修学旅行三日目!
彩夏にちゃんと説明しなきゃな。改名することは出来ないって。
俺の事は未来って呼んでってお願いもしなきゃ……。はぁ……、気が重いよ……。
今日の朝ごはんバイキングなのに。楽しみにしてたのに。
……ゆううつ。
「お早う、未来」
竜神だ――!
「お! はよう……」
昨日のキスを思い出し、恥ずかしくて一瞬俯きそうになったけど、顔じゃなく胸のあたりを見ることで耐える。
案内されたのは結婚式場かなってぐらいの大広間だ。
あ、5組の連中が入ってきた。
「彩夏――」
ちゃんと説明しようと名前を呼んだんだけど、彩夏は俺を見てビクッとし体の向きを変えてしまった。
ろ、露骨に避けられた……! 何で?
「未来、早く取らねーと美味いモン無くなるぞ」
竜神に腕を引かれた。
そっか、バイキングは弱肉強食だもんな。まずは食べよう。話はいつだってできるし。
「虎太郎もいい加減目ぇ覚ませ」
「……」
瞼を閉じてふらふらしてる虎太郎に呼びかける。
「ぅ、ん、おはよう、りゅうじん君」
「その挨拶6回目だぞ」
「相変わらず朝に弱いねぇ」
「死ぬほどイライラするんだが」
「おはよう、みほこさん、ゆりさ……」
二人に対する挨拶は3回目だ。
とうとう虎太郎に百合の腹パンが入った。これで目を覚ますな。
バイキングは宝の山だった。
「わー、サンドイッチあるー! 和食は鮭と卵焼きかぁ。竜神はどっちにする?」
「全部」
「和食も洋食も食べる」とかじゃなく「全部」なのか。並べられた全部を制覇するつもりなのか。羨ましい。俺もそれだけ食べられる胃袋が欲しい。
「僕は和食にしようかな……、あ、ヤクルトある……洋食にしようかな……」
和食に傾いていた虎太郎がヤクルトにつられ洋食に寝返ろうとする。
「和食でヤクルトでもいいだろ別に」
「合わないんじゃないかな?」
「洋食にもあわねーよ」
「………………」
しばらく考え込んでから、あ、ほんとだ。と呟く。
ヤクルトはご飯の飲み物ってわけじゃないもんな。朝だから置いてるだけだろうし。
俺と美穂子が洋食、虎太郎と百合が和食、竜神は和洋折衷で食事が進む。
「皆の分もとってきたよ。どうぞ」
虎太郎がヤクルトを配布した。
「ありがとう虎太郎君」「さんきゅー」
俺と美穂子はありがたく受け取ったんだけど、竜神と百合は虎太郎のトレイに戻してしまった。
「いらん。こんな甘ったるいもの飲めるか」
「オレもいらねぇ。虎太郎が飲め」
毎日1本。だけど虎太郎ぐらい成長してたら3本でもありなのかな?
「贅沢している気分だなぁ」
3本を立て続けに飲んで満足そうに言う。
そうなの?
