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モブ君(ある朝突然)絶世の美少女になる  作者: イヌスキ
十三章 みんなで大騒ぎ三回目
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ウィンチェスター・ミステリー・ハウスを模倣した館(前編)

 とうとう春休みです!

 そして、毎日毎日『どうか、皆とクラスが離れませんように』とお祈りする毎日です……。


 ああああ(絶望)。


 まだ一人ぼっちになるって決まったわけじゃないけど、いやな予感しかしないよ。

 とぼとぼ肩を落としつつ玄関に出て、ポストを漁る。


 兄ちゃんが取ってる地方新聞が一部。それと、いかにも高級そうな黒の封筒が入ってた。


 あれ?

 この封筒、あて先が『白鳥しらとり 源次郎げんじろう』様になってる。誤配? でも、住所はウチの住所だ。

 ひょっとして、これ、この家を買った後に夜逃げしたっていう社長さんの名前なのかな?


 間違いですって送り返さないとな……。って差出人を確認すれども、裏には何も書いてなかった。

 どうしよう。どこに送り返せばいいのかわかんないぞ。いくらなんでも中を見るわけにはいかないし……。


「ただいま、未来」

「あ、兄ちゃんお帰りなさい!」


 夜勤だったのか、丁度良いタイミングで兄ちゃんが帰ってきた。


「これ、この家を建てた人の名前かな? ウチのポストに入ってたよ」

「ん? あぁ……確かこんな名前だったかな……? ちょっと待て」


 兄ちゃんは携帯を出して何やら確認してから、ボタンを押して耳に押し当てた。

 白鳥さんの電話番号を知っていたみたいだ。

 携帯から漏れてくる声は、源次郎って名前から連想できる通りのお爺さんの声だった。こっちまで気分が沈みそうになるぐらいに、妙に暗くて悲しげだ。


「――では、ありがたくお邪魔させていただきます」


 そう締めくくって、兄ちゃんは封筒を開いた。


「開けちゃっていいの?」


 中から出てきたのはこれまた豪華な金色の招待状だ。


「『鉤蟲カギムシ館』で行われる食事会への招待状だ。先方は時間が取れないから俺達で招待を受けて欲しい、だそうだ。お前、友達と一緒に行ってこい。招待人数も丁度六人だしな」

「ええええ!? い、いいのおお!?」


 思わず兄ちゃんの腕に飛びついてしまった。


 カギムシ館、とは、昆虫好きなさる大金持ちが建設した有名な館のことだ。


 幽霊から逃げるために増築に増築を重ね、迷路のようになってしまった、かの有名なウィンチェスター・ミステリー・ハウスさながらに、家全体がトリックアートのように入り組んでいる。


 本物のウィンチェスター・ミステリー・ハウスなんて入っただけでも呪われそうだから絶対行きたくないけど、カギムシ館はただ迷路っぽく建設されただけの普通の館だから、行ってみたかったんだ。


 とは言っても遊園地でも何でも無い単なる個人の家だ。

 たまーに流れるテレビの映像を見るぐらいで、一生入ることなんて出来ないって思ってた。なのに、入れるなんて!


