バレンタイン(準備中)
バレンタイン前日の日曜日。
今日は美穂子宅でお菓子を作る予定だ!
街で美穂子と合流して材料やラッピング用品を買ってから美穂子の家にお邪魔するのだ。
待ち合わせ時間は12時。一緒にご飯まで食べてたらお菓子作る時間が無くなってしまうので、ご飯は家で食べてから合流することになっている。
竜神はジムだの剣道だので家を留守にすることが多いけど、俺が留守にすることはほとんど無い。
留守にする時は大抵竜神と一緒に家を出る。
一人で留守番の時は寂しくなったら竜神のベッドに潜りこめるから、いつでも竜神の傍にいるような錯覚があった。
だが今日は違う。
珍しく別行動で、竜神成分が不足するせいだからだろうか。『アレ』が食べたくて食べたくて仕方が無くなってしまった。
でもどうやっておねだりすればいいかな??
よし、困った時の味方、ガールズPOPの出番だ!
部屋に入って今月号の~恋愛宣言~ガールズPOPの目次を見る。
やっぱりあった「彼氏におねだりする10の方法」!!
1.お祈りの形に掌を組んで上目遣いで「お願い(ハート)」
2.ソファに座る彼の膝に頭を乗せて見上げながら「お願い(ハート)」
3.背中から抱き付いて行って胸を押し当てて「お願い(ハート)」と耳元で囁く。
4.露出の高い服を着て胸の谷間を見せつけながら「お願い(ハート)」
5……。
5以下はあからさまな18禁なので割愛。
う、うーん……。
2番までなら出来るけど……どっちも恥ずかしいなぁ……。
よし、からめ手なんか捨てて直接おねだりしよう!
ソファに座る竜神に一直線に向かって横に立つものの――。
勇気が出ずに回れ右してしまう。
いや、駄目だ。言うんだ俺!
よし!
覚悟を決めるためその場に正座した。
「どうしたんだ? 後ろ向きに正座なんかして」
竜神が怪訝に尋ねてくる。
よし今だ、言うぞ!
「み――未来ちゃんはお腹がすきました」
「?」
「強志君が作った美味しい目玉焼きが食べたいのです!」
言った! とうとうおねだりしたぞ!
勇気を振り絞ったお願いだったというのに、竜神は噴出して笑った。
「普通に言えよ。目玉焼きぐらいいつでも作ってやるから」
「ほんと!?」
竜神は俺をひょいと抱き上げ、ソファに座らせてからアイランドのキッチンへ入った。
俺もすぐに後ろに続く。
「また、ラピュタパン食べたかったんだー!」
「お前が正座する時は碌なことがねーから警戒しちまっただろ。ハムエッグでもいいか?」
「うん!」
フライパンにハムを敷いてたどたどしい手付きで卵を割る。
卵を焼いてくれてる間に、パンをオーブンレンジに入れた。
「竜神はパン何枚食べる?」
「三枚」
トーストだけじゃ寂しいな。スープでもつくろっと。
たまねぎを薄く薄く切って、ウインナーも切ってお鍋の中で軽く炒めてから水を投入。後はコンソメ入れれば手抜きスープの完成だ。
「オレもお前に頼みたいことがあったんだった。誕生日にスゲー食いたいモンがあるんだよ」
「な、何!? なんでもこい!」
初めての竜神からのおねだりだ!!
軽量カップを落としそうになるぐらいにびっくりしてしまう。
カニ!? エビ!? 肉!?
トリュフでもフォアグラでもキャビアでもいいぞ、貯金崩して買ってくる!
でもどこに売ってるのかな?
高級食材なんて縁遠すぎて売ってる場所さえ知らないや。スーパーには無いよな? デパ地下? 夢屋に売ってるかしら。
どきどきして待つ俺に告げられたメニューは――――。
「ピーマンの肉詰めと、白和えと、豆腐の味噌汁、きゅうりとカブの酢の物」
えー……なんだよそれ……。
あまりにも庶民的過ぎる内容に、がくーっと力が抜けた。
「普通……。普段にだって作れるよ……。誕生日なんて年に一回の特別な日なんだからもっとこう、ご馳走言っていいんだぞ」
俺の誕生日に豪華で美味しいケータリングを用意してくれたんだ。
あのくらいのお返しはしたい。
年に一回のことなのに、いつものご飯だなんて悲しいよ。お金のない俺に気を使ってくれてるのかな……。
「オレにとっちゃご馳走なんだよ。初めて食ったお前の飯なんだから」
「え?」
「初めて二人だけで街に行った日に作ってくれたろ」
初めて二人で――?
