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モブ君(ある朝突然)絶世の美少女になる  作者: イヌスキ
十四章 とうとう二年生です!
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修学旅行二日目(人によって悲喜交々の不思議な夜)


「……? 何かあったのか?」

「何もないよ」

「………………22時までは自由時間だから外を歩くか」

「――――」


 断ろうかなって躊躇った俺の手を大きな手が握った。

 竜神にしては珍しく、有無を言わせない調子で手を引かれ外に連れ出された。

 日が落ちぬくもりを失くした空気が全身を覆う。

 ついさっきまでお風呂に入ってた。体が火照ってたはずなのに、寒い。指先が冷たい。

 竜神の掌が酷く熱い。


「なんか夜にジャージで散歩してるのって変な気分」

 不審に思われるのが嫌でどうでもいい話を口に出す。


「修学旅行でしか無いシチュエーションだもんな」

「竜神、上、体操服だけで寒くない?」

「平気だよ。お前は大丈夫か?」

「うん」


「結構広い庭だな。――池だ。未来、鯉がいるぞ」

「……高そう。いくらぐらいするんだろ」

「明日、百合に聞いてみるか」


 池の前のベンチにどちらからともなく腰を下ろした。


 少し沈黙を挟んで、困ったような笑顔で竜神が切り出した。


「何かあったんだろ? ……お前はいつも、肝心な時に口に出さねーのな」

 竜神の顔から視線を逸らし自分のつま先を見る。


「何も無いって……たださ、ちょっと考えたんだ。未来って名前使い続けるのおかしいかなって。早苗に改名しようかな。未来より早苗の方が響きが可愛いし」

「絶対に駄目だ!!」


 初めて聞いたぐらいの大声に俯いたまま硬直してしまった。


「ぅ――大声出してわりい……。オレ、ここんとこ怒鳴ってばっかだな……くそ……。お前もとんでもないことを言い出すな。絶対反対だからな。早苗より未来のほうが1000倍可愛いだろ。こっち見ろ」


「――――――」


 なんとなく顔が上げづらくてうつむいたままになる。

 でも、肩を掴まれ力づくで視線を合わされた。

 池の周りに設置された柔らかな光の間接照明。オレンジ色に照らされた俺が竜神の瞳に映る。


「消えるなよ、未来。未来が未来じゃなくなったらオレは逃げるからな」

「どうして? 未来が消えても私は私なのに、なんで逃げるの?」

「だから何度も言ってるだろうが。中身が変わったらお前だって思えないって!」


「――――――」


「……お前はオレの事すっげー強い人間だって思ってるみたいだけど、惚れた相手には本気で人類最弱なんだよ……。見た目がお前なのに、中身がお前じゃない奴の傍にいるなんて無理だ。日向未来との違いばっかりが目について1000倍悲しくなる。上田早苗にどれだけ好かれようと、本気で海外まで逃げかねねえ。下手したら病んで死ぬぞ」


「――――――」


「何があったんだ? ちゃんと話してくれよ。すっげー不安でいるのもきついんだぞ……」


「なんでもない」


「未来!」


「女の闘いなんだ。だから、竜神の出る幕は無い。自分で向き合いたい。頑張る」


「………………」


 竜神は長い沈黙を挟んだけど「そうか」と頷いてくれた。


「よっと」

 軽く抱えあげられ膝の上に横抱きに座らせられた。

「りゅう……???」

 頭を胸に押さえつけられる。 

「今は泣いとけ。普段は何でも話してくれんのにこんな時だけ話してくれねーし、普段はちょっとしたことでギャーギャー泣く癖に、こんな時は泣かねーし……。心配でしょうがねーよ……」


