凄いな。俺、女の人から嫌われたくないから絶対できないや。


 次々に人が降りてきて、それぞれ盛り上がる。

 人妻さんも社会人さんも露出多めの服を着ていて、津々浦々さんと話が弾んでる。


 でも、女性からの人気ランキングは一位浅見君、二位竜神君みたいで隙あればこちらにむかってアピールしてくる感じになってた。「お茶、飲む?」といって横から手を伸ばしてみたり。


「いえ、結構です」

 なのに竜神も虎太郎も頑なに見ない。何をというと、胸をだ。顔面ガン見で視線を落とさない。相手が見せたがってるんだから見ればいいのに。せっかくだしさ。なにがせっかくなのか自分で言っててよく判らないけど。


「どうぞ」

 アル中三人組おっさんが酒を大量に持って行ったものの、さすがに全部持っていけるはずもなく、何本も残っていた。

 残った中でも上等な焼酎を竜神君がおじいちゃんのグラスに注ぐ。おじいちゃんは上機嫌で竜神の背中を叩いていた。

「わしも10代の頃はお前さんぐらいに鍛えてたんじゃよ! まるで昔のわしを見てるようだ!」

「じいちゃんみてーに強い男になれる気がしねぇけどな」

「当たり前だろうが! 戦争を経験した世代を舐めるなよ。なぁ、鈴子さん」

「まぁ、ふふふ」

 2人は夫婦じゃないそうだけど、本気で血が繋がった爺ちゃん婆ちゃんと孫みたいだな。


 こっそりと近づいて、竜神君のからになったお椀と茶碗をお盆に乗せる。

「ごはんとお吸い物お替りする? 一杯あるんだぞ」

「――頼む」

「おれもお願いします!」

 達樹が茶碗を差し出してきた。

「はい。浅見君は? 百合ちゃんは?」

 二人とも喜んでお盆に茶碗を乗せた。

 ご飯をついでいると、ムネボーン木之元さんが来て「虎太郎君のは私が持っていくから」と茶碗を手にした。

「待ってください、それ、違います!」

 ムネボーンさんが手に取ったのは浅見君の茶碗じゃなく百合ちゃんの茶碗だった。間違えたら物凄く怒りそうだぞ百合ちゃんは。

「浅見君の茶碗はこっちです」

「あそ」

 あっさり答えて茶碗を替え、浅見君のとこに持っていく。


 俺が持っていくから引っ込んでろ!と抵抗するべきだったんだろうけど、見殺しにしてごめんな、浅見虎太郎。俺は女の人に嫌われたくないんだ。

 がんばれ……がんばれ……。心の中で応援する。


「こたろうくーん、ご飯持ってきたよー」

 木之元さんが虎太郎の後ろからどす、とのしかかり大きな胸を押し当てた。わー。

 わー。しか言えない。


「あ、ありがとうござい、ます」


「まだまだご飯あるから、おかわりするときは言ってよね」

 押し付けながら浅見君の耳元で言う。


「えっと……」

 竜神君が立ち上がり浅見君から木之元さんを引きはがした。


「虎太郎はモデルなんで、あんまくっつかないでやってください。万一にでも週刊誌沙汰になったらこいつの人生が終わってしまいますので」


「そ、そんなつもりじゃ……!」

 木之元さんが竜神君を睨むけど、竜神は真摯に頭を下げてお願いしますと繰り返した。強面の竜神に頭を下げられ、食い下がることもできずに木之元さんは下がっていく。


 男なのに浅見レベルの男のフォローするの? イケメン過ぎてむかつくのに? 竜神君、面倒見良すぎるな。

 普通の男ならほったらかすか女を呪うか逆応援しそうなのに。


 木之元さんが居なくなってから、浅見君がごくごく小声で、ごめん、と竜神に謝る。他の人に声が届くのを危惧したのか、竜神君は返事をせず、浅見の頭をぽんと叩いた。んで、炊きたてご飯と魚をがっつく。


 遠くのおっさんたちは、女の人たちに食べ物を取り分けてもらいながら「気の利く女はいい」とか「君たちも将来のため練習しなさい」とか言って俺や美穂子、百合を呼び寄せようとしたけど当然ながら全力でお断りである。