「あぁ。俺は興味無いからな」

「ありがとう兄ちゃん! りゅー! 大変だー!」


 兄ちゃんから封筒を受け取って、室内に走り込み、ブランチを作ってくれていた竜神に飛びついた。


「あそこに行けるのか。昔から興味あったんだよな。すっげー楽しみだ」

 竜神がすぐ乗り気になってくれて、

『きゃー! 嬉しい、うん、絶対行く行く!』

 続いて連絡した美穂子も大喜びして、


『まじっスか! やった、連れてってください! 浅見さん、百合先輩、未来先輩がカギムシ館の招待状貰ったそうですよ!』

『ほぉ。あの館の主は人嫌いで有名だったはずだが……。珍しいこともあるもんだな』

『誘ってくれてありがとう。絶対行くよ! 一生に一度でいいから中を見てみたかったんだ』

 達樹に連絡したら、百合にも浅見にも連絡が付いてしまった。

 また浅見の部屋に入り浸ってんだろうな。



 そんなこんなで、当日。



 俺達はカギムシ館へとお邪魔したのだった。


「では皆様、行ってらっしゃいませ」


 リムジンで送ってくれたのは、前に百合の家で俺達を出向かえてくれた、冬月冬子さんだ。

 黒スーツと白手袋でビシッと決めていて、メイド服姿の時とはまるで別人みたいだ。


 竜神が先頭に立って、ライオンノッカーならぬ、ナメクジノッカーを鳴らしてくれる。

 さ、さすが昆虫が好きで、最古の昆虫だというカギムシの当て字を館の名前にするだけある。

 ドアノッカーをナメクジの形にするなんて悪趣味極まりないぞ。


 ギィ、って音を鳴らしてドアが内側から開いて、いかにも執事っぽい白髪で白髭を蓄えた男性が俺達を迎えてくれた。


「いらっしゃいませ。日向様ですね」

「はい。お世話になります」


「ご案内いたします。こちらへどうぞ」


 先導されるまま、執事さんに付いていく。

 普通のドアより二倍は巨大なドアを開いたかと思うと、次のドアは俺でも腰を屈めないと通れないぐらいの小さなドアで、進んだ先はまるで教会のようにステンドグラスの美しいドームだった。


 待合所なのだろうか。

 豪奢な丸テーブルと椅子がいくつも置いてある。20代から50代の男女が思い思いの場所に腰を掛けていた。


「なにその高校生。誰ぇ?」

 唇が妙に特徴的な女の人が気だるげに問いかけてくる。


「白鳥源次郎様一家の代理でいらっしゃった、日向様です」

「代理? じゃあ、ここの財産を得る権利なんて無いはずよね」

「財産?」


 先頭に立っていた竜神が眉を潜めた。


「財産とは何のことでしょうか? 食事会としか伺っていないのですが……」

「――知らないの?」

「はい」


「なら、いいわ」

 唇女がふい、とそっぽむく。


「いえ、それが、正式な手続きを踏まれた代理でございますので、物を見つけた暁には白鳥源次郎様に財産が渡ることになっておりまして」

「ふざけるな! そんなことが許されるはずはない!!!」

 がたん、と椅子を鳴らして男が立ち上がった。

 うわ!

 年齢の頃は多分20代――。竜神より身長が高くて横幅も大きい!

 この人、テレビで見たことある。何とかっていう格闘家だ。

 思わず竜神の後ろに隠れてしまう。


「まぁまぁ、そう声を荒立てなくとも。普通の学生に何ができますか。財産のことさえ知らなかったようですし。ねぇ、君たち」

 今度は丸メガネのおじさんがのんびりと話しかけてきた。


「はい……。できたら、詳しいお話を聞かせていただきたいのですが……」

 意味もわからず恫喝された竜神が問うけど、おじさんはやっぱりのんびりと答えた。

「まあいいじゃない。この家には色々な仕掛けがあるらしいからね。家を楽しんでいきなさい。ただ、迷わないように気をつけて。なにしろここは広いから」


「どうぞお席に。お茶をお出ししますので」

「はい……」


 執事さんに促されるまま、俺達は席に座ったのだった……。


「なんか……ややこしいことになりそうッスね」

「関わらなければどうということはないだろう。言葉じりから察するに、今日ここに集まった連中は財産に関する何かを見つけるために集まっているようだ。白鳥氏から詳細を聞かされて無い以上探してやる義理もない。放っておくのが一番だ」

「そうだな……」


「財産だなんてなんか怖い……。まさか、殺人事件が起こったりしないよね? 憎しみ渦巻く2時間サスペンス」

「滅多なこと言っちゃ駄目だよ、未来」

「でも……」

 美穂子にたしなめられるものの、びくびくして辺りをうかがってしまう。


 このホールに集まっているのは、俺達を除いても合計で30人にも及んでいた。

 唇女と、その夫っぽい40代の男の人、怒鳴りつけてきた格闘家と多分その兄弟(揃いも揃って体が大きい)が3人、穏やかに話しかけてきたおじさんと、多分その妻だろうザマスメガネの女の人。一番奥には座っているだけなのに偉そうな袴のおじさんもいる。

 家族連れ、兄弟連れでテーブルごとに固まっていた。


「どうぞ」


 メイド服姿の女の人が持ってきてくれた紅茶を飲む。

 わ、美味しい……。


 お茶請けに出されたクッキーも物凄く美味しくて、不安だった気持ちが一気に噴き飛んでいく。


「お菓子がこんなに美味しいなんて、食事が楽しみだな」

「未来先輩って食い物さえ美味ければあとは結構どうでもいいんですね」

「食べ物が美味しい場所で怖い事は起こらないという持論があるんだ」

「あぁ……未来先輩がいらんフラグを立てましたよ。これ、絶対何か起こりますよ。やっぱり殺人事件かも」


「こら、達樹君」


 ぺちん。美穂子が達樹の頭を叩く。


 ホールで一休みしてから、部屋まで案内された。

 当然、男子チームと女子チームで別々の部屋だ。


 執事さんが開いたドアの先は、超豪華な客室だった。

「うっわー! すごい部屋ー」

 全体的に淡いピンク色で纏められてて、足置きまである一人掛けのソファ、猫足のガラステーブル、センスの良い執務机、ティーテーブルまである!