そ、そうだ、まだ、早苗ちゃんが竜神を好きだって勘違いしてた頃、デートさせようと思って二人きりで街に行った。
美穂子のバイト先に行って冷泉と会った日。
あの日、竜神にご飯作った――――た、確かに作った、ピーマンの肉詰め!
「良く覚えてたな……!」
「忘れられねーよ。美味すぎて驚いたからな。また作ってくれよ」
「――う、うん!」
うわああ初めて作ったご飯なんて俺でさえ何作ったか忘れてたのに、覚えててくれたなんてすごい嬉しいよおお!
「腕によりをかけてすっごく美味しいの作る! 覚えててくれてありがとう、嬉しいよ!」
「楽しみにしてる。お前だって覚えててくれたじゃねーか。オレが初めて作った飯」
「え?」
「黒焦げ目玉焼き」
――!
「そ、そっか。そだった」
「ありがとうな」
「う……ん……。」
こんがり焼いたパンにハムエッグを乗せる。
竜神が焼いたハムエッグは、かりっと香ばしくて美味しかった。
お昼前に竜神と一緒に家を出た。
俺は美穂子と会うために。竜神は中学校時代の友達の家に行くそうで、街までは一緒に向かうのだ。
「あ、竜神君、未来ー」
「美穂子」
約束の時間より五分早かったのに、美穂子はすでに待ち合わせ場所で待っててくれた。
「未来を頼むな、美穂子。何かあったら連絡してくれ」
「うん。任せて」
駅を出て竜神と別れる。
まずはお菓子の材料とラッピング用品を購入しなければ。
最初に行ったのは百均だ。
バレンタイン前だけあって、店頭には、ドバーンとバレンタインフェアのPOPが掲げられていた。
色とりどりのラッピング用品とチョコレート、クッキーやケーキの型まである。
ここでの目当てはラッピング用品である。
箱……包装紙……あるけど、うーん…………。
「どう? いいのある?」
「……ちょっとイマイチかも……」
インパクトが足りないというか……。
俺が目指すのはとにかく!可愛い!バレンタインチョコだ。
中身がいくら可愛くっても、ラッピングがおざなりだったら本末転倒だよな。
どうせなら徹底的にこだわりたい。
「そう……。じゃあ、違うお店に行こう! おいで」
美穂子に手を引かれて連れて行かれたお店は手芸店だった。
俺にはまったく縁遠いパステルカラーの空間に、色とりどりのラッピング用品が並べられてた。
「わ、いいの一杯あるなー!」
「百円均一よりは割高になっちゃうけどね。こういうの見てるだけでも楽しいね」
「うん!」
ところで……。
ほんとに結構たっかいぞー!
箱、ラッピング用の紙、詰め物やメッセージカード、リボンまで入ったセットがあるけど1セット500円!!
竜神、美穂子、百合、達樹、浅見、岩元、浦田、柳瀬。それから新しい父さんと、竜神のお父さん、お母さん、お爺さん、お婆さん、花ちゃん。
少なくとも14人分は必要だ。
ラ、ラッピングだけで破産してしまう……。
見栄えのいいセットは諦めてシンプルなラッピングを目指そう。
悩みに悩んで、カップ状のクリーンケースに決定した。
20個入りなのに全部イラストが違うのがいい。
スマイルマーク、動物のイラスト、リボン、星、などなど。
たった一つのハートマークを渡すのは――悩む必要もなく竜神で決定だ。
美穂子が買ったのはケーキ用のハート型の器だった。それと布製の手触りのいい袋。
俺は予算オーバーしそうだったので袋は無しでケースをくるっと巻くリボンで我慢だなー。貧乏が憎い。
それから文房具店でメッセージカードとレターセット、製菓の専門店で材料を購入して(こっちは覚悟してたより安かった!)美穂子宅へお邪魔する。
バスに20分ほど揺られて到着した美穂子の家は、洋風で白い壁が美しい一軒屋だった。
背の低い塀と丁寧に刈り込まれた木で囲まれた庭には家庭菜園や季節の花が咲く花壇がある。美穂子のイメージそのままの可愛らしい家だ。
「ただいまー。さ、どうぞ、未来」
「お、お邪魔します!!」
コチ、と緊張して挨拶してから、スリッパに履き変え、靴を揃えて立ち上がる。と。
「お帰り、美穂子。初めまして未来ちゃん。美穂子の母です」
チョコレートみたいなドアが開いて、白のセーターを着た優しそうな女の人が出てきた。
お、お母さん……!?
