バレンタイン(監禁されても平気だよ)
翌朝、バレンタイン!
朝五時半。まだ日も昇らない早朝。
俺は寒さと眠気と必死に戦いながら一番気に入ってる服に着替えた。
ネックレスも首にかけて――ひいいチェーンが冷たい!
なかなか金具がはまらない……、やった、はまった!
鏡の前で一回転して自分の姿を確認する。
もこもこ真っ白ワンピース。
鎖骨が出るほど首が開いてて袖は長めなのにスカートはお尻のラインが出そうなぐらい短いという、外を歩いてたら歩くセクハラ呼ばわりされてもおかしくない格好だ。
母ちゃんがこれを買ったとき、可愛いとは思ったけど着ることは一生無いって思ってたのに、まさかバレンタインの日に着ることになろうとは。人生何が起こるかわかんないな。
しかしミニスカートだから寒くて死ぬ死ぬ。
この家のリビングは、約40畳というアホのような広さを誇ってる。
床暖房が完備されてるから暖めようと思えば簡単なんだけど、たった二人しか居ないから、暖房にはファンヒーターを使ってる。
だが所詮6畳用のファンヒーターだ。まん前しかぬくくない。
貧乏人なのに分不相応な大きな家なんて買うものじゃないよ。人間なんて立って半畳寝て一畳なんだぞ、兄ちゃんのバカ。
兄ちゃんなんか、この広さを一人で使ってるんだよな。勿体無いにも程があるよ。主に光熱費が。
「……」
かちゃ、とドアが開いて、寝ぼけ顔で寝癖をつけた竜神が部屋から出てきた。
覚悟はしてたはずなのに、ドキって心臓が鳴った。
「あ、あ、あのあの竜神!!」
スカートを翻しながら、ば、と前に立つ。
「どうしたんだ、その、かっこう。今日学校だぞ」
一気に目の覚めた顔をする竜神に両腕を――いや、お菓子を突き出した!
「これ、受け取ってください!」
昨日作ったマカロン。
ハートのカップに入れてリボンをかけたそれを竜神に差し出す。
「――! ありがとう。マカロンか。良く出来てるじゃねーか」
食うの勿体ねーな。竜神は透明なカップを手にそう笑ってくれた。
喜んで貰えてよかった……!
「他の女子達より早く、一番最初に渡したかったんだ」
「一番最初って……。万一他のやつから貰っても受け取るつもり無いぞ。お前がいるんだから」
「受け取っていいよ。ただし! 全部半分コで食べるからな。それと」
顎に指先を添えて、ふふふ。とテレビドラマの悪女の仕草を思い出しながら笑う。
「ホワイトデーのお返しは私が考えるのだふへへ」
「言っとくけど、オレ、お前が心配するほどモテねーぞ。廊下歩いてるだけでも怖いって言われんだからな」
「お前! ミス桜丘の如月先輩から告白されといてそれ言うか!」
ビシって指をつきつけたら、竜神はちょっと複雑そうにしてから、ゆっくりと言った。
「……あの人だったんだな」
「?」
あの人?
「お前が勘違いしてたオレの浮気相手」
「!」
「付き合えないってはっきり断ったはずなのに、彼氏扱いされて死ぬほどびっくりしたよ。話を聞かないまま怖いビデオ見せて悪かった。如月先輩にはもうっぺんちゃんと断って、お前のこと散々のろけて嫌われてきたから、心配しなくていいからな」
「のろけ……??」
???
惚気られることってなんかあったっけ?
でも――そっか、断ったのか。
「三年は卒業だし、会うことも無くなるけどな」
……別に、いいのに。
「別に、いいのに」
脳内の言葉が口から零れた。
「浮気の人でも、本気の人でも、何人でも作っていいよ」
「え!?」
目の前にりゅうがいる。
りゅうの後ろにはソファ、テレビ、テーブル、ラグ、部屋の壁、間接照明、窓――この部屋の内装が広がってる。
なのに、視界が閉じてりゅうしか見えなくなっていく。
「りゅうのこと、ひとりじめしようなんて、おもってないよ。りゅうがしあわせなのがいい。いちにち、すうふん、はなせればそれでいい。だから。なんにん、すきなひとがいても」
「未来!」
名前を呼ばれて、竜神の周りに部屋の景色が戻ってきた。
「な――――に?」
「オレは、お前が他に好きな男を作るのは嫌だからな」
好きな男をつくる!!??
