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モブ君(ある朝突然)絶世の美少女になる  作者: イヌスキ
十五章 ようやく夏休みです!
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世界有数の経済紙ForDesに載る、資産10億ドル以上の億万長者にさえ売れるレベルの女

『2時に来い』


 というのが未来の約束だったが、正吾は2時まで待つことは出来なかった。

 未来は、1時に駅に行くと言っていた。

 1時に駅に行けば会える。けど、それすら待てずに、昼に差し掛かると同時にサッカーボールを片手に未来の家に来てしまった。

 もちろん、チャイムを鳴らして未来を呼び出す度胸などない。


 家を囲む古めかしいブロック塀にサッカーボールを蹴る。

 ドン、と音を立てボールが跳ね返った。

(気が付け)


 この音に気が付いて未来が出てくるのを期待する。


 だが家の中には騒がしい声が響いていた。未来の声と野太いおばちゃんの声。

 家は古いが敷地面積がやたらと広いので塀にぶつかるボールの音では気が付かれもしない。


 早く、早く出てこい。

 八つ当たりのごとく強くボールを蹴った瞬間、玄関がガラガラと開いた。


「いってきます!」


 とろけた水飴のように甘い未来の声が響いた。


 未来。

 正吾はサッカーボールを手にして玄関の正面に立つ。


「あ! 正吾、来てたのか。でもまだサッカーできないぞ。今から駅に行かなきゃだから。こんな格好だし」


「――――――!!!???」


 正吾は未来を見て息を呑んだ。


 声は行き遅れ女の未来と同じ声だった。

 でも、目の前の女が未来だと判断できなかった。


 童話の姫が出てきた、と、思った。

 正吾は代表的な童話しか知らない。シンデレラ、白雪姫、眠り姫、人魚姫。

 どれもが美女だ。それも、絶世の美女。

 ふわりと未来の長い髪がそよぐ。

 同時にワンピースの裾もそよいだ。

 鮮やかなグラデーションのワンピースだった。胸元は白で裾に行くにつれ鮮やかな水色に変化する。ふわりとはためく海色のせいで、世界に一匹しかいない熱帯魚のようでもあった。


「正吾?」

 未来に顔を覗き込まれ、

「あ……」

 顔が真っ赤になった。顔どころじゃない。耳から額、首までも。

 女相手に赤くなったのが恥ずかしく、ボールを強く蹴りつけて追う。顔を見られたくなかった。

「おー! 脚力すっげーな!」

 行き遅れ未来の声が背後で聞こえるけど、振り返ることさえ出来ずに逃げた。


 市場に入るより少し前に、「ひょっとして、あんた、朝に野菜を売りに来た千佳子ちゃんとこの娘さんか」と、未来の肩を中年の男が掴んだ。

 八百屋の鷹藤だった。


「え、は、はい?」

 未来が驚いて返事する。千佳子とは未来の母親の名前だ。

 近寄られ過ぎて驚き、一歩下がった。のに、鷹藤はにじり寄り未来を引き寄せた。


「おい友孝。これなら結婚相手としても合格だぞ」

 浅見もどきのカラコンを付けた友孝が未来に詰め寄ってくる。

「まぁ見た目はいいけど実家が貧乏すぎてウチと釣り合わねえよ。おれに奉仕するってんなら結婚してやってもいいけど」


 勝手に話を進めようとする親子を未来は相手にしなかった。

「困ります」とだけ答え、正吾の腕を握り「行こう」と走る。


 正吾は恐る恐る後ろを振り返るけど、鷹藤親子はニヤニヤと未来の背中を見ているものの、追ってはこなかった。

 でも、繋いだ未来の手が震えてて、正吾はぎりっと強く未来の掌を握り返した。




 鷹藤友孝は猿山のボス猿だ。


 小学校時代から面白半分に弱い者を虐めてきた。

 気に食わない。それだけで、同級生の鼻の穴に釘を刺し、耳にドライバーで穴を開ける。気に食わない相手が女だったら複数人で暴行した。

 そんな彼を周りは恐れ、友孝の下につくようになった。

 友孝は自分が暴力を振るえば振るうほど増えていく奴隷達に喜び、益々己の力を誇示していった。


 歯向かってくる男は暴力で叩き伏せ、自分が言い寄っても従わない女は暴力でねじ伏せてきた。

 誰もが自分に従う。それが、友孝の常識だった。


 どこでもその常識が通用すると思っていた。高校を中退し都会に出て、ホストクラブに勤め、そこでも暴虐武人にふるまった。好き勝手にやっても男も女も自分に付いてくると思っていた。


