ウィンチェスター・ミステリー・ハウスを模倣した館(後編)
「って、どこに行くの?」
竜神の袖を掴んで歩いてた俺は、ついつい足を止めて聞いてしまった。
「もちろん、出口を探す」
一本しかなかった道を進むと、上りの階段と下りの階段、それから、T字の別れ道になっていた。
地下なので当然窓は無くて明かりも少なく、薄暗い。
T字の道も暗いけど、下りの階段は先が見えないぐらい真っ暗だ。唯一、上の階段からは暖かい光がさしていた。ひょっとしたら日の光かも!
「さて、どちらの方向に出口があると思う」
百合が足を止めてそう言った。
「絶対、上だよ!」
「上しかねーでしょ!」
百合の質問に、俺と達樹が同時に声を上げる。
「竜神も上だと思うよな!?」
「うーん」
思わず飛びつくと、竜神は考えてから言った。
「身内を殺して喜ぶ人間だからな……。素直に上がって戻れる気がしねーな。下手したら罠しかなさそうだ」
う。それもそうかも。
「竜神、お前がもし一人だったらどちらに進む」
百合の質問に、竜神は考える時間も置かずに答えた。
「間違いなく下だな。主犯が隠れてるとしたらそっちだろうし」
「残念なことに、私も一人だったら確実に地下に進むんだ」
「ひ、一人だったら地下!? ど、どうしてそんな無謀なことになるの!?」
竜神や百合が危険だろう地下に一人で進むのを想像して、背筋が冷たくなって、思わず怒鳴りつけてしまった。
「一人だったらとにかく白鳥竹蔵を警察に付き出そうってなるからな……一番、犯人が潜んでそうな場所に進むんだよ」
「私もだ。警察はどうでもいいが、金をつぎ込んだ計画をぶっ潰して顔面を踏みつけてあざ笑ってやるため竹蔵を探す。だから地下に進む」
百合は、言葉を区切ってから、だが、と続けた。
「……もし私が竹蔵だったらと考えると話は違ってくるんだ。これだけの仕掛けを作ってまで参加者を迎えたのだから、易々と脱出されては堪らん。だからこそ、私なら真っ直ぐ進んだ道の先で待つのを選ぶ。地下や上階は誰もが選ぶ道だろうからな……こういったゲームは参加者を限界まで絶望させた方が楽しいものだ。私だったら絶対に、施設を目一杯楽しんでもらうためにこの先の道で待つ。そして絶望に絶望を重ね泣き喚いて怒鳴る親族の姿を生で見て楽しむ。例えその後親類に嬲り殺しにされてもな」
「百合さんってサイコパスの気けがあったんだね……」
「お前に言われたくはない」
さくっと失言した浅見を百合が睨みつける。
「だ、誰もが選ぶ!? 上階は選ぶけど、地下なんか絶対選ばないよ! 上が駄目なら、絶対真っ直ぐの道が正解だよ!!」
百合の結論に、ついついそう叫んでしまった。
「おれも下りなんか死んでも行かないっス! ここの屋敷、谷のど真ん中にあったじゃねーっスか!! 地下鉄も地下街もねーんだから地下に入れば入るだけ、地面から遠くなって行くのに地下なんか行っても無駄っスよ!」
続いて、俺と同じぐらいビビリの達樹も食いついた。
達樹の言う通り、ここは山の中の、更に四方を山に囲まれた谷のような場所に建設されている。普通の山の上なら地下に進んでも中腹に出る道があるって希望を持てるものの、谷なんだから地下に入ったらブラジルまで抜けない限り脱出できるはずない。地下に入っても脱出なんて不可能だ!
「…………」
「…………」
百合と竜神が同時に俺と達樹を見る。
「やはり下が正解か?」
「かもな……」
「おれらの反応から判断しないでください!」
「心理的に抵抗のある方向に正解がありそうだろうが。お前や未来の考え方が一般論の見本だからな」
「……他の人たち、来ないね。あそこで救助を待つつもりなのかな」
美穂子が来た道を振り返った。
「あ! その手がありますよ! あそこからなら救助に来た人たちに声も届くでしょうし……」
「達樹、お前はバカか。そんなこと、白鳥竹蔵が許すはずがない。命をかけたゲームをするためにこの館を建てたと言ったじゃないか。スタート地点で待機されることほどバカバカしいことはない。私なら、ガスを流すか天井を下げてでも無理やり歩かせる」
あ、ありえそうだ……!
