いつ、好きになった?(恋人質問あるある)
気分を変える為、部屋の模様替えをしようと思い立った。
竜神に手伝ってもらいながら、机や棚の位置を入れ替える。
当然、棚に入れていた本も全部抜き取ってからの移動だ。
「あれ、これ、アルバムか?」
一際重厚な本を手に取って竜神が言った。
「うん、そだよ」
「見てもいいか?」
「いいよ。そろそろ休憩しよっか。麦茶入れてくるね」
くるりと部屋を出て、冷蔵庫から麦茶を取り出し氷を入れたグラスに注ぐ。
部屋に戻ると、竜神が不思議そうにアルバムをめくっていた。
「どした? 眉間に皺を寄せて」
「お前の写真が一枚も無いぞ」
やっぱり気が付いたか。
そうなのだ。俺、こと、日向未来の生前の写真は全部処分されていた。
「兄ちゃんが全部処分したんだ」
「――どうして」
「女になったから、昔の写真があったら面倒なことになるかもしれないからって言ってた。子どもが出来た時にその子供が『脳移植者の子どもだ』ってイジメられるかもしれないし、職場や地域でも面倒なことになるかもしれないって」
兄ちゃんが処分したのはアルバムだけじゃない。
「小学校時代や中学校時代の卒アルとか全体集合の写真まで、全部消したんだ。同学年の家を全部周って、日向未来のとこに特殊なシール貼ってさ。兄ちゃんコミュ障のくせに一軒一軒頭下げて周ったんだって」
「そうか……」
途中までしか見てないアルバムを閉じて、竜神は続けた。
「猛さんの気持ちもわかるけど、お前の子供の頃の写真を見たかったな……」
俺は絶対に見られたくなかったよ。
兄ちゃんに大感謝しちゃう。
竜神は、俺が『日向未来』でさえあれば、俺の外見が土偶でも埴輪でもいいって言ってくれたぐらいに、揺るがない男前な奴だ。俺の生前の写真を見ても「別れる」なんて絶対に言わないだろう。
でも、見られたくないんだ。
オトメゴコロだ。
「ねーねー、りゅじんっていつわたしのこと好きになったの?」
「え」
竜神から告白されたのは冬季スポーツ大会の時。
竜神はずっと、ずっと、わたしのことなんかメンドクサイ珍獣だとしか思ってたはず。
いつから、好きになってくれてたんだろう。
「わたしはね、竜神がミスさんに告白されてたのを見た時から大好きだったんだよ! ミスさんに取られるのが超怖くて超泣いた。びっくりした? びっくりしたよね!」
そんな大昔から好きだったなんて予想もしてなかっただろう。
竜神が驚くのを予想して宣言するものの――。
竜神は特に驚きもせず、胡坐をかいた足の上にアルバムを乗せたまま言った。
「オレが好きになったのは、お前がオレの部屋で寝こけた時だけど……」
「え」
「…………おまえが、花に呼ばれてクッキー食った時……」
え? あ? う? そ、それって?
いつだった?
めっちゃ昔の話だったはず。
それこそ冷泉に絡まれるより前の話。
目がグルグルする。
「『りゅう行かないで、傍に居て、怖い、離れないで』って寝言で言われて惚れない男は居ないと思う」
頭の中が真っ白になって言葉が出なかった。
あうあうと口を開閉し、一分以上もしてようやく言葉を引っ張り出す。
「そ、そんな、寝言、言ったの!!??」
精一杯の一言に竜神の返事は早かった。
「言った。オレの腕を掴みながら。涙も流れてた」
「びええええ!? ま、まじで!? 嘘だろ!」
「嘘つく必要無いだろ……」
「………………」
カラコロと麦茶の中で氷が解ける。
両手で持って口にトプリと冷たい液体を流し込んだ。
先に口を開いたのは竜神だ。
「……お前、オレが意識失ったときに誰の言葉にも反応しなくなってたくせ、オレが好きになるよりお前がオレを好きになるほうが遅かったんだな……」
結構、重篤な感じで竜神が呟く。
だらだらと俺の顔に冷や汗が落ちた。
「辻も、冷泉も、本気でぶち殺しそうになったんだけど、やっぱ気が付いてなかったか。あの時はオレにもいろいろあってあいつらに本気で反撃できないままだったし、伝わって無いのは当然か……」
いろいろあって? どういう意味だろ? ――ってそんなのはどうでもいい!!!
「えと……、好きになったのはわたしの方が遅かったですけども、竜神さんがわたしを好きという気持ちの1000倍以上、わたしのほうが竜神さんが好きです」
それだけは間違いないと胸を張るものの。
「0.8倍ぐらいだろ」
と呆気なく反論されてしまった。
「ちがう……そんなに少なくない……」
目の奥が熱くなって、ぼろりと涙が零れた。
ビク!! と獣が逆毛を立てる勢いで竜神が驚き、俺を抱きしめた。
「わ、分かった、信じるから泣くな! 悪かった」
まだ模様替えも途中なのに、俺をすっぽりと抱きしめてくれる大きな体にしがみついてボロボロ泣いてしまう。
ひ……ぅ……と細い鳴き声を上げる俺を竜神が必死にあやしてくれる。
「泣くな、ごめん、オレが悪かった」と慌てながら。
竜神はちょっとしたことで切れて周りに暴力を振るいそうな物騒な見た目の癖、一切周りに手を上げない。手を上げないどころか、女や子供が泣くとどうしていいのかわからず右往左往するぐらいの根性無しだ。こんなことで慌てちゃうぐらいに。
だけど、敵意を持って襲ってくる相手だと、大の男が数人がかりでかかってきたとしても簡単に叩き伏せる。
空手の段持ちで、見た目や普段の言動に似合わず血気盛んな虎太郎も、自分が気に食わない相手にはぶち殺されても良いってぐらいに飛び込んでいく無謀な達樹も、竜神だけには一目置いて尊重している。
虎太郎も達樹も、どれだけ理性を飛ばしていても竜神が一言「やめろ」と言えば二人とも大人しく引く。
虎太郎も達樹も、ある意味猛獣だ。
ストッパーが無ければどこまでも突っ走る。いざというときには牙をむき出しにして徹底的に敵を食い殺そうとする。
止められるのは竜神だけだ。二人ともが、竜神にしか従わない面倒な肉食獣だ。
そんな厄介な二人を簡単に従えるぐらいに力がある竜神が、俺の涙一つで狼狽するのが、不思議で、不思議で、仕方がない。
百獣の王を奴隷にしてるみたいな変な気分。
「りゅー……」
完全な涙声で竜神を呼ぶ。
「な、なんだよ」
「もっと厳しくしてもいいんだよ」
もっと怒っていいし、もっともっと雑に扱ってくれてもいい。
「できねーよ!」
竜神が俺の髪に顔を埋めて呟いた。




