転校してきたアイドルに絡まれる
本日、桜丘高校2年8組に転校生があった。
名前は氷室メイ。作曲から作詞、歌唱、演奏までこなしながらも平均80万枚のセールスを叩きだす、実力派の女性シンガーソングライターだ。
アッシュブラウンに染めた髪をボブカットにし、ウェーブで柔らかく跳ねさせている。
少々目尻の吊り上がったキツイ表情をしているけど、まごうこと無き美少女である。身長は未来より少し高い程度、美穂子よりは低い。
自分のような有名人が転校してくるのだから、さぞ大騒ぎになるだろう、と、メイは想像していたのだが――。
(なによこの淡白な反応!)
全国レベルのアイドルが転校してきたというのに反応の薄さに拍子抜けしてしまう。
「メイちゃんが転校してきたって!?」
他クラスの生徒が窓から覗いてくる。
男子生徒はメイを確認し、大きな地声をそのままに呟いた。
「なーんだ、未来ちゃんほどじゃねーのな」
衝撃の一言である。
(は!? アタシより可愛い女がいるの!?)
「ねぇ、未来って誰? 何組にいるの!?」
「う、ぇと……、2、2組に……日向未来って名前で……」
「そう」
足音荒く廊下を進む。
2組まで行くこと無く、途中で出くわした。
移動教室中なのだろう。ノートや教科書、筆記道具を胸に抱いて歩いていた。
「う……」
絶対にこの女が日向未来だ。すぐさま確信した。それほどの桁違いの美少女だ。
長く芸能界にいるがここまでの美人など見たこともない。
キラキラと放たれるオーラのようなものにあてられ、思わず息を呑んで一歩下がってしまう。
「あ――あんたが日向未来ね!」
自分でも何を言おうとしているのかわからないまま、指を突きつけて切り出した。
未来が強く息を呑む。そして、大きな瞳を潤ませ耳まで紅潮させ満面の笑顔になった。
「わあ……!! メイちゃんだ……!!! 竜神、メイちゃんだよ! すっげーかっわいー! 天使じゃねーか……!!」
「――!!?」
どんな調子に乗った嫌な女かと警戒していたのに、手放しで褒められて硬直してしまった。
「あ、あの、デビュー当時からファンです! 大っファンです!! アルバム買ってます、め、迷惑じゃなかったらサインください……!」
ぶるぶる震える手でノートとペンを差し出された。
「まぁ……そのくらい、してやってもいいけど」
「ほんと!? ありがとう……! 宝物にするよ! 竜神、サイン貰っちゃった!」
「よかったな」
(なによ。可愛いじゃない)
ほかの生徒に話を聞くと、未来はパラダイステーゼ部(?)とかいうよくわからない部活動に所属しているらしい。
放課後。メイはパラゼ部のある5階へと足を運び、ノックも無くドアを開いて言い放った。
「こ、ここの部活に入ってやってもいいわよ! べ、別に、未来と友達になりたいからとかじゃなく、パラダイス部に興味があるだけなんだから」
「なんだこいつは」
黒髪の女が睨みつけてくる。
「おー! 氷室メイちゃんじゃねーっすか! 歌手の! 転校してきたってマジだったんすね!」
「ウチはパラダイス部じゃなくて、パラダイム概念の学説史的意義と観察の理論負荷性テーゼ部だよー」
「え? パ……パラダイムが……? そんなのどうでもいいから、早く入部させなさいよ。入部届ちょうだい」
「うちはツンデレお断りだ!!」
部活設立当初、『新入部員があっても難癖をつけて断れ』といった本人の言葉どおりに、わけのわからない理由で百合がドアの前に立ち塞がる。
「虎太郎と未来だけでも面倒見切れんのに更にパンチラアイドルまで抱えて堪るか! うちの部は保育所じゃないんだぞ!」
「パ、パ、パンチラなんかしたことないわよ! 変な言いがかりつけないで!!」
「まったく、未来もいい加減にしろ。この手のあほをホイホイ釣ってくるんじゃない」
「大ファンだったから……つい……」
「そうよこのアタシが部に入ってやるっていうんだからありがたく入部させなさいよ!」
「何が目的だ。虎太郎か? アレが欲しけりゃ熨斗を付けてくれてれやるから、襲うなり孕むなり勝手にしろ!」
「いらないわよ!!! とんでもないこと言わないで!!」
「窓から逃げようとするな虎太郎! ここは5階だ!」
咄嗟に窓から逃げ出そうとした虎太郎を竜神が腰を掴んで止める。
「あ、アタシはただ……、未来がアタシのファンだっていうから……と、ともっ、友達になってやってやろっかなって……」
「いらん! 帰れ!」
「氷室さん……、そういう上から目線はどうかと思うよ。いくらアイドルでも、人と友達になりたいときは対等な態度で接しなきゃ」
「あんた誰」
「熊谷美穂子です。未来と同じクラスだよ」
「美穂子ね。アンタとも友達になっていいわよ」
「私の話……聞いてたかな……?」
美穂子が笑顔のまま問いかける。
