表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
モブ君(ある朝突然)絶世の美少女になる  作者: イヌスキ
十二章 ようやく三学期
115/239

浅見の部屋

「一人暮らしだといろいろ大変だろ? そろそろ掃除に行ってやろうか?」


 五時間目と六時間目の間の短い休憩時間に、隣の席の浅見にそう切り出した。

 浅見が一人暮らしを初めて一週間。そろそろ水周りが汚れてくる頃だ。

 初めての一人暮らしじゃ行き届かないことも多いだろうし、一人暮らしをさせたのは俺みたいなものなんだから最低限のフォローはしないとな。せめて、浅見が一人暮らしに慣れるまでは。


「掃除なんて必要ありませんよ。ハウスクリーニングを頼んでますから」

 答えたのは浅見じゃなくて教室に遊びに来ていた達樹だ。


「はうすくりーにんぐ?」


「洋服も全部クリーニングですし。あのマンション、24時間体勢でコンシェルジュがいるから、フロントに持って行けばいつでもクリーニング受け付けてくれるんです。タワーマンションって便利っスよねー」


 ふえー。

 別世界の出来事のようだ……。


 ところで、達樹。

「何でそんな詳しいの?」

「達樹君、ずっとウチに入り浸ってるんだよ……迷惑だよ……」

 隣の席の浅見がうんざりとうな垂れる。


「はぁ? 達樹、お前、いくらなんでも厚かましいだろ」

「何言ってんスか竜神先輩! この人、ほったらかしといたら窓際で布団に包まって寝るんですよ! この季節に! ベッドに押し込んでやってるんだから感謝して欲しいぐらいっス! 晩飯だって酷いんですから。昨日なんかマンゴーにマンゴージュースにマンゴーアイスにマンゴームースだったんですよ、マンゴーに恨みでもあんのかよ!」

「無性にマンゴーが食べたかったんだ……」

「じゃあ一昨日のキャベツ一個ってのはなんですか? しかも丸齧りしようとして」

「無性にキャベツが食べたかったんだ……。切るのが面倒で、つい」


「浅見」「浅見君……」

 このメンバーの昼食を担当している俺と美穂子が呆然と名前を呼んでしまう。


「弁当買出しにいったりキャベツをサラダにしてやってんだから文句言われる筋合いねーっす」


「その割には、ミストサウナを使ったりプールやジムに行ったり遊び周ってるじゃないか。まぁ達樹の事はどうでもいい、掃除なんて気にせず、普通に遊びに来い。どうせ暇しているからな」


 ……。

 今度は百合である。


「どうして、百合が?」

 遊びに来いなんて言うんだ? 浅見の家の話をしてるのに。


「百合さんもしょっちゅう家に来るんだ……」


「……」


「あの場所は交通の便がいいからな」


 完全にたまり場になっちゃってるな……。


「今日の晩飯はまともな物食いましょうよ。食いたい物無いんですか?」

「食べたい物……?」


 浅見はしばし考えてから、


「お子様ランチが食べてみたいかなあ」


 そう夢でも見ているみたいな声で呟いた。


「お子様ランチぃ?」

「一回も食べた事ないから憧れだったんだよ。でももう年齢制限に引っかかるね」

「制限ない店知ってますよ。食いに行きます?」

「そんな店があるんだ! うーん……行きたいけど……やっぱり恥ずかしいから止めておくよ。うどんにする」


 脈絡ねーッスねー。達樹が呆れる。


「じゃ、駅前のうどん屋行きましょうよ。揚げがすっげー美味いんです。キツネうどんもいいけど、とろろとネギたっぷりの素うどんといなり寿司のセットがオススメです」

「私も行こうかな。おうどん食べたくなっちゃった」

「いいっスね、竜神先輩と未来先輩も一緒に行きましょうよ。百合先輩も」

「あぁ」


 甘い出汁をたっぷりすったお揚げのうどん……食べたい……!