ええええええええ!?
思わず両手を振り回しながら身を乗り出してしまう。
「何変な事言ってんだよ! りゅう以外の男を好きになれるはずないだろ!」
「変な事言い出したのはお前だろ。オレは、お前がオレ以外の男を好きになったら本気で何するかわかんねーぞ。お前を監禁して、相手をぶっ殺すかも」
かんきん?
「りゅう以外の人を好きになるなんてありえないけど……、心配なら、今から監禁されても平気だよ? りゅうが話しかけてくれるなら、どこに居てもいいもん。りゅうがいてくれたから、いま、日向未来がここにいるのに」
俺、体積少ないからどこにでも監禁できる。
「檻の中に監禁されても、段ボールの中でも、棺おけの中でも、竜神が話かけてくれるなら毎日が天国だ」
へらって笑うと、りゅうの腕が背中に回って、息も出来ないぐらいにぎゅうぎゅうに抱き締められた。
俺の頭にりゅうがすりよって、髪と髪が擦れてじゃりって音がする。
体から力が抜けて身を任せようとしたんだけど、はたって気がついた。
「あれ、ひょっとして、りゅうって、」
どきん。って心臓が鳴った。
「――――――――」
「……? オレが、なんだ?」
息が喉に引っかかって呼吸ができない。
「――――りゅうの、」
体の奥から声を搾り出す。
「りゅうの、好きな人って、わたしだけ……?」
「そうだよ」
返事は一瞬だった。
「すげー今更過ぎるな。オレ、ほんと浮気とかできねえから――って、おい、泣くなよ、」
時間は5時50分。
寒い寒い2月14日の早朝。
寝癖さえ直してない竜神にしがみ付いて、朝っぱらから泣き捲くった初めてのバレンタインでした。
いつもより手抜きのお弁当を抱えて、どうにか遅刻せず学校に登校。
校門前で百合に会った。珍しく一人だ。
百合は「おは――」と挨拶の言葉を途中で切って、竜神の胸倉を掴み上げた。
「お前、未来を泣かせたのか?」
切れ長の目を吊り上げて、首を締めるように捻り上げる。
190cm越える男に喧嘩を売ろうとしている170cm女子という迫力の図に、登校途中の生徒達が「うわ」って悲鳴上げて遠巻きになって早足で校門を潜っていく。
「えと……なんて説明すりゃいーものか……」
「違う違う! 勝手に泣いただけだから竜神は関係ないよ!」
振り払いもせず掴まれたまま言葉を探す竜神と百合の間に割って入って説得する。
百合はなんとか納得してくれて、三人で教室に向かうんだけど、竜神は先輩に、百合は生徒会の人に呼ばれて三階の階段で別れた。
俺だけがマカロンを入れた紙袋と鞄を抱えて教室に入る。
「おっはよー未来! チョコ持って来てくれた? アタシのはこれー! ちょっと焦げちゃったけど許してね」
教室に入ると、浦田が舌を出しつつ透明な袋を差し出してきた。
入ってるのはチョコ色を通り越して炭色になってしまってるチョコ?だ。
「ん、いいよ。手作りしてくれるだけで嬉しいから。これ、お返し!」
ハートが二つ、クマが一つ。
重なって入ってるカップを差し出す。
浦田は硬直して目を剥いた。
「……? マカロン、嫌いだった?」
マカロンって意外とスキキライが分かれるお菓子だってのは判ってた。
でもそれでも、可愛かったから作りたかったんだ。
俺の積年の恨みのせいで、がっかりさせて悪かったな浦田。
来年は万人受けする生チョコでも作ってくるから許してくれ――と考えてると、がし、とお菓子をつかまれた。
「何これ超かわいいいいいい!! 悔しい、未来ってアホって思ってたのに料理上手なの!?」
アホ!? そ、そんな風に思われてたの!?