「とにかくパラゼ部は定員6人だ。お前が有名人だろうが石油王だろうが入部させるつもりはない。諦めろ」
「~~~~~! これを聞いてもそんなことが言える?」
メイはにやりと挑戦的に笑って自分の胸元に指先を当てた。
優しいラブソングを歌う。
場の空気がいっぺんに変わった。
メイの口から、というよりは体全体から発せられているのではないかと疑ってしまう程の迫力だ。
CDの売り上げで他の追随を許さない数字を叩きだしているだけあって、確かな声量と音域に支えられた見事な歌唱力にパラゼ部の面々も聞きほれる。ギャラリーまでできたし、グラウンドで練習してた運動部の連中さえ立ち止まって校舎を見上げた。
歌が、終わる。
パチパチパチパチと周りから拍手が巻き起こった。百合までも手を叩いた。
「生で見ると迫力が段違いなんだな……! 伴奏もないのに……!」
「感動しちゃったー!」
未来と美穂子が手放しで褒める。
「でしょ? 入部してほしい?」
「「「「合唱部へどうぞ」」」」
パラゼ部の声がはもる。
確かにパラゼ部に歌はまったく関係無い。
「埋もれさせるには惜しい才能だ。合唱部で存分に腕を振るってこい。軽音部でもいいぞ」
「埋もれてないわよ! テレビにも出てるんだから!! っ……、って、あれ、誰?」
メイが目を丸くする。視線の先には竜神が居た。
最初未来に会った時から竜神はずっと傍にいたのに、未来にばかり目が行って気が付いてなかったのだ。
「あぁ、竜神組8代目跡目、若頭竜神強志だ。未来の彼氏だな」
「――――!!!!」
メイにとってヤクザと関りを持つことはシンガーとしての死を意味していた。
絶対に関わってはいけない。
竜神が襲い掛かってくるのを警戒しているのか、じっと凝視したまま横に動き、走って逃げて行った。
「やっと帰ったか……」
「また……おかしな噂が流れるんだろうな……」
流れた。
――――
変な噂が流れることはあったものの、メイちゃんの竜神に対する誤解が溶けるのは早かった。
そりゃそうだよな。同じ芸能人の虎太郎が平気にしてるんだもん。
そのせいでパラゼ部に押し寄せてきて(女の子一人なのに押し寄せるとしか言えない怒涛の勢いで殴りこんでくる。正直怖い)入部させろさせないのやり取りを何度となく繰り返した。
百合が強硬に入部はさせなかったけど、でも、みんなでカラオケに行くぐらいは仲良くなった。
カラオケに行った、帰りのファミレスで。
「この学校って文化祭、いつあるの?」
「10月だよ。どうして?」
メイちゃんの質問に美穂子が答える。
「10月ならまだ十分時間があるわね。未来、文化祭で、ステージに立ちなさい」
メイちゃんが俺にフォークを向けて宣言した。
「えええ!?」
「アタシが曲を作ってあげる。とびっきりの甘いあまーいラブソング。あんたと若頭を見てたら書きたくなっちゃった。演奏はアタシに任せて! 未来の声って怖いぐらいのシュガーボイスなんだもん。歌も上手いし、もっとたくさんの連中に聞かせてやらなきゃもったいないわ。桜丘の歴史に残る伝説のステージを作ってあげる」
「若頭って呼ぶな」
竜神が嫌そうに眉を顰める。
「む、無理だよ……! 超あがり症だもん! 震えて立てなくなるよ!」
「んなもん慣れよ。アタシだって最初は震えたし」
「そうなの!? メイちゃんほどの歌手でも緊張してたんだ……!」
「僕も……初めてカメラの前に立った時は緊張で足が震えたなぁ」
「虎太郎まで!」
そっか……誰でも震えるんだ。ちょっと勇気づけられてしまった。
「未来をステージに立たせたらお前程度の女じゃ完全に食われるぞ。引き立て役になってもいいのか?」
百合がメイちゃん相手に意地悪に笑う。
「い――いい……もん……。まぁ正直超超超超悔しいけど。でも、アタシ、歌が好きだから……。もっとたくさんの人に興味を持ってもらえるなら、引き立て役だって全然平気!」
「なるほど、プロだな」
「当然」
素直に褒める百合に胸を逸らして自慢げに返す。
「ね、やろうよ、未来!」
プロの歌手であり、昔から大ファンだったメイちゃんが俺の歌に興味を持ってくれたのは非常に嬉しいんだけど……。曲を書いてくれるなんて光栄なんだけど……。
「お断りします!」
もうきっぱりと断った。
「えええええ!! この! アタシが!!! あんたの為に曲を作るっていってるのに!! 恩を仇で返すつもり!?」
「いたいいたいー! 人前で歌うなんて絶対無理だってー!」
頭の両脇を拳でグリグリやられてしまう。
「言っとくけど、アタシ、諦めないからね!」
初めて会った時みたいにビシっと指を突きつけられた。
諦めてほしいんだけどなぁ……。
まだまだ先の話になりますが、文化祭は未来をステージに立たせるつもりですよ……!
いつまでもビビリのままじゃあれですからね。少しは成長させないと。