達樹、退学を決意(公安にマークされた業者に売られるっていう)
夏休みに入り、8月に入ったころ。
珍しく達樹が一人で家を訪ねてきた。
「こんな時間にすいません……」
「構わないよ。ご飯食べていく? 早く上がれよ」
促したんだけど、達樹は部屋に上がってはこなかった。
「どうかしたのか?」
動かない達樹に、竜神も玄関を覗き込んでくる。
「えと……、その、おれ……夏休みで学校辞める事になりそうです」
「ええええええ!!?? ど、どうして!!?」
想像もしなかった言葉に大声を上げてしまう。
「親父が再婚することになったんス。浮気したから離婚したはずの元母親と。おれ、兄貴が二人居るんですけどどっちも再婚に賛成してて……。でも、おれ、あの親と暮らすなんて死んでも無理だから、ずっと反対したんです。けど、結局、おれが家を出ることになっちまって……。去年卒業した先輩の先輩って人が、住み込みで働ける場所教えてくれたんでそこで働くつもりです」
「虎太郎には相談したのか?」
竜神の質問に達樹が聞き返す。
「なんで虎太郎さん?」
「お前が虎太郎の面倒見てるからに決まってるだろ。居なくなったら困るんじゃねーのか」
「別に困りませんよ。泊まらせて貰ってるからおれが雑用やってただけで、基本、あの家、やることありませんもん。掃除も洗濯も全部業者で、メシはそれこそおれがいなけりゃ、オレンジとオレンジジュースとオレンジゼリー食っても文句言う奴いねーし、虎太郎さんはウルセーのが居なくなって助かるって思う程度でしょ。変に気を使われるのも面倒ですし、他の先輩にはおれが辞めるまで内緒でお願いします。辞める一週間前にはちゃんと挨拶しますんで」
「未来先輩と竜神先輩には先に言っておきたかったんです」と、ぺこ、と頭を下げる。
「世話になるって、誰に世話になるんだ? ちゃんと身元のしっかりした相手なのか? 何の仕事なんだ?」
竜神が聞く。
「ネジの規格を管理する仕事っすよ。会社名が飛鳥工場で、社長さんが滝沢泰司さん……つったかな?」
「名刺を見せろ」
「え、はい……」
尻ポケットに入れてた財布から名刺を取り出し、竜神に渡す。
「とにかく今日はウチでご飯食べてけよ。晩御飯カレーだからさ。カレー好きだろ?」
達樹の背中を押しながら言う。奇遇なことに今日の晩御飯はこいつの好きなカレーだった。
達樹はすぐ帰るつもりで部屋に入ってこなかったんだろうけど、カレーと言った途端にお腹が鳴った。
中ドアを開けっぱなしにしてるから徐々に匂いが流れ込んできてたんだよな。
「……、じゃあ、お邪魔シマス……」
今日のカレーはお泊り会の時に作った牛肉ゴロゴロの贅沢カレーじゃなく、ごくごくお手軽なお値段のポークカレーである。
それでも肉を多めにして達樹の前に出す。
「いただきます」
「ん。福神漬けも好きなだけ食べていいよ」
普段やかましいくせに一言も喋ることなく、達樹はもくもくとカレーを口に運んだ。
「ぅ……」
カレーで頬を膨らませたまま、ボロリと瞳から涙が落ちる。
「……、達樹、こい」
顔を苦くして竜神が達樹を引っ張った。
食べかけの達樹のカレー皿を片手に、自分の部屋に連れて行った。
負けん気の強い達樹が、元部活の先輩とはいえども女相手に泣き顔を見せるなんて……。
辞めたくないんだろうな。悔しかったんだろうな。当然だよなぁ……。
俺がしゃしゃり出ちゃ駄目だ。今回も竜神に任せておこう。
虎太郎といい達樹といい家族関係が複雑すぎるよ。
……。
って俺もだ!! 母ちゃん出て行ったし兄ちゃんからも放置されてるし。
竜神が駆け込み寺みたいになってるな。あいつだってまだ高校生なのに寄って集って負担をかけて申し訳ない。
「竜神も部屋でご飯食べちゃえよ」
お盆に竜神のご飯と麦茶二つ乗せてドアをノックする。部屋を覗かない位置で立って、竜神にお盆を渡した。
「悪いな」
「いいよ。先にお風呂入って寝ちゃうから達樹をよろしくな」
次の日。土曜日の朝。
お泊り会の時みたいに、カレーの匂いに釣られてふらふら出てきた達樹は、顔を合わせるのが恥ずかしかったのか、不貞腐れたみたいな顔をして「おはようございます」と挨拶をしてきた。
「おー。おはよ」
赤くなった頬をからかってやってもよかったんだけど、挨拶だけにしておいた。武士の情けだ。
……どうにもならないのかなぁ……。
――――
達樹は、二学期に入ると同時に退学届を出すのだという。
8月10日。登校日。
お昼休みの部室で、百合が達樹の頭にバインダーを叩きつけた。
スパァン! といい音が響く。
「い、いってえ、何するんすか百合先輩……!?」
「この馬鹿が! お前の頭に詰まってるのはワラクズか!それとも生ゴミか! 滝沢泰司。中国の密輸業者と繋がりのあるきな臭い男だ。こいつの周りで行方不明になってる未成年が複数いて公安からマークされている。よりにもよってこんなのに引っかかるとはアホにも程があるだろうが! 世話になる相手の素性ぐらいきちんと調べろ! お前が変態に叩き売られようが、骨まで漢方薬にされようが私は一向にかまわんが、未来と美穂子が悲しむだろうが!!」
達樹が強く息を呑んで、俺を振り返った。
「み――未来先輩! 喋ったんスか!?」
「ち、違う違う! 喋るわけないだろ!!」
「じゃ、まさか…………」
わなわな震える指で竜神を指さす。
「あぁ、オレだ」
「えええええ!?」
「竜神が!!? う、嘘!?」
「り、竜神先輩だけは絶対しゃべらないって思ってたのに……!」
「知らなかったのかよ。オレ、すっげー口軽いぞ」
胸倉を掴んできた達樹に竜神がからかうような笑い顔でいう。
竜神が口が軽いなんて嘘だ!!! ぶん殴られても口を割りそうにない男なのに!