「アホじゃないよ! テストだって毎回クラス平均点は取ってるんだぞ!」
「オバカだって思ってた妹に負けた気分……悔しい……!! あれ? カード?」
お菓子に添えてたメッセージカードを浦田は躊躇いも無く開いた。
「ここで読むなよ、恥ずかしいなあ」
「いいじゃん。何何?『スイーツビュッフェ誘ってくれてありがとう! 美味しくて幸せでした。最初断ってごめんなさい』……」
「沈黙されると……怖いんだけど」
「その、ごめん。突っ込み入れていい?」
「な、何?」
「小学生の作文か!」
うん。俺もちょっとそう思った。文才無いんだ。恥ずかしいけど伝えておきたかったんだよ。胸に仕舞ってください。
「お邪魔しマース!」「お早う」「おはよー」
達樹、浅見、美穂子、百合が登校してきて、慌てて浦田を席まで押していった。
「皆にはまだばれたくないから、見せないで」
「わかった。ありがとうね。未来」
「こっちこそありがとう! 始めてもらった手作りだから大事に食べるよ!」
早速、いただいたチョコレートを開いて食べる。
ちょっと苦味があるけど美味しい……! 憧れのバレンタインの手作りチョコ、ようやく食べられた……!!
「先輩……? なんでスミ食ってんスか?」
達樹が不思議そうに首を傾げた。
「スミじゃねーよ! どう見てもチョコだろ!」
「え!?」
驚いた達樹の頭に浦田が投げた教科書が炸裂した。
そんなこんながあったお昼休み。
お弁当を食べ終わってから。
俺と美穂子、百合はバレンタインチョコを取り出した。
「ハッピーバレンタイン!!」
まず俺から、隠し通してきたマカロンを次々に手渡していく。
「ありがとうございます先輩!」
「ありがとう」
「わ、綺麗だね! ハート型のクッキー……かな?」
目の高さまで上げて不思議そうにする浅見に、指を突きつけて答える。
「マカロンだよ。美穂子に作り方教えてもらって作ってみたんだー」
「すっげー! チョコとストロベリーっすか? あれ、色が違うのがある……うっわ、なにこれ、クマっすか、超可愛いじゃねーっすか! 先輩ってマジ器用ですねー!」
ふっふっふ。
「頑張ったんだぞ。心して食べろ――って達樹、一口で食べるな! 味わえ」
「うめー。でも先輩、持ち物全部バカ面動物だからバカ面しか駄目だって思ってたんですけど、可愛いのも作れるんじゃないですか」
「バカ面だったら可哀相で食べられないから、あえて可愛くしたんだ」
「あんたのそのバカ面に掛ける執念は一体何なんすか?」
呆れながらも達樹はピンクのハートを口に放り込む。
「うっわ、これも美味いっすね! 浅見さん、食わないならください」
リボンさえ解かず眺めてた浅見のマカロンに達樹が手を伸ばすが。
「食べるよ!」
驚いた浅見が咄嗟に振り払って、ドゴっとかなり痛そうな音が響いて達樹が椅子から弾き飛ばされた。
「ご、ごめん、つい、大丈夫達樹君」
目を回した達樹に謝りながら引き上げる。
「メッセージカードは家に帰ってから読んでくれ。目の前で読まれたら恥ずかしいからな!」
「カード……?」
浅見、百合、美穂子、達樹にそれぞれ折りたたみ式のカードを手渡す。
皆、意外にも素直にそれぞれのポケットに仕舞ってくれた。
「私からはこれだ」
百合がいかにも上品な箱を二つ机の上に出す。
ん? 二つ?
百合は俺と美穂子に手渡しで箱をくれた。
「手作りは出来ないから既製品にさせてもらった。すまないな」
「えー!? 手作りじゃないのー?」
期待してたからついつい文句が口に出てしまう。
「あ! それ、こないだテレビでやってましたよ、一粒千円のチョコですよね!」
達樹が身を乗り出すように言った。
「えええええせ、千円!!? あけて、いい!?」
「どうぞ」
百合に確認してから、ラッピングを破らないようにそっと剥がす。
箱を開いた途端、チョコレートの芳醇な香りがふわっとあふれ出た。
中に入ってたのは、個包装されたトリュフチョコが六粒。
ここここのチョコが一個、せ、せんえん!?
