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モブ君(ある朝突然)絶世の美少女になる  作者: イヌスキ
十五章 ようやく夏休みです!
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井戸で冷やしたスイカ


 朝。7時30分の目覚ましが鳴った。

 携帯を止めて布団から出る。


 ………………。


 敷布団から190センチを超える体をはみ出させ、寝てる竜神が身じろいだ。


 ……あれ? 兄ちゃんが居ない……。

 休みの日に早起きするなんて珍しいな。下手したら昼過ぎまで寝てたりするのに……。


「おはよ……」

 竜神がよろよろと布団から立ち上がった。

「おはよう……」

 夜にキスしそこなった唇が目に入り、慌てて視線を逸らす。


 竜神はよろよろと歩き出し、竜神の身長よりずいぶん低いフスマの上の土壁にゴヅ!と顔面をぶつけた。

 痛みにその場にしゃがみ込んで、よろよろと立ち上がった拍子に今度は頭頂部を鴨居(ふすまを滑らせる木)にぶつけて蹲った。


「…………」

 ついつい口をあんぐりとさせてしまう。

「なに一人でコントしてるんだよ竜神……」

「お前のせいだろうが……。どうしてお前は……毎回毎回お義母さんと会った時に不安定になるんだよ……」


「う……」

 言葉を区切った。

 おまけに、長い沈黙を挟んでしまったけど、竜神は黙って待ってくれた。


「絶対に竜神を幸せにできないって思い知っちゃうんだ……」

 ぎゅうっとジャンガリアンハムスターパジャマの裾を握って、声を絞り出す。


「母さんだけじゃない。琴音でも美穂子でも岩元でも、駄目なんだ。自分が可愛くできないって思い知るから……」


「!!!???」


 心底驚いたかのように竜神が硬直した。

「お前が可愛くできない……???」

「できないよ、全然駄目だよ……」


 竜神は俺の顔を見ないまま「まず自分の恰好見ろよ」とジャンガリアンハムスターのフードを俺に被せた。一拍置いて、俺の顔を挟んで無理やり顔を上げさせる。

「お前が可愛くできねーならこんなに苦労してねーんだよ。オレにエロ攻撃くわえるのやめろ。オレのリミットはこんぐらいだぞ」

 竜神が右手の人差し指と親指を広げた。


「え」

「お前に加えられたエロ攻撃の累積ダメージはこれぐらいだ」


 言いながら、両腕を一杯に広げる。


「………………」

「………………」

「………………」


「……リミットをはるかに超えてませんか?」

「超えてるんだよ! オレはこのままじゃお前のエロ攻撃に殺される」

「こ、ころ………………!!!」

 思いっきり息を呑んでしまう。


「だから自重しろ」

「よ、よくわかりませんが、ど、努力します」

「全力で頑張ってくれ」


「ごめん……」

 畳の上に座り込んだ竜神の太ももの上に掌を付いて、ハムスターフードを被ったまま竜神の胸に頬ずりする。

「またリミット超えた……」

 と疲れた声で言う竜神に引き剥がされた。


 難しい。

 正座をして腕を組み、考え込んでしまったのだった。


 タオルを手に下に降りる。

「電気……ついてる?」

 居間から光が漏れていた。襖を開くと、むわっと酒の匂いが溢れる。


「う……!!!」

 酒瓶も料理もそのままに、兄ちゃんとお義父さんと母ちゃんが座布団を枕に爆睡している。

 飲まされたのか、珍しく兄ちゃんの頬まで赤い。


「こんなところで寝るなんて……」

 しかもクーラーも効かせたままだ。風邪ひいたらどうするんだよ。室温を上げ、タオルケットをお腹に掛けていく。

「お義父さん達酔いつぶれちまったのか」

「うん。先に片づけるからご飯ちょっと待ってて」

 手早く片づけ、居間が使えないので台所で朝ご飯を食べたのだった。


 母ちゃんたちは昼過ぎまで起きてこなかった。


――――☆


「お早う未来……」

「お早う、かーちゃん。もう昼だけど」


「うぅ、久しぶりに飲みすぎちゃったわ……頭痛い……」

「ご飯どうする? 食べられる?」

「むりむり。お味噌汁だけ作ってくれない?」

「了解です。白菜のお漬物も切ろうか?」

「気が利くじゃない。お願いするわ」


 起きてきた兄ちゃんとお義父さんにも味噌汁とお漬物を出す。

 食事の支度はあっという間に終わり、麦茶を淹れ終わると俺の役割は終わってしまった。


 竜神はどこに行ったんだろ。庭かな?

 この家の周りには広い庭があるんだよな。

 サザエさん家みたいな縁側から庭に降りた。


 家の裏手から、カラカラと聞き慣れない音が響いてくる。何の音?


