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モブ君(ある朝突然)絶世の美少女になる  作者: イヌスキ
十五章 ようやく夏休みです!
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竜神家、未来が嫁になるのを大喜び

 日向未来と竜神強志が同棲を始めたのは、高校一年生の頃の10月。

 二人が同棲を始めると同時に、竜神家の親族達が一気に沸き立った。


 未来が竜神と同棲したのは理由は『竜神強志が好きだったから』ではない。あくまで『お化けが怖いから』という理由だ。


 そんな理屈は大人には通用しない。


 「男女が同棲をする=結婚を前提したお付き合い」という方程式が成り立っていた。


 未来がどれだけ竜神を男と見ていなかろうと、安眠できる巨大な抱き枕程度にしか思っていなかろうと、周囲の大人からすれば未来が強志を好きになった!!! ちっちゃい子が嫁に来る! と、竜神家一族が一斉にテンションを上げたのだ。


「ちっちゃい子!」「ちっちゃい子!」「ちっちゃ子が強志の嫁に来る!」「強志に可愛い嫁が来る!!」「奇跡だ!」「しかも豚汁が美味かった、逃がしたら次は無いぞ、全員気を引き締めろ!!!」


 どこからとも無く号令がかかりまくった。


 竜神家の親戚が全員警察や法曹関係者で、未来が元男だとか、脳移植だとかの事情は知っている。


 だけどそんなことは関係なかった。「ちっちゃい子」「しかも料理が美味い可愛い嫁」それがすべてだ。


 竜神家は代々高身長だ。ついでにいえば連れてくる配偶者も男女関わらず高身長だ。そして男女関わらず人相が悪い。ご近所さんから神仏の祟りか氏神の呪いかとまことしやかに囁かれる程度に、子々孫々からデカく悪人顔ばかりが集まっている。その上、生まれてくる子も人相が悪い。


 そんな一族にとって、ちっちゃくて愛らしい子が嫁に来たというのは、それだけでお祭り騒ぎだった。元男だの脳移植だのは砂漠の中の一粒の砂塵のごとき些細な事だった。


 竜神強志の一家は竜神家の分家である。

 だけど誰も未来と接触を図ることが出来なかった。嫌われるのが怖かったからだ。

 万一にも自分のせいで未来が強志から逃げたら……と考えると、誰も接触できなかったのだ。


 強志と未来が同棲して早一年。

 もうそろそろ頃合いかと、竜神家当主、竜神正宗が古風な電話の受話器を上げた。


 掛けた先は竜神強志の携帯だ。

『はい』

 強志の愛想もくそもない返事が受話器から響く。


「今年の盆には未来さんを連れて来なさい。そろそろ親族と顔を合わせても良い頃合いだろう」

 正宗は32歳。年齢には似合わぬ落ち着きと、低く響く声を持つ。竜神家当主に相応しい貫禄を持っている。


 強志が監視者として未来の傍につくように命じた大人でもあった。



 そんな正宗が直々に連絡したというのに、


『嫌だ』


 強志の返事はにべも無かった。


『結婚もしてないのに連れていくわけねーだろ。従兄さん(にいさん)ちに何人親戚が集まるか数えた事ねーのか? 150人だぞ150人。しかも図体がでかくて凶悪な面したのばっか。未来が怖がる』


 正宗はしばし沈黙し、きつく目を閉じた。


「全く……昔は遊園地ではしゃぐ可愛い子供だったのに、いつの間にこんなに不愛想になったのか……」


 バイトにせいを出していた大学生時代、実家に帰省するたびに、強志と花を遊園地に連れて行った。

 楽しそうに遊具に駆ける強志の姿を思い出し苦い気持ちを抑える。

 ただし、当時の強志の年齢は6歳だったが。


『何年前の話をしてんだよ。とにかく未来は連れて行かねえ。オレが結婚するまで諦めろ』

「おい、つよ」


 それだけを告げ、電話は切られた。



――――★



 とある日の夕刻、竜神の父である宗人むねひとは鼻歌を歌いながら庭に水撒きをしていた。


「あら、竜神さん」

 庭先に中年の女性が立ち止まる。

 やたらとやせ細り後ろ髪を一つ結びにした女性だ。宗人はしばし記憶をたどりつつ、この女性がこの街でも一際大きな屋敷の主だと思い当たる。名前は確か吉田だったか。


「あなたの息子さんの婚約者、元は男だったそうねぇ」

 ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべつつ詰め寄ってくる女性に、宗人は平常のまま答えた。

「それが何か?」

 慌てもせず、反論を口にしようともしない宗人に、女が激昂した。


「それが――!? い、今は女の体としても、元が男だった子を嫁にするなど気持ちが悪い!」


 女の大声に宗人が言葉を被せる。


「未来ちゃんはうちの息子には出来過ぎたぐらいに出来た子です。仕草が愛らしくて子猫のようで…、なのに作ってくれる食事が美味い。白和えも南蛮漬けも煮物も美味い。おまけに、家を出た後は帰ってこようともしない親不孝な息子を置いて、料理を差し入れてもくれます。私の母と妻を立ててもくれる。今時、こんなに出来た娘さんは居ませんよ。たとえ強志の嫁にと世界中の美女が並べられても、私は未来ちゃんを推します」


