砕け散ったスマホが断末魔のようにバチリと小さな火花を飛び散らせる【挿絵有】
砕け散ったスマホが断末魔のようにバチリと小さな火花を飛び散らせる。
むき出しになったsimカードもSDカードも粉々に粉砕してから、俺でさえ凍える視線を女先輩達に向けた。
「何のつもりだ」
立ってるだけでも迫力のある竜神に睨みつけられ、「あ、う、」と女達が言葉を詰まらせる。
大きな背中の後ろから静かな足音がこちらに向かってきた。
虎太郎だった。
スマホを手にしていた女達の手から取り上げ、地面に落とし、後ろで硬直した女子に告げる。
「スマホを出してください」
足音同様に静かな声だった。
「え、あ、あたしらは、撮ってな……!」
「り、梨花、も、」
「浅見くん、あたしも撮ってない……!」
バッグを押さえて後ずさる。
虎太郎の瞳孔が開き、逆に色違いの瞳が小さくなる。
「出せ」
普段の虎太郎からは考えられない唸るような低い声に、女子生徒達が怯えてスマホやアイフォンを差し出した。
虎太郎は全てを床に叩き落とし、一つ残らず踏みつぶした。
入り口には百合が居た。
「はーいはーい。日本探偵事務所の一人娘、とってもかわいい百合ちゃんの検問所でーす♦ みんなー、身分証明書を提示した後にここに自分の名前を署名していってね★ 嘘を書いた子には後日訴訟が待ってるんだぞ♠」
キャッキャッとぶりっ子モードで百合がいう。どこから持ってきたのか、トイレの前に椅子と机を持ち出している。
日本探偵事務所という超有名な探偵事務所名に怖気着いた彼女らが泣きながら署名する。百合は一人ずつスマホで写真を撮って保存していた。
ふわり、と、大きなシャツが全身を覆う。
竜神が上着を脱いで俺にかけてくれた。いつかの記憶が蘇ってバチリと視界に火花が散った。
「大丈夫か? 怪我はないよな?」
「あ、う、うん、……どうして、ここに……?」
なぜ、竜神と虎太郎と百合が?
は、と息を呑む。
「下澤君が呼んでくれたの!?」
そうとしか思えないタイミングだ。なぜ下澤君が他校の先輩達に言われるがまま俺を呼び出したのか裏の事情は分かんないけど、やっぱり最終的には、友達である俺を助けてくれようとしたんだ……!
百合が最後の一人の女子の顔を撮影しながら苦笑した。
「まぁ……ジャンプあたりならそういう展開もあるかもしれんが現実では無いんじゃないか? 私たちがここに来たのは偶然だ」
竜神はもうすぐIHを控えたバスケットボール部の練習相手に、と、3年生のキャプテンに頼まれ昼ご飯を10分で終わらせ第二体育館に入っていた。
虎太郎は女子に呼び出され第二体育館の裏で告白イベントの真っ最中で、同じく百合も中学生(女子)に一際大きなメタセコイアの木の下に呼び出されていたそうだ。
俺と下澤君が一緒に歩いてる所を見てて、下澤君だけが全力で逃げて行ったからダッシュで駆けつけてくれたらしい。
「そっか……」
上着とスカートを押さえたまま、深く項垂れてしまう。
「どうして他校の生徒に絡まれてたんだ。原因は何だ」
竜神に問い詰められ、あ、う、と口が空回りする。
原因は剣崎だけど女子同士の喧嘩に竜神を巻き込むのはなんか違う気がして目をそらしてしまう。助けられてるんだからとっくに巻き込んでるんだけど。
「何でもない。……竜神には関係ない話だから」
「未来!」
膝をついた竜神が目線の高さを合わせて俺を覗き込んでくる。
でも、話せず、ただ真っ直ぐ見返すことしかできなかった。
「――どうしてお前は……いつも肝心なとこでオレを頼ってくれないんだ……」
絞り出された声に怒りは交じっていなかった。
伸ばされた手が俺に触れる前に竜神の膝に落ちる。
「決まっている。お前が信頼に足る相手だと思われていないからだ。一年も未来の傍に居て何をしていた」
「ち、が、!」
思いもよらない百合の言葉に身を乗り出してしまう。
竜神に話したくないのは信頼してないからじゃない。面倒をかけたくないのと――俺のつまんないプライドのせいなんだ!
