動物園に行こう!(ロシアンルーレットたこ焼き)
「これ、お前の分な」
竜神がゲート前で俺に券を差し出してきた。
「前売り券、買っててくれたの? ありがとう、お金返す」
「いらねーよ。誘ったのはオレなんだから」
「返す」
「いらねー」
「返す」
ここの入場料は結構高くて千三百円もする。
二千円持って竜神に突撃する俺を竜神が腕で押し返してくる。
「返すって言ってるだろ」
「いらねーって言ってるだろ」
「プレゼントだって貰いっぱなしだし、竜神にばっかりお金使わせたら借りばっか増えていくだろー」
「借りって思うなよ……。弁当作ってくれてるだろ。それでチャラな。お前の弁当三千円ぐらいの価値あるから」
「ないよ!」
お金を持った手を差し出してばたばたするけど軽く拒絶される。
てこでも受け取ってくれそうにないので、渡すのを諦めて財布にお金を戻した。
竜神の彼女になる前は奢って奢られてって対等な関係だったのに、付き合うようになってから一方的に奢られることが多くなった。
今回なんかリサーチまで竜神任せにしちゃったし。なんか申し訳ないよ……。
次は俺が竜神が喜んでくれるようなデートコース考えなきゃ。
窓口で券を引き変えてから改札を抜ける。
ここに来たのは小学生の頃が最後だ。
およそ五年ぶりの動物園はいろいろと様変わりしていた。
「うわぁ、バカ面が一杯だー!」
入り口を抜けるとおみやげ物屋が一杯に立ち並んでいた。
店頭に間抜けな顔をしたカピバラのヌイグルミが積まれてて思わず駆け寄ってしまう。
「未来、お土産は最後に買わないと荷物になっちゃうよ」
「で、でも、売り切れちゃうかもしれない……!」
「予言してやる。帰りになっても一つも売れていないとな」
ヌイグルミを抱えて迷う俺に百合がにべもなく言い放つ。わかんないだろ、こんなに可愛いんだから……!
「未来、アルパカいるぞ」
「ええええ!?」
まさかこんな入り口近くに!?
ヌイグルミから離れて、竜神の所に走りこむ。
居た!
うっわ、予想以上にモッコモコだ! 暖かそうだなー。触ってみたいのに遠くにいるのが残念だ。
「茶色い子、藁が体にくっついちゃってるね」
「予想以上に綺麗な毛だなぁ、もっとこっちに来てくれないかなー」
まじまじと見ていた達樹が、ふと、呟いた。
「なんか……『ヒケケケケケー』って笑いそうな顔してますね」
「怖い!!」
「達樹君、動物園に立ち入り禁止」
「すんません許してください美穂子ちゃん」
園内にはケーナで奏でられたフォルクローレが流れている。今流れているのは俺でも知ってる『コンドルは飛んでいく』だ。園内に植えられた巨大なサボテンと自然石をくりぬいて作ったかのような階段が、ここが日本だってことを忘れさせてくれる。まるで南米にでも来たみたいだ。
ちょっと粘ったんだけどアルパカさんは俺達に興味なんかないようで、こちらに来てはくれなかった。
残念。
気を取り直して次に進む。
次はいきなり北極ドームである。
可愛いラッコとペンギンに癒されて、ラッコの一日の食べる量に絶句して、続いて進むはアマゾンドーム!
「うっわー、あったけー」
「気持ち良いな」
アマゾンってだけあって、温度が高くて湿度も高いんだけど外から来た俺たちには丁度良い暖かさだ。
鬱蒼とした木々に挟まれた順路を歩く。俺の頭に蝶々が止まって、達樹が取ろうとするものの呆気なく逃げられた。
道なりに進んで居ると、人工の川と、川に掛けられた木製の橋が行く手に現れる。
あんまり深さは無い川で、橋から川の底まで二メートル程度だろう。
でも、手摺が無いからちょっとドキドキなのである。
達樹と肩を並べて橋を渡っていると――――。
体長三メートルにも達しようかと言う巨大な魚が俺たちの眼下を悠然と泳いで行った!!
