ウィンチェスター・ミステリー・ハウスを模倣した館(中編)
本日二回目の投稿です
前回、「遺産」と表記していたのは「財産」の間違いですすいません!
現在は財産に修正しています
「一体どうなってるんだ! 我々を監禁するような真似をするなんて、叔父貴は何を考えているんだ! そもそも、親族が揃ったのにどうして顔を出さない!」
口髭を蓄えた男の人が執事さんに詰め寄っている。叔父貴、とは、この館の主人、白鳥竹蔵さんのことだろう。俺達を食事会に招いてくれた人でもある。
「私どもにも、それは」
「あんたたちは直接会って話をしたんでしょう!? そのとき、不審な点は無かったの!?」
「直接お会いしたわけではないのです。私どもはバトラーサービス社より派遣された、一従業員でして、」
「話しにならないわ!」
食事の席は、案の定、といいますか、まったく食事どころの騒ぎじゃなかった。
誰もが苛立って怒鳴り声を上げていて、俺達が口を差し挟むヒマもない。
「これぐらいのトラブルは予測しておくべきでしょう」
ウチの兄ちゃんを薄くしたような、存在感のないメガネの男の人がぼそりと呟くように言った。
「なにせ、この屋敷に隠されているのは、竹蔵おじさんが築いた20億とも30億とも言われる価値のある財産ですからね。人嫌いのおじさんが譲るぐらいだ。やすやすと手に入ると考えるのが甘いんですよ」
「だからといって、身内に危害をくわえようとするだなんて!」
「なら、黙って待ってればいいんです。どうせ、明日になったら迎えに来た誰かが屋敷の異常に気が付く。いくら窓に防弾ガラスがあるからって、ショベルカーでも持ってくれば一撃です」
うん。偽兄ちゃんの言う通りだ。早く明日になってください。そうすれば全て終わるんだから!
「おい、そこの、君」
お茶の席で竜神を怒鳴りつけた、でっかい格闘家が俺を手招きした。
「こちらに座りなさい」
食事の席は、映画で見るみたいなながーいテーブルだ。
男の隣に一つ開いた席を引かれて、う。と一歩下がりそうになってしまう。
「僕達は部外者ですので、末席で結構です」
竜神がさっくりそう答え、六人で固まって下座に座る。
食事は予想以上に豪華だった。
豪華で、盛り付けが綺麗すぎて見た目だけじゃ何の料理やら検討もつかない。
「うっわ、美味そうっすね……。でも、食っても大丈夫かな、これ……」
「食材は私どもが買い揃えて参りましたので、異常はないかと……。シェフも味見しておりますし」
執事さんがジュースを入れながら答えてくれる。
「え!? すげーっスねシェフさん。こんな状況で味見できたなんて勇気ありますね」
「騒ぎの前でしたので……」
「あ、なるほど」
恐る恐る口に入れる。
うわぁ。予想以上に美味しいぞ!
「ところで、亡くなった方がいらっしゃると聞きましたが……いったい、どのような状況で」
百合が周りに訊く。
「……いきなり、床が抜けたらしいわ。それで、打ち所が悪くて」
答えてくれたのは唇女さんだ。
「――――」
入ってきてすぐ、俺達にフォローを入れてくれた丸メガネのおじさんがいなかった。ひょっとしたら、あの人が亡くなったのかな。
一気に食欲が無くなってフォークを置いてしまう。
『やぁ、みんな、久しぶりだね』
突然、上座の先の壁にお爺ちゃんの映像が映った。――この人、テレビで見たことある! この屋敷の主人白鳥竹蔵さんだ!