俺「先輩達には適いませんから」

美穂子「夏帆さんとヤヨイさんの盛り付けが素敵すぎて参考にさせてもらっています」夏帆さんとヤヨイさんとは女の人の名前だった。いつの間に聞いてたんだろ。コミュ力のある女子すげえ。

 そして。百合ちゃんは男に何を言われようとガン無視である。俺は凡人的対応しかできないけど、美穂子はいい子対応。そして百合ちゃんはお嬢様。

 同じ女でもこんなに対応が違うんだな。


 挙句の果て、浅見虎太郎に「3日でイシダイ一匹だけだ」と言ったタル男が、酒に顔を赤くしながら、木之元さんたちに「胸を出してるのは年増ばかりじゃないか。あっちに座ってる中学生達こそ肌を出すもんなのに」と言い、俺と美穂子を指さして、女性陣に全力でキモがられ始めた。お酌、と人妻さんにグラスを突き出しても無視される。いや、俺たち中学生じゃなく高校生だけどさ。竜神君も浅見君も達樹も眉根を寄せ全力でドン引きしてるのがシュールだ。ああいうおっさんって……男子高校生からみてもかなりしんどいもんな。自分の父親と近い世代の男が何を言ってんだとなるから。おっさんも昔はそんな時代があったんじゃないかなぁ……。



――――☆



「あー、すっげー美味かった。ごちそうさまでした! こんなちゃんとした飯が食えるって思ってませんでしたよ。ありがとうございます! 後片付けはおれがやりますね」


「え、いいの? 皿一杯あるから洗うの大変だぞ」


「先輩たちばっか働かせるわけにはいきませんからね。任せてください」


 達樹が立ち上がり、皿を下げながら笑う。

 い、意外とちゃんとした奴だったんだな。

 根性なさそうなチャラ男だと思ってた。ごめん。


 残されたままになってた何十枚もの食器を定番メンバーとなった美穂子ちゃん竜神君浅見君百合ちゃん俺で下げ、別室で休憩を取ろうとしていたガイドさんにも同じ内容の食事を出して部屋に戻る。


 さっさとお風呂に入って汚れを落としちゃおう。



 ここのお風呂は洞窟のお風呂だ。お風呂が一番の楽しみだったりするんだよな。

 美穂子ちゃんや百合ちゃんと一緒に入るのは心苦しいけど、洞窟のお風呂にテンションが上がる。

 俺が男だってこと内緒にしてでも絶対入りたいよ! 女子の裸を見たいとかいう下心はぶっちゃけ全然ありません。


 男から女の体に代わっても、女子の体に欲情とかないんだよな。見たいなら自分の体見れるしどうでもよくなる。ある意味悲しい。


「うわーすっげー!」

 洞窟温泉は想像以上に凄かった。

 入り口は狭いけど天井がめっちゃ高い! 声が反響してる! こんなの初めて、ここに来てよかったー!

 と喜んだものの、


「えっ、えっ、ここのお風呂、ドアが無いの? し、しかも男女分けられてないの?」

「え、嘘!?」

「ど、どうしよう」


 美穂子と一緒に温泉を覗いて戸惑ってしまった。


「あれ? どうかした?」


 後から来た浅見虎太郎がそう聞いてくる。隣には竜神君も一緒だ。


「このお風呂、ドアが無くて、しかも男女も一緒みたいで」

 そういうのパンフに明記しとけよ、入浴時間を男女で分けろ! しっかりしてくれ旅行会社!


「あー、じゃあ、入り口で見張っててやるから先に入れよ」

 竜神君が入り口に向かって踵を返していく。

「え、でも」

「気にすんな。ゆっくり入ってこい。虎太郎、ほかの連中が来る前に、時間で男女の入浴時間を分けるように山本さんに言ってきてくれ」

「うん」

 山本さんとは今回のツアーのガイドさんだ。

 反論もせず浅見虎太郎が走っていく音がする。あいつ、雑誌の表紙にも出るぐらいのモデルなのにいい奴だな。ちょっと見直しちゃった。


 百合ちゃんや美穂子ちゃんの裸を気にする暇もなく、洞窟の温泉を楽しむ余裕もなく、慌ただしく体を洗ってお湯に浸かる。


『待ってください、今は女性が入ってますので』

 ヤクザ君の声が風呂場に響いてくる。声は遠いのに、デコボコとした洞窟の特殊な構造のせいなのか、はっきりと聞こえる。


『あの可愛い女子高生たちか。いいじゃねーか裸を見るぐらい。通せよ』


 あのアル中おっさん達の声だ。

 な、中に入ってきたらどうしよう……!!。

 裸を見られるだけでも怖いのに!