食事を終えると、部屋に戻ってジャージから制服に着替え駐車場に降りる。
その途中で、百合となにやら話していた美穂子が慌てた様子で「竜神君、虎太郎君を止めてええ!」と叫んだ。
下に降りず、なぜか廊下を進んでいた虎太郎を竜神が止める――が、カギムシ館でしてたように、虎太郎は竜神を振り払おうと体に力を込めたままだった。
「竜神君……、話をしに行くだけだから放してくれないかな」
「とてもそうは思えねえな。下手したら殺しかねないぐらいの物騒な顔してるぞ」
うん。何があったんだよ虎太郎。竜神と競り合えるぐらい怖い顔になっちゃってるぞ。
虎太郎の力で竜神を振り払うのは不可能だ。
しばらくは全身に力を込めて抵抗していたが、まるで動きもしないことにいら立ったのか、虎太郎は無表情のまま竜神の腹に膝蹴りを入れようとした。厚い掌が攻撃をバンと受け止める。
「おー? 喧嘩かな? お家に強制送還しちゃうぞー」
そんな二人のいざこざを担任の柊先生に目撃されてしまった。
「違います。こいつ空手やってるから朝は組手をしないと破門されるらしくて。型稽古なんで見逃してください」
話しながらも、攻撃を受け止めている竜神の掌と虎太郎の足が力を拮抗させ震えている。
「まぁ、竜神がそういうなら見逃してやらないこともないけど。……それにしても、毎日何かしらフォローしてるなぁお前は。先生感心するよ」
「ほら、稽古はここまでにして下に降りるぞ。今日は金閣寺だ。昨日、金閣寺が楽しみで寝れないとか言ってただろうが。5人で観れる機会なんて今日しかないかもしれねぇのに、先生に勘違いされて強制送還されてもいいってのか?」
「…………」
真正面から竜神を睨みつけていた虎太郎の全身から、ゆっくりと力が抜けていく。
「稽古お疲れ様。ほんとお疲れ様……」
美穂子がぐったりと竜神を称える。
駐車場に行く前に、旅館前の広間で床に座らせられ、行動範囲の説明があった。
一番後ろ、はぐれるみたいにして座る虎太郎の横に座る。
「何があったんだ? 虎太郎があんなに怒るなんて、今日は嵐になっちゃいそう」
険しいままだった虎太郎の表情が、痛みをこらえてるみたいな顔に変わる。
そして、今にも泣きだしそうに歪んだ。
「未来……大丈夫?」
「大丈夫だけど……? 何が??」
「なら――良かった」
体育座りした膝で顔を隠してしまう。
「…………」
伏せた頭を、いつも竜神がしてくれるようにポンポンと2回叩いた。
――――
バスの中で俺たち5人は一番後ろの席を陣取っている。
でかい竜神が足を伸ばせる真ん中。隣に俺と美穂子で窓際が百合と虎太郎。
「チョコレート泥団子味食べる?」
一斉にいらんと断られる中、虎太郎だけが「うん……」と答えた。
掌に乗せたチョコレートを恐る恐ると口にいれる。
「ぅぐ」
次の瞬間、くぐもった悲鳴を上げて口元を押さえた。
「未来のお菓子でセルフお仕置きとは、いい心構えだよ」
美穂子が苦笑した。俺のお菓子はお仕置きレベルにひどいの?
「未来に多くは求めん。ただ、食い物の味がする菓子を買え」
「食べ物の味がするのもあるよ。松ぼっくり味クッキー」
「松ぼっくりは食い物じゃねえ」
「そこらに落ちてないか? 口に突っ込んでやる」
ここはバスだから当然落ちてません。でも、金閣寺でも落ちてませんように!
「ほわー」
陽を浴び、キラキラと輝く金閣寺に欄干に身を乗り出して魅入ってしまった。
「綺麗だね……、くっきりと水面に写ってるよ……。まるで金閣寺が二つあるみたい……」
「竜神、金閣さんと写真撮って!」
バッグからデジカメを取り出し竜神に渡す。
「金閣さん?」
「西遊記に出てくる妖怪の名前になってるよ」
「ほんとだ! 金閣寺銀閣寺とキンカクギンカクにどんな繋がりが……」
「何の繋がりもないわ。妖怪の方はカクという字が角だ」
あ、そっか。
「金閣さんって再建するのに7億円以上かかってるって聞いたことあるんだ。スーパーアイドルと写真を撮る気分だよ……!」
「お前の価値だって7億円以上あるだろうが」
「え」
バシッ!!!! またも百合が竜神のケツを蹴った。
「いで。今度は何だよ」
「理由はない。腹が立っただけだ」
「お前だってそう思うだろうが」
「思う。が、腹がたったものはしょうがない」
「理不尽過ぎてわけわかんねーな……撮るぞ」
美穂子と虎太郎と並んで写真を撮る。
デジカメの小さな画面で見るだけでもすごく綺麗な写真になってた……。現像するの楽しみ!
――――
「ミキミキ? お風呂行くよー?」
「早くしないと時間が無くなっちゃうよ」
修学旅行、最後の夜。
お風呂グッズを抱えた琴音と柳瀬が俺を促した――けど。今日は、一緒には入れない。
「生理になっちゃったから先生たちの部屋で入れてもらうことにしてんだ」
「え……?」
なぜか不審そうに眉根を寄せられた。
「なんかあった?」
琴音が俺の前に正座する。ど、どうしてそう思うの!? 変なこと言って無いのに!?
