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モブ君(ある朝突然)絶世の美少女になる  作者: イヌスキ
十五章 ようやく夏休みです!
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田舎に行こう!

『今年はこっちに帰省しなさいね! 兄ちゃんに車を出させるから強志君も一緒に連れてくるんだよ』


 母ちゃんからそんな電話が掛かってきたのは夏休みに入ってすぐのことだった。

 母ちゃんは再婚して、新しいお父さんと一緒に九州に住んでる。

 帰省って言葉はおかしくない? 俺、いっぺんも九州なんて行ったこと無いのに。

 母ちゃんも俺のホントの父ちゃんも孤児だったから、実家がどこかどころか、どこで産まれたかさえ知らないぐらいなのだ。お爺ちゃんお婆ちゃんどころか親戚さえいない。


 まぁ、母ちゃんがそこが実家だと言うなら実家なんだろう。

 特に反論はしなかった。


「でも、早いね。帰省って言ったらお盆の季節にするもんじゃないの?」

『あんたねぇ、強志君の許嫁になった自覚はないの? 盆には旦那の実家に帰るのが当たり前でしょうが』

「え、え、そなの!?」

 か、考えてもなかった……!!

 というか、俺、竜神強志さんの許嫁でいいのでしょうか? 竜神の実家からは呼ばれても無いんだけど……。


 何はともあれ、兄ちゃんの休みに合わせて九州へ向かうことになった。

 出発当日、荷物とジャガリコを抱えて車に乗り込む。


 兄ちゃんの車にはカーナビが付いてない。

 助手席に座る竜神が地図を見てくれるのだ。


 後部座席に座る俺の役割はというと、そう、ドライブではナビの次に重要と言われる係――ジャガリコ係である!


「ジャガリコ係は任せとけ! はい兄ちゃん、あーん」

「そこは鼻だ」


 運転する兄ちゃんの顔にジャガリコをぐりぐり押し付ける。


「未来、オレにも」

 竜神も食べたいのか。

 ジャガリコをうつわごと、ザラっと差し出した。

「好きなだけ食べていいよ!」


「………………」


 差し出したジャガリコを凝視し竜神が沈黙した。


 ? どうしたんだろ。食べないのかな?


 いらないの? と聞くより早く、剣ダコが出来た長い指がジャガリコを抜き取って齧った。

 今の間は何だったんだろ?


 ところで、今回の帰省で竜神は一日目に俺達とは別行動を取る。


 岡山に居る遠縁の親戚に届け物をする必要があるとかで、一旦岡山駅で竜神を下ろすことになっているのだ。

 明日の昼には電車で母ちゃんの実家である九州に来る予定だ。別れるといってもせいぜい一日程度なのに、ちょっとだけ寂しかったりもする。


「くれぐれも未来をサービスエリアに置き去りにしないでください。高速道路に叩き落とすのも持っての他です。安全運転で、九州まで連れて行ってやってください」


 岡山駅近くで車を降りた竜神が兄ちゃんにつらつらと注意事項を述べる。


「君の言う事が最低レベルの人間に向ける注意事項のような気がするんだが俺の気のせいか?」

「とにかくお願いします。未来、なんかあったらすぐに連絡しろよ。遠慮しなくていいから」

「う、うん」

「じゃあ、また、明日な」

「うん……」


 竜神と別れ、兄ちゃんが運転する車で一路九州へと向かう。途中兄ちゃんと口論になって山口県に置き去りにされそうになりながらも、なんとか母ちゃんが待つ街へとたどり着いたのだった。