 早く服を着なきゃ、飛び上がるみたいにお湯から上がるけど、


『絶対に通しませんよ。無理やり通ろうとするなら力づくで止めますが』

 竜神は一歩も引いてなかった。

『竜神君、山本さんに話してきたよ……。この風呂は男女が分かれていないので、女性が20時までで、男性の入浴時間は20時からになりました。もうしばらくお待ちください』


 続いて、浅見虎太郎の声がする。

 前半は竜神に、後半はおっさん達に言っていた。


『だーから、少し覗くぐらいいいだろうが。お前たちだってあの女子高生達の裸を見たいだろ?』


『下がれ』


 浅見君がそれまでの穏やかな声ではなく、唸るような低音を吐き出した。


『一歩でも中に入ろうとしたら足を叩き折る』

 ざり、と土を踏みしめる音がする。そして男たちが息を飲む音。


『よーしよし落ち着け虎太郎。そこまで気合い入れる必要はねーよ。この手合いは殴る程度で引っ込んでいくからさ』


 竜神君の緩いセリフに俺まで落ち着いてお風呂の中に戻ってしまった。


 うわー! 水滴が上から滴ってくる! 浴槽の床もでこぼこで楽しい! この岩座り心地いいなー。こんな温泉初めて。お湯もトロトロして肌がスベスベになりそう。

 竜神君と浅見君が全力で止めてくれる安堵感に、ようやく温泉を楽しむことができた。


「竜神君っていいね」

 ぼそりと美穂子が俺の耳元で呟いてきた。

 え! 船から降りるときにも言われたけど、美穂子って竜神みたいなのが好きなのか。意外。 浅見虎太郎じゃなくて竜神に行くとは。片や雑誌のモデル、片や厳ついにーちゃんだってのに。


 百合ちゃんは早めに上がり、俺と美穂子ちゃんはゆっくりと入って上がった。途中で入ってきたおばあちゃんと談笑しながら。

 入り口に立つ竜神君と浅見君にお礼を行って、ペンションに戻る。竜神君たちは女性が全員上がるまで見張るつもりみたいだ。


 ペンションまでは徒歩3分程度。すぐに到着し、玄関の扉を開いた途端に、別のペンションに入っちゃったのか? と、違和感を起こした。一軒しかないのに。


「未来ちゃん、美穂子ちゃん」

 部屋の中央に立っていた百合ちゃんが俺たちの名前を呼ぶ。


 部屋のあちこちに大きな傷が入っていたんだ。

 どう説明すればいいのかわからない。熊やライオンの爪痕とは違う。一本だけの抉り傷がそこかしこに走っていた。まるで、巨大な鞭でも振り回したかのような。


「ど、どうしたの、これ……!?」

 美穂子ちゃんが周りを見ながら叫ぶ。傷は一本じゃなかった。ざっと見るだけでも10以上ある。


「わからないの。誰も気が付かないまま、この状態になってたらしくて」

 だ、誰も気が付かなかったの!? こんな傷ができたら大きな音が出たはずなのに!


「わしは疲れが出て寝とったからのお」

 おじいちゃん。

「俺たちは外に出てたから、知るか!」

 女風呂を覗こうとしてたアル中三人組。


 他の人たちもそれぞれ音楽を聴いたりゲームをしていたり外に出ていたらしい。携帯は動かないが、ほかの端末には異常がなかったから。


「達樹君は?」

「皿洗いしてましたから……でも、最初に気が付いたのはおれです。ダイニングから出たらこんな感じで」


「なんだろう、この傷……」

 今まで知っているどんな獣とも違う傷だ。


 爪痕じゃなく、一本だけの傷だなんて。


「こんな深い傷を残せるのは、熊だとしか思えないけど……」

 百合ちゃんが左手を顎に当て、右手を左肘に添える体勢で呟く。


「熊!?」

 たしかに、吹き抜けをぐるりと取り囲んでる二階の廊下の底部にまで傷は到達していた。聳え立つ小山のような熊を想像し、一人でぬおおと真っ青になる。


 危険かもしれないからと、山本さんと達樹と俺がすぐに、竜神君、虎太郎君と、洞窟風呂に入ってた女性たちを呼び戻した。男性陣はせっかくの洞窟風呂を楽しめずに、それぞれのシャワールームで済ませることになってしまった。