荷物の準備をしてなかった百合も、俺の横に胡坐をかいて座る。
「柊に事情を説明して、全クラスが入った後に、私と美穂子とお前で温泉を使わせてもらうことができるよう手配してもらってる。最後に入ろう」
「え、ミキミキと3人でお風呂だなんてずるい! なんで!?」
「昨日未来が女湯に入ったことに文句を言ったアホがいるんだ。そのせいで未来が遠慮するのは目に見えていたからな。先に手配しておいた」
ええええ、昨日の彩夏とのことがばれてる!!? どうしてええ!? 誰にも話してないのに!
「はぁ!? 何それ!? 誰がんな事いったの!? 完全にイジメじゃん!! ミキミキ、気にしちゃダメだからね! ……って、あー、だからミキミキが珍しく生理とか言ったんだ。いつもはぼかした言い方しかしないのにモロにいうからびっくりしちゃった。嘘が下手だねー」
な、なんだってー! まさかそんな事から疑われてただなんて……!
「で、でも、生理だから……」
「ならタンポンを突っ込んでやるからそれでいいだろう」
「百合ちゃん……」
美穂子が両手で顔を覆った。
「……? タンポンって何?」
タンポポ?
「――――――――」
「未来……それマジでいってんの?」
柳瀬と琴音が絶句した。
「え? マジだけど、知らないと変な事なの?」
「あ……そっかあ、未来って女の子歴浅いからそんななんだ……。顔超可愛いのに……」
「え? え? タンポンって女にとって一般常識なの!? タンポンって何!?」
「……恥ずかしがり屋の未来がこんだけタンポンタンポン連呼してんの聞くの新鮮」
「面白すぎるね。教えたいけど教えたくないジレンマが、こう」
「ええええ恥ずかしい単語なの!? 何、一体なんなんだ謎の物質タンポン」
検索するため携帯を開くんだけど、琴音に肩を叩かれた。
「大丈夫、お姉さんが教えてあげるから」
「おバカな妹を持つと大変だわ」
「な、なんでいきなり姉目線なんだよ! 柳瀬まで!」
1年の頃から同じクラスだったから、柳瀬にも俺の情けない性格は知られちゃってる。けど、なぜダメな妹みたいな扱いになったのかわからない。
「タンポンっていうのはね……」
琴音の説明を聞いて、俺は絶叫した。
「きゃー」
「未来がキャーって叫ぶの初めて聞いたかも」
「いつもうやーだもんね。嬉しい時もびっくりした時も怖い時も楽しい時も悲しい時も落ち込んだ時も『うやー』って鳴いてんの」
「楽しい時のうやーが好き」
「えー? 落ち込んでる時の元気ない『ぅやー』がよくない? 俯いてふらふらしながら呟くの」
俺そんなにうやーうやー言ってた? 自覚してなかった……。
そんなことより!!
「百合のばかばかばかばか! 何てこと言うんだよセクハラ大王!!! もーもー、すっげー恥ずかしい……!!」
座布団の上でゴメン寝体勢を取り顔を隠す。部屋に残っているのが美穂子と琴音と柳瀬だけでほんとに良かった……!
「なら観念しろ」
「温泉楽しみって言ってたでしょ? せっかく百合ちゃんが頼んでくれたんだから、一緒に入ろうよ」
「――――うん……」
「あたしたちも一緒に入っていい?」
「3人でと言ってしまったんで悪いが遠慮してくれ。配慮してくれた柊を裏切るような真似はしたくない。奴の立場もあるしな」
「それもそっかぁ。あんま勝手なことしたらひーちゃんが教頭に怒られちゃうかもしれないもんね……。うん。諦める。ミキミキ、気にしちゃダメだかんねー」
「ん……」
顔を隠したまま頷く。
「と、ところで、彩夏とのこと、なんで知ってるんだよ……?」
「立ち聞きしていたからだッ」
百合が悪びれもせずに真顔で親指を立てた。
もうちょっとこう……、済まなさそうにするとか無いんだろうか……。あるわけないか。百合だもんな。
そんなことより、言うことがある。
「……温泉楽しみにしてたから嬉しいです……」
素直に自分の気持ちを白状し、百合に感謝した。