 残念ながら外を眺められる窓はないけど、ここに一生住みたいぐらいの可愛い部屋だ!


「では、ごゆっくりどうぞ。館内はお好きにご覧ください。ですが、迷わないようくれぐれもお気をつけを」


 そう一礼して執事さんが部屋を出て行く。


「うきゃー」

 ソファに座って跳ねてスプリングを楽しんでから、ベッドにダイブして寝心地を楽しむ。


「すっごい、ふっかふかだー」

「未来、ぱんつ」


 短い美穂子の指摘に慌ててめくれたスカートを戻す。

 招待状に「平服で」とあったから、俺達は全員制服姿なのだ。


「ウサギ柄か……。まったく、お前は小学生か。もう少し色気のある下着をはいたらどうだ」

 ほっといてくれ安かったんだもんんん!(三枚二百円)


「そろそろ、館内を見にいこう」

 ノックの音がして、外から浅見が呼びかけてきた。

「うん!」

 荷物を置いて、携帯だけ持って部屋を出る。


「――あれ? ここ、圏外だ」

 俺のガラケー、もう4年も使ってる年代物だからそのせいかな――。


「僕のもだ……」

「おれのもっす。山の中だからしかたねーっすね」

 比較的新しい浅見の携帯も、最新のスマホを使ってる竜神や達樹や美穂子や、二種類持ってる百合のまで全滅だった。


 持ち手に宝石があしらわれたクラシカルな鍵で施錠してから、館内の探検だ!!


 廊下を道なりに進み、突き当たりにあったドアを開く。と。

 なんと、天井に、逆さまになったクローゼットやサイドテーブル、イスが設置してあった。


「上下さかさまの部屋!? 錯覚かと思っちゃった……」

「照明まで床にあるなんて、凝ってるな」

 逆さまになったシャンデリアをそっと触る。


「地震が来たら全部振ってきそうで怖いっすねー」


 ドアを開くと、突然目の前が壁になった。横に道が続いていたのだ。道幅が一メートル程度しかない狭い通路を一列になって進んで行く。


「ちょっと待ってください」


 達樹が途中で足を止めた。


「なんでこんなトコに床下収納……? じゃねー! 下の階にまっさかさまじゃねーか、あぶねー!」

 台所にある床下収納みたいなのを開くと、広がっていたのは階下の部屋の光景だった。


 狭い廊下を抜けた先は階段が三つもあった。


「この階段、どこに続いてるんだろ……?」

「手分けして昇りましょう!」


 俺と達樹、竜神と美穂子、浅見と百合でそれぞれ別れて上がっていく。


 俺と達樹が選んだのは、俺の幅ぎりぎりの階段だ。達樹でさえ幅が足りなくて横向きに登る。30センチもありそうな高い段差を一生懸命登り続けたのだが。


「達樹、行き止まりだ!」

 なんと、無情にも眼前に壁が立ち塞がった。

「ええええ!?30段ぐらい登ったのに行き止まり!?」

 泣く泣く折り返すと、美穂子と竜神も丁度下りてきたところだった。この二人の階段も外れだったのだそうだ。唯一の当たりだった百合と浅見が選んだ階段を上って行く。


 突き当たりは部屋で、行き止まりだった。

「あれ? これで終わり……?」

 さっきの、床下収納があった狭い通路を逆側に進むのが正解だったのかな?


 百合がクローゼットを、竜神が雨樋のはまった窓を開く。と。


 窓の向こうにも、クローゼットの奥にも部屋が続いて居た。

 そっか、これ、テレビでも見たことある!