「ぎゃああ」「うびゃああ」
飛び上がるように走り出して、俺と達樹が陸地に逃げる。
「こここ、こわ、こわ、」
「居るの知ってましたけど、何度見てもこええええ!」
「一々騒ぐなうるさい。ピラルクは巨大なだけで、人を襲う魚じゃないんだぞ」
「わかってるけど、足元を泳がれるとゾワってするんだもん!」
「しかしでっけーな。食いでがありそうだ」
「フライなら100人前ぐらい作れそうだねー。淡水魚だから泥臭いのかな?」
竜神と美穂子が食の話になってる……。
橋を渡りきった先は川と繋がったちょっとした池がある。
興味を持った浅見が砂地に下りようとして、
「おい」
竜神が浅見の二の腕を掴んで止めた。
「そこ、水だぞ」
「えぇ!?」
浅見が驚いて砂地を見下ろす。
そうなのだ。透明度が高すぎる上、手前が砂地で奥が砂利だから足場に見えるけど、実はここ、水があるのだ。
達樹がそっと砂地に足を下ろす。砂より随分高い位置で水の波紋が広がった。
「全然気が付かなかった……!」
「止めることなかったのに。おれ、ガキの頃ここに突っ込みまくりましたからね」
「同じく。ズボンまで濡らして母ちゃんに怒られた」
「オレもだよ。夏なら止めねーけど、この季節じゃ風邪引くからな」
「お前等バカばっかりか。不注意すぎるだろうが」
バカっていうな百合! ここは初見殺しのトラップゾーンなんだぞ。
暖かかったドームを抜けて、階段を上る。
ここも階段脇に川が流れてて、水鳥やビーバーが泳いでいる。
階段を登りきると、太陽の光を浴びて煌く大きな池と、鮮やかな鳥の群れが目を刺激した。フラミンゴの池だ。
「綺麗だなー! でも……フラミンゴって飛べるよな? どうして逃げないんだろ」
「不思議だね……? どうしてだろ」
同時に階段を上り終えた浅見も、不思議そうに見回す。空にはネットも何も無いのだ。
「竜神は理由知ってる?」
「さぁな。この池を家だと思ってるんじゃねーか? 帰巣本能がすごいんだろ」
「そっか、ここで育ったから逃げないのかも」
「言われてみれば……ここにいたら充分餌も貰えるし、気に入ってるんだろうね」
フラミンゴの池には柵さえ設置してなかった。片足で立つおなじみの姿で毛繕いしたり、池の中にくちばしを入れている。
「フラミンゴが飛べないのは羽を切」
何か言おうとした百合の口をバシ、と竜神が塞いだ。
羽をき?
羽置き?
「いいんだよそういうのは」
低く言った竜神の腕を裏拳で叩き落としてから、百合が呆れた顔で睨みつける。
「お前は子どもの情操教育に気を配る父親か」
「未来、浅見君ー! あそこに子フラミンゴがいるよー!」
「え!? 子フラミンゴ!? どこどこ!?」
美穂子の声に浅見と一緒に走る。
「へー、子どもって足短いんスねー」
「ふわふわしてそう。小さくて可愛いな……。でもなんで真っ白なんだろう?」
「フラミンゴは赤い色素を含むモン食ってるせいで赤いんだよ。エビとか藻とかな。綺麗な赤色の雄の方が雌に人気らしいぞ」
百合と一緒に歩いてきた竜神がそう説明してくれた。
「え、これ、地色じゃなかったんだ……僕もノリとかひじきとか食べてれば黒くなるかな」
「無茶言うな。……お前が黒かったら逆に違和感あるな」
「え」
竜神の言葉に俺も続けて言う。
「うん、違和感あるよ。浅見は生まれつきのその色が綺麗だからな」
「浅見君はそのままがいいよ」
美穂子も同じ事を言って、
「えー、浅見さん、黒髪になりたいんスか? じゃあその茶髪とオッドアイおれにくださいよ」
「お前には似合わん」
「百合先輩……、真顔で言わないでください……」
「こんなのが欲しいなんて、達樹君って本当に変わってるね」
「変わってるとかあんたにだけは言われたくねぇ」
殺伐としたやり取りをしつつ、続いて進むはプレリードッグやミーアキャットが闊歩する広場だ!
