兄ちゃん、最低だよ!
「あー、お風呂気持ちよかったー」
ジャンガリアンハムスターパジャマ(気に入った)でお風呂から出る。
ソファに座ってジャンプを読んでた竜神の横にポスンと座る。
飛び跳ねるみたいに座ったのに竜神の体が全く揺れないのが悔しいな。体重差が約2倍もあるもんな。
「どう? シャンプー変えたんだー」
「すっげー甘ぇな」
「『小悪魔の誘惑。香りのラブパワー、ロイヤルローズプリンセスシャンプー』! ゆ、う、わ、く、しちゃうぞ」
CMでやってたみたいにセクシーポーズを決め、パジャマの裾から太ももを覗かせて竜神の胸の上に指先でハートマークを描く。
「次やったら襲うっていったよな」
竜神が俺の肩を掴んでソファーに押し倒した――!!
「ぅゃ――――」
思わず叫んでしまうと、バタン、と、竜神が逆側に倒れた。
「ごめんごめんごめん! 怖かったわけじゃないんだ、びっくりしただけで!」
「上に乗るな……胸……跨るな……」
!!!!
胸を押し付けるというか、竜神の腕を胸で挟んでしまった。お風呂上りだから下着も付けてない。薄いパジャマしか着てない、ほぼ生胸で。しかもミニスカートパジャマでりゅうの上に跨ってるからパンツごしに……!!
光の速さで竜神から離れ、ソファの逆側に行儀よく座る。
「……オレ……いつまで理性持つのかな……風呂入ってくる……」
よろよろと立ち上がった竜神を見送る。
「あれ、ちょっと待て。ひょっとしてオレもそのシャンプーか?」
「当たり前だろ」
―――☆
「りゅ――――!! 大事件だ!!! 大変だ! あり得ないことが起こった!」
「どうした? ガールズPOPがやっと廃刊になるのか?」
「違うよ! あんな為になる雑誌が無くなるわけないだろ! 兄ちゃんに恋人が出来たんだよ!! 彼女だよ!! どうしよう、明日地球が終わっちゃうよ!」
キッチンに駆け込み慌ててまな板を準備する。
「妹にここまで言われる兄も中々居ねーだろーなー」
「しかも、すっごい綺麗なお姉さんだった!! こんなのあり得ない! 夢でも見たみたいだ!」
「……で、何やってんだ?」
「ご飯作ってんの。兄ちゃんがね、二人で食べるから作って持ってこいって」
大急ぎでキャベツ刻んでチーズ混ぜたハンバーグ焼いて付け合わせ作ってお味噌汁とご飯と一緒に二人分持っていく。
俺もちょっと話できるかな? あの人がお姉さんになったらどうしよう――気が早すぎるか。
二階のチャイム鳴らしてから中に入り――――。
俺は、半泣きになりながらご飯の乗ったトレイを持って一階に戻った。
生ごみ用のゴミ箱開き、トレイや食器ごとご飯を捨てようとする。
「どうしたんだよ未来! ハンバーグは嫌だって言われたのか? オレが食うから、いや、オレに食わせてくれ」
今まさに叩きつけんと頭上に高く上げてたトレイを竜神が持ち上げた。
「違うんだよ……! あのお姉さん、料理が苦手だったみたいで……! 兄ちゃん、このハンバーグを指さしながら『このレベルの飯を作ってくれなくちゃ困る』ってお説教し出したんだよおぉ……!!」
「そりゃ……すげーな……」
「うちの兄ちゃん頭おかしかったんだぁぁぁ!!」
テーブルに突っ伏してガチで泣いた。
――☆
「というわけで振られてしまった」
「当たり前だ!!」
むしろ別れたかったのかと聞きたくなるレベルのひどさだぞ!
一階に降りてきた兄ちゃんとソファで向かい合う。
「まさか2日しか続かないとは思いもしなかった」
「2日であんな態度取ったの? 兄ちゃんコミュ障進化してない?」
「で、強志君に相談なのだが、どうすれば女性との付き合いがうまくいくと思う?」
俺と竜神の視線が絡まる。
(なんでオレがこんな相談受けてんだよ!)
(うちの兄ちゃん友達居ないし職場で嫌われてるから相談できる人がいないんだ。頼む!)
目力だけで会話をして姿勢を正した。
頼むぞ竜神。兄ちゃんが結婚できるかどうかはお前に掛かってる!
「えと……」
竜神はしばし躊躇ってから口を開いた。
「猛さんは脳科学界で名をはせてらっしゃいますし、医者としてもご高名で広く活躍されてますので難しいかとは思いますが、まずは、一般人と同じ視点で人と接した方が人間関係も円滑に行くのではないでしょうか」
ものすごく表現をマイルドにしてるけど、要するに上から目線で人に接するなってことだよな。
「なるほど。無理だな」
「オレ……ごく普通のことを言ったつもりだったんですけど……」
「君の言う通り俺はそれなりに名の知れた医者だ。その分稼ぎもある。おまけに酒もたばこもギャンブルにも興味は無い。趣味と言えば漫画本を買うぐらい、それも月に一万円も使わない。これだけ高スペックなのだから、相手の女性もそれなりに高スペックの女性でなければ困る。具体的にいうなら、毎日決められた時間内に家事を終わらせ、俺が帰った時には温かく上質な食事を出し、風呂を準備し、近所づきあいのすべてをこなす。未来でもできることが成人女性に出来ないはずがないだろう」
「待ってください、未来の家事能力は高すぎるぐらいなんです。基準にしてはいけません。それに、自分が与えるから相手も答えるべきだという考え方ではお互いにギスギスしてしまいますよ」
「俺が金を稼ぐ分、俺の生活を快適にすることが女性の使命だ。どれ一つ妥協はできん。一人目は女児を、二人目は男児を産み、俺は子供は嫌いだから育児は一人でこなし、俺は基本的に一人でいるのが好きだから食事の準備をするとき以外は話し掛けてこず、例え風邪を引こうとも家事だけは完璧にこなす。そこまでやるのが当然だと思わないか?」
「…………猛さんは彼女を作るよりも家事代行業者を利用するのがいいと思います……」
片手で顔を覆い俯いてしまった。
あああ、とうとう竜神まで兄ちゃんを見捨てた!
「ならば君は、もし、未来が風邪をひき家事ができなくなっても、実家には帰らず、未来の世話をしながら家事までするとでも言うのか?」
「当たり前じゃありませんか」
きっぱりと答えた竜神を、異星人でも見るような目で眺めまわして兄ちゃんは帰っていった。
「猛さん……すげーな……」
竜神はもうそれしか言えないようだった。