 泣くつもりなんかなかった。そのはずなのに、りゅうの胸に顔を埋めた途端、目の奥がかぁっと熱くなって大粒の涙がボロボロ零れた。

 悲鳴みたいな鳴き声を漏らしてしまう。


「ぅ――――う、あ、ぁ……――!」


 抱きしめられて初めて『あぁ、悲しかったんだ』って気が付いた。名前まで取られそうになったのが怖かったんだって。

 子どもどころか、赤ちゃんみたいに泣きわめく俺を、竜神は長い間、黙って抱きしめ続けてくれた。







 部屋に戻らなきゃならない時間になってようやく、気持ちが落ち着いてきた。


「乗りっぱなしでごめん。足、痺れてない?」

「謝るなって……。足はどうでもいいけど、お前の泣き声が……精神が摩耗した……」


 本気でダメージを受けてるらしくて、体がヨロヨロと覚束ない。


「………………」


「ねーりゅー」

 ねーりゅー? 抑揚をつけなかったので、俺が何を言ったかわからなかったらしく竜神が同じ言葉を繰り返す。すぐに「ねぇ、りゅう」と気が付いてくれた。


「ん?」


「め、め、目、瞑って、ちょっと、か、屈んで」

「!」


 竜神は何も言わず、言ったとおりにしてくれた。

 心臓が痛い。

 ドキドキ鳴る音が竜神まで届いてしまいそう。

 うぅ、て、手が震える。ぐっぱーしてから、屈んだ竜神の肩に乗せる。毎日みたいに触ってるのに、逞しい固い感触と体温に益々緊張した。


 目を閉じてじっと待つ横顔。初対面の人間を100%怖がらせる物騒な顔。

 でも笑うと優しくなる。本気で嬉しいときはちょっと困ったみたいな笑い顔になる。


 自分自身より大切で大好きな存在。

 そんな竜神の顔に手を添え。

 頬に、震える唇を押し当てた。


 キスのやり方なんか知らない。ただ、ふにっとくっつけただけ。

 それなのに、くっついた瞬間、ただでさえ痛かった心臓がバクンと跳ねて倒れるかと思った。

 すぐに離れ、恥ずかしくて恥ずかしくて絶対顔を見られたく無くて、俯いて髪と重ねた掌で顔を隠す。


「頬か……」

 こんなに頑張ったのに、心底残念そうに言われてしまった!!!!


「な、なんで残念そうなんだよ……! 勇気を振り絞ったのに!」

「唇かなって期待した……」

 ええええええ!!!???

「く、、くく、唇になんて無理に決まってるだろおお! 死ぬ! 千年たってもできる気がしないよ!」

「千年は勘弁しろ。オレが耐えられねえ」


 恥ずかしかったはずなのにりゅうがとんでもないことを言い出したせいで顔を上げてしまってた。

 期待した、とか、勘弁しろ、とかいいながらも、凄く凄く嬉しそうに笑ってくれてる。

 がばっと髪が浮き上がるぐらいの勢いで顔を伏せた。

 せっかく、家からいい香りのシャンプーとボディーソープ持ってきてたのに、今日に限って琴音に貸しちゃった。

 泣きまくったせいで顔だって酷いことになってる。

 最悪なファーストキスだ。


 あああ、また涙が出てきた……!

 顔を隠したままじたばた足踏みしてしまう。


「ぐうう恥ずかしい……! 竜神にもほかの人にも顔見られたくない……!」

「じゃあ、ほら」

 竜神が俺の前に背中を向けて跪いた。


「背負ってやるよ。これならオレもほかの連中にも顔を見られないだろ?」

「…………!」


 お言葉に甘えて竜神の背中に乗っかる。うわぁ! 背中広いな! 知ってたけど! 足を開いてるせいか余計広さが! そういえば、初めて会った時もおんぶしてくれたっけ。

「ちゃんと捕まってろよ」

「う?」


 竜神が走り出した。自分じゃ絶対に出せない猛スピードに「うきゃぁー!」と悲鳴をあげてしまう。

 驚いたのは一瞬だ。楽しくて堪らなくなって笑ってしまった。


 竜神も肩を揺らして笑う。

 首に力いっぱい抱き着く。固い黒髪に額を埋める。


 好きだ。好きだ。好きだ。大好きだ。

 日向未来以上に日向未来をわかってくれてありがとう、りゅう――!





 俺を背負ったまま階段さえも軽々と登っていく。やっぱりすごい力だな! 知ってたけど! こいつがこれだけ力があっても弱い人間には絶対に暴力を振るわないのも知ってるけど!