「これは……」

 ペンション内の深い傷を見て、竜神君が呟いた。

「こんなひっかき傷は初めて見るな……オレはここで寝ますね」

 山本さんに言いながら、竜神君がロビーのソファーを指さした。


「ダメだ! 熊が出るかもしれないんだぞ! ちゃんと部屋に入ってカギをして寝なきゃ」

 答えるのは山本さんじゃなく、俺だ。

「熊が出るかもしれないから下で寝たいんだけど」

「ど、どして!? 熊好きなの? 熊と戯れたいの!? 無謀すぎるよやめとけよ! あれは人間と遊べるでかさじゃないから」


 人間と遊べるギリギリゾーンはチベタンマスティフだと思う。熊となったらもうでかすぎてモンスターだ。


「万が一、二階に上ったら危ないだろ。熊はドアも平気で砕くしさ。オレが熊を止めてる内にみんなが逃げられるから」


 は?

 なにこいつの考え方。

 まず自分が逃げることを前提としろよ!


「そういう考えやめろ! お前に何かあったらお母さんもお父さんも悲しむだろ!! お前の体はお前ひとりのものじゃないんだからな!」

 つーか今どきこんな考え方をする男がいること自体びっくりだよ。特攻隊か。兵士か!

 男の自己犠牲精神はところにより本気で理解できない。もっと自分勝手に生きろ!


