修学旅行の班決め。と、浅見の家族。
「今日は修学旅行の班決めをして貰う。1班6人な。自由に組んでいいけど、決まらなかった場合は先生がチョーテキトーに分けちゃうから、皆頑張れよー」
あいも変わらず緩い柊先生が緩く教室に宣言した。
一番前の席の虎太郎が班分けの紙を受け取って俺たちの席に来る。
「6人班なら丁度いいな」
「みーきー、達樹君も数に入れちゃってるでしょ」
ふに、と美穂子に頬を突かれる。
あ、そっか、あいつ学年違うから修学旅行関係ないんだった。
いつも6人で行動してるから完全に勘違いしちゃってた。
日向未来、竜神強志、熊谷美穂子、花沢百合、浅見虎太郎――あと、一人。
「誰か班に入ってくれる人居ないかな……? 琴音……は、他の女子たちと組むのかー」
今年も同じクラスだった浦田琴音は女子たちと紙を囲んできゃあきゃあ言い合ってた。
バシ!!! 唐突に百合が竜神のケツに蹴りを入れた。
「いてぇ。……何すんだいきなり」
「髪から甘ったるい匂いを漂わせるな! 気色の悪い!」
名前を書くのに竜神が少し頭を下げた。そのせいで隣に立ってた百合にシャンプーが香ったんだな。
「あぁ、『小悪魔の誘惑ロイヤルローズプリンセスシャンプー』か」
「可憐な少女が使うようなシャンプーを使うんじゃない! その毛バリカンで刈るぞ!」
百合がこんな感じだからなー。ちょっとやそっと暴れてもビビらないような人がいいんだけど……、百合、その辺にしとかないと男子までドン引きしてるぞー。
「おーい」
あ、良太だ。
「お前たちの班に混ぜてくれよ。浅見くん、露骨に嫌な顔しないで。大丈夫だって、俺、美羽と合流するからさ。他の連中だと脱けんの気まずいけど、お前たちなら遠慮する必要ねーし」
「あぁ……それなら構わないよ。名前は僕が書いておくから、インフルエンザが危ないんでもう少し離れて……」
「俺いつまでインフルかかってる設定なの!?」
虎太郎が良太の背中を押して俺たちから遠ざける。
「次は部屋割りかぁ……」
部屋割りは10人づつ4チームに分かれる。男2、女2チーム。
俺、女子のチームに入っちゃっても大丈夫なのかなぁ……。
先生に相談した方がいいかな。
どうしても駄目だったら女の先生の部屋に間借りさせてもらえると助かるんだけど……風呂も個室を貸してもらうようにしとかなきゃ。
「ミキミキ、美穂子、ゆーりー、あたしたちと同室でいいよね?」
琴音が窓際の席から大声を張り上げた。
「うん。もちろん!」美穂子が頷く。
「部屋割りの紙はあたしが提出しとくから」
「ありがとー」
あれ? 考え事してる間に部屋が決まっちゃったぞ。い、いいのかな?
……。今悩んでも仕方ないか。嫌がられたら布団を抱えて移動しようっと。
一人で机から離れ、先生にこそっと耳打ちする。
「あの、私と一緒にお風呂に入るの嫌がる女子も居ると思うんで、大浴場じゃなく、個室のお風呂を使わせてもらいたいんですけど、できますか?」
「もちろんできるぞ。安心しろ。でもお前をほかの女子が嫌がるとは思えないんだけどな」
そうでもないけどな。
まだ一年しかたってない。
心の底では気持ち悪がってる人だって少なくないだろう。
俺の周りにはモデルの虎太郎や凶悪顔の竜神、容赦の無い百合がいるから、俺のこと嫌ってても態度に出せない女子だっているかもしれない。俺がちゃんと配慮しなきゃな。
――――
「あの……、竜神君にお願いがあるんだけど……」
その日の昼食時。
達樹、美穂子、百合が教室に戻ると同時に、虎太郎がそう切り出してきた。
珍しい。
俺たちの傍で右往左往しているイメージのある虎太郎だけど、悩みの相談なんか一つもしてきたことない。
むしろ大事なことまで聞かれるまで答えようとせずに一人で抱え込んでるのに。
「どうした。珍しいな」
竜神の答えにまで珍しいが入っちゃってるぞ。
「家に……帰りたいから付いてきて欲しいんだ。その……、私物は全部持ってきたつもりだったんだけど、気に入ってたシャープペンを忘れてて……。ずっと我慢してたんだけど、やっぱりあれがないと落ち着かないんだ……」
「あぁそんなことか。いいぞ。んじゃ、今日の放課後にでも行くか」
と、いう紆余曲折があり、竜神は虎太郎の付き添いで虎太郎宅へと足を運んでいた。
そして、顔を真っ青にした虎太郎を連れて家に帰ってきた。
「じゃまして、ごめ……、み、」
謝る必要もないのに謝ろうとした虎太郎が声を詰まらせる。
「いいからこい」
そんな虎太郎の首根っこを掴んで、竜神が自分の部屋に押し込んだ。
いつでも全員でお泊り会ができるように、こないだの冬子さんに貰ったパジャマや下着はそのままこの家に置いてある。
