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モブ君(ある朝突然)絶世の美少女になる  作者: イヌスキ
十四章 とうとう二年生です!
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修学旅行二日目(友人の激怒)

 未来がごく当たり前のような顔をして大浴場に入ってきた事に、彩夏は本気で驚いた。

 それ以上に驚いたのが、周りもごく当たり前に未来を受け入れていたことだ。


 雑談を交わしながら服を脱ぎ、シャンプーの貸し借りをして、騒いだり照れたりする未来に笑う。

 日向未来の正体を知らない連中ばかりではないはずなのに。

 それとも、一年の間に忘れてしまったのか。


 周りを欺いて女子のフリをする未来が許せなかった。


 日向未来が消えたなんて絶対に嘘だ。冬季スポーツ大会の時も自分は日向未来だと言い張っていたぐらいだ。早苗の話も適当にでっち上げたに違いない。今度から顔を合わせるたびに大声で早苗と呼んでやる。

 女子を騙し、女風呂に入ってきた未来に思い知らせてやる。

 丁度良く明日の朝食はバイキング形式だ。まずはそこで、みんなが居る前で早苗と大声で呼ぼう――――。


 そう意気込んでいたのだが。


「戸田彩夏」

「う……」


 女性の物なのに低い声に名前を呼ばれ、冷水を浴びせられかけた気がした。

 百合だ。


「お前のような女が『女の腐ったような人間』というんだぞ。ネチネチしすぎて気色の悪い。私以上に陰湿な人間がこの世にいるとはな。しかもこんな身近に」


 腕を組んで立っているだけだというのに、酷薄な笑みに圧倒され彩夏が数歩下がる。


「た、立ち聞きしてんじゃねーよ! 美穂子まで……!」

 名前を呼ぶと、後ろに立っていた美穂子が前に出てきた。


「百合ちゃん、ごめん、変わって。言いたいことはあるかもしれないけど、私に言わせて。二人で攻めるのは卑怯だから、百合ちゃんは部屋に戻って。私、一対一で彩夏ちゃんと話したい」


 百合は返事をしなかった。

 笑顔を崩さないまま少し瞼を伏せ、赤絨毯が敷かれた廊下の奥へと歩いていく。


 彩夏に向けた美穂子の表情は、いつも穏やかな彼女とは別人かと思うほどに冷たかった。


「彩夏ちゃんは最低だよ。百合ちゃんの言う通り、どんな考え方をしてたらあんな陰湿なことが言えるの? 未来のどこが男なの? 未来はどこからどうみても女の子なのに、一緒にお風呂に入るのも怖いだなんて臆病すぎるよ」


「オ――オレのどこが臆病だって言うんだよ! オレは、あいつが女風呂に入るのが許せないだけで」


「どうして? なぜ許せないの? 女の子に触られることを怖がって、自分の裸を見られることも恥ずかしがる未来が男なら、一人称がオレで男言葉を使う彩夏ちゃんはもっと男じゃない。自分が女の子より男よりだって自覚があるからその口調なんでしょ? 女湯に入ってこないでよ。男湯に入れば?」


「……! オレは生まれつき女だから女風呂に入るのが当然だろうが! でも未来は中身は男だ! 嫌がってる皆のためにオレが言ってるんだ!!」

「皆のため? 皆って誰? 教えて。直接話したいから」

「それは……!」

「誰も居ないんでしょ? 彩夏ちゃんの脳内にだけ存在する都合のいい誰かの意見なんでしょ? 居もしない他人に押し付けようとするなんて卑劣だよ。陰湿なうえに卑劣なんて最低」


 美穂子は穏やかで優しく、クラスのムードメーカーでもあった。虐められている子が居れば無条件で助けに入るほどで、彩夏は美穂子を「わざわざ貧乏くじを引くお人よしな良い子ちゃん」だと下に見ていた。

 怒っているところなど見たことさえない。そんな女に敵意ともいえるほどの感情と容赦の無い罵倒を浴びせられ、彩夏がとうとう涙を零した。


 泣く彩夏に、美穂子の怒りに更に火が付いた。


「泣けば済むと思わないで! 未来がどれだけ泣いたと思ってるの!? 一番苦しんでるのは誰!? 人を追い詰めておいて、死んだのかって追いつめておいて、名前まで奪おうとしたくせに、今更被害者ぶらないで!!」