「とにかく、進むか…………、浅見、他には何も持ってないよな?」
歩き出そうとした竜神がはた、と気が付いたような顔をして浅見を振り返った。
「……!!」
浅見は静かに竜神から視線を外す。
「浅見」
「べべべ別に、なな何も」
「じゃあオレの目を見てちゃんと答えろ」
竜神が詰め寄るが、浅見は横を向いたまま視線を合わせようともしない。竜神は黙ってブレザーの上から浅見の体をトントンと叩いて。
「これも没収だ」
ベルトに挟んでいたケース入りのナイフを没収した。
「浅見君……」「浅見さん」
達樹と美穂子に睨まれて、浅見がうぅ、と視線を外す。
「こうなっちゃ、相手が銃を持ってて良かったっスよ……。あのデッカイのが丸腰だったら、浅見さん、絶対ナイフ使って未来先輩を奪還しようとしたでしょ」
「うん。だけど、やっぱり、銃を使うなんて駄目だよ」
「刃物も同レベルで駄目でしょーが!!」
「浅見、いつの間に武器なんか調達してたんだよ……」
家から持ってくるはずもない。どこで調達したのか本当に不思議だ。
浅見は俺からも目を逸らしてから説明してくれた。
「未来達が寝てる間に、厨房で……」
「確かに、12時頃に腹が減ったと厨房に行ったな……。だが、よくもまぁ、刃物まで持ち出せたもんだ。鍵はあっただろう? メイドかシェフが一緒に入ったんじゃないのか?」
「僕のこと知ってるメイドさんだったから、自分の身を守るために持っていたいってお願いしてみたんだ。結構簡単に信用してくれて……」
「嫌な所で浅見さんの顔パスが通っちゃいましたね……」
「百合さんは銃を持ってるのに、僕だけ没収されるなんて……」
「百合は切り抜け方を知ってるからいいんだよ」
拗ねる浅見にあっさりと答えながら、竜神が下りの階段に踏み出す。すぐ後に達樹が、そして、俺と美穂子が後に続く。
「当然だ。例えさっきの状況で男の股を撃ち抜いても、か弱い泣き真似とショックを受けた演技で暴発事故まで持って行ってみせる。そもそも、真正面から刺しに行く奴があるか。横から当たって事故のように見せかければ竜神の目もごまかせただろうに」
「なるほど……!」
「なるほどじゃねーよ! 百合も余計な事言うな――――浅見、足、捻ったか」
竜神が振り返って最後尾の浅見に怒って、足を止めた。
浅見は最後尾を歩いていた。だから気が付かなかったんだけど、片足を庇うような歩き方をしていた。
「ベッドから飛んだ時に、ちょっと」
「テーピングするから座れ」
竜神が自分のバッグを探りながら浅見の前に座りこむ。
「平気だよ。このぐらい」
「この先どれぐらい歩く羽目になるかわからねーだろ。ほら、靴と靴下脱げ」
竜神は慣れた手つきで素足になった浅見にテーピングした。足裏からのエイトの巻き方も完璧だ。
だけど竜神の手の中にあるテープの残量は心もと無い。医療器具が確実に減ってるのを見て、不安が増してしまう。
俺たちの行く手にあるのは、先が暗くて亡者の住む地底の国までも繋がっていそうな階段だけだ。
無事脱出できればいいな……と祈ることしかできなかった。
「未来、銃で頭を叩かれてたでしょ? 痛くない?」
美穂子が俺の髪にそっと触れてきた。
「殴られたのか……!?」
「平気だよ。竜神だって気絶するぐらい頭殴られただろ。ここから出られたらまず全員で病院だな」
俺のたんこぶを確認した竜神ががっくりとうな垂れてしまう。
「やっぱり刺しておけばよかったね」と、浅見。
「それは駄目だけど、もう一発ぐらい蹴り入れときゃよかった……」
苦い顔をした竜神が歩き出す。無駄話をしつつも一歩一歩下り続け、ようやく、階段の終わりが見えてきた。
「やっと地下ですね……! すっげー下りましたね。ここまで来るのに30分も掛かりましたよ」
達樹がスマホを確認して言った。通話はできないとは言えども、見慣れた強い光に安心してしまう。
「そろそろ休憩を挟むか」
階段の先の扉を開くと、地下には不釣合いな豪華な応接間に出た!
