恋は盲目
「未来ってさー、身長高く見えるのに傍で見たら結構チビだよねー」
放課後。
竜神が担任に呼び出されてしまった。
ぼーっと座ってるのも暇だったから教室後ろの自分のロッカーを片付けてたら、我がクラスのギャル軍団の一人、篠原さんにいきなりそう切り出された。
「身長高く見える!? 170!? 175!?」
高く見えるなんて言われたの初めてだ! 超嬉しい!
思わずキラキラしながら詰め寄ってしまう。
「ねーわ。ってか170は厚かましすぎ。160も無いチビチビオチビのくせ」
呆れた顔で篠原さんが机に肱を付く。
「ち、チビチビは言いすぎだと思います。155あります。平均アリマス」
「高校一年生女子の平均は158~」
「え」
隣の机の上に座ってた風香さんから緩く指摘されて落ち込む。平均無かったのか俺……。言われてみれば身長順で前から四番目だもんな。冷静に考えたら全然平均じゃないか。
「未来って全体的に細いしちょー小顔じゃん。頭身高いから身長高く見えるんだよね。あたしたちとは骨格から人種が違うって感じ」
「足も長いし羨ましいなー」
「わかる」
浦田が話に割り込んできた。
「こないだ未来達とプリ撮ったの。隠しフレーム出せてテンション上がってたのに、出来上がったプリ見て『アタシ顔でか!』って絶望したもん。美穂子も百合も小顔だから超キッツイ。速攻で封印した」
「百合と美穂子と未来とプリ撮ったの? うっわ、勇者すぎ」
「見せてー」
「絶対嫌!! もう二度と見たくないもん」
からかうように差し出された風香さんの手を浦田が押し返す。
浦田とプリ撮ったのはスイーツビュッフェに行った時だ。女の子だけで撮ったのなんか生まれて始めてだったから、実はこっそり待ち受けにしてる。
あのプリ綺麗に撮れてたのに二度と見たくないだなんて悲しいぞ。浦田は充分可愛いのに。
「何言ってんだよ。浦田だって、か」
あれ?
「?」
中途半端に言葉を切った俺に浦田が不思議そうに瞼をぱちっとさせる。
「――か、かわいいよ」
どうにか声を搾り出したものの、声は聞き取れないぐらい小声で、自分でもわかるぐらいにカアアアって顔が赤くなった。
「……なんで照れるの? アタシのこと好きなの?」
「ちが、その、お、女の子に可愛いって言うの恥ずかしくて……!」
「…………」
化粧ばっちりの派手なギャル軍団が沈黙してから溜息を付いた。
「そんなんだから日向って憎めないんだよね」
「え!? 憎めないってなんだよ! 憎みたかったの!?」
「あったりまえじゃん。竜神君とか浅見君とか達樹君はべらしてる上、先輩達からも後輩からも告られ捲くってるなんて、普通の女だったらアタシにシャープペンの先で手の甲をぐりぐりされても文句言えないよ」
「そんなことされたら文句言うよ! 怖いこというな、想像するだけで痛いだろー!」
「だからやんないって」
手の甲を押さえて一歩後ずさってしまう。
「その喋り方も憎めない。もし、あんたが、「想像するだけで痛いもん!」なんてぶりっ子してたら容赦なくタイキックするのに」
痛いもん! ってぶりっ子なの? ハードル低くない?
やばい、俺、タイキックされる気しかしない。
ギャル軍団とはあんま話さないようにしとこ。
こそっと逃げ出した途端、「未来!」って呼ばれて派手にびくついてしまった。
でも声が聞きなれた優しい声だったので安心する。美穂子だった。
「よかったーまだ残ってた。バレンタインのお菓子のこと話したかったんだ。ちょっといいかな?」
美穂子が席に座ったんで、俺はその前の浅見の席に座らせてもらう。
俺、料理作るのは好きなんだけどお菓子は一度も作ったことない。だから、お菓子作りの経験者である美穂子に作り方を教えて欲しいとお願いしていたのだ。
美穂子が机に身を乗り出した。
「それじゃ、まず最初に……未来はどんなお菓子が作りたい?」
具体的に何を作りたいかって希望は無い。……でも、一つだけ、目標があった。
「すっごーく可愛いのがいい!」
ついつい力を込めて返事してしまう。
俺が作りたいのは、とにかく、可愛い、可愛い、かっわいいチョコレートのお菓子だ!
生前に一度も