 この家、突き当たりだからって行き止まりじゃないんだ。

「エッシャーの世界に迷い込んだみたいだね……」

 浅見が感動して窓から身を乗り出した。


 先に続いていたのは、波打つように歪曲した回廊と窓だ。俺の目はおかしくないのに、眩暈がしているかのような錯覚に足元が揺らぐ。

 素直に歩いてたら上下動に気分が悪くなってきたので、達樹と一緒に、波の天辺をジャンプして渡る。


「やっぱり楽しいね……! 来て良かった……!」

 逆さまになって天井から生えてきてる階段を眺めながら、美穂子が言った。


「だなー!」

 天井から生えてる階段の先にはドアがある。

「あれ、どうやって開けるんでしょうね? やっぱさっきの床下収納みたいにあぶねー感じなんでしょうか」

 達樹が天井を見上げながら、行く手にあったドアを開く、と。


「うわぁあああ!?」


「あぶねぇ!」


 竜神が咄嗟に達樹の腕を掴んで引っ張り上げた。


 どこからどう見ても普通の部屋に続くドアなのに、達樹が開いたドアの先に部屋がなかったんだ!


 手摺もない、足場もない、当然のように階段さえない底が見えない深い深い穴だった。

 竜神が咄嗟に引っ張らなければ、達樹は真っ逆さまに落下してただろう。

「ああああありがとうございます先輩、走馬灯見えましたよおお!」

「随分深いな……。どれぐらいあるんだ?」


 百合が財布から小銭を出して、穴に放った。


 一秒。二秒。三秒。四秒。――――音は、帰ってこない。


 達樹が青ざめて数歩下がる。


「これは……下手に散策はできないね……」

 浅見が視線を険しくした。


「テレビでは、こんな危ないのなかったのに」

「随分深部まで来たからそのせいかもな。さすが、人嫌いで有名な男が建てた館だけある。隙あらば殺しに掛かって来るとは」

 百合が忌々しそうに言う。


「ここまでにしたほうが良さそうだな……。そろそろ飯の頃合だし、戻るか」

「うん」

 携帯で時間を確認した竜神が踵を返す。思わず竜神の腕に飛びついたんだけど。

「未来、オレの後ろを歩いてろ。変な仕掛けあったら困るから」

 竜神に引き離されてしまった。


「で、でも」

「殺しにかかる構造をしていると判明した以上、竜神に従っておけ。万一妙な仕掛けがあったとき、お前は足手まといだ」


 でも、まるで竜神を盾にしてるみたいで嫌だよ!


 そう反論したかったんだけど、できるはずもなかった。百合の言う通り、変な仕掛けがあった時、俺がくっついてたら回避するのも難しいもんな……。

 先頭に竜神、続いて達樹。真ん中に女子三人で、最後尾に浅見で進む。


「止まれ」

 竜神が達樹を引っ張り、女子三人も押し出すようにして最後尾の浅見まで下がらせた途端に、天井が斜めに落ちてきた!!

 ドオオオオン!

 床を揺るがすほどの振動だ!

 そのまま立ってたら確実に頭を割られたぞ!!


「もおお、なんスかこれええ! 良くわかりましたね、先輩!」

「モーター音がしたんだよ……」


「気が付かなかったら確実にりゅうが死んでたよおお! 帰ろう! やっぱり殺人事件が起こるんだ。わたしがフラグを立てたせいでサスペンスの世界に迷い込んじゃったんだ!!」


「落ち着け。フラグとかねーから。ただ、単に……」

 竜神が言葉を止めて言葉を捜して、

「この屋敷の主人が人殺しが趣味ってだけだろ」


 べぇ。俺がガチ泣きして、達樹が半泣きになる。


「余計な事を言ってどうする。竜神」

「悪かった、ますます怖がらせたな。美穂子、頼む」

「うん」

 俺が美穂子と手を繋いで、いつかの冷泉の屋敷の時みたいに達樹が浅見の背中にくっつこうとするが「最後尾は逆に危ないと思うよ」の言葉で今度は百合にくっついていって殴り飛ばされた。