「竜神?」

 覗き込むと、そこには人々の恐怖の象徴とも言える直視するのも恐ろしい建造物があった。そう、井戸である。


「わあああ!! 井戸おおお!!」

「井戸で驚く人間は世界広しと言えどもお前ぐらいだろうな」


 井戸に吊るされたロープを手繰り寄せながら竜神が突っ込みを入れてくる。

 カラカラ鳴る音は滑車の音だった。よく見ると最近作られた井戸っぽくて綺麗だったけど、井戸は井戸だ。傍に寄るのも怖い……!


「何してんだよ竜神! 早くロープから手を放せ! 貞子が釣れちゃうぞ!!!」

「貞子をブラックバスみたいに言うな」

 竜神の前にザバアアと井戸から何かが上がってくる――――!!!!

「うやぁああ――――……」


 悲鳴を上げ逃げようとするんだけど。

「あ、あれ、スイカ?」


 上がってきたのはバケツと、大きなスイカだった。

「それ、昨日貰った……」

 昨日の夜に、ご近所のおばあちゃんが竜神に持ってきてくれたスイカだった。

 俺にちょっかい出してきたヤンキーに孫をいじめられてたらしく、懲らしめてくれたお礼にといって、腰の曲がった体で何度もお辞儀しながら礼を言ってた。

 竜神は『未来が絡まれたので追い払っただけですから顔を上げてください』と慌てていたけど。


「井戸で冷やしたスイカを食ってみたかったんだよな」

 竜神の手からスイカを受け取る。冷蔵庫で冷やしたのとは違い、冷たすぎず、良い感じに冷えている……!

「切ってくる! ちょっと待ってて!」

 即、台所に持ち込んで三角形に切り分けた。

「あら、スイカ、いいわね」

「おっちゃんも貰っていいかな?」

「俺も貰うぞ」

 兄ちゃん、母ちゃん、お義父さんもスイカを手に取る。

 四分の三を母ちゃんたちに、四分の一を縁側に座る竜神にと、皿一杯のスイカを持って駆け寄った。


「切ってきたよ!」

「ありがとう。井戸の水を汲んできた。足を付けろ」

 え。

 庭に放置されていた大きなたらいに水が貼られていた。縁側に座ってそっと素足を付ける。

「きもち……」

 恐怖の貞子井戸から持ってきたとは思えないぐらいに、キンと冷えた心地の良い水に足が冷やされる。

 庭には燦々と夏の日差しが照り付け、気温は30度を超えている。

 なのに、冷たいスイカと冷たい水で快適だった。気持ちいい。

「うおりゃー」

 ばしゃばしゃと思いっきりたらいの水を蹴る。


「おい、せっかく汲んできたのにいたずらすんな」

 同じくたらいに入ってきた竜神の足に挟み込まれてしまう。


 サイズを言うと、俺の足は22センチ。竜神の足は32センチだ。

 たたが10センチされど10センチ。

 12センチの子供の足と俺の足は全然違う。それと同じ感じで俺と竜神の足も全然違う。

 大きな足に挟み込まれたのが悔しくて竜神の足を振り払う。

 ばしゃ、と、今度は俺が両足で竜神の足を挟み込んだ。

 足の指で竜神の足の指をからめとる。俺の足の指と竜神の足の指が絡み――――。自分でやったくせに妙にドキっとしてしまった。

 普段触れ合わない部位が触れ合うと緊張するんだな……しらなかった……!


「ほら」

 竜神が俺にスイカを差し出してきた。一番美味しい真ん中の三角だった。竜神は当たり前みたいに一番端のスイカを手に取る。

 さ、流石、竜神家の長兄……。指図されなくても人に嫌がられる場所から食べるとは……。

「竜神、端っこから食べなくてもいいんだよ。美味しいとこから食べようよ」

 二番目に美味しい三角形を竜神の口元に差し出す。

「あ……あぁ、そうか」

 竜神は一口食べ、

「ありがとう」と優しく笑ってお礼を言ってくれた。

「お礼を言う必要は無いよ。遠慮する必要もない。竜神が一番美味しい所を食べてもいいんだよ。そもそも竜神が貰ったものなんだから」

「一番美味い場所は未来用だろ」

「竜神は女を甘やかしすぎ。タラシ男だ」

「え!? またタラシ扱いか……しかもスイカで?」


 食べ物の恨みは怖いのだ。

 と同様に、美味しい所を率先して他人に分ける人は凄い人だもん。

 十分にタラシだよ。


「貰うぞ」

 兄ちゃんが後ろから手を伸ばしてきた。

 当然ながら、美味しい中心部の三角を持って行った。

 後ろを振り返る。

 母ちゃんたち用に置いてる皿には端っこ近くのがいくつも残っていた。それを食べずに俺たちの皿の美味しい三角を持っていくとは……。さすが兄ちゃん。井戸に沈めて貞子にしてやりたい。


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