お爺さんは玉座のような椅子に座っている。まるで、テーブルについているかのように。
白い壁だと思っていたのは、モニターだった。一番上座、ご主人様の席に椅子がないのは、この映像のためだったのか。
「竹蔵おじさん……!」
誰かがそう声を上げた。
『みんな、無事かな? ひょっとしたらもう犠牲者がでたかもしれないが。まぁ、それも、金のためだと思って割り切ってくれたまえ。実は、こういう命をかけたゲームをするために、この屋敷を建てたといっても過言じゃないんだよ』
「ふざけるな! なぜ身内にそんな真似を……!」
映像だってわかってるはずなのに、格闘家が怒鳴る。
『ここから先は忠告だ。夜の二時から四時までは、部屋の中にいること。でないと、必ず命を落とすからね。使用人諸君も気をつけてくれたまえよ』
それだけ言うと、モニターは消えた。
「まさか、廊下に毒ガスでも撒くつもりじゃ」
白髪の多い女の人がヒステリックに叫ぶ。
「落ち着いてお姉さん。部屋に居れば大丈夫って言ったじゃない。きっと、大丈夫なのよ」
似た顔をした女の人が宥める。だけど、その女の人自身、あまり信じてる顔をしてない。
早く明日になればいいなぁ……。
部屋に戻ると、俺たちは荷物を持って男性チームの部屋に集まった。
「さて、就寝だが、今後何が起こるかわからないので、一部屋に纏まって寝よう」
「え!?」
「ダブルサイズのベッドだから二人で寝ても問題はないだろう」
百合の言うよう、大きなベッドが三つ部屋にはある。
「そりゃそうっスけど……」
達樹が嫌そうにする。
「どうせ、ペアは百合先輩と美穂子ちゃん、んで、竜神先輩と未来先輩、おれは浅見さんとでしょ? たまには違うペアがいいッスよー。いーっつもおればっか」
「そうか今死ぬか」
「すんませんやめれくらはいくるしいくるしい」
百合に首を締められて吊り上げられ、達樹が必死に謝る。
ただいまの時間は夜10時
寝るには少し早い時間だけど……。
「起きてても怖いばっかですしねー。おれ、もう寝ちゃいます」
達樹がブレザーを脱ごうとする。
「着替えるな。行動服でベッドに入れ。靴も身につけていろ。何か起こった時に迅速に対応できるようにな。着替えている暇も無くなるかもしれん」
「ええええ……」
「靴でお布団に入るの!?」
「念のためにな」
安全のためには仕方ないかぁ……。
抵抗あるけど、まぁ、身内を殺そうとしちゃうとんでもない人の家だし、いっか。
「見張りはどうする? オレとお前で交互に休むか?」
「あぁ。そうしよう。二時から四時までは念のために二人で警戒しておこう」
「僕も起きておくよ」
「じ、じゃあ、一緒に起きてたい。ベッドに入っても眠れそうにないし……」
浅見に続いて俺も手を上げる。
「お前が起きてても役に立たんだろうが」
にべもなく百合に言われてしまった。
悲しい。
でもおっしゃる通りですので、俺はすごすごと布団に入ったのだった。騒がないよう静かにしとくのが、唯一俺のできることだしな……。
ぱち。と、目が覚めた。
保健室の時みたいに竜神のブレザーを布団の下に貰ってるものの、やっぱり熟睡はできずに何度も目が覚める。
今、何時かな? 携帯のサイドスイッチを押して確認する。
二時、半。
問題の時間だ。
ほんとに廊下に毒ガスが流れてたらどうしよう……。
緊張して、体を起こすと大きな手が頭をなでてきた。
竜神だ。竜神は寝てなかった。ベッドサイドに座ってハードカバーの本を読んでいた。
りゅう。
手に懐いていると、また、眠気が襲ってきた。そのとき。
ぶつ、と電気が落ちて、
ゴゴゴゴゴ!
部屋が中心部を軸に、横回転を始めた!!??
「な――――に?」
「ベッドヘッドに捕まれ!」
「達樹君! 美穂子さん! 起きて!」
「きゃああ!?」「うわああ!?」
部屋は一気に回転して、俺達はベッドヘッドに掴まったまま逆さ吊りの状態になった!!
一回転した床が部屋の輪郭にはまり込む衝撃で、掴まっていた掌に衝撃波みたいな細かく強い振動が来て掌が痺れる。
「くぅ……」
「もおおおお、いきなり何ですかこの状況……!! 美穂子ちゃん、未来先輩、大丈夫っスか!?」
自分の指先さえ見えない真っ暗な中で、寝起きながらも元気な達樹の声が響く。
俺は体重の大半を竜神の手に抱えられていた。
自分の体重と俺の体重を支えて尚、危なげなく片手でぶら下がる竜神のお陰で、何とか耐えられているけど、美穂子はどうだろう!?
「う……ん」
美穂子が答えるが、声は苦しげだ。
「底が全然見えねえ……! まさか、あの穴みたいに底無しじゃねーっすよね……!?」
「やめて達樹君……」
美穂子が半泣きになっている。
「……戻りそうにないか……?」
「……いつまでもぶら下がっていられないね。どれぐらいの高さか確認するよ」
「浅見さん!!??」
「浅見!!!」「浅見君!!?」
真っ暗な闇の中、急激に落下する明るい色の髪が見えた。
ばか、地面があったとしても、下まで何メートルあるかわから無いのに、もし、底に障害物があったら危ないのに!