「あ! おじさん」


 つらつらと話しているさなか、未来が駆け込んできて宗人にタッパーを差し出した。


「頼まれてた煮凝りと炊き込みご飯を作ってきました!」

『煮凝り……!? 炊き込みご飯……!?』

 女が息を呑む。今時の子供が炊き込みご飯や煮凝りを作る事に驚愕していた。


「おおおお!!! ありがとう未来ちゃん!! 大事に食べるよ3日間ぐらいかけてゆっくりと!」

「え……なまものですから早めに食べてください……。おなか壊しちゃいますから……」

「こないだ作ってくれた白和えも本当に美味しかったよ。また作って欲しいな」


 未来の料理は美味しい。一口に美味しいと言えるだけではなく『安心する味』だった。

 ほっと一息つける。このご飯を食べるために仕事を頑張れる。そんな味だ。


 味にうるさい母にも「あら、美味しい」と言わしめる。


 特に煮凝りが美味くて、時間があったらまた作って欲しいとお願いしたのは昨日だ。まさか翌日に作ってきてくれるとは。


「よかったら、次は白和えを作ってきてくれないかな? 美味しかったから」

 宗人が言うと、未来は驚いたみたいに口と瞳を開き、そして、口元を小さな掌で塞いで笑った。


「ふ、ふふ」


 ひどく可愛い笑い声だった。


「白和えは、りゅ――強志君も大好きだって言ってくれるんです。誕生日にもボウル一杯食べたいってリクエストしてくれたぐらいで……。おじさんと強志君って、やっぱり親子なんですね」


 未来は目尻を真っ赤に染め「今度沢山作ってきます!」と笑った。


 宗人はしばし未来を見下ろし、おもむろに口を開いた。


「未来ちゃん」

「はい?」

「そろそろ、おじさんではなく『お父さん』と呼んで欲しいんだけど」


 未来はハクハクと口を開閉させ、俯いて、


 綿雪のような柔らかなスカートを握りしめた。

 日向未来は生まれる前に父を亡くした。「お父さん」の存在が傍になかった。

 母と再婚した大和田を父と呼ぶことに抵抗はなかった。

 遠く離れた地に住む母親の再婚相手にならば、簡単に言えた。


 でも、でも。


 竜神の父親に、お父さんというのはバンジージャンプする以上の勇気がいった。



 深く深呼吸して、意を決し、全身から声を絞り出すかのように、「お、お、お、おとう……さん……」ごくごく小声で、呟く。


「………………」


 宗人は、懸命な様子を見て、頷いた。


「やっぱりパパがいいです。お父さんじゃなく、パパって呼んでください」

「パ!!??」


「やめてお父さん恥ずかしい!!!死ね!!!」

「うご!?」


 飛び込んできたのは竜神強志の妹の竜神花だった。

 娘の渾身のミドルキックを浴びて宗人の体が海老反る。


 花はSPとして活躍する宗人をテレビで見て『父ちゃんかっけー!』と息子と共にはしゃぎSPを目指すようになった可愛い娘だ。柔道剣道逮捕術ともそんじょそこらの大人と引けを取らないだけの技術を叩きこんでいる。が、細身の体から繰り出されるとは到底思えない重い一撃を身内に振るうのはやめてもらいたい。


「お父さんだってパパって呼ばれたいんだもん! お前も強志も幼稚園以来まったく呼んでくれなくなって……! パパからお父さんに変わった時どれだけ悲しかったか花には判らないだろ!」


「判るよ! 「パパに戻して欲しい」って言って一か月間ぐらいずーっと拗ねてたじゃない! パパって呼ばないと返事もしなかったし! お父さんこそお母さんとお婆ちゃんに正座で半日説教されたの忘れたの!?」


「あぁ……そんなこともあったなぁ……」

「これ、何?」

 宗人が手にしたタッパーを指さす。

「未来ちゃんが作ってくれた煮凝りと炊き込みご飯だよ」

「きゃああ、未来さんの煮凝りと炊き込みご飯!? やったー!!」

 花が宗人の手から奪い取り、全速力で家に駆け込んでいった。


「あああ、待ちなさい花、独り占め厳禁!」

 宗人も家に駆け込んでいく。


「こんにちは!」

 未来は挨拶だけして吉田の横を通り過ぎる。


「未来」

 長身の少年が未来を呼び止めた。竜神家長男、竜神強志だ。


「煮凝りと炊き込みご飯はどうしたんだ」

「お、お、おとうさんに渡したけど」

「…………食いたかったのに……」

「竜神の分もちゃんとあるよ? 帰ったら支度する」

「全部食いたかった」

「え」


 未来が料理する姿を横で見ながら、大量に作られた煮凝りと炊き込みご飯に、たっぷり食えると楽しみにしていたのに、蓋を開けてみれば大半が実家への差し入れだった。がっかりしたのはこれで何度目か知れない。