「じゃあ、僕がここに残るから竜神君は部屋で休んでほしいな」


 浅見虎太郎がそう言って前に進む。

「謎の二番手やめろ! お前にだって何かあったら」

「僕が死んでも父も母も悲しまないから大丈夫だよ」

 辛そうに言うのでも、俺の上げ足を取ろうとしてるわけでもなく、名案だと言わんばかりの表情で答えられ、脳内で『えええ!?』となってしまった。


「お、お前が死んだら星の数ほどの女の子が悲しむだろうが! 男なら女の子を悲しませるな! おとなしく部屋に引っ込め!」」


 背中を押して二人を部屋に戻す。


 竜神も浅見虎太郎も無駄に重く部屋に押し込むのも一苦労で、ゼー、ゼー、と二階の吹き抜けの廊下に両手をついてしまう。

 なぜだ。南の島の旅行に来て、なぜ、俺はこんなに疲弊しないとならないんだ。


 酒臭い体臭が横に流れる。

「余計なことをするなよ」

「女はイケメンだってだけで贔屓するからなあ」

「見張らせたいなら見張らせておけばいいのに」


 3人組のアル中おっさんたちだ。

 別にイケメンだから贔屓してるわけじゃねーよ。男の顔なんかどうでもいいし。


 もし熊が襲い掛かってきても全員で生き残りたい。犠牲になろうと盾になる人間を見殺しにするなんてできない。ただ、それだけだ。


 文句言おうと口を開く俺の前で、ドパン!! とドアが開いた。ドアに吹っ飛ばされ面白いぐらいにオッサンが飛んでいく。

 ドアの奥から俺でもヒイイイってなるぐらいに物騒な顔をしたヤクザ君こと竜神君が出てきた。


「日向さんを責めないでください。文句があるならオレが聞きますから」

「あ、僕も、聞きます」

 竜神君にビビり一歩下がった別のオッサンが、続いてドパンと浅見虎太郎が開いたドアに吹っ飛ばされていく。


 二人が開いたドアの風圧に俺の髪が舞い上がってる。


 うーん。


「もうちょっと、ドアは静かに開いたほうがいいんじゃないかな」

 俺の提案に、竜神君も浅見君も、「気を付ける」「僕も気を付けるよ」とうなづいた。


 オッサン達が階段の下まで転がり落ちてるけど、これは、暴力事件じゃない。

 ちょっと力が余ってる高校生二人が起こした事故なんだ。うん。


「あ、竜神君、浅見君、お風呂ではありがとうね」

 階下に倒れるオッサンを綺麗に無視して、美穂子ちゃんが階段を上ってきた。


「見張りをするぐらいなんでもねーけど」

「あのぐらい、お礼を言われるほどじゃ無いよ。気にしないでください」


 外の会話が中まで漏れていると知らなかったのか、竜神君も浅見虎太郎もどこか恐縮してる。

 浅見君は早々に部屋の中に入り、竜神君は美穂子ちゃんが部屋に入るまで見守っていた。

 熊がペンションに侵入してきたショックで死んでた俺の感覚が、ぴきーんと、閃いてしまった。


 俺は部屋に戻らず、そのまま竜神君の腕の下をかいくぐり、部屋へと滑り込んだ。

 身長差がなせる業だな。自分で言ってて悲しいけど。


「竜神君」

「どうしたんだよ」


「竜神君ってさ、ひょっとして美穂子ちゃんのことが好きなの?」

「え」

「お前、すげーいい奴だからさ、好きになったんなら応援する。むしろ応援させてくれ。全力で協力するから!!!!!」


 美穂子ちゃんは竜神君のことを気に入ってた。こいつも美穂子に好意を持ったってんなら全面的に協力してやりたい!

 美穂子ちゃんも竜神君もいい奴だから!! 俺、自分の恋愛経験はないけど、良太と美羽ちゃんとの恋を手伝ったりしてきたから、意外と協力できると思うんだよな。ほかの連中を排除して二人っきりにしたり、とか。くふふふふ。あ、なんか顔が赤くなってきた。


 しばし、沈黙があり。

 竜神君の答えは俺の予想を大きく上回った。


「オレが好きなのは日向さんかな」

「え」


 好きと言われた瞬間、幻滅してしまった。やっぱりこいつも顔が第一なんだなって。

 早苗ちゃん、超かわいいもん。それこそ、美穂子ちゃんより。

 でも中に入ってるのは99割幻滅させる俺みたいな人間だぞ。一人称俺だぞ。内面を何も知らない癖に、外見で好きになられても何一つ嬉しくない。今までも何百回とあった。怖い目にだってあってきた。こいつも、そんな有象無象の一角だったんだ、と。


 深くため息をつきそうになる直前で、


「知り合ったばっかりだってのにオレのことを助けてくれようとしたし、オレを全然怖がらないから話しやすいしな。魚を渡した時だって、見た目の割に優しいとか言われて本気で爆笑しそうになった」


 外見じゃない、明確な理由を突き付けられ戸惑ってしまった。


「え」


 竜神が立ち上がる。でかい体にびくりと体を震わせてしまった俺に、竜神は一歩下がり、俺の前に片膝をついた。まるで、姫に忠誠を誓う騎士のように。


「日向さん」


「うぃ」変な音が口から出た。


「オレがお前を絶対に幸せにするから、オレと付き合ってくれ」


 思いもよらない真っ向からの告白に、頭が真っ白になってしまった。


 はっ、


「はひ」


 自分が何を答えたのか一瞬分からなかった。

 竜神が安心したみたいにため息をついて、ようやく、自覚する。


 は、はいって言っちゃった!!!???



「…ありがとう」


 大きな掌が俺の手をやさしく包む。気持ちいい…じゃない!


 うわあああどうしようはいって言っちゃった!

 俺女の子じゃないんです生前は男だったんですどう説明すればいいんだ! 説明して嫌われるのもめっちゃやだ!


 でも言わなきゃ!


「お、俺、女の子じゃないんだ。見た目だけで、中身は男なんだ」

「あ? LGBTか? 辛かったな」

 ちがーう!!

「こっからはオレが絶対に、全力で守るから、どんなことでも話してくれ」


「は、はひ」

 またはいって言っちゃったあああ!!!


 ど、どうしよう、やくざ八代目(多分)の彼女になってしまいました。

 美穂子が好きだと思ってたのになんでこうなっちゃったんだ! 勢いに全てをぶん流された!!!!!


「じゃ、おやすみ。また明日な」

 竜神君は俺を美穂子ちゃんたちの部屋まで送り届けてくれた。



 部屋に入ると同時に、

「未来ちゃん、竜神君と恋人になっておめでとー」

 竜神から逃げるみたいに部屋に飛び込んだ俺に、美穂子ちゃんが拍手をした。

「ぎゃー!」

 な、なんで知ってるんだ!?