若い、若いぞ! しかも綺麗だ。美穂子そっくり!
竜神のお母さんといい、なぜ他所の家のお母さんはみんな綺麗なんだ!? うちなんか典型的なオデブババアなのに!
「は、はじめまして、日向未来です、美穂子さんにはいつもお世話にナッテマス」
コチ、となったまま頭を下げる俺に、お母さんも深々と頭を下げてくれる。
「いいえ、こちらこそ。ほら、穂波もご挨拶しなさい」
ほなみ?
開いたままだったドアから小さな足跡がして、お母さんの後ろで止まった。
そういえば、前、美穂子が言ってたっけ。
俺みたいに思い込みで失敗する妹が居るって。
「はじめまして、ほなみです……」
お母さんのスカートの後ろから、ピンクのほっぺたで、ふわふわ髪を肩まで伸ばした女の子が現れた。
美穂子に良く似た下がった目尻をにこーって細めて満面の笑顔を向けてくれる。
うわー可愛いなあああ!
穂波ちゃんはすぐにお母さんの後ろに隠れてしまった。
「こら、隠れない」
お母さんが前に出そうとするものの、穂波ちゃんは笑い声を残して部屋の中に入っていく。
「あれ? お父さんは?」
「それがね、急に部長さんから呼び出されて出勤しちゃったの。未来ちゃんに会えるって朝から張り切ってたのにね」
お母さんが楽しそうに笑う。美穂子もふふ、と笑って俺の肩に優しく手を添えた。
「うちのお父さんね、未来が来るからって一番良いスーツに着替えて待ってたんだよ」
「わたしが居るのに未来ちゃんに浮気しようとしたから罰が当たったのよ、きっと」
ふあー……。
なんだか、夢を見てるみたいなふわふわした気分で美穂子に連れられて突き当たりの部屋に入る。そこはダイニングキッチンになっていた。
「美穂子の家族って……優しいな……」
可愛い妹とお母さん。あんなお母さんと結婚したぐらいだから、お父さんも多分優しくていつもニコニコしてるんだろう。
美穂子が良い子な理由が判った気がする。
こんな優しい家庭で育ったら、人を憎んだり恨んだりする気持ちなんて育たなさそうだもん。
「!!!!!」
キッチンの椅子の上にバッグを置かせて貰って荷物を出していたら、視界の端に恐ろしいものが移った。
どっと冷や汗を浮かべながら、恐る恐る振り返る。
俺の腰の高さほどのキャビネットに、ずらっと並べられた目玉のお化け『メダ君』――その数、大よそ五十体!!
その全部が、体を斜めに伸ばして腕を高く上げ、頭上で掌を合わせていた。
「…………!」
俺も恐る恐るそのポーズを取る。
「何してるの? 未来」
「なな、仲間だと思ってもらえるよう、メダ君と同じポーズを」
「そう……」
美穂子は重たく呟いて、続けた。
「メダ君のそのポーズはね……『お前をバラバラにして食ってやる』という戦闘合図のポーズなの……」
!!!!
お菓子の材料もラッピングも自分のバッグも何もかも捨てて体一つで逃げ出そうとした俺を、美穂子が首根っこ引っ張って止める。
「冗・談・だよー♪ さ、早くつくろ」
「うそつけー! バラバラにしてメダ君達の生贄にするつもりだろーいやだ、食べられたく無いー!」
「はいはい。ほら、早く作らないとバレンタインに間に合わなくなるよ。竜神君にもあげるんでしょー?」
軽くあしらわれて道具を握らされ、震える手でお菓子作りを始めたのだった……。
俺がバレンタインの可愛いお菓子に選んだのは、ハート型マカロンだ。ピンクのハートとチョコ色のハート。それと、白でクママカロンを作る。
クッキーさえ焼いた事ないのに無謀な挑戦かもしれないけど……上手くできればいいな……。
――――
結果から言いますと……。
美穂子のスパルタ指導を受けつつ作ったお菓子は、予想以上に可愛い出来となりました!