「うわー豪華ー!」
部屋の形が六角で、壁一面に花をあしらった装飾が彫りこまれていた。
『やぁ。まさかこの道を選ぶ勇気のある連中がいたとはな』
!!
白鳥竹蔵の声だ! 今回は音声のみだった。
『君たちの勇気に免じて、1928年物のシャトー・ラトゥールをプレゼントしてあげよう。ボクはこの先に居る。待ってるよ』
声が終了すると、テーブルの上にあった小さな箱が開いた。中にはワインが一本。
「この道で正解だったみたいだね」
「待たれてるのも怖いなぁ……。できれば会わずに脱出したいよ……」
金の縁取りのソファに座って、荷物を足元に置く。もう心身ともにクタクタだ。
「ワイン、どうします!? 呑みます!?」
達樹が興味深々にワインを手にする。
「駄目に決まってるだろ」
「前、睡眠薬入れられたのに、達樹君は全然懲りてないね……」
「高い酒って興味あるじゃねーっスか。百合先輩、これ、いくらぐらいですか?」
「50万ぐらいかな」
「持って帰って売ろう達樹!」
「いいっすね!」
50万なんてすごい! 食いついた俺に、同意してくれた達樹がいそいそとバッグの中にワインを入れる。
「この部屋に危険はなさそうだな。よし、ここらで荷物の確認をしよう。何日も遭難する羽目にはならないと思うが……、念のため、持っている食べ物は全て出せ。分配するぞ」
「オレはこれだけだな」
まず出したのは竜神だった。チョコレート味の携帯食二箱だ。
「これだけしか持ってない……」
俺が出したのはフルーツ味の飴である。
「――――――!!??」
達樹が妙にびっくりしてソファの上で傾いた。
「なんでそんなに驚くんだ?」
「み、未来先輩が普通の味の菓子持ってるなんて……!」
「バカ面動物飴です」
「あぁ……」
「ごめん、僕は何も持ってないよ……」
「私も持ってません。ごめんね」
浅見と美穂子が謝る。
「謝る必要はない。私も持ってないからな」
申し訳なさそうな二人を他所に、百合が無駄に偉そうに宣言する。
「おれ結構持ち歩いてんスよ、ほら」
達樹がコンビニの袋を出す。中には、ビスコ、ポッキー、カントリーマァム、チョコボール、と種類豊富にお菓子が入っていた。
「これ、竜神が退院祝いに貰ったお菓子だろ! 五階の教室に置いてたのに、一気に減ったなーって思ってたらお前が取ってたのか」
「いいじゃねーっすか。役に立ったんだから」
「では、これを六等分……」
「六等分しなくていいよ。飴だけでいい」
飴を袋から零す。個包装された飴は15個。
「未来」
竜神が心配そうに俺を呼んだ。
「いらないよ。何かあった時、竜神や浅見に助けてもらうしかできないから……竜神達の体力落ちたら終わりだもん。竜神と浅見が多めに持っててほしい」
「私も未来と同じ意見かな。さっきだって、何も出来なかったし」
俺がフルーツ飴を三個、美穂子も同じだけ取った。
竜神と浅見が携帯食を一袋ずつ、達樹がビスコ、百合がカントリーマァム一個、俺と美穂子が飴一つずつの寂しい朝ごはんを終えて、先に進む。
「ええ……!? ここに来て分岐!?」
「上にプレートがはまってるな。ムカデと蜘蛛と芋虫か?」
「ひぃいいい虫の道……!」
応接室を出ると、人が一人通れる程度の狭いアーチ型の通路が三本伸びていた。天辺部分に虫の絵が描かれたプレートがはまってる。
左がムカデの道、真ん中が蜘蛛の道、右が芋虫の道だ。
「これ……どこが正解だろうね……?」
「プレートがヒントになってるのかな? ひょっとして、白鳥竹蔵が一番好きな虫の通路が正解とか」
「あのジジィがどの虫が好きかなんて知るわけねーっすよ!」
美穂子、俺、達樹がごちゃごちゃ言いあう。
「……確か、蜘蛛だったな」
竜神が記憶を探るように呟いた。
「え?」
「オレ達が泊まった部屋に白鳥竹蔵著作の本が置いてあったんだよ。なんかの参考になるかと思って目を通したんだ。その中に一番惹かれる生き物は蜘蛛だって書いてあった」
そういえば、竜神、ハードカバーの本を読んでた!