「部屋の前を通りかかったら聞こえちゃったんだ。盗み聞きなんてよくないけど、未来が私の名前を出してたからついつい立ち止まっちゃって」


 う!?

「なぜ竜神君が私を好きだと思ったのか本気で謎だよ。百パーセント友達みたいな接し方してたのに」

「う、うう?」

「まぁ未来は最初から竜神君しか見えてなかったから勘違いしちゃうのもしょうがないのかもしれないけど」

 し、ショックだ……! 確かに最初からあのヤクザばっかり気にしていたものの、まさかこんなことになろうとは…!!!


「でも竜神君っていい彼氏になると思うから未来にはお似合いだよ。私、応援しちゃう」

「私は…釣り合わなさすぎるから、あの男と付き合うのはやめておいたほうがいいと思うけど……」

 美穂子ちゃんと百合ちゃんが全く逆の感想を突き付けてくる。


「百合ちゃん…、人に、釣り合うとか釣り合わないとかないよ。一緒にいて幸せかどうかというだけ」


 そ、そうかな。でも、俺と一緒にいて竜神が幸せになれるのかな?

 難しい。

 百合ちゃんが、あの男が未来を部屋に押しとどめようとしたら前科をつけてやったのに送ってくるとは腹立たしい、とかつぶやいた気がしたけど、これは……俺の幻聴だな。お嬢様がこんなこというはずないし。


「未来ちゃん、美穂子ちゃん、百合先輩!」

 とんとんとん、とノックの音と同時に達樹の声がした。

「どうぞー」

 美穂子が立ち、ドアを開いた。

「失礼しまーす!」

 達樹がバッグを抱えて入ってきた。靴を脱ぎ散らかし滑り込む。

「晩飯、ほんとありがとうございました。めっちゃ美味かったです」

「何回お礼を言ってるんだよお前は」

「久しぶりにちゃんとした飯を食ったから嬉しかったんすよ。これ、お礼です!」

 ざぱーっと抱えててたバッグを逆さにし、お菓子を雪崩れさせる。

「うわー! こんなに持ってきてたの!?」

「はい。一緒に食いましょー」

「ふっふふふ、実は俺も一杯持ってきてたんだー」

 俺もバッグを引っ張り出し、ジッパーを下げ、おやつ袋を取り出す!

 バカ面動物おやつ袋の中に入ってたのは、「カップメードル各種あじー!」

 ノーマル味、シーフード味、カレー味のカップメードルが袋から落ちる。

「うおおおお!」

「きゃあああ!」

 達樹と美穂子が同時に食いついてくる。

「この島ってコンビニないだろ? だから絶対食べたくなると思って持ってきたんだー! カップメードル謎肉大災害と未確認飛行物体焼きそばもあるよー。一杯遊んでから好きなもの食べよー」


 なんで6個も買ってきたのかは自分でも不思議だけど。3泊しかしないのにさ。


「すげー!!!」

 達樹がカレー味のメードルを手に取る。

「達樹、竜神君と浅見君を連れてきて! みんなで遊ぼう」

 美穂子がそう切り出す。おお! いい案だ!


「えー。」

 達樹はいささか不満そうにしながらも立ち上がり、二人を呼びに行った。


「お、お邪魔します……」

「入るぞ」

 浅見君がおずおずと、竜神君が遠慮なさげに入ってくる。


 カップメードルをじゃーんと掲げる。

「みんなで遊んでからこれを食べようって話してたの! お腹に入らないなら持って帰っていいぞー」

「うお! カップメードル買ってきてたのか」

「焼きそばまで」

 竜神君がカップメードル肉大災害を、浅見君が未確認飛行物体焼きそばを手にする。


「待て。選べるのは勝者からだ。これからみんなで勝負するぞ!」

 俺がそう宣言し、カードをかき混ぜる。


 やったゲームはUNO、人狼ゲーム、大富豪の三種目。一番最下位だったのは俺だった。続いて、人狼ゲームでは順調に勝てていたものの、他二種目が不運続きだった浅見君。四位は達樹、三位は竜神、そして二位は百合ちゃんで、優勝者は美穂子ちゃんだった。