「百合先輩、おれたちには!?」
「この私がお前達にチョコレートをプレゼントするなんてクソ気持ち悪い真似すると思うか?」
「正直期待はしてませんでしたすんません!」
ズゴゴゴ、と音がしそうな迫力で百合に睨まれ達樹が机に手をついて頭を下げる。
「それじゃ、私のを達樹君と浅見君に分けてあげる。はい、これ、百合ちゃんからのチョコレートです」
美穂子があっさりと一粒千円を達樹と浅見に差し出した。
「美穂子」
百合が批難するように呼ぶものの、
「いいでしょ? 一粒千円のチョコ独り占めするなんて無理だもん」
美穂子はあっけらかんとかわしてしまう。
「じゃあ竜神にはわたしから。どうぞ」
竜神には俺から一つ渡した。
最後に、美穂子のチョコレートの登場だ。
「竜神君、浅見君、達樹君、百合ちゃん。そして、これが未来のです」
中身の見えない袋を手渡され、何となく動けないまま袋を凝視してしまった。
「み、みほこさん、これ、怖いのじゃありませんよね?」
ギクシャクしつつ美穂子に聞く。
「うん、大丈夫だよ!」
きっぱりした言葉に、安心して袋を開く。美穂子は嘘は付かないからな。
「わ」
袋から出て来たのはハートのカップに入ったチョコケーキだった!
一緒に入ってるスプーンも超可愛い!
「うわー! 美味しそう……! ありがとう美穂子!」
「どういたしまして」
俺のを見て安心したか、達樹も袋を開いて――――。
「だあああ!?」
悲鳴を上げて椅子から立ち上がった。
達樹の袋に入ってたのもハート型のカップケーキだ。ただし、俺のようにチョコレート一色じゃなくて凝固した血を思わせるどす黒い赤で、中央からは――――血の海で溺れる亡者が助けを求めるかのように、突き出された指が五本伸びていて――――!!
「びゃーーー!!」
爪までリアルに再現された指に悲鳴を上げて教室の端まで猛ダッシュする。
「指の部分はクッキーです。爪に使ったのはちょっとだけラズベリーを混ぜたホワイトチョコ。未来は怖がりだから普通のだけど、皆はスペシャル仕立てです。題して『死者の呻き』」
「この赤はストロベリーゼリーか?」
百合が躊躇い無く血の池を咀嚼してから美穂子に問う。
「そう!」
「これだけリアルなのに本気で美味いのがすげーよな……。こないだの切断された耳も美味かったよ」
竜神も平然と食べて、その上こないだのグロ詰め合わせの感想まで言ってる。
「でしょう!? お店でも評判いいんだよ。予約待ちしてもらってるの」
「うぅ、見た目はともかく凄く美味しいよ……」
「浅見君もありがとう」
俺と一緒に教室の端まで逃げてた達樹のケーキから、竜神が指を引き抜いて食べた。
「ほら、これなら食えるだろ。ストロベリーチョコケーキだよ」
達樹の席にケーキを戻して促す。
「す、すんません……竜神先輩ありがとうございます……。つか美穂子ちゃん、おれも怖いの駄目っすから今度から未来先輩と同じ扱いでお願いします頼みます」
「んー」
「ごまかさないでください! ほんとお願いしますって!!!」
「ふふ、判ってるよ。冗談だよ」
涙ぐんで詰め寄った達樹に美穂子が笑ったのだが、納得したかどうかは神のみぞ知る、である。
「――なぁ、未来」
その日の夜。バレンタインが終わる一時間前に、竜神が珍しくもどこか拗ねたような声で切り出してきた。
「オレにはねーのか?」
「?」
「カード」
「いる!? 欲しい!?」
「すっげー欲しい」
そっか、よかった!