「その本だったら、今、持ってるよ」
浅見がバッグを開いて、竜神が読んでた本を取り出した!
「おおおおすごい浅見、偉い!」
「良く持ってきたな」
「毛布の上にあったから目に付いたんだ」
竜神の言う通り、一番好きな虫は蜘蛛だった。
蜘蛛のプレートの道を選び、それから、また三本に分岐。今度は西暦と日付が書かれたプレートが設置されてる。
『1935.6.30』と『1935.6.24』と『1934.6.18』
「これは恐らく白鳥竹蔵の生年だろうな。奥付に書いて無いか?」
「えーと、うん、あるよ。正解は……」
浅見の答えに従って、白鳥竹蔵の生まれた日の通路を選んだ先には、白鳥竹蔵の血液型の分岐、と、分かれ道がいくつも続いていく。
「これ、違う道に入ったらどうなるんでしょうね?」
興味を持った達樹が、道に足を踏み出した。
「おい、」
しばらく歩いても何も起こらなくて、「なーんだ、なんもなかったんすね」なんて笑ってたんだけど、途端に床が抜けた。
「うわああああ!?」
「達樹!!?」
2メートル以上もある深い穴だった。通路全体が落とし穴になっていたんだ。
「いって……」
しりもちをつきはしなかったものの、足から落ちた達樹が膝をさする。
「馬鹿が、わざと罠にはまってどうする――」
百合が忌々しそうに吐き捨てた、と、同時に、穴の壁にはまってたちっちゃな横長のドアが一斉に上がった。
ドア完全に上がるのを待たず、ぼとぼとと大量のムカデが穴に落ちていく!!!!
「きゃあああ」「うやあああ」
俺と美穂子が叫び、達樹も「うわあああああ」と叫んで穴の奥に逃げていく。
でも、ムカデは全部の壁から落ちてきてる。
「達樹、こっち来い!!」
竜神が穴の中に腕を伸ばすものの、達樹は四方から迫ってくるムカデに、穴の真ん中に逃げてしまった!!
「う、うわあああああ」
四方から迫るムカデに涙目で悲鳴を上げる。
「達樹!!」
数千匹ものムカデの中に竜神が飛び降りた。
大量のムカデが達樹の足を這い上がる寸前で抱えあげ助けだす。
でもでも、達樹の代わりに竜神の足に、む、むかでが、山盛り!!!
「達樹!!」「達樹君!!」
美穂子と俺と百合と浅見で達樹を引っ張り上げる。竜神は自分でジャンプして穴から這い上がってきた。
「って……」
「りゅう!!」
竜神がズボンをまくり上げ、足を這ってたムカデを叩き落とす。
指先まで袖を伸ばした浅見も手伝う。でもでも、何か所も噛まれてて、噛まれた場所から血がにじんでいた……。
「せ、先輩すんません!!」
百合が達樹の頭に強烈なげんこつを落とす。
「この馬鹿が! ムカデだったからよかったものの、消化液を流されてたらどするつもりだったんだ!!」
「すんませんんんん!!」
続いて竜神も達樹に頭突きする。
「何が起こるかわからねえんだから注意しろ!」
「は、はい……!」
「達樹のアホアホアホ――!」
俺も半ば本気で達樹の背中に連打平手を食らわせる。なぜか音がぺしぺしと軽かったけどな。
「まったく……竜神がアレルギー持ちだったらアナフィラキシーで死んでる所だぞ」
「うぅ……ほんとすんませんっした」
「……」
りゅうが死ぬ、かぁ……。
「竜神が死んだら一緒にここに置いて行って欲しいな……」
竜神が死んでも、そばからはなれたくない。脱出するより、竜神の傍にいる方が大事だ。
「!!!!」
周りのみんなが一斉に息を飲む。
「おい、竜神、次このアホが穴にはまっても絶対に助けるな。自分と未来の安全を最優先しろ」
「そうする」
「もう違う道に行ったりしませんって!!」
「ん? ドアだな。やっと分岐も終了か」
ようやく坑道のような通路が終わった。
これまでの装飾に乏しい通路が嘘だったかのように、外国の美術館を思わせるアーチ型のドアが現れる。
ドアを開くと――――。
ドーム型のガラスが張り巡らされた真っ直ぐの道があった。下からも魚が見れる水族館の水槽っぽい。
ガラスの向こうにあるのは水ではなく、この間動物園で見たアマゾンドームと同じ、緑の濃い草木だ。
「なんだろう……ここ……」
「虫でも飼ってるのかな?」
綺麗な蝶でもいるかな?