 でも、カレーうどんも、とろとろ卵が美味しい月見うどんも捨てがたいな。たまねぎが甘くて衣がさくさくなかき揚げうどんも美味しいし……。

 うどんに思考の大半を占拠されながらも、俺の心の片隅にはお子様ランチが漂っていた。




――――




 数日後の日曜日。俺はいろんな食材を手に、浅見のマンションへお邪魔した。

 いや、訂正。色んな食材を準備したのは俺だけど、実際持ってくれているのは竜神です。

 コンシェルジュさんの挨拶を受けつつ暖色の照明に照らされ黄金色に輝くフロアを抜けて、浅見から送られていたメール画像を翳してオートロックを解除し、高層階専用のエレベーターに乗る。


「よー! あ、もう皆揃ってたのか。遅れてごめん」

 浅見の部屋にはすでに全員揃ってて、遅れてしまったかと慌てて謝る。


「まだ時間前だよ。いらっしゃい二人とも」

「お邪魔します」


 浅見に促されてリビングに入る。改めて広い部屋だなー。俺の家、リビング40畳だけどそれよりずっと広いや。家具が少ないから余計に広々として見えちゃうな。

 おしゃれなバーカウンターのようなキッチンに入って、竜神が持っていたバッグを皆に見えない位置に置いてもらう。


「それじゃ、留守番とご飯はやっておくから、皆でプールに行って来い」

 このマンションには共有施設も豊富で、プール、ジム、シアタールーム、キッズルーム、スカイラウンジ、その他諸々ととにかく充実している。

 今日は、俺がご飯を作るために残り、四人はプールへと送り出す予定になっていた。


 促すのだけど、美穂子が申し訳無さそうに声を暗くした。


「ほんとに一人でいいの……?」

「いいっていいって! 泳ぐの疲れるもん。美味しいご飯作っとくから、お腹減らせて帰って来いよ」

「オレも残るから気にせず行って来い」

「え? 竜神もプールに行ってきていいぞ。久しぶりに泳ぎたいだろ?」

「水着忘れた」


 え!? そうなの!?

 慌てて荷物を漁ってしまう。竜神が持ってきてくれたバッグは二つ。漁るまでもなく、水着なんか入ってませんでした……。


 皆を送り出してから肩を落として竜神を振り返る。


「ちゃんと確認しなくてごめん……。荷物を一杯持たせちゃったから水着を忘れたのに気が付かなかったよ……」

「わざと置いてきたんだよ。お前一人だけ置いて遊びに行っても楽しくないしな」

「え。何だよそれ。気にしなくていいのに……!」


 竜神がバッグの中から大量の食材を取り出して、シンクの上に並べて行く。

 エビ、鶏肉、合い挽き肉、ジャガイモ、ご飯。各種野菜。油や調味料も持ってきたから荷物が無駄に多くなってしまった。


「それにしてもいろいろあるな。何を作るんだ?」

 竜神の質問に、気持ちを切り変えてたくらむ笑いをしながら答える。


「もちろん、お子様ランチだ!」


「あぁ……。前に浅見が食いたいって言ってたな」

「うん! 家で食べるなら恥ずかしくないだろ? えっとー、浅見が言ってた大きな皿はどこかなー。あった!」

 化粧台のようなアンティークな食器棚から無地のプレート皿を六枚取り出す。


「……ここ、浅見の社長さんが仕事用に買った家だって話してたよね。なんで家具は少ないのに、お皿の種類はこんなに多いんだろ? キッチン周りも充実してるしさ」


 食器棚の中にはコーヒーカップ、ティーカップ、スープカップにスープ皿、半月の形のお皿や貝殻みたいな形のお皿、サラダボウル、更には40センチはあろうかという巨大なお皿まである。


 社長さんのご好意で、部屋に設置された家具はそのまま使わせてもらってた。

 キャベツを丸齧りしようとする浅見が、こんなマニアックなお皿まで買い集めるとは考えにくいし、食器もキッチン周りの家電も元々あったものだろう。

 全体の家具のバランスが謎だ。


「仕事の関係者を集めてパーティーでもやってたんじゃねーか? ここなら眺めもいいしな」

 なるほど!


「何度観てもすごい眺めだよなー」

 ついついはしゃいで窓際に走ってしまう。

 一面大きなガラス張りの窓だ。下を見ると人や車の小ささに「ひいいい」って足が竦む。

 そっとおでこを付けて、ガラスがカポンって外れるのを想像してしまい、また「ひいいい」って背筋が寒くなる。


 ここから見ると、五階建てのビルでもジオラマみたいだ。夢屋から放射線上に伸びる商店街や屋上にある観覧車が一望できる。

 昔、俺の家があった山も見える――――、って、あれ!?


「りゅう、大変な発見をしました!」

「どうした?」

「ここ、前住んでた家より高い場所にある!!」


 かつて俺が住んでた、山の中腹に立つ築40年のボロ家。

 救急車も消防車も入って来れ無い不便な場所にあったってのに、この部屋の方がずっと高いぞ!