いや、闊歩するとは言えども、別に放し飼いされているわけじゃない。飼育場所である囲いの中から広場まで穴を掘って出没してくるのだ。
ミーアキャットは臆病なのかなかなか姿を見せないんだけど、プレーリードッグは我が物顔で歩き回ってる。
「そろそろ食事にしよう。レストランはここにしか無いからな」
百合が言って建物へと歩き出した。百合に返事しながら俺たちも続く。
売店はところどころにあるけど、室内で食べられるちゃんとしたレストランはここにしかないんだよな。
ここは注文さえすれば持ち込みもOKなのが助かる。
それぞれ注文して、メニューが揃ったところで俺たちもお弁当をテーブルに広げた。
「わ、美味そうっすね。竜神先輩、カラアゲ一個ください」
「駄目だ」
取ろうとする達樹を防いでる横から、百合がサンドイッチを一つ竜神の弁当から奪ってしまう。
「百合」
「普通の卵サンドなのに美味いな」
「それ、マヨネーズをあっさりにしてるんだー。よかったらもう一つどうぞ」
百合に差し出した途端、あちこちから手が伸びてきてあっという間にサンドイッチとカラアゲとグラタンが消えて弁当箱が空になった。
「な、なくなった」
「お前等ハイエナか……」
竜神がうな垂れる。
「悪かった。変わりに何か奢ろう。何がいい?」
「え!? いいの!? じ、じゃあ、」
百合の言葉に甘えて苺とホイップクリームのたっぷり乗ったワッフルを注文させて貰う。またもエビで鯛を釣っちゃったな。
二つ入ってたグラタンを奪った犯人は百合と達樹だった。がっかりする浅見と美穂子に、竜神が自分の分のカップグラタンを一つづつ渡す。
食べ終わって、食後のお茶で休憩してると、達樹が壁に貼られた写真を指差して言った。
「あれ面白そうっスよ。激辛入りロシアンルーレットたこ焼き。六個入りたこ焼きで、一個だけ超辛いって。皆で食いません? すいませーん、ロシアンルーレットたこ焼きくださいー」
俺達の返事も待たずに達樹が注文してしまう。
「変なモン頼んでんじゃねーよ」
「面白そうじゃない? 私、やってみたい」
意外にも身を乗り出すのは美穂子だ。
たこ焼きはすぐに運ばれてきた。
「んじゃ、誰がひいても恨みっこ無しで。席順でどうぞー」
六人全員が、一番近くにあるたこ焼きをさして口の中に入れる。
俺も口に入れて、もぐ。と歯を立てた瞬間。
ピィ。
口の中に痛みにも似た辛味が広がって、頭の天辺から変な声が出た。
口元に両手の指先を当てて必死に咀嚼する。でもでも死にそうなぐらい辛くて目からボロボロと涙が零れた。
潤んで揺れる視界に、笑う達樹と嬉しそうな百合が映る。
「大丈夫、未来!?」
「み、水、飲む?」
「氷で舌を冷やせ」
流れた涙を指で拭いて、お冷に入ってた氷を口の中で転がす。
氷が溶けたころにようやく落ち着いて、五人を睨んだ。
「予想以上に辛いぞ~~~!!!」
「先輩、舌出すの止めてください。エロイから。ぐぉ」
余計な事を言った達樹が竜神に蹴られる。
「くそ、リベンジだ! すいません、ロシアンルーレットたこ焼きもう一つお願いします!」
手を上げて、店員さんにお願いする。
たこ焼きは再び俺たちの前に姿を現した。
俺の苦しみを他の奴にも味あわせてやる……!
にやり。としつつ、たこ焼きを口に入れて、歯を立てた瞬間。
ピィ!
またも襲ってきた痛いぐらいの辛味にボロボロと涙を零す羽目になったのだった。
今度は皆に爆笑されて、心配してくれたのは竜神だけでした。悔しいぞ。いつか絶対リベンジしてやる!
お腹を満たした後は、とうとう……とうとう……!! 俺の長年の夢だった、カピバラ温泉だ!!!
ゲートを潜って中に入ると、池のある広場のあちこちに、日向ぼっこをするカ、カピバラさんが……!
「い、癒される……!!」
「すげー、一杯居ますねー!」
「へー、ネズミの仲間だって聞いたから、もっと小さいかと思ってたけど大きいんだね」
「いつ見ても可愛いなー」
美穂子がそっと近づいて行って、眠るカピバラさんの背中を撫でる。浅見も恐る恐る近づいていって、同じように撫でた。
「意外と毛が硬いね……」
「普段は水の中で生活するらしいから、水を弾くようにできてるんじゃないかな?」
「そっか」
「……お前さー、餌の箱の中で寝るなよ。キャベツ潰れてるぞ。……触っても起きねってどういうことだよー……」
達樹が餌の上で寝ているカピバラさんに話しかけるが微動だにして貰えて無い。
俺も竜神と一緒に、道の真ん中に座りこんでいるカピバラさんの丸い背中をなでなでさせてもらった。
ところどころに転がるカピバラさんを中継しつつ、奥へと進む。
カピバラエリアの奥深く。そこには、そう、あの魔の空間があるのだ。
無数のカピバラさんが集まる、カピバラ温泉が!!!