「いちいちウチに差し入れすんな。オレが全部食うか」

 竜神強志が全部を口にする前に、


「バカ兄貴殺すキック!!!」


 玄関から飛び出てきた竜神花が竜神強志の腿にズバアアンと2.3件先まで届きそうな音を出す鋭い蹴りを炸裂させた。

「未来さんの料理を独り占めするなんて絶対に許さない!!!」

 叫ぶ口の端に炊き込みご飯のご飯粒がついている。


「み、未来ちゃん、もう一度煮凝りを作ってきてください。お父さん、一口も食べられなかったから……」


 続いて出てきた宗人が涙目で懇願する。


「は、い、いつでも!」

「未来に言うな。お袋に作らせろ」

「お母さんの料理も美味しいけど未来ちゃんの料理も食べたい!!」

「未来は学生だぞ。オレの料理を作るだけでも手間かけさせてるのに、親父まで未来に甘えんな」

「でも、未来ちゃんの料理も食べたい!!!!」

 頑なに言う父に強志がブチ切れた。チョークスリーパーで首を締め上げ家に引きずり込んでいく。


 ……。

 お父さんって竜神よりもでっかいんだけどなぁ。未来は呆然と見送ってしまった。



――――☆



 後日。


「坂本さーん、きたよー」


 ウチから徒歩7分の距離にある、ローンソ。ここでは三軒先の奥様、坂本さんがパートをしてる。

 レジに立つ坂本さんに手を上げて挨拶をしながら解放されたドアをくぐった。


「未来ちゃんいらっしゃい。丁度良かった、アメドッグが出来立てよ」

「やったー! 実は出来立てを狙ってたんだー」


 今日の俺の目当てはガールズ★popと、熱々のアメリカンドッグだ。坂本さんから作る時間を聞いて、出来立てを狙ってきてたのだ。

 どこのコンビニでも売ってるアメリカンドッグ。

 だけど一番美味しいのはローンソのアメリカンドッグだと断言できる。衣が甘めなんだもん。大好き。

 本棚でキラキラド派手なロゴの雑誌を探してると――。


「あなた」

 ぽん、と、見知らぬ女性に肩を叩かれた。

 ……? 誰?


 あ、こないだ竜神の実家の前であった人だ!


「はい?」

 行儀よくしなければ、と、笑顔で返す。


「貴方が元男だということは知ってるわ。気持ち悪いけれども、料理ができるのなら私の息子の嫁にしてやってもいいわ。今日からウチに通いなさい」


 女の人の横に太った中年の男が立っていた。ニヤニヤしながら俺の腕を掴んでくる。


「え、あ」


 元男、気持ち悪い。そうだ、俺、気持ち悪いんだ。

 改めてそう思い知って体が震える。

 掴まれたのも怖くて、情けないことにガチ泣きしてしまった。


 引き摺られ体が簡単に浮く。コンビニの出口から引きずり出される瞬間に、


「何言ってんの吉田さん!!! 未来ちゃん、泣く必要ないわよ、吉田さんどうかしちゃってんじゃないの!? 未来ちゃんには強志君という婚約者もいるのよ!! 手を放しなさい!! あんたも40代で無職の分際で高校生を狙うんじゃないわよ、同世代の嫁を探しなさい! そもそも未来ちゃんみたいな良い子を嫁にしようだなんて高望みにも程があるでしょ!!」


 レジから飛び出てきた坂本さんが男の手を振り払ってくれた。



「み、未来ちゃ!? どうしたの!?」

「未来さん!?」

 と同時に、聞き慣れた安心する声が響いた。竜神のお母さんとお婆ちゃんだ。


「竜神さん!! 吉田親子が未来ちゃんを無理やりさらおうとしたのよ!! 事件よ事件!!」


「は!?」

「なんですって!?」

 お義母さんとお婆ちゃんの額に、びき、と、血管が浮いた。


「ウチの嫁にちょっかいかけてんじゃないわよ!!!」

「こんなか弱い子を泣かせるとは、恥ずかしいと思わないんですか!!!」


 二人の怒りようは物凄かった。ついでに坂本さんの激怒も怖い。俺が「あわわわわわ」と漫画みたいな慌て方をしてしまったぐらいに。


 もう、ミサイルが破裂したってぐらいに大激怒し吉田親子を追い払おうとする竜神のお母さんとお婆ちゃんと坂本さんの後ろに立って…………めちゃくちゃ、嬉しかった……のは……なんでだろ……。


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― 新着の感想 ―
そもそも吉田婆、なぜ未来を息子の嫁にしようなどと思ったのでしょう? 『いい嫁を持たせれば、まともになってくれる』と思ったのでしょうか? そういえば、古いCMソングにこんなのが有りましたっけ。 「ミカ…
[気になる点] 考えてみると、百合、なぜ吉田母子を破滅させるか、街から追い出さないのでしょう? セクハラ教師の辻や、上田早苗の父親みたいに。 息子のほうが無職なので、かえって、そのための材料が無いので…
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