「あーマジだ。本気でここすげー高いんだな」

「負けた……!!」


 なんだか悔しい。


 涙目で部屋に戻る。

「いた」

 俯いて歩いてたせいで、部屋の真ん中にある巨大な筒にぶつかってしまった。

 円周が三メートルはある天井まで届きそうな大きな筒。中に何か飾るようにできてるのかな?


 くるくると筒の周りを歩く。

「これはなんだろ? 中に何か飾るのかな?」

「飾るにしちゃガラスが分厚すぎるから水槽じゃねーか?」

「水槽!?」


 この中で魚を飼うなんて、ほとんど水族館の規模だ……!

 感心して見上げてしまう。おっと、部屋の散策はこれぐらいにして、ご飯作らないと。


 俺がバカ面ヒヨコのエプロンを、竜神が黒のエプロンを掛けて、料理開始だ!


 ハンバーグ、エビフライ、フライドポテトとカラアゲ――。


「あっつ、油はねた」

「変わるよ。揚げ物はオレがやるからハンバーグを頼む」


 相変わらず過保護だな。油ぐらい慣れてるのに。

 なんていいつつもありがたく変わってもらい、ハンバーグを焼きながらタコさんウインナーの作成だ。

 今日は特別に顔も作ってやろう。

 切込みを入れてゴマで目を作って、笑顔のタコさんの完成である。


 チキンライスはさっくり炒めてっと――。


「はい、味見どうぞ」

 カラアゲを揚げてくれてる竜神の口に、スプーンでチキンライスを入れる。


「どう?」

「すげー美味い」


 よし。


「カラアゲの味見も頼む」

「うん!」

 お言葉に甘えて一番小さなカラアゲをいただく。目一杯息を吹きかけて覚ましてから、口にいれる。しゃくっと衣が弾けて美味しい!

「すっごい美味しいぞ!」

「……お前、オレが作るもの何でも美味いっていうから参考にならねーかも……」


 お前が言うなである。


 完成したハンバーグやポテトフライ、カラアゲを盛りつけて、エビフライには俺お手製のタルタルソースを掛ける。申し訳程度のレタスとプチトマトを添えるのも忘れずに。レタスの上にはぎざぎざに切ったゆで卵を乗せて、おかずの完成だ!


「…………」


「どうしたんだよ。難しい顔して」

「いや……、皿が洒落てるせいかな。いまいちお子様ランチっぽくねーな。大人用のお子様ランチってイメージだ」


 そうなんだよな。お店の可愛い子ども用の皿と違うから、家でやるとどうしてもシンプルになってしまう。だがな。


「大丈夫だ、りゅう。秘密兵器があるから!」

「秘密兵器?」


「ちゃっちゃららんらん♪ プッチンプリンの型ー!!」


 ばばーんと効果音が上がる勢いで、竜神にプリンのケースを差し出す。


「それで何をするんだ?」

「ふふふふふ。見るが良い」


 意味深に笑いながら綺麗に洗ったプリンのカラにチキンライスを詰めて、おかずの横にひっくり返す!


 ゆっくりケースを持ち揚げると――――、花型のチキンライスの完成だ!


 竜神がへーって感心する。

「一気にお子様ランチっぽくなった」

「だろー!! これぞまさにお子様ランチの最終兵器!」


 子どもの頃は一番小さなプリンのカラを使ってたけど、このメンバーは良く食べるからやや大きめのケース使用だ。


 そうやってご飯が完成して、続いて登場するのはご飯に立てる旗である。


「いろいろ揃えたら予算オーバーになったから、旗は手作りなんだ……」

 爪楊枝にそれぞれの名前を書いた紙を糊付けしただけなので、少々しょぼい。


 美穂子、百合、強志、虎太郎、達樹、未来。チキンライスの上に旗を立てた時――――。


「ただいまー!」

「遅くなってごめんね」


 あ! 帰ってきた!


「おかえりなさい、丁度ご飯できてるよ!」


 玄関に周りこんで、エプロンのままで四人の前に立つ。


「……いいっスねー、出迎えてくれるエプロン姿の先輩」

「あぁ、いいな」

「お嫁さんって感じだねー」


 達樹が呆けた顔で、美穂子が笑顔で褒めてくれる。けど……百合が得物を品定めするような目をしててなんか怖いぞ。


「お帰り」

 俺の後ろから竜神も現れた。


 すると、見る間に達樹と百合の顔がうんざりと曇った。


「竜神先輩には出てきて欲しくなかったっす」

「あぁ。全てが台無しだ」


「いきなり文句言ってんじゃねーよ。早く入れ」


 達樹が行儀悪く靴を脱ぎ捨て、美穂子、百合、浅見がちゃんと揃えてリビングに入る。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