手書きのものって重いって思う男もいるからどうしようか迷ってたんだ。
達樹達には重たいって思われてもいいけど、竜神から重いって思われたら死ぬしかないからな。
ばたばたと部屋に入って、用意していたプレゼントを持ってリビングに戻る。
「竜神にはスペシャルおまけがあります」
「おまけ?」
「まずはこれです! 鍔止めと面タオル」
どっちも剣道の備品だ。
「スポーツ大会の時、具合悪くなっちゃって最後まで観れなかったけど、剣道してる竜神かっこよかったよ。本当は道場まで応援に行きたいんだけど……勇気が出ないから、今はこれで許してください」
「――ありがとう、使わせてもらう。これがあれば東さんにも勝てそうだ」
「東さん?」
「三個上の先輩だよ。剣道始めたころから一回も勝ったことないんだ。大事にする」
本当に嬉しいときの困ったみたいな笑い方されてこっちまで嬉しくなる。
「それと最後に」
毎日毎日ちょっとづつ書いては書き直しを繰り返した手紙を差し出した。
「実はカードじゃなくて手紙を書いてたんだ。恥ずかしいから一人で読んで。お休み!」
竜神の返事も待たずに部屋に逃げ込んでドアを閉める。
俺と竜神が始めて会話したのは高校に入学したばかりの六月だ。
校内の地図さえ把握してなかった当時。
竜神は、新しく始まる高校生活にどんな事を夢見てたんだろう。
桜丘高校は剣道部も柔道部も強いから、ひょっとしたら、部活に入部したかったかもしれない。
男友達ともっとバカやって遊びたかったかもしれない。
でも、竜神が思い描いていた高校生活は大幅に狂った。
俺が信号無視なんてやらかしたせいで、親戚のために俺の傍に居ることになってしまったからだ。
朝早くから、四駅も離れていた俺の家まで迎えに来て、学校が終わったらまた家まで送ってくれて。
竜神から文句の一つも聞かされたことないけど、体も辛かったと思う。
それに、竜神は交友関係が広いから、もし俺のボディーガード役なんて貧乏クジ引かなかったら、先輩たちとも喧嘩することなく仲良くして人脈を広げていたに違いない。
はじめ、手紙にはそんなごめんって言葉ばっかり書いてた。
けど、翌朝になって読み返してみたら、物凄く鬱陶しかったから全部破り捨てて一から書きなおした。
謝ったら逆に負担に思われてしまいそうだしな!
改めて書きなおした手紙には、感謝の気持ちだけを書き捲くった。
糞親父に襲われそうになった時助けてくれたこと、辻から助けてくれたこと、冷泉から踏まれたとき怒ってくれたこと、一人暮らしで泣いてた時すぐに駆けつけてくれたこと、ケーキまで準備してくれて誕生日を祝ってくれたこと、「俺が勝ったら日向未来を貰う」なんてのたまった曽根瓦とかいう先輩に圧勝してくれたこと、俺が消えようって覚悟を決めた時、「日向未来が良い」って言ってくれて、呼び戻してくれたこと。
全部全部。
ありがとう。大好きだって。
……。
や、やっぱり俺、重いかな……?
皆と同じ、メッセージカードにすればよかったかな……??
でも書き足りないよ。
竜神の好きな人が俺だけだったってことも今朝始めて知ったし。
冷静に考えれば、りゅうっていつも俺と一緒にいるから他の女の子と会う暇さえ無かったよな。
入院した時だって、他の女の子と出くわしたこと無いし。なんで竜神には他に好きな子がいるって思いこんでたのかな……?
今となっては今朝までの自分が不思議だ。
ううん、不思議じゃないか。
中身で99割幻滅させる俺みたいなのが、竜神みたいなちゃんとした人を独り占め出来るなんて奇跡が起こる筈ない。
せめて、浮気にぐらい寛大でありたいって思って、考えないようにしてた気がする。
俺一人でありがとうってのも書きたかったな……。
駄目だ、悩むな。もう渡しちゃったんだから諦めよう!
とにかく今日はもう寝よっと。
リモコンで照明を一番小さなのに変えて、ベッドに潜り込んだ。
ピヨピヨピヨピヨ。
毎朝定番の携帯アラームに起こされ、手探りでサイドスイッチを押して止める。
んーあったかいな……布団から出たくないよー!
でもご飯作らなきゃ、ん?
あったかい……?
背中にくっつく体温に一気に意識が覚醒する。
あれ? りゅう?
昨日、俺、自分の部屋で寝たんじゃなかったっけ……?
って、俺の部屋だ!
どうしてここに? 竜神が入ってくるなんて始めて!
ひょっとして、手紙読んで一緒に寝たいって思ってくれたのかな。
こいつも一人じゃ寂しいって思ってくれたのかな。
「ふへへ」
むぎゅ、と竜神の頬を抓ってから肩の所にぎゅって抱き付いて、ベッドから起きた。
いつもよりちょっと豪華な朝ごはんを作っろっと!