――あぁ、でも、そっか。後輩の身に危険が無いように手を回したのか。
もう一度アホがと繰り返して百合が達樹の頭をげんこつで殴った
「密輸業者ってまじっすか……? 全然そんな風には見えなかったのに……、普通の優しそうな爺さんで」
「怪しい奴が怪しいですって顔をしてるならこの世は随分生きやすいだろうな」
あきれた顔で吐き捨て、百合は椅子に座り足を組んだ。
「先に相談してくれればよかったのに。達樹君の生活費と学費ぐらい出せるよ。部屋も今使ってる部屋をそのまま使っていいし」
今日アイス奢るよ。ってぐらいの軽い口調で虎太郎が言った。
「か、軽く言わないでくださいよ! んなことしてもらう義理はねえし!」
「え、達樹君には買い出しもしてもらってるし後輩だし……義理はあるよ」
後輩って義理かしら?
「借金でいいだろ。借用書を書け。虎太郎、利子はトイチにしてやれ」
「トイチ?」
「十日で一割の利子だ」
「へー。そんなことができるんだ」
「できねーよ違法だ」
感心してうなずく虎太郎に竜神が釘をさす。
「おれが部屋に上がり込むのは迷惑だって言ってたじゃねーっすか」
「それは…一人暮らし初めてすぐはキャベツを丸ごとかじるなとかジャガイモを皮ごと生でかじるなとか言われて面倒だったけど、もう慣れたよ。達樹君がいないと百合さんと二人っきりになるのも問題があるし」
「……わかりました。高校卒業したらちゃんと就職して、何年かかろうと毎月必ず返済しますから学費と生活費を貸してください。よろしくお願いします」
「うん。別に大学まで卒業してからでも構わないけどね。僕の所持金が尽きなければだけど」
「虎太郎さんの金銭感覚ってどうなってるんですか……?」
「達樹君って普段はすごく厚かましいのに、肝心な時には謙虚なんだね……。全く理解できない……」
虎太郎が不思議そうに首を傾げる。
「そうか? 判り易いだろう。ただ、お前が信用に対する相手ではなかったという話だ。普段使いするには便利だが、自分の人生を左右する話には介入されたくない。その程度の存在だったという話だ」
「あ、すごい百合さん! すごくわかりやすい! つまり、タワーマンションの施設を使う為や、マンションの場所が便利だったからに入り浸ってただけで、僕のことはタワーマンションの付属品だって思ってたんだ! つまり達樹君は僕のことを部屋のソファだって思ってたってことだね。僕もマンションのソファに人生の問題の相談なんかしないよ。うん」
「全く違う」
「え?」
「達樹がお前に相談しなかったのは、お前がマンションのソファだったからじゃない。お前の普段の言動、考え方、他人との接し方がまったく達樹の信用に値しなかったからだ。タワーマンションの施設を使うために便利だとは思っていても、お前自身が人生経験の少ないクズで自分の身の上を離すのに値しないと思われたからだ」
「なるほど……!」
「竜神先輩、百合先輩と浅見さんの言葉の通訳をお願いします!」
「これ以上拗れるまえに、自分の口から説明しろ」
「ひでえ、えと……その、」
達樹はぽつぽつと虎太郎と会話した。迷惑掛けたく無かったとか、他人だからとか。虎太郎は不思議そうにしながらも一つ一つ言葉を飲み込もうと頑張っている。でも空回りしている。
美穂子が横で大爆笑をこらえて震えてる。
俺は我慢できずに大笑いしてしまった。
……達樹が学校に残れてよかったよ。達樹は俺の後輩なのに、虎太郎に押し付けてしまったのが申し訳ないけど……。
達樹の成長イベントです。
本編に入れる必要はないかなと思い放置していましたが入れてみました。消えるかもしれません。消えたら拍手に突っ込んでおきますのでそちらで読んでいただければと思います。正直、私、イケメンキャラ書けなさ過ぎて小説家になりたいとか言ってる場合じゃない。