そう思ってガラスケースにくっついた。達樹も横に続く。そんな俺達の目の前に。
ブブブブブベタン!!
耳を劈く羽音を立てて、虫が一匹飛んできて、ガラスにへばりついた。
その虫は、なんと、体長七十センチはあろうかという、ゴゴゴ、ゴ、ゴキ(の裏側)
「あ」
「未来! 達樹!」
床に倒れそうになった俺と達樹を竜神が引っ張って立たせてくれる。
「またその二人か。お前等、一日に何度失神するつもりだ」
「――――うやあああ!!」
一時の失神から立ち直った俺は、力の限りゴキから一番遠い場所に立ってた百合に飛びついた。俺を受け止め切れなかった百合がバランスを崩して逆側のガラス壁に後頭部を打ち付ける。ゴンって痛そうな音が響いたのにも頓着できずに俺は叫んだ。
「ゴゴゴ、ゴゴゴゴ、ゴゴゴ、ゴゴゴ」
「ふっざけんななんだこれ!! ふざけんなああ!!」
「達樹君、暴れるなら僕を盾にしないでほしいんだけど」
達樹が浅見の後ろに隠れてブレザーを力任せに掴みながら、ガラスの向こうのゴキを蹴る仕草を繰り返す。声は完全に裏返った泣き声だ。
「きゃあああ!?」
美穂子が一点を凝視して悲鳴を上げる。土の中から、体長一メートルもあろうかという、きょ、巨大な、ムカデ、が! またムカデえええ!
「どうなってんだ? 本物だよな? すげーな……、おい、カブトムシもいるぞ」
竜神が見ている先には、樹液を吸ってるカブトムシ、恐らく体長150センチ!!
「あんなもんカブトムシじゃねーっすよおお怪物です!!」
「直接触りてえな……」
「りゅうのばかああああ!!」
「先輩のあほおおおおお!!」
「竜神君のばかああああ!!」
光に群がる巨大な大量のカメムシ(約15センチ)、そしてそれを捕食するカマキリ体長約一メートル!!!
「ぎゃあああ! 蜘蛛、蜘蛛蜘蛛!!!」
達樹が掴んだ浅見を無理やり別方向に向かせた。あまりにも引っ張るせいで、浅見のズボンからシャツが引っ張り出されてしまっている。
蜘蛛!?
そんな、まさか、そんな超怖い虫まで巨大化してるなんてことは……!?
おそるおそる達樹が指差す先を見る。
そこには。
広げた足が竜神の身長位ありそうな巨大な蜘蛛が、さっきのゴキに食らい付いて……。
あ、眩暈が。
百合を押し倒してガラスにぶつけてしまったせいで、百合からお仕置きで頬をつねられてたのに、痛みも構わず意識が遠くなる。
「もう嫌だ……帰りたい……」
「…………」
「達樹君が静かになった……。珍しいこともあるもんだね」
とうとう心が折れた俺が竜神に抱き上げられ肩に顔を埋めてベソベソ泣いて、脱力して口をきく余裕も無くなった達樹が浅見の肩を借りて無言になった。流石の美穂子もぐったりと百合に持たれかかってる。達樹に散々振り回された浅見は制服も髪も乱れて気の毒な状態だ。
「む。エレベーターか」
「えええ!?」
怪物虫ゾーンの突き当たりに、と、とうとう、文明の利器が! エレベーターがあああ!