――――☆


「よく来たわね、未来、猛」

「かーちゃん、久しぶり!」

「……大和田さんは留守なのか?」


 兄ちゃんが母ちゃんに問いかける。

 大和田さん、とは新しいお父さんの名前だ。


「そうなのよ。急に出張になっちゃって明日の夕方まで帰ってこないの。久しぶりの家族水入らずだねえ」


 母ちゃんが笑って、俺達を迎えてくれる。


 母ちゃんが住んでいるのは周りを畑に囲まれた築50年にもなるという一軒家だった。

 家賃はほぼタダ同然で、周りの畑もやっぱりタダ同然で使わせてもらっているらしい。

 道の突き当りにあるような家なので、兄ちゃんの車を路駐しても誰にも迷惑がかからない立地条件だった。のどかである。まるでトトロ時代の家みたい。


「今日はご馳走を作ってあげるからね。強志君が一緒に来てくれなかったのが残念よ。せっかくから揚げをいっぱい作ろうと思ってたのに」

「一緒に手伝う」


 台所に立つ母ちゃんの横に俺も立つ。

「あら、座ってていいのに。長旅で疲れたでしょ」

「平気」


 それに、母ちゃんと話したいこともあるし。


 兄ちゃんは論文を読むとか言ってタブレットを持って客室に引っ込んでいった。

 久しぶりに、数か月ぶりに、母ちゃんと二人っきりになれた。

 話したいこと、とは、母ちゃんに謝りたいこと、だった。

 人前では絶対に言えないけどちゃんとちゃんと謝っておきたい。


 謝りたいのに、重たい口が中々開いてくれない。


 どうでもいい話はいくらでもできた。みんなでボーリングに行ったこと、お祭りに行ったこと。

 俺の話を母ちゃんは笑って聞いてくれる。


 違う、こんな話がしたいんじゃないんだ。

 でも駄目だ。

 謝るきっかけが掴めない。

 母ちゃんは俺が謝らなくてもいつも通りに母ちゃんだ。謝る必要なんてないのかもしれない。

 そうだ、謝らなくていい。


 そんな、甘えた考えが脳裏をよぎった。

 俺が謝らなくても母ちゃんは母ちゃんのままだ。

 頑張って口にする必要なんかない。


 このまま、ご飯を食べて、そして――――。


「今日は未来の好きなフルーツポンチも作ろうか」


 母ちゃんの些細な一言で、強張っていた全身から力が抜けた。

 ちゃんと、謝らなきゃ。

 なぜかそう思った。


 俺が好きな料理を作ると言ってくれたせいなのかな? 理由はさっぱりわかんない。ただちゃんと話さなきゃって思った。


「ねー、かーちゃん」


 包丁をまな板に乗せて、呟く。

「ん?」

 味噌をこし器で溶かしながら母ちゃんが答えた。


 俺は、意を決して、言った。


「かーちゃんが産んでくれた体……、駄目にして、ごめん」

「――――――」


 母ちゃんが少し息を呑む。そして、俺の背中をバンと叩いた。勢いが良すぎてシンクに腹をぶつけてしまう。


「ばっかねぇ、何言ってんの未来! そんなこと気にする必要ないわよ! 母ちゃんは昔から女の子が欲しかったって言ってたでしょ! あんたが女の子になって喜んでるんだから謝んなくていいのよ!」


 母ちゃんがガッハハと笑う。何百回も聞いた笑い声だ。

 俺は、この笑い声を聞くたびに謝って損した、とか、母ちゃんは図太いとか思ってた。

 でも、でも、今は、違う。


「お父さんの忘れ形見を駄目にした……。」

 目の奥と涙袋が熱くなってボロボロ涙が零れた。


 もしも、俺と竜神が結婚した後に竜神が死んで、俺のお腹の中の子供が15歳まで成長したとして。

 その子が自分の不注意で体をダメにして違う子供の体で帰ってきたら。竜神の面影を残した忘れ形見が消えたら。

 俺だったら、たぶん、平気でいられない。怒って、泣いて、責めていた。


 母ちゃんが苦笑して小さくため息を吐いた。


「人間はね、健康に生きてるだけで奇跡みたいなもんなの。あんな悲惨な事故にあったけど、あんたは死なずに、こうして健康に生きてる。それ以上にどんな幸せがあるっていうの? 事故から生きて戻ってきてくれただけで私は嬉しかったのよ。だから、そんなこと気にする必要は無いの。外見が変わろうがあんたはあんた。父ちゃんの子でしょうが」


「――――うん」


「謝る必要なんかない! 子供はね、元気に生きてるってだけでも親孝行なんだから!!」

 もう一度、バチーンと背中を叩かれた。


 父ちゃんが突然に死んだ母ちゃんだからこそ、その言葉に重みがあった。


「未来、大人になったのねぇ。母ちゃん正直驚いちゃったわ。そそっかしいあんたを預けられるぐらいに頼りになる結婚相手も見つけてきたし、あんたに関しては思い残すことは何も無いわ」


「死ぬみたいなこと言うなよ! 縁起悪い! ……なんかあったらどうすんだ」

「大丈夫よ。兄ちゃんの結婚式と孫を見るまでは死なないから」

「かーちゃん130歳ぐらいまで生きるの? 兄ちゃんが老衰するの看取ってから死ぬの?」

「諦めるんじゃないわよ……」


 味噌漉しをかき混ぜながら母ちゃんが更に続ける。


「それにしても……強志君がここまで真面目な子だとは思わなかったわ。それだけは完全に母ちゃんの誤算だったわ」


「どゆこと?」


 竜神が真面目なことがなんで誤算なんだろ。


「高校生を二人にすればすぐにでも子供を作ってくれると期待してたのに、まさかあんたに指一本も手を出そうとしないような子だったなんて完全に誤算よ。見た目は狼みたいな子だったから期待してたのに……」


「ええええ!!? ま、まさか、かーちゃんが急に出て行ったのって、孫を見たいからだったの……!?」

「当たり前じゃない」

 当たり前って何!?


「これなら虎太郎君の方がよかったかもねぇ。かーちゃん男選びを失敗しちゃったかしら」


 どうでもいいかもしれませんが、たぶん虎太郎君も指一本手を出してこないと思うぞかーちゃん。


 孫を見たいからとは言えども、ポーンと娘を放り出すカーチャンまじカーチャン。

 さすがあの変人兄の母。そして俺みたいな面倒な人間の母。でも、俺にとっては偉大なお母さん、だ。


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