虎太郎や達樹の分どころか、美穂子や百合の分までも。
竜神は一度自分の部屋に虎太郎を入れてから、ひどく険しい顔で部屋から出てきた。
人が見たら怒ってるとしか思えない表情だけど、心の底から悲しんでる表情だ。
「何かあったの?」
聞く俺の前で、ばたっとラグの上に倒れこんだ。
額に手の甲を押し当て声を絞り出す。
「――――虎太郎の部屋が、潰されてたんだ」
「え――――――」
虎太郎の部屋は離れになっていた。
その部屋が、完全に潰され、まるで、最初から何もなかったかのように更地にされていたのだという。
竜神が虎太郎のお父さんに殴られた事件の後、竜神は本気で虎太郎の部屋を改造した。
鉄格子を取り除き、のぞき窓をふさぎ、鍵を外側からじゃなく内側から掛けられるように。
その部屋が――――。
足が、震えた。
「どうして……あそこまでひでーことが出来るのか……本気でわかんねえ……」
顔を隠した竜神がかすれた声を絞り出す。
すれ違う人が委縮するぐらいの怖い見た目とは違い、竜神は仲間思いで優しい。
身内だけじゃなく、俺や、バカな達樹までフォローしてくれようとする。暴虐武人な百合や疫病神でしかない冷泉まで守ろうと動いた。
そんな人間からすると虎太郎の親は未知の存在になるんだろう。
竜神が体を起こす。
俺は思わず竜神に抱き着いて、広い背中を力いっぱい抱きしめた。
「心配だから今日はここに泊めるな」
「うん」
「飯、食えるかどうかわかんねえけど、虎太郎の好きそうなモン作っててくれ」
「わかった。ひき肉あるから一杯ミートボール作るよ」
重い体をさらに重そうに足で持ち上げ、竜神が部屋に入っていく。
「――――――――」
俺の頬をボロボロと涙が下って行った。
部屋、無かったのか。お気に入りのシャープペン、無くなっちゃったのか。
悲しいな。辛いな。痛いな。
でも、でも、虎太郎が落ち込めるようになって、よかった。
初めて学校の裏庭で話したときからずっと、虎太郎は家族の事に関して無感情だった。自分が我慢させられてることも、自分の部屋がおかしいことにさえ気が付いてなくて、それを当たり前と思い込んでいた。
その虎太郎が、落ち込むことができるようになっただなんて、大進歩だ。
多分、大人になればなるほど感情の出し方がわからなくなっていくと思うんだ。
今のうちに悲しいことを悲しいと受け止め、外に、他人に、発散できるようにならないと、どんどん自分の内側だけにため込んでいくようになってしまう。
この国の自殺者は年間3万人もいるって聞く。
その人たちは全部、悲しみの出し方がわからなくなってしまった人たちだ。
虎太郎、悲しみを表に出せ。男友達にぶつけろ。
女である俺は絶対に部屋に入らないから。
ぐっと袖で涙を拭い、虎太郎が好きな食べ物ばかりを作った。
ミートボール。グラタン。焼きそば。オムレツ。
それと――――、高校の入学祝に兄ちゃんから貰ったシャープペンも置いておく。
兄ちゃんはどうしょうもないコミュ障だけど、稼ぎは凄いから俺にくれるプレゼントもかなり高価だ。
手に馴染む数万円もするシャープペン。
もったいなくてテストの時にしか使って無かったんだけど、これをプレゼントしよう。
『シャープペン見つからなくて残念だったな! 未来ちゃん愛用のテスト用シャープペンを進呈しよう。これを使えば平均点間違いなしだ!!』という文章と、バカ面のカピバラさんを描く。
虎太郎は成績上位で1位から3位までにいつも名前を連ねてる。そんな虎太郎にとっては平均点しか取れないなんて言語道断だ。だけど、これでいい。
ちょっとでも、『何言ってんだろ。未来はバカだな』って笑ってくれればいいな。
翌朝、虎太郎は居なかった。
明け方近くに家に帰ってしまったそうだ。
「シャープペン、喜んでたぞ。飯も全部食っていった。むしろオレの分まで食われた」
竜神がそう言ってくれた。
良かった。
「なー竜神。虎太郎の親と刺し違えに行ってもいい?」
「ダメだ。オレがガチで投げ飛ばしたからお前が報復する必要ねーぞ」
「え!? やっちゃったのか」
「やっちまった……。しかもフスマ突き破って隣の部屋まで飛んだ。もし訴えられたら百合に頼るしかねーな」
「よくやった竜神! それでこそヤクザ八代目組長!!」
「だから違うって言ってるだろ」
「わたしも達樹も百合も虎太郎も兄ちゃんもお前に頼ってばっかでごめんな。これからもよろしく頼みます。お父さん」
「オレまだ17だぞ。結婚もできない年齢だぞ」
猛さん31歳なのになんでオレが父親なんだよ、と項垂れる竜神に笑う。
大きくて優しくて暖かい竜神。問題児ばかりの俺たちのフォローしてくれて、ほんとありがと。