「ここここの屋敷で一体何人の犠牲者が」

「そんな話は聞いた事はないがな……」


 主に俺と達樹が戦々恐々としつつ進んだのだが、その後は無事部屋まで戻れたのだった。


「このまま一泊するのは危険だな。屋敷を散策するという目的も果たしたことだし、帰るか」

「賛成っす賛成っす賛成っす!」

「うん、帰ろう! すぐ帰ろう今帰ろう!」


「日向様……よろしいでしょうか」


 バラバラでいるのも怖かったから、俺達は男性チームの部屋に集まってた。控えめなノックと、執事さんの声がドアの向こうから響いてくる。


「どうぞ」

 百合の返事に一礼して執事さんが入ってくる。


「その、トラブルがございまして、皆様はお怪我などありませんでしたでしょうか」

「し、死にそうになりましたよ! なんなんスかこの屋敷! 穴はあるわ天井は降ってくるわ」

「その、私どもは今日の晩餐会の為だけに雇われた使用人でして……。この屋敷のことも、詳しくは教えられていないのです……。まさか、このようなことになろうとは」


「何かあったんですか?」


 竜神の質問に、話しにくそうにしながら執事さんが先を続ける。


「一人、お亡くなりに」

「えええええ!?」

「警察は」

「それが、電話も通じなくて、どこにも連絡ができないのです」

「有線の電話も繋がらないのか?」

「ええ……」


 おおおおおお。


 竜神にくっついてブルブル震えてしまう。


「しかも、外に繋がる全てのドアと窓も開かなくなってしまってるんです。私どもも、どうすればいいのか検討も付きません……」


 ひいいいい!?


「やっぱり二時間サスペンスだよジェイソンだよ陸の孤島だよおお! 一人ずつ殺されていくんだあああ」

「ぎゃあああ!! 怖い事いわないでくださいよ未来先輩!!」

「だってだってだってえええ」

「それはまた……徹底してるな。ガスでも流して皆殺しにするつもりか?」


 百合がしれっと怖い事を言う。


「そんなことは、無いと、思うのですが」


 執事さんは本気で困った顔で部屋を出て行った。

「とんでもないことになったね……」

「出口を作れないかチャレンジしてみるか」


 女子の部屋とは違い、男子の部屋には大きな窓があった。

 竜神は鍵を外しても窓が開かないことを確認してから、部屋を見渡した。


 それから、執務机を動かそうとするが、机はビスで完全に床に固定されていた。

 ソファも、椅子も、ベッドもだ。

 竜神は中でも一際重量のありそうなオーク材の椅子を力任せに引っ張った。

 厚いクッションと背もたれがついてて脚が太い、ビスで固定されてなくても、俺じゃ動かすのさえ困難なぐらい立派な椅子だ。

 メシメシと悲鳴のような音が上がって、床に刺さっていたビスが弾け飛ぶ。


 手で合図して俺たちを遠くまで下がらせてから、竜神はイスを横に振り上げた。

 総重量三十キロはゆうにあるイスが窓ガラスに叩き付けられる。


 バッギャャアア!!

「うわ」「ひッ」「わ」


 炸裂音が耳を劈き破片が飛び散る。覚悟してたはずなのに悲鳴を上げてしまった。

 どんどん、って重たい音がして太い四本の脚がカーペットの上でバウンドして、厚く重たいクッションがタイヤのように転がって壁にぶつかり、ぱた、って倒れた。

 砕け、背もたれだけになった椅子を横に投げて竜神がガラスを確認する。


「やっぱ駄目か。ヒビ一つ入らねーな」


 だけど、砕けたのは重厚な椅子だけで、窓ガラスにはヒビも入ってなかった。


「外が見える窓があるのに外に出れないなんて……! すげー腹減ってるのに飯がガラスケースの中に入ってるような絶望感っスよ」

「悲しい例えするな! ご飯、ご飯は足りてるのかな? ここで飢え死になんて嫌だよ……!」


「大丈夫だ。滞在予定は明日の昼までだったからな。予定時間を過ぎても私が戻らなかったらウチの使用人が重機を運んできてでも入り口を作るだろう」

「心強いっス。ウチの親、おれが二日ぐらい帰らなくっても絶対気がつかないから……」


 悲しいこと言うなよ、達樹……って、そう言えばウチも気がつかないな。


 母ちゃんとは九州に帰る時話したっきりだった。

 兄ちゃんに至っては餓死どころか白骨化してからしか気がついてくれそうもない。「最近静かだと思っていたら死んでたのか」ぐらい言いかね無いぞ。


「皆様、お食事の用意ができました……」


 今度はメイドさんが迎えにきてくれた。


「まさか、メシに毒が……!」

「食材は私達が街で準備してきたものです。毒を仕込まれる余裕はございません」

 メイドさんが達樹の言葉に淀み無く答える。ここに来るまでに何度も同じ質問をされていたのかもしれない。


「食事を採るか採らないかはさておき、情報収集のためにも参加しよう。いくぞ、竜神」

「そうだな……」


 そ、それもそっか。亡くなった人の事も気になるしな。

 ドキドキしつつ、竜神と百合の背中を追うのだった。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 誤字報告 >予定時間を過ぎても私が戻らなかったらウチの使用人が重機を運んできても入り口を作るだろう」 運んできても→運んできてでも
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