「うやぁあ…………」
感動に嘆息が漏れる。
ゆずの浮いた温泉に肩まで使ってるカピバラさん。かと思えば鼻しか出して無いカピバラさん、浅い温泉でぐでーっと転がってるカピバラさん、そして、打たせ湯の下に座り、頭頂で湯を受けているカピバラさん……!
ふわー。
ギリギリまで行ってしゃがみこんで温泉を堪能するカピバラさんを観察する。
どれだけ観ていたんだろう。ふと気が付くと隣に浅見がしゃがんでいた。
「悟りを開いてそうな顔してるね……」
「うん。あれは確実に一つ上のステージに上がってるよ……」
俺まで悟りを開いた顔になってしまう。
「浅見、ほら」
「え?」
百合が浅見に袋を差し出した。浅見は反射的に袋を受け取る。
「これは何?」
浅見が不思議そうにしていると、のっしのっしと擬音を立てそうな迫力で進んできたカピバラさんが、後ろ足で立ち上がって浅見の腕に乗りかかってきた。
「うわ? 何!?」
バランスを崩して浅見が俺の方に倒れてくる。受け止めようと体を硬くしたんだけど、浅見の肩を大きな手が止めた。竜神だ。
「その中に餌が入ってるんだよ」
浅見は焦って袋を開けて、中に入っていたニンジンを進撃してきたカピバラさんに差し出す。
「わ」
カピバラさんは口を一杯に開いて、大きな前歯でニンジンを噛んだ。
顔は結構大きいのに口は小さくて可愛いなーなんて思ってたら浅見が呆然と言った。
「……カピバラもご飯食べるときは口を開くんだ……」
当たり前である。
カピバラさんエリアで一時間も潰してから、ようやく先へと進んだ。
達樹が持っていた焼きとうもろこしをリスザルに奪われたり、やっぱり達樹が鳥に追いかけまわされたり、ラマにコーンフレークみたいな餌を掌に乗せて食べさせたらくすぐったかったりと色々ありつつ。
ゲートに戻ってきた頃には、もう、閉園ギリギリの時間になってしまっていた。
堪能した……!!
「楽しかったー! また来たいなぁ……!」
「楽しかったねー! 全部可愛かったけど、プレーリードッグが一番可愛かったなー」
なんと。美穂子はプレーリードッグが好きなのか。俺はダントツでカピバラだったけどなー。続いて相手をしてくれなかったアルパカ。
帰りは百合のリムジンで送って貰った。
そして、カピバラのバカ面ヌイグルミを買い忘れたことに気が付いたのは、家に帰ってお風呂入った後でした……。無念。そろそろクッパ(家の前に捨てられていた海亀のヌイグルミ。バカ面)にも友達を作ってやりたかったのにな。
次の週の月曜日。
「日向先輩!」
「ん?」
いつか見た中学生二人組みに呼びとめられて校門前で足を止める。
「そのヘアピン、すっごい可愛いですね! どこで買ったんですか!?」
「教えてください!」
顔を覗きこんでくる二人に、俺は、う、と言葉を呑んだ。
竜神は、これを夢屋の雑貨店で買ったって言ってた。けど。
「…………その、これは、ないしょです」
「えー!? どうして!? 靴は教えてくれたのにー」
「うう……」
「オレがプレゼントしたモンなんだよ」
横を歩いていた竜神が苦笑して説明すると、女の子達は「あー」って納得して頷いた。
「彼氏に貰った物じゃあ教えらんないよねー。ごめんなさい、未来ちゃん先輩」
未来ちゃん先輩!?
「じゃあねー」
一気になれなれしくなった後輩二人が軽い挨拶しながら中等部の校舎へと歩いて行く。
その背中を見送りながら、ヘアピンをそっと外して、ポケットにしまったのでした。
まねっこを嫌がる女の子の微妙な心が判ったような気が、します。