見えない底に向かって腕を伸ばしてしまう。
「いだっ」
着地に失敗したのか、やや鈍い音と浅見の声がする。声は意外と近かった。よかった、底無しじゃなくて!
「大丈夫か?」
「うん! 足から三メートルぐらいかな。気をつけて飛び降りて」
「平均的な部屋の天井より少し上、程度か。よっと」
続いて百合が飛ぶ。
「えい!」
「うぉっと」
「掴まって、首に力を入れてろ」
「うん」
俺を抱いたまま竜神が飛び降りる。竜神の筋力のお陰で、着地は意外なぐらいに柔らかかった。
ゴゴゴゴ、と地響きのような音が四方八方から一斉に鳴り響いた。
恐らく布団だろう、柔らかい何かが落ちたすぐ後に、ゴン、ベキ、と生々しい嫌な音がした。そしてうめき声。誰か、怪我をしたんだ。
地鳴り音はいくつも鳴って、中々鳴り止まなかった。
「何が起こったんだ!」
「うぅ……」
「どうなって、一体」
うめき声や怒声があちこちから聞こえてくる。
辺りが静かになってから、電気が灯った。
「う……!」
真っ先に目に飛び込んできたのは、首が変な方向に折れ曲がってしまった唇女さんの姿だった。全裸で、何も身につけてない。
上に乗ってたこっちも裸のおじさんが、ひぃい、と変な悲鳴を上げて飛びずさった。
「お、おい! 直美……!」
「時と場合を選べばいいものを……」
百合が呆れて呟きつつ、唇女さんの脈を確認する。瞳も確認してから渋い顔になり、体に毛布を被せた。
「痛い……助けてくれ」
「無茶を言うな」
唇女さんを呼んでいた全裸の男の人が、自分にも毛布を掛けながら蹲る。股の所に小さな血溜まりができててひぃいいいってなった。
皆、寝ていたのか、碌な受身も取れなかったようで、足を押さえてる人、腰を抑えてる人、明らかに曲がっちゃ駄目な方向に腕が曲がってしまってる人までいた。地獄絵図に、竜神に抱き付いて震えてしまう。
『みんな、素直に部屋にいてくれたようだね』
また、あのお爺さんの映像が壁に浮かんだ。
「いい加減にしろ! この人殺しが!!」
誰かが叫ぶ。
『ここで、朗報を一つ』
お爺さんの言葉に反応して、部屋の一部分が一際明るくなる。光の下には、床から天井まで伸びている巨大な試験管のようなカプセルがあった。
カプセルのガラスドアがカパリと開く。
『脱出専用のエレベーターだ。一人だけ、助けてあげよう』
お爺さんがこちらに人差し指を向けて宣言する。いち早く動いたのは、一番偉そうにしていた袴姿の50歳ぐらいの男の人だった。
歳からは想像も付かない素早い動きでカプセルの中に入ってしまう。
「――瑠璃夫おじさん! 卑怯ですよ!」
偽兄ちゃんがガラスドアを叩いて悲鳴を上げる。
「うるさい! 早いもの勝ちだ!」
おじさんはカプセルの中で嫌な笑い顔をしていたのだが――――。
「な、なんだこれは、うわあああああ!!??」
カプセルの中に、瞬く間に液体が満たされていく。
おじさんの体から煙が上がって、血が、液体が、一気に頭までせり上がって、
「いやあああ!!??」
「うわああああ!!!!」
「お兄様ああああ!!?」
一気にあぶくが沸きあがり、おじさんの姿を隠すのだけど、バンって助けを求めるようにガラスを叩いた両手が、皮が溶けて、真っ赤で。
「美穂子、未来、達樹、見るな!」
竜神が俺たちの前に立ってくれた。
でも、赤い残像が消えなくて、意識がふっと遠くなって、膝が折れる。
「未来! 達樹!」
竜神が焦って俺の体を受け止めてくれた。
りゅう、
なんとか辛うじて意識を保って、頑張って目を見開くと――――。
「竜神! 後ろだ!!!」
「え?」
竜神よりデカイあの格闘家が、竜神の頭に猟銃のグリップを叩き落とした!