「やったああ! これで脱出ですかね!?」
達樹が一気に元気になった。
「さて、どうだかな」
百合がボタンを押すと待ち時間も無くドアが開いた。
中のボタンは一つしかない。押すと、ゆっくりと上がっていくのが判った。
「ここは……」
これまでも色んな施設が豪華だった。が、到着した場所はこれまでの否じゃなかった。
伸びた廊下に金縁の赤絨毯が敷かれて、先にはいかにも王様が待っていそうな煌びやかなドアがあった。
「ようやく、白鳥竹蔵とご対面か?」
百合が楽しげに唇を歪ませて、ドアを内側に蹴り開ける。
雲が広がっていた。
え?
いや、雲じゃない! これ――、
「これ、蜘蛛の巣!?」
「くくくくく、蜘蛛、蜘蛛の死骸だらけじゃねかああああ」
雲みたいだって思えたのはほんの一瞬で、ドアの先にあったのは蜘蛛の巣で、良く目を凝らせば小さな蜘蛛の死骸がいくつも巣に絡まっていた。
「きゃあああ!?」
「絶対入りたく無い! だってこんだけ蜘蛛の巣があるってことは、ちょっと入っただけで蜘蛛が四方八方から何千匹も……!!」
「蜘蛛は臆病だから逃げるだろ。いや、これだけ死骸になってるってことは全滅してるかもな」
「こんな所にあのジジィがいるわけねーっすよ! どっかで道間違えたんスよ、戻りましょう!!! 絶対無理っス!」
「ここだけ蜘蛛の巣があるって変だろ。調べてくるから待ってろ」
「僕も行くよ」
「あぁ。私も入ろう。達樹、未来と美穂子を頼んだぞ。何かあったらすぐに呼べ」
「ええええ!? 行くんですか!?」
「だだだ、駄目だ! 毒蜘蛛いたらどうするんだよおお!!」
力一杯竜神にしがみついたのに、竜神はいとも容易く俺をぺりっと引き剥がすと、美穂子に渡して入って行ってしまった。
バッグで巣を壊しながら三人は躊躇無く蜘蛛の巣の中を進んで行く。
「おい、人骨があるぞ」
遠くから竜神の声がした。
ひいいいい!? じ、人骨……!!??
「……本物か?」
そう百合が聞く。
「本物を見た事が無いから断言は出来ねーが……蛆の抜け殻が死ぬほど転がってる。多分、本物だろうな」
ぜぜぜぜぜ絶対見たくないいいい!
「ここは……玉座の間か。地下迷路の果ての玉座とはまた悪趣味だな。椅子も……、映像に写っていた椅子か。ということは、その人骨が白鳥竹蔵か。映像も音声も全て録音だったんだな」
百合が納得して頷く。
「人の遺体があったから虫が湧いて、捕食する蜘蛛がこれだけ繁殖したのかもね……」
「虫好きな男には相応しい末路だな。本人にとっては幸せだったかもしれん」
「そうかなあ……一人で、誰にも気付かれずに亡くなって、白骨化したなんて、悲しいよ。この人が好きな虫や誕生日や血液型が正しい道を選ぶ選択肢になってたってことは、自分のことを良く知る誰かにここまで来てほしかったんじゃないのかな……?」
「なんだか悲しいね」
俺の横に立っていた美穂子が浅見に答えた。
「まったく悲しすぎる。顔面を踏みしだいてせせら笑ってやるつもりだったのに」
『おめでとう』
どこからか、また、あのお爺さんの声が響いてきた。
『よくもまぁ、ここまで来れたね。ひょっとして、部屋に置いていたカンニングペーパーを利用したのかな? それでも、まぁ、ボクに興味を持ってくれてありがとう。と、言っておこう。玉座の後ろのエレベーターが出口に続いている。利用してくれたまえ』
竜神と浅見が蜘蛛の巣の道を大きく開いてくれて、人骨があるところでは目を瞑った俺達の手を引いてくれて、何とか無事エレベーターに乗り込むことができた。
途中、「おいコラ、財産はどこにある。迷惑料ぐらい貰わんと割りにあわん」
