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モブ君(ある朝突然)絶世の美少女になる  作者: イヌスキ
十五章 ようやく夏休みです!
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田舎に行こう!

 運動神経が鈍く、力も弱く、一般女子より身体能力が劣る日向未来。

 彼女の服は基本的にフワフワしていた。

 リボンで彩られたトップス、重ね着のキャミ、竜神が傍に居ない時はスカートよりボトムスを愛用しているものの、ホットパンツでさえふわりと柔らかな曲線を描いている。


 日向未来の私服を知る連中からすると「抱きしめたら気持ちよさそう」感が日向未来のイメージとして定着していた。


 今回未来が持ってきたのもフワフワとした服ばかりだった。


「強志君が来るまではこの服を着てなさい」


 一泊した翌日の早朝。

 当たり前にフワフワ服に着替えようとした未来に、母が服を押し付けた。


「なに、これ」


 未来の体のラインには到底合わないダボダボのデニム――所謂ボーイフレンドデニムと、大きく「侍」と書かれたTシャツだった。


 ボーイフレンドデニムは可愛いかもしれないが、侍Tシャツは公開処刑もののダサさである。


「あんたの容姿は目立つからね。強志君が来るまではその恰好してなさい。この眼鏡も掛けて、髪は全部結い上げて帽子で隠して」

「ふへぇ」

 返事にもならない返事を返しつつも大人しく着替え、かつて虎太郎がしていたような擦りガラスに近い眼鏡を掛ける。おまけに髪も完全に帽子の中に隠してショートカット状態になった。