「未来も未来だ。思い上がるな。今でさえ私たちが駆けつけなければどうなっていたか程度の想像は付くだろう。一人で解決もできない癖に関係ないなどと言う資格はない」
「――、うん、ごめん……」
百合の言うとおりだ。ここまで巻き込んだのだから話すべきなのはわかっている。でも――、
「百合さん、そのぐらいに。話にくい事なんて誰にでもあるよ。被害者の未来から無理やり聞き出す必要はない。下澤君に聞けばいい」
虎太郎は自分が潰した携帯を重ねて集めながら言う。
「そ、それも駄目だ!」
余計に駄目だよ! たぶん下澤君も巻き込まれただけの人なんだから。
「――――。 わかった。じゃあ、未来が話してくれるまで待つ」
初めて会った時みたいな人好きのする柔らかい口調と笑顔で虎太郎が答えた。
ほっと息を吐く俺の前で、百合が虎太郎にヘッドロックを仕掛けた。
「ぐ!?」
「嘘つきの目をごまかせると思うなこの嘘つきが。私が聞きだしてくるからお前は動くな」
「ど、どうして」
締め上げられた虎太郎が驚きに目を見張る。
次の瞬間、俺と目があってモロに気まずそうにバッと視線を逸らした。
こいつ、聞きにいくつもりだったのか……!
会った時は嘘なんか口に出せそうもない奴だったのに、いつの間にこんな――って、俺の周りには美穂子といい達樹といい竜神といい百合といい、要領のいいのばっか集まってたから虎太郎の不器用さが目立ってたけど、こいつ、初めて話した時だって、無理に俺を誘おうとしてくるクラスメイトに『明日は僕と約束があるから』(うろ覚え)とか言って助けてくれたことあったっけ。あの頃から他人をあしらう下地はあったんだ。
「百合も虎太郎も動くな。下澤とはオレが話すから」
「わ!」
竜神が俺を横抱きにして立ち上がった。
「実力行使に出てくるのが相手だぞ。お前では生ぬるい」
百合が腰に手をやり下から竜神を睨みつける。
「お前が行っても虎太郎が行っても下澤に怪我をさせそうだからな。益々未来が悲しむだろうが。虎太郎が言った通り未来はあくまで被害者なんだぞ。これ以上負担掛けんな」
「!」
虎太郎が息を呑む。
「虎太郎は不器用だから下澤の腿を蹴り砕いて大腿骨骨折させる程度の怪我を負わせるかもしれんが、私はせいぜい爪を五、六枚剥がす程度だ。こいつと一緒にするな」
「うわあああやめろよ百合、想像だけで痛いよ怖いよ!!」
想像してしまい思わず左手で右手を握りしめて悲鳴を上げてしまう。
「未来」
とんとん、と、竜神の大きな掌が肩を叩く。俺を姫抱っこに抱えたまま、器用に。
「百合と虎太郎を犯罪者にしないためにも、何が原因だったのかちゃんと話せ」
「――――――………………!!!」
口が空回りする。
こういうのほんと苦手なんだ。
人の悪口を言うみたいなのが、きつい。冗談みたいな悪口はいくらでも言えるのに。達樹にも冷泉にも言いまくってるのに。
剣崎君は確かに変人で俺がこんな目にあった元凶だけど、本人は多分こんなことがあったなんて夢にも思ってないだろうから尚更。
竜神が着てるスポーツウェアを掴み、腹の底から声を絞り出す。
「……さ、さっきの、人達、剣崎君が好きだったみたいで、剣崎君にちょっかい出したと勘違いされて……それに、竜神と虎太郎と二股に掛けてるって勘違いもしてて……」
痛い。お腹の中がギリギリする。
「ええええ!? 未来が二股!? しかもよりによって僕なんかと……!?」
「なるほど」
虎太郎が驚愕し百合が納得する。