百合の言葉も間に合わず、竜神は思いっきり後頭部を打たれて俺の方に倒れ込んできた。
「り、ゆ」
「せんぱい!?」
考えが追いつかない。
竜神を支えようと力を入れるけど、無理で、でも一生懸命竜神のシャツを掴んでたのに、突然、竜神が遠くなった。
「お前等、動くな」
ごり、と頭に銃口が押し付けられる。
竜神を殴った奴が、俺を抱きかかえて後ずさったのだ。
男の太い腕に拘束され後ろから密着されて、恐怖と不安に脳内がスパークする。呼吸が止まる。
「や、う」
言葉が出ない。怖い。怖い。怖い。
「何をするんですか! 未来を離してください!!」
「うるさい!! 動くな!!」
猟銃が轟音を立てて、足を踏み出そうとした浅見の足元の床が弾けた。
「お前と、お前! あのケースに入れ!!」
男が銃口で百合と浅見をさして、更に、銃口をあらぬ方向へ向けた。
そこには、さっきのおじさんが入ったのと同じカプセルが三つ、あった。
この男の兄弟達が、竜神を引っ張っていく。
『もう一度言うから、よーく訊いてくれよ』
映像のお爺さんが言う。
『三つのカプセルは、右から、お母さん用、お父さん用、子ども用だ。親子連れがいるだろう? 君たちで説得して、中に入れてくれたまえ』
――――――――!!!
竜神を引っ張っていた男達が、真ん中のカプセルに竜神を入れて、ドアを閉じようとしていた!
「――――やめて!! 竜神を入れないで!! わたしが入るから、やめて――!!!」
竜神が居なくなってしまう、溶けてしまう、絶叫して、力一杯暴れるのに全然振りほどけない。
「りゅう、りゅううう!!!」
「暴れるな! この……!」
がん、と、鉄の固まりで頭を殴られる。意識が遠くなる。
りゅう。
りゅう。
いやだ。
浅見が一番右のカプセルに入り。
「百合先輩、おれが行きます」
「――――」
歩き出そうとした百合を制止して、達樹が左端のカプセルの中に入る。
そして、ドアが、閉じられた。
映像のお爺さんが、笑う。画面が変わって、お爺さんの顔のアップになった。
『もう少し時間がかかると思ったけど、存外早かったね。では、お母さんに質問です。子どもと、夫。自分。だれが犠牲になるのを選びますか?』
「――――」
浅見のカプセルにだけ、三つのボタンがあった。
『十秒以内に決めてください。決まらなければ、三つのカプセル全てにさっきと同じ液体を流します。あれはね、とある虫の消化液から作った酸なんだ。実はこの、虫から作った研究の数々がボクの財産なんだよ――あぁ。余計な話をしてしまったね。じゃあ、カウントダウンを始めるよ』
まだ、カウントダウンも始まっていなかったのに、浅見は迷わずボタンを押した。
達樹がぐ、と身を硬くして歯を食いしばり、目を閉じた。
達樹は、液体を流されるのは自分だと覚悟していたのだろう。
だけど、違った。
浅見が入ったケースに真っ白の煙が充満する。
『――――あさ、み。さん!!??』
目を見開いた達樹がカプセルに飛びついた。
『ちょ、浅見、さん!! 浅見さんんんん!!! 竜神先輩、起きてください、竜神せんぱいいいい!!! 浅見さんが!!』
暴れて、足でドアを蹴って、脱出しようとしながら達樹が竜神を呼ぶ。
男達も、まさか、浅見が自分を犠牲にするだなんて考えてなかったようで、驚きに息を呑んだ。
俺を拘束している手も緩み、咄嗟に、銃にしがみ付いて暴れた。
「にしやがる!!」
真上から怒鳴られて、恐怖に一気に涙が滲む。でも、絶対離すもんか!!
ばし! 百合が男の顔面に蹴りを入れた。が、浅い。
「えい!!」
美穂子も夕方に竜神が壊した椅子の足で男の後頭部をぶん殴って加勢してくれた。
「てめえ!」
「きゃああ!」
男の兄弟が美穂子の髪を掴んで引っ張る。美穂子!
バァン!!
余りに滅茶苦茶に暴れてたので、銃が暴発した。
丁度、竜神のカプセルの鍵の部分に散弾が食い込む。
竜神が銃声に目を覚ました!!
床に座って背中をつけた体勢のまま、内側から蹴る。ドゴン! 重たい音が響き、ガラスに一気に亀裂が走り、二撃目で粉々に砕けた!