「畑でキュウリとトマトとキャベツを採って市場に売りに行って頂戴。八百屋の鷹藤さんの所に行けばわかるから。頼んだわよ」


 ほぼ説明にすらなっていない手短な情報だけで、未来は家から叩きだされた。

 車輪が一つだけの通称「ネコ」と呼ばれる手押し車を手に畑へと向かう。


「かーちゃんスパルタ過ぎる! ネコなんか俺の腕力じゃ動かすのも難しいのに!」


 などと文句をいいつつも、未来は軍手をはめ、いい具合に熟れた野菜を畑から収穫していったのだった。



――――☆



 山本正吾、11歳。


 プロサッカー選手を目指している小学校五年生だ。

 東京に残ってサッカー教室の合宿に行きたかったのに、無理やり母の実家であるここ、九州の片田舎へと帰省させられた。

 ここにはショッピングセンターさえなく、ただひたすら畑と山、さびれた町、くたびれた家がぽつぽつと建っているだけだった。


 退屈でしょうがない。


 唯一持ってきたサッカーボールを思い切り蹴ると、畑にしゃがんでいた女の背中にドガッとボールが当たった。


「あ」


 謝らなければいけないのに咄嗟に言葉が出ない。


 泣かれるか叫ばれるかと正吾が硬直した。

 だけど、女は笑って立ち上がった。

 侍と書かれたダサイシャツとやたらとでかいデニム、そして、でっかい帽子と目が見えないぐらいに分厚い眼鏡を掛けた短髪の女だった。


「すっげー懐かしい感触!」


 サッカーボールを手にし、畑からあぜ道にピョンとジャンプしてくる。


「サッカー好きなのか?」

 女に問いかけられ、正吾は食い掛るように答えた。

「す、好きに決まってる! 絶対プロ入りするんだ!」


 正吾がそう宣言すると女は嬉しそうに笑った。


「んじゃ、この蹴りを止めて見ろ」


 ボールを道に置き、女が息を吸って吐いて神経を統一させてから走り出す。

 意外なぐらいの鋭い蹴りがさく裂した。

 だが、ボールは正吾から大きくそれて畑に突っ込んでしまった。

「あああ……」

 心底無念そうに女が膝に手を付き項垂れる。


「へ――た、だな」

 正吾は悪態をつきつつ畑からボールを拾った。


「こう見えても、昔はレギュラーを取れるぐらい極めてたんだよ……! 体が動かなくなったからボールに触るのも怖かったんだけど……でも、やっぱ、楽しいな」

 変な女だった。

 泥の付いた軍手で顔を拭うから顔にまで泥が走ってる。


「お――おんなのくせ、さっかーすきなんて変だ!」

「そう? 男も女も楽しいことが好きだよ。変わんないよ」


 泥で汚れた顔で女が笑う。

 擦りガラスみたいな眼鏡で表情なんて見えないのに、夏の日を背にした笑顔が眩しすぎて直視できなかった。


「お前みたいな男女、一生結婚できないんだぞ! イキオクレになるんだ!!」

「な、ひ、ひでーこと言うなよ!!」

「お前、名前はなんて言うの?」

「未来だよ。日向未来。お前は?」

「――山本正吾!」

「正吾か。トマト食う? 一個だけなら無料で食わせてやってもいいぞ」

 未来に差し出されたトマトを、齧る。

 トマトはそこまで好きじゃなかったのに驚くほどに美味かった。


「美味いだろ?」

「――うん」


 顔面に泥を付けても平気に笑う未来は、絶対に行き遅れるからおれが貰ってやる。

 正吾はそう心に決めた。

 野菜の収穫を手伝い、ネコ車にたっぷりと積み込み、重さでヨロヨロする未来の代わりに車を押してやる。


「ちゃんとおれについて来いよ」

 後ろを歩く未来に命令する。変な男に未来が絡まれないように見張るつもりだった。


――――☆


「鷹藤さん、これ、よろしくお願いします!」


 鷹藤とは野菜の買取をしている八百屋だった。

 未来がぺこりと挨拶をするのだが、鷹藤は野菜を見ようとはしなかった。


「あんたが千佳子ちゃんとこの娘か? うーん、そうか……」


 鷹藤は初老の男性だ。

 頭が覆い隠される大きな帽子、すりガラスの眼鏡、上から下までダボダボの服を着た未来を見て難しい顔をした。


「?」

「女子高生だっていうから期待してたんだけどねぇ……」

「……???」


「おい、友孝!(ともたか)」

 鷹藤の呼びかけに店の奥から20代後半の男が出てくる。


 あさみこたろうのマネだ、というのが友孝を見た正吾の第一印象だった。


 正吾はサッカーだけに打ち込んでいるからテレビはほとんど見ない。見ると言えばアニメぐらいのものだ。アイドルもモデルもほとんど知らない。でも、浅見虎太郎というモデルは知っていた。母親がファンで雑誌を集めていたから。


 カラコンのオッドアイ、少し長めの髪型――。おんなが好きそうなタイプだ。


「どうだ?」


 鷹藤が友孝に問いかける。

 友孝は未来の胸を露骨にじろじろと見ていた。


「顔は好みじゃないけど……いい体してるな。ドライブに連れて行ってやろうか?」


 友孝が未来の顎に指を掛け、ぐいと顔を上げさせた。

 女が好きそうなイケメンが女が好きそうなことをしてる。正吾は未来が真っ赤になって二つ返事で「はい」と答えると予想してしまったのだが――。


「いえ、結構です。お断りします。それより、野菜をお願いします」


 未来は露骨にイラっとした感じで歯を食いしばり、一歩下がって言った。

 ばっさりだった。


 浅見虎太郎もどきが「海に連れて行ってやる」とか「夜景を見に連れて行ってやる」とか食い下がったものの未来は顔を見ようともせずに「野菜の買取を」と業務に徹した。


 野菜の売却価格は530円だった。


「むぅ。あれだけ持って行ったのにこんなもんかぁ」

 八百屋を後にした未来が掌に乗せた小銭を指でもてあそびながら無念に呟く。


「あ、そだ、ネコを押してくれたお礼にジュース奢るよ! 何飲みたい?」

「別に、いい」

「遠慮すんなって。希望が無いならスポドリにするぞ」


 止める間もなく未来が自販機でスポーツドリンクを購入してしまう。

 ネコを押す正吾の頬に「ひんやりー」といいつつペットボトルを押し付けてくる。

 正吾の身長は145。未来を見上げてしまうのが悔しい。


「未来って浅見虎太郎のこと嫌いなのか?」

 押し付けられるペットボトルで頬を歪ませたまま、正吾が未来にそう言った。

 正吾の周りの女たちは浅見虎太郎のファンばかりだったので、あっさりと友孝の誘いを断った未来が不思議だった。


「嫌いじゃないよ?」

「じゃあ、なんでさっきのニーチャンの誘いを断ったんだ? 浅見虎太郎に似てたのに」

「ええええ!? 似て無いだろ!! ぜんっぜん違う!!! 雲泥だよ月とスッポンだよのれんに腕押しだよ! あんなのと一緒にしたら虎太郎が可哀そうだろうが! 正吾は男を見る目が無さすぎだな」


 まさかのダメ出しに正吾が言葉を呑んでしまった。

 特に興味の無い正吾からすれば、浅見虎太郎もさっきの男も同類項なのだが。そしてのれんに腕押しはなんか違う気がした。


「未来は、いつまでここにいるんだ?」

「明日の昼までかな?」


 昼まで……。


 なんて、短い。


 どこか浮き立っていた正吾の心が一気に冷たく沈んだ。


「ま、また――後からサッカーしよう! 昼、から!」


 少しでも一緒に居たくて未来に詰め寄る。


「昼かぁ……。ん……。1時に駅に行かなくちゃいけないから、その後だったら遊べるかなぁ」

「駅?」


 駅は市場のすぐ先にある。徒歩圏内だ。

 未来が正吾の手からネコ車を奪う。


「さっきの畑の奥に家があるからさ、2時過ぎたぐらいに遊びに来いよ。そのぐらいだったら家にいるから。じゃあな。手伝ってくれてありがと!」


 正吾に手を振って未来が去っていく。顔には泥がついたままだった。


(2時、過ぎ)


 片手にサッカーボール、そして片手に未来から貰ったジュースを強く握りしめる。

 今の時間は8時。「2時」が、気が遠くなるぐらい先の時間に思えた。



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