「わー! 見て、見て、美穂子! ハートになったよ! 想像してたよりピンクが綺麗! うやー」
「ほんと! 綺麗にできたね、美味しそう……!」
お菓子作りって意外と楽しいかも……!!!
焼きあがったのを見た瞬間の喜びが料理とはまた違った感動だよ!
なんであの生地がこうなるんだろ!
クママカロンにはデコレーション用チョコで細心の注意を払いながら目と鼻、口を書く。
「…………!!!」
初心者の俺が作ったとは思えない勢いの可愛いクマが大量に作れてしまった……。
おおおおおお菓子作りって楽しい……!
皆喜んでくれるかな?
可愛いって言ってくれるかな?
いや、待て、その前に味見だ!
見た目がどれだけ可愛くても、味が駄目なら全部台無しだよ。
「美穂子さん!!」
「はい?」
がばっと美穂子の肩を掴んだ俺に、美穂子が不思議そうに返事をする。
「は、初めて作ったお菓子なので覚束ない点もあるかと思います。ですが、一年に一度のバレンタインなので少しでも美味しいお菓子を作りたいのです。良かったら味見して感想をお聞かせください」
「味見していいの!!??」
壇上に立つ校長先生ばりにつらつらと演説をした俺に、美穂子は楽しそうな笑顔で詰め寄ってきた。
「はい、お願いします。私も食べますから!」
二人揃って、ピンクハートのマカロンを手にする。
そして、口に入れて――――。
さく。
!
外側ふわふわ、中はしっとり、柔らかな甘味と苺の甘酸っぱさが舌を包んで口解けも程よくて――――。
続いてチョコ味マカロンを食べる。それから、クマのマカロンも。
どれも予想以上にさくさくふあふあしっとり、濃厚な味わいで美味しい……!!??
「どうでしょうか先生!?」
予想以上の出来に、舌に残る余韻も冷めないうちに美穂子に詰め寄ってしまった。
「美味しいよ! 大成功だね未来……! これなら皆喜んでくれるよ免許皆伝だよ!」
おおおお! 一気に免許皆伝をいただけるとは!
出来上がったマカロンをそっとカップにいれてラッピングしていく。
シンプルな透明の容器なんだけど、重なったハートとクマのマカロンが一目で楽しめて、リボンまでかけるとほんとにほんとに可愛くて大満足だ!
俺が夢見たバレンタインのプレゼントが完成だ……!!!!
皆も可愛いって言ってくれるかな!?
「わー、いい感じにできたねー! これなら充分売れるよ! 一つ千円でも飛ぶように売れるよ!」
千円は無理です。
でも。
喜んでくれる美穂子に、ラッピングまで完成したカップを四つ、差し出す。
「――?」
「これ、美穂子のご家族に! 穂波ちゃんと、お母さんとお父さんと、それと、大学生のお姉さんも居るって前に言ってたよな? 良かったら食べてください」
「――い、いいの!?」
「うん。台所使わせてもらった御礼」
「私の分は?」
「バレンタインまでお預けです」
「えー」
美穂子のはメッセージカードも付けたいからな。今日おいそれと渡すわけにはいかないのだ。
「美穂子、未来ちゃん……」
キッチンのドアを少しだけ開いて、美穂子のお母さんが顔を覗かせた。
「どうしたの? お母さん」
「未来ちゃんのお話が聞こえたんだけど……お母さん達にもお菓子をいただけるのかしら?」
お母さんの後ろから穂波ちゃんが顔を覗かせ、「かしら?」と繰り返す。
「お、お母さん! 穂波! もう、立ち聞きしてたんでしょ! 恥ずかしいから止めてよ!」
「いい匂いがしてたから我慢できなかったの。ごめんなさいね」
微笑んで謝るお母さんと穂波ちゃんに「よ、ヨカッタラ、どうぞ」とまたもぎくしゃくしつつカップを差し出した。
二人とも、喜んでくれて、美味しいって言ってくれて、なんだかほんとのお母さんと妹に褒められたみたいで嬉しかったのだった!