 掌に爪が食い込むぐらいきつく拳を握りこみ、一番伝えたかった一言を叫ぶ。


「未来を早苗なんて呼んだら絶対に許さない!!!」


 彩夏が反論しないのを確認してから、美穂子は踵を返した。

 こんなに頭に血が上ったのは生まれて初めてだった。


 階段への角を曲がると、百合が壁を背もたれに立っていた。


「お見事」

 ぱちぱちと小さく拍手をくれる肩に額を付ける。


「わたし……こんなことが言える人間だったんだ……自己嫌悪だよ……。虎太郎君じゃないけど、寝込みたい……」

「あれぐらいいい薬だ。気に病むな。未来は彩夏の100倍泣くだろうしな」

「うん……そだね……。でも心が痛い……」


 自分自身に対する嫌悪感と、言い過ぎたという申し訳なさと、でもやはり許せない怒りと、たくさんの感情が入り混じって体が重い。


 部屋のある階は5階。

 そこまでの道のりが、この間、父と登った槍ヶ岳の頂より遠く思える。槍ヶ岳は3000メートル級の山なのに。

「未来……大丈夫かな……」

「あぁ。丁度いい具合に竜神が降りてきたから心配はいらない」


 去年、3年の先輩から告白されているところを未来に見られたり、監視者から解放されたとたんに同棲することになり告白もできなかったり、今日も偶然通りかかった寺戸に喧嘩を目撃されたりと、竜神自身の運勢は常に超低空飛行を続けているのに、未来が弱っている時だけは抜群に強運だ。


 未来ほどまででは無くとも、華奢で細い美穂子の背中を掌でポンポンと叩く。


(さて、と……)


 未来は竜神に相談はしないだろう。相談できるほど器用な人間なら自分たちも苦労は無い。もう問題はないだろうが、耳に入れて置く必要がある。

 青色を通り越し土気色の顔色をしている美穂子を布団に押し込み、その日の深夜に百合は竜神をロビーへと呼び出した。



――――



「――ということがあったわけだが……、竜神。未来の前でその顔をするなよ。さすがのあいつも泣くぞ」

「~~~~~~~……!!!」


 怒りに言葉も無いのだろう。膝の上で握った拳がギリギリと音を立てている。


「おさめろ。私たちが言いたいことは美穂子が全部言ってくれたよ。彩夏が女で良かったな。男だったらどうなってたことか」

「男だったらぶん殴るだけじゃ済まさねえよ……。どうしてそこまでヒデェ事が言えるんだ……。未来があいつになんかしたって言うのか? 女が相手だろうと泣いて逃げるぐらいの怖がりなのに……」


 テーブルに乗せていた百合のスマートフォンが小さく振動した。


「――美穂子か」

『百合ちゃん、どこにいるの?』

「ロビーだ。彩夏との一件を竜神に説明しているところだ」

『私も行っていい? 竜神君と話したいことがあるの』

「あぁ」


 いくばくもなく、足音を立てないようにかスリッパを手に持った美穂子が階段を駆け下りてきた。


「美穂子――未来の為に怒ってくれてありがとう。慣れないことをさせて悪かった」


 立ち上がり、深く頭を下げた竜神に美穂子は首を振った。


「竜神君が頭を下げる必要ないよ。私は未来の親友として……本気で心の底から頭に来ただけだもん……! でも自分があんな酷いことを言える人間だったなんて…………」

 またもよろけた美穂子を百合が支える。


「本当のこと言うとね、途中で割り込んで彩夏ちゃんを止めたかったんだ。でも……」

「いつでも私たちが傍に居てやれるわけじゃないからな」


 彩夏が向けてきた類の悪意は、これから先も未来を襲うだろう。未来自身が受け止めていかなければならない問題だ。目隠しをしてやるばかりが優しさではない。その役割を担うのは竜神一人で充分だ。


「未来が一歩進むたびに周りから無理やり下がらせられる。いつまでこんなことが続くんだろうね……」


 悲しそうに、悔しそうに、美穂子がズボンを握りしめた。



――――


 少しだけ時間を早め、次の日の朝食後の話。


「美穂子、相談したいことがあるんだが」

 キリッと表情を引き締めた百合に、美穂子は姿勢を正した。

「何?」


 百合が相談を持ち掛けるなど、ただごとではない。美穂子は彼女の言葉を待った。


「竜神が夜中に抜け出したことに虎太郎が気が付いてて、何があったのかと聞かれたから彩夏との一件を何気なく答えたら、予想外に大激怒してしまったんだ。まぁ、怒鳴るとかではなく、静かに殺意をつのらせる感じで」


 予想外の相談に美穂子の頭が真っ白になった。


「虎太郎君に話しちゃったのぉぉぉ!!? ダメだよ百合ちゃん!!!! 虎太郎君は自分自身が名前を取られてたでしょ!! 未来が『虎太郎はお前だけだ』っていったら見たこと無いぐらいに嬉しそうにしてたでしょ!? 未来が同じことをされたって知ったら死ぬほど怒るに決まってるじゃない!!!」


「そんなこととっくに忘れてた☆ 百合ちゃん大反省☆」

「可愛く言ってもダメええ!!!」

 自分の頭を拳でこつんと叩く百合を美穂子は揺さぶった。


「私たちの言いたいことは全部美穂子が言ったからおさめろ、と、説得したんだが彩夏と話すと聞かなくてな。彩夏のいる5組に行ってしまった。まったく、竜神と違って気の短い奴だ」


「きゃああああ! 竜神君! 虎太郎君を止めてええええ」

「なんだなんだ」


 という一幕があり――。


 虎太郎は寸前で竜神に取り押さえられた。



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