「く、悔しい…!!」

 カードを床に置いて猫のゴメン寝状態となりさめざめと落ち込んでしまう。


「ひ、日向さん」

「そこまで落ち込むなよ」


 浅見君が慌て、竜神君が俺の頭をとんとんと叩きながら言う。


「んじゃ、カップメードルをいただきます! 私はシーフードかな」

 まず、美穂子ちゃんがシーフードを取る。

 う。俺もシーフード派だった。シーフードは二つしか買ってきてない。取られたらどうしよう。

「私は醤油味をいただきます」

 百合ちゃんが取ったのはノーマル味。

「おれはカレー! 絶対カレー貰います!」

 達樹がカレーを取り、そして、竜神が肉大災害を、浅見君が焼きそばを選んだ。

「やったー、残ったー!」一つ残ったシーフードメードルを天に掲げる。これ! これを食べたかったんだ!!!


「買ってきたのは未来ちゃんなんですから、替えろと言われたらさすがに変えますよ」

 ポットからお湯を入れながら達樹が言う。

「未来ちゃんっていうな。未来先輩だ」

「す、すんません、先輩」

 詰め寄ると大人しく頭を下げてきた。

 たたが一歳差、だけど一歳差だ。後輩に舐められたくはない。あと、勝負事を妥協するんじゃない。負けたものに情けは不要なのだ。


「美味しいー」

 3分が経ち、シーフードメードルを食べ始めた美穂子ちゃんが言う。

「こういう場所で食べるといつも以上に美味しく感じるわね」

 お嬢様な百合ちゃんも楽しそうに食べてる。

「みんなで食べるからかも!」

 と思うんだけど、浅見虎太郎と竜神は無言でがっついてる。なんか言え。しゃべろ。


 トントン、とノックの音が響き、全員が箸を止めてしまった。


『一緒に遊ぼうよ』『ゲーム持ってきたからさ』

 津々浦々の、残り2人の男性の声だった。2人とも若く、20代後半くらいの男だ。その二人が扉の向こうに居る。


 今、扉を開くわけにはいかない。カップメードル食べてるから、絶対食料を隠してたって文句言われる。おまけに竜神君や達樹や浅見虎太郎までいるし、変な噂を立てられかねない。


 立ち上がろうとする俺を押しとどめ、百合ちゃんが扉の前に立った。

「こんな時間に殿方を招き入れるわけにはいきません。お帰りになってください」


 おお。なんて優等生な意見。

 たしかに、時間はもう23時を過ぎている。


『ちょっとぐらいいいでしょ? せっかく旅行に来たんだし、遊ぼうよ』

「お戻りください」

『何もしないって。ただ、友達になりたいだけだから』


 百合ちゃんの背中からカカッとオーラのような何かが立ち昇った。


「戻れ! お前たちのような下心を丸出しにしたバカ共を個室に入れてたまるか!!! 二度と私たちに近づくな! 美穂子や未来に指一本でも触れようもんなら子々孫々まで追い込みを掛けてやるから覚悟しろ!!!」


 百合ちゃんの迫力のある怒声に危うくカップメードルを落としてしまうところだった。

 浅見も目を丸くしてる。


 姿は見えないものの、ドアの向こうの気配が急激に逃げたのがわかる。


 でも、竜神、美穂子ちゃん、達樹は何一つ驚いてなかった。

「ありがとう、百合ちゃん」

 戻ってきた百合に美穂子ちゃんが礼を言う。

「やっぱ百合先輩ってそんなんだったんっすね……めっちゃ怖そうって思ってたおれの感性に間違いはなかった」

「オレも最初話した時からうすうす気が付いてたよ。凶暴性が垣間見え過ぎだ」

「なんだと」

 竜神の言葉に百合が眉根を寄せる。

「未来や美穂子に近づこうと猫をかぶっていたはずだったのに……何がいけなかったんだ」


「根本的な性格だろ」

 端的に言い放った竜神の首に百合がヘッドロックをくらわす。

 うわああ、ヤクザにヘッドロックくらわす女子なんて初めて見た!!


 ラーメンを食べた後も俺のリベンジ戦をして、結局みんなが部屋に戻っていったのは1時を過ぎてからだった。ちなみに、リベンジ戦も負けました。最下位でした。どういうことなの。

 しくしく泣きながら、歯磨きを済ませ美穂子と一緒にベッドに入る。暑い。けど、人の温もりって気持ちいいなぁ。普段不眠症気味なのに、熟睡できちゃいそ……。



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