「百合、遺体を蹴るんじゃねー」
なんて百合と竜神の怖いやりとりもあったけど。
「人殺しのお爺さんだから気の毒とは思えないけど、後味が悪いね」
美穂子が浅見の頭に絡み付いた蜘蛛の巣を払ってやりながら、独り言のように呟いた。
「うん……。僕もあんな風に誰にも気付かれないままどこかのアパートで一人孤独死するんだろうな……」
「い、いきなりどうしたんですか浅見さん」
「自分のみらいを見た気がして……」
「縁起でもないこと言わないでくださいよ! 大丈夫ですよ、浅見さんはあんなことにはなりませんって!」
「そうだね……。せめてアパートで孤独死しないように人付き合いを頑張るよ。ケアハウスで孤独死できるように」
「孤独死から離れろよ! どうせならもっと前向きに頑張ってくださいよ! ひ孫に囲まれて大往生とか!」
「達樹君、奇跡は起こらないから奇跡って言うんだよ」
「浅見さん!」
「浅見君は相変わらずだねえ」
その後。
エレベーターが到着したのは、お茶をしたあの広間だった。
エレベーターが開くと同時に飾り棚まで動いたからびっくりしてしまった。隠し扉のエレベーターバージョンだな。
お茶の間には執事さんやメイドさん、コックさん達が居て、戻ってきた俺達に安堵の歓声を上げた。夜中の突然の地鳴りの後、全員の部屋が家具もろとももぬけの空になっていたので心配してくれてたのだ。
部屋が回転したと説明したらすごくびっくりしてた。
そりゃ、そんなこと普通考えられないもんな。
窓も、扉も開くようになっていて、屋敷の外に出る。
相変わらず俺達の携帯は通話不能だった。唯一、衛星電波の百合の携帯だけが受信して、すぐに警察を呼んだ。
残念なことに、あの屋敷から生きて帰って来れたのは、俺たちだけだった。
警察が行方不明者の捜索に着手して幾ばくもなく、屋敷のあちらこちらから火の手が上がって屋敷を火の海に飲み込んだからだ。
あの、巨大な虫達や、他の親族達もろともに、屋敷は焼失してしまったのだ……。
ところが、この話はここで終わらなかった。
「よろしいでしょうか、日向さん」
「はい?」
刑事さんが、何度目かの事情聴取にウチに来た。
対応したのは俺と竜神だったけど、兄ちゃんにも再度事情を聞きたいとかで、部屋で寝ていた兄ちゃんを叩き起こして連れてきた。
寝ぼけ眼の兄ちゃんに、刑事さんが聞いた。
「あなた、3月31日に白鳥氏へと電話した……そうおっしゃいましたね?」
「えぇ。それが何か」
「間違いありませんか?」
「はい」
「間違いないです。私も横で聞いてました。悲しそうなおじいちゃんの声で」
俺も、び、と手を上げて発言する。
「ですが……白鳥源次郎氏は、昨年の12月に心不全で亡くなっています。その後、携帯も解約していまして……連絡が付くはずがないのです……」
困ったように言う刑事さんに、俺は一気に真っ青になった。
「ゆ――幽霊だあああ!!! 兄ちゃんのばかあああ! 幽霊に繋がったんだよおおお!!」
「バカはお前だ。一時的に混線でもして、白鳥氏の他の親族にでも繋がったんだろう。ありもしない事で騒ぐな」
「そっちのほうがありえないだろ!」
警察が調べたところ、案の定、兄ちゃんの携帯の通信記録は、繋がってないはずの白鳥源次郎の携帯との記録を残していた!!!
兄ちゃんは最後まで機械の故障だって譲らなかったけど……。
これ、絶対幽霊の仕業だよ……!!
まさか、まさか、真犯人だった白鳥竹蔵がとっくに亡くなってた上に、俺達を屋敷に誘った白鳥源次郎が幽霊だったなんてえええ!!
兄ちゃんが関わると、ほんと碌な事がないよ……!!!