竜神はもう一度トントン、と俺の体を叩いた。
「話してくれてありがとうな。無理させて悪かった」
り、ゅ、
まさか、ここで優しくしてもらえると思ってなくて目の裏に涙が溢れた――けど、
ゴン、と、竜神の頭に百合の頭突きがさく裂して涙が引っ込んだ。
「お前は一々甘すぎる!! その程度話したことを褒めるな!!」
「いじめられた原因を簡単に話せる奴ばっかならいじめで自殺する奴なんかいないだろ……」
甘くねーよ普通だよ、と、ぼやく。
助けられたのに原因を話そうともしない俺なんて面倒でしかないはずなのに、何一つ否定もせず褒めてくれる竜神に全身から恐怖が抜ける。
「――――」
恐怖が抜けると同時に体からもこわばりが抜けていった。震える掌を伸ばして、竜神の首に抱き着く。
首筋に顔を寄せて安心する匂いを目一杯吸い込むと、頭がトロリと溶けそうなぐらい体が弛緩した。
みぃ。
猫っぽい鳴き声が喉の奥で上がる。
誰にも聞こえない程度の音。それと同時に舌を伸ばして竜神の首元を舐めようとして――、寸前で我にかえった。
い、今のなに!? ゆ、夢だ、夢だ! 誤解だ!
「うや”ぁー」
変な悲鳴を上げて自分の顔を押さえ竜神の腕の中で蹲った。
「!? どうした未来」
「抱き上げるついでに尻でも揉んだのか竜神」
驚く竜神とそっけなく言い捨てる百合。
「違うよ!! 竜神がそんなことするか!!! お前じゃないんだから!」
反論したのはりゅうじゃなく俺だ。
虎太郎が集めたスマホを百合に差し出した。
「これ、外側を壊しただけだから、百合さんならデータの吸出しが出来ると思う」
「あぁ、任せておけ。竜神も虎太郎程度の機微はわきまえておけ。証拠物件を完全に粉々にしてどうする」
「全くだよ反省してる」
制服を切られたまま教室へは戻れない。
俺は抱き上げられ竜神のでかい服を着たまま保健室へと運ばれた。
体育館のドアが開いてたせいでバスケ部の人たちにも、この暑い中グラウンドでサッカーして遊んでた中学生にもガン見されてしまったのが恥ずかしい。
たとえブカブカの服を着てようと自分で歩くと言えれば良かったんだけど……。ずりおちそうで怖かったからな! 主にパンツ的な何かがずり落ちそうなのが! いや、パンツ的な何かじゃなく普通にパンツですけども!
脳内で謎の逆切れをしてしまう。
保健室のドアを虎太郎が開いてくれる。竜神が頭を屈めながらドアを潜ると――。
「ど、ど、どうしたの日向さん!?」
抱きあげられた俺を見ると同時に、椅子を鳴らし保健医の猪狩先生が立ち上がった。
「いじめを受けたんだ。制服と下着を切られている。猪狩女史、ソーイングセットはお持ちでないか」
百合が端的に説明をしてくれた。
「いじめ!? ごめんなさい、ソーイングセットはないわ。狩猟用のスラッグ弾なら車に積んでるんだけど……! とにかくくわしく聞かせて」
この先生は駄目だ。というか銃刀法違反じゃないの!?
「なるほど、その散弾でいじめっ子共を撃ち殺してこいと」
「違う違う! えーと、縫うにしても着替えが必要よね。未来さん、体操服はある?」
「もう持って帰っちゃいました……」
明日が終業式だ。体育の授業が終わったので体操服は持ち帰っていた。
「そ、そっか、そうよね、花沢さん、女子から体操服とソーイングセットを借りてきて。今すぐ柊先生を呼ぶから竜神君と虎太郎君は状況説明をして頂戴、未来ちゃんはベッドに下ろして。カーテンで目隠しするから」
猪狩先生は慌てながらも俺たち全員に指示をくれた。




