未来、ステージデビューする(中編)
「――――――!」
メイちゃんは一瞬息を呑んで、それから俺から視線を逸らした。
「べ、別に親友じゃないでしょ。まだ知り合って一か月も経ってないのに」
「時間なんて関係ない! メイちゃんを裏切るような卑怯者より100倍親友だ。どこの誰だか知らないけど、絶対に許さないからな。なんなら5、6発殴ってくる!」
「やめろ。お前が確実に負けるから」
竜神にあっさりと出鼻をくじかれてしまった。
メイちゃんの親友が出演する予定だった曲は、メイちゃんの代表曲の一つでもある、夏のクリスマスソングだ。冬に会えなかった恋人が、会えた夏にクリスマスを祝う歌である。
イントロをハンドベルで演奏するのがメイちゃんの親友の役割だった。
もちろん、ぽっと出る俺がイントロの演奏など出来るはずない。ハンドベルなんて触ったこともないしな!
なので、とことん演出は変更され、俺が上がり症ということもあり、ハンドベルを二振りすればいいだけの簡単なお仕事となった。俺としては10000人の目にさらされるってだけでも全然簡単じゃないんだけどな! 死ぬけどな! 死ぬけどな!!
あああ今から涙が……。
「未来ちゃん、メイを助けてくれてありがとうね!」
「ほらさっさと服を脱ぎなさい、強志は外に出て!」
クリスマスパーティーの時にお世話になった双子のオネエサン、音無蓮さんと音無麗さんが楽屋に飛び込んできて竜神を蹴り出した。
「衣装はこれよ! すぐ脱いですぐ着る!」
あわわわと渡された服に着替える。当然……なのかもしれないけど、ファーで縁取りされたサンタクロース服だった。
ひぃぃぃミニスカサンタ! ステージの上でこんなコスプレしなきゃダメなの!?
「く、くるし……」
しかも胸が苦しいぞ、つぶれるつぶれる!
「着た?」
「は、はひ」
「う」
衣装担当である蓮さんが俺を見た途端に青ざめて息を呑む。
「胸はサイズアップしなきゃなのに、ウエストはがばがばじゃない……。本番まで時間もないのに……!」
「『できない』は言わせないわ。やりなさい」
後から入ってきた巴さんが蓮さんに言い放つ。
「わかってます。必ず間に合わせてみせるわ。メイのためにもね」
衣装から私服に着替え、ステージでの稽古に入る。
俺がやることはほんと簡単で、椅子に座ってハンドベルを二回鳴らす。それだけ。
でも、わがままを言って何度も練習させてもらった。
貴重な本番前だというのに、たったそれだけの為に時間を取られる他の関係者たちにとっては邪魔だったと思う。
でも、メイちゃんのバックバンドの池上さん(31歳ドラム)トウヤさん(24歳ギター)マーちゃん(28歳ベース)(マーちゃんさんって呼んだ方がいいのか悩んだ)キーボートやその他のスタッフの人たちまでも、根性悪いメイの為にありがとうな、とただただ喜んでくれた。
『根性悪くないわよ!!!』
とメイちゃんがハウリングするぐらいの声量でマイクで叫ぶ。
爆笑する皆に、俺まで楽しくなって笑ってしまった。
竜神は一足先に会場の関係者席に座ってステージを見ている。
竜神もまた、笑っていた。
『笑うな若頭!!!』
「若頭じゃねー」
マイクに負けないぐらいの声量で帰ってくる声にまた笑いが起こる。
「いい友達居るんじゃねーか。最初から未来ちゃんに頼んどきゃーよかったのによぉ」
「若頭君に頼んでもよかったんじゃねーのー?」
「メイは見る目がないからなぁ」
ステージに爆笑が起こる。
「もう一度、お願いします」
俺は盛り上がる皆を他所に、手を上げてリハーサルの追加をお願いした。
そして、本番が始まる。
ネットには色んな悪評が飛び交っていた。
メイちゃんが出演予定だった友達に裏切られたという情報を皮切りにし、急きょ出場するのは後輩のアイドルで親友でも何でもない、とか。
誰がアイドルだ! アイドルになれるほどの根性なんか一ミリもないぞ! 何なら一対一で話しましょうか、俺、絶対、人見知り発動して泣くからな!!!
そんな噂を他所に、サクラエンターテイメントの事務所は淡々とツイッチャーに画像を上げ続けた。
達樹や美穂子、竜神、百合がスマホで取った画像、そして、俺のストーカーさんの服部忍さんが盗撮してたという画像を。いつの間にストーカーされてたの? 全然気が付かなかった。
メイちゃんとは結構プリクラ撮ったりカラオケ行ったりファミレスでご飯食べたりしてたから、意外と数は多かったのだ。
俺と、美穂子と、百合と、メイちゃんのプリクラ。
ファミレスで、俺と、メイちゃんがパスタをシェアしてる画像。
一緒にカラオケのステージに立つ画像。
美穂子がメイちゃんにアイスをアーンして、その横で俺がピースしてる画像。
街で偶然出会った琴音とメイちゃんが俺を左右から引っ張って喧嘩してる画像まで。(ちなみに琴音、美穂子、百合の顔にはぼかしが掛かってた)
これだけ見せられて親友じゃないと疑う人は少ない。
「もういいわ」
巴さんが画像を上げていた社員さんにそう指示する。
「リツイート数も五桁になったし、これ以上必要無い。後は頑張ってね、未来ちゃん。失敗してもいいから」
巴さんがポン、と、俺の肩を叩く。リツイート数ってなに? ツイッチャーのことは知ってるけど、詳しいことは全く分からないので首を傾げるしかない――のだが、いまはそれどころですらない。ただひたすら、目の前の本番を無難に仕上げるため、神経を研ぎ澄まさせるのだ。
例えるならフリーキックだ。周りの事は考えるな。ただただ、ゴールだけを見て、蹴るんだ。