「百合!!」
ガラスが砕けると同時に竜神が走り、百合を呼ぶ。ただそれだけで百合は竜神の意図を理解して俺の頭を抱え込んで身を低くした。
助走の勢いを殺さない、右足を左上に振りかぶってからの叩き落とすような蹴りに、男の体が横に吹っ飛んだ。長身の体から繰り出された、体重の乗った蹴りを横っ面にまともに食らったそいつは、頭から地面に転がる。
竜神は動きを止めないまま、美穂子の髪を掴んでいた男の顔面にも裏拳を叩きこんで昏倒させた。
「大丈夫か!?」
「りゅう! 浅見が!」
『竜神先輩、浅見さんが!!』俺と達樹が同時に叫ぶ。
説明もしなかったのに竜神は一気に理解してくれて、昏倒した男の手から銃を奪うと浅見のカプセルに走った。
「浅見!!」
レバーのようなノブの横を撃って、力任せにドアを開くと厚い煙の中から浅見を抱え込んでカプセルから離れる!
浅見……!!
血まみれになっていたらどうしよう!!
体を硬直させ、息を呑んで、竜神の体に隠れた浅見を見る。
「怪我は!?」
「へ、平気かな?」
緊迫感のない、いつもどおりの浅見の声。
「…………!!!」
浅見の体は、どこにも、傷がなかった……!!
竜神は浅見の左肩を掴んで、無理やり後ろを向かせる。「うわ」浅見がふらついて半回転した。
背中にも傷は無くて、俺達は一斉に安堵の溜息を付いた。俺と美穂子は同時に床に崩れ落ちた。ケースの中の達樹もしゃがみ込む。
「気分はどうだ?」
「異常はないよ……」
『ハハハ……アハハハハ』
映像の中のお爺さんが手を叩いて笑った。
『ボクのサプライズは楽しんでもらえたかな?』
達樹のカプセルのドアが開いた。
「サプライズ……!?」
『毒なんて嘘さ。親子の愛情を試してみたかったんだ。リアルタイムで観察してないから、誰が当たったかわからないけど……、お母さんは誰を犠牲にしたのかな? お父さん? 子ども? それとも自分? 親子の愛を確認できて、楽しかっただろう?』
カプセルのドアが開いて達樹が出てくる。
「単なるはったりだったのか。悪趣味だな」
百合が吐き捨てる。
「くそ、おまえ、ら、」
さすが、腐っても格闘家。男は竜神の蹴りを食らっても失神してはおらず、体を起こそうともがいていた。
蹴られた衝撃で目が腫れて口から歯が落ちているのに。
浅見がそんな男の前にしゃがみこんで――――。
手を振りかざした。
「浅見!」
竜神が手にしていた銃を百合に投げ、浅見の後ろから覆い被さるようにして、右手で浅見の右手を、左手で浅見の左手を拘束する。
掲げた浅見の手には、冷たく輝くア、アイスピック、が!
「ひ、ぃい」
男が間抜けな悲鳴を上げながら地面を這いずってあとづさる。
「やめろ浅見。もうこいつは何もできねーよ」
「でも、動けない程度にはしておかないと、また、竜神君や未来を傷つけるかもしれない」
浅見の声は穏やかで表情も静かだ。だけど押さえつけられた腕が震えている。竜神を振りほどこうと体に力が入ったままだ。
「もう油断しないから大丈夫だよ。オレを信用しろ」
「でも」
「でもでもじゃねーよ。この状況じゃ正当防衛にはならねえだろ。オレ達のせいでお前に前科が付くなんて嫌だぞ」
「そそそそうっすよ浅見さん! 警察沙汰になんかなったらガッコ退学になりますよ! 止めましょうよ、皆で卒業してくださいよ!」
「――――……」
ようやく、浅見の体から力が抜けた。
「じゃあ、これは私が預かるね」
アイスピックを美穂子が浅見から取り上げる。
「ば――バカバカバカバカバカ浅見! 怖いことすんなー!!」
「ご、ごめん、泣かないで未来」
「泣くよ! めちゃくちゃ泣くよおお! 浅見が逮捕されたらわたしも学校辞めて一緒に逮捕されるんだからな!!」
バァアン……!
轟音が響いて、俺達は顔を青くして発信元を振り返った。
「あら、ごめんあそばせ。銃が暴発してしまいましたわ」
百合だ。
百合が、格闘家の開いた足の間、股間すれすれの場所に散弾をぶち込んだのだ。いつもは無愛想な百合の顔には実に可愛らしい笑みが浮かんでいた。
後五センチずれてたら、男の股が吹き飛んでいた。
俺たちも青くなったけど、男の恐怖は半端じゃなかったようで、失禁に床が濡れていく。
カシャ。
そんな男に百合が携帯を向け画像を撮影した。
「あら、ごめんあそばせ。携帯が勝手に撮影モードになってしまいましたわ。――この程度でいいだろう。ほら、行くぞ。全員荷物を持て」
「う、うん」
床に転がっていたバッグを手にして、俺達はその場を離れたのだった……。