 好き勝手やっても自分だけは大金を手に出来るのだと思い込んでいた。


 当然ながら誰もついてくるはずもなく、友孝の成績は下位で、大金を手にするどころか客の負債を背負いこみ借金まで抱えた。

 人気モデルである浅見虎太郎を参考にカラコンを入れ、髪型を整えても女が釣れない。


 それでも、自分は成功するはずだとしがみついたのだが、今年、とうとう借金で首が回らなくなり実家に戻った。七桁に及ぶ借金は親に建て替えさえた。

 親も、友孝は優れた息子だと疑わず、無条件で金を払ったのだった。


 友孝は田舎に戻ってきてすぐに後悔した。


 さびれた田舎には若い女が少ない。居たとしても、都会で派手な女を見慣れた友孝は「自分には釣り合わないブスばかりだ」と上から目線で切り捨てた。


 町はずれの古びた家屋に出張で引っ越してきた『大和田』家に、都会から未来という女子高生が帰省すると聞き、鷹藤は父子共々期待していた。


 鷹藤父子にとって、女子高生とはそれだけで価値のあるブランドだった。

 都会からくるとなればなおさらである。


 だが、実際目にした未来はやたらと大きな帽子、上着、ジーパンを履いたやぼったい女だった。

 父子ともにがっかりと肩を落としたのだったが、ふわりと風に吹かれた上着が未来の体のラインに纏わりつき、たわわな胸のラインを描いた。


 顔はいまいちだが、これだけ胸がでかいなら抱いてやってもいい。

 友孝はそう思い、「ドライブに連れて行ってやる」と言ったものの、未来の返事は「お断りします」の一択だった。


 ブスの癖に断るとはおれの誘いを断るとは何様だ。

 蹴り飛ばしそうになりつつも、顔見知りの娘だからと見逃してやったものの――。


 ワンピースを着て町を横切る女を見て考えを変えた。


 着飾った未来は都会でさえ見たことの無い極上の女だった。


(この女を手に入れば全てが変わる。人生の勝者になれる)


 友孝はそう確信した。


 未来を横にはべらせるだけで誰もが友孝に一目を置く。

 道を歩く男達からも注目されるだろうが、そんな小さな枠組みには収まらない。


 世界有数の経済紙ForDesに載る、資産10億ドル以上の億万長者にさえ売れるレベルの女だ。

 この女を手に入れればそれだけで勝ち組になれる。未来の体を武器に、どこまでも成り上がれる。


 未来を売り物にすれば、上場企業の社長でも友孝の言うがままに数千万――ひょっとしたら数億の金を払うだろう。単位は円ではない。ドルだ。


 この女を手に入れればそれだけで勝ち組になれる。


 未来を逃がす事はできない。

 将来に対する打算だけではなく、しばらく禁欲生活を送っていた自分自身の性欲も刺激された。


 『極上の女が来た』


 未来の画像を地元に残っている仲間たちに送ると、10分もせずにニートやヒモで暮らしてる連中がバイクや車の排気音を鳴らして集まった。学生時代に友孝のおこぼれに預かって、拉致した女を暴行してきた男たちだった。


 数は7人。

 未来を見て下品な口笛を上げる。


「おー、すっげかっわいいー」

「さっさとラブホにもっていこーよ。おっぱい触り心地よさそー」

「ワンピミニスカとかねぇ。定番男殺し清楚ビッチの服装っすわ」


 駅に逃げ込んだ未来の出口を塞ぐかのように、バイクと車が立ちふさがる。


「どーして駅に逃げるのー? ひょっとしてこの村から逃げるつもり? 逃げられると思うなよ。どこまでも追いかけていくからねー」

 ショッキングピンクに塗られたバイクにまたがった男が笑った。大きく開いた唇の奥には上も下も前歯がなかった。


「ちげーよ」

 友孝が笑う。


「あの女、同じ年の恋人が居るんだってよぉ。都会の高校生の男」

 何が面白いのか未来にも正吾にも分からなかったけど、男たちが爆笑した。


 未来の母である千佳子は、八百屋の親父の鷹藤に「未来には同じ年の結婚を前提としてる彼氏がいて、今年の夏にはその子も帰省してくるのよね」と話をしていた。


 男達にとって、『都会の高校生』などゴミ以下のか弱い存在でしかない。

 華奢な男が列車から降りてくるのだと決めつけていた。

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