「む。竜神か」


 う。2階の踊り場に百合が居た。

 泣き腫らした顔を見られたくなくて背中に顔を伏せる。

「体操服が濡れてるぞ竜神……まさか」

 スリッパなのにつかつかとしか言いようのない音を立て、百合が迫ってくる。

 逆側に向けた頭を掴まれ、無理やり百合を振り向かされた。「ぅや」グキッと首が鳴った。


「お前、また泣かせたのか!」

「やめろ! 未来を背負ってるんだから本気でやめろ!」

 強烈な蹴りを繰り出してくる百合の攻撃を竜神が必死で避ける。


「おおー!」


 縦横無尽に動くからまるで戦闘ロボに乗ってるみたいで感動してしまった。

 これだけ動いてるのに俺の体に衝撃が無いのがさすがの竜神である。


「今日はお前を猪狩先生の部屋に預けてもいいか?」

「え? どうして?」

 猪狩先生とは今回の旅行に同行している保健の先生だ。

「何かあった時すぐ駆けつけられるから、万一の時は未来を先生の部屋に泊めてもらえるように旅行前に頼んどいたんだよ。夜中に女子の部屋に入るわけにはいかねーし……」


「う――……」

 泣き腫らした顔をみんなに見られたくないってのはある。猪狩先生なら俺たちの事情も知ってるから、頼りやすい。それに…………。


『お前の中の日向未来はちゃんと死んだのか!?』


 彩夏の声が耳に蘇る。

 死んでない。日向未来はここにいる。竜神の背中にいる。女子の部屋に戻るよりかは……。


「――部屋に連れていく。何かあれば私が背負って運んでやるから心配するな」

 百合がきっぱりと言った。


「……そうだな。せっかくの修学旅行だしな。先生の部屋に隔離すんのは未来が可哀そうか。頼む」


 部屋に――。

 また視界がぶれそうになったけど、首を振ってきつく瞼を閉じ、抑え込む。

 うん。部屋に戻ろう。彩夏に言われたからって今の自分を否定したくない。

 竜神が、未来がいいって言ってくれるから。同室の女子たちだって受け入れてくれてるんだ。無関係の人の意見に流されるのもおかしい。




「み――ミキミキ、どしたのその顔、何かあったの!?」

 泣き腫らした俺の顔を見て、布団の上でお菓子を食べてた琴音が飛び上がる。

「フランダースの犬を見てたらこうなりました。あれは名作です」

 どこで見たの?とかいう意見は受け付けません。


「あれ? 美穂子、もう寝ちゃったの? 疲れた?」

 消灯までまた30分もあるのに、美穂子が布団の中に潜り込んでいた。


「ちょっと自己嫌悪中なの……」

 くぐもった美穂子の声が答えてくれる。


「美穂子が自己嫌悪!? どして!? 何があったんだよ!?」

「いろいろと……」

「……そっか……」

 答えたくなさそうだな。聞くのはやめとこう。


「自己嫌悪する必要ないぞ! 美穂子は間違ってない! 何があったか1ナノも知らないけど」

「ふふ……」

 あ、笑った。

「未来……、私、未来の事、好きだよ。まだ友達になって一年ちょっとしかたってないけど、大親友だと思ってるからね……」

「――! あ、りがとう……。みほこのことも、その、大親友だって……」

 女の子相手に親友だって言うの、すっごい恥ずかしい……。今日は恥ずかしいことばっかだな……。

「あたしもミキミキのこと大親友だって思ってるよ! 聞いてくれないの!?」

 ずいっと琴音に詰め寄られてしまった。

「な、何を?」

「告白の結果!!」

 聞いていいの? 待てよ。聞いてほしいってことは……。

「うまくいったの!!??」

「イエー!」否ではなく、英語のほうのイエー!だ。

 裏声で叫び琴音が布団の上で飛び上がる。

「おめでとー!!! 琴音! よかったな!」

「おめでとー」

 美穂子も布団の中で拍手してる。

「ぎゃー琴音も彼氏持ちかー! うらやましー!」

 曲山がバタバタと暴れる。


「サルミアッキ(世界一不味いって言われてる飴)、ジンギスカンキャラメル、シュネッケン(通称タイヤ味グミ)お祝いにあげる!」

「いらん!!!!!」

 珍しいお菓子ばっかりなのに、また、全力で断られてしまった。お祝いしたかったのに。悲しい。


 俺が彩夏に泣かされたり、琴音が藤堂とうまくいったり、美穂子が自己嫌悪したり。

 人によって悲喜交々だ。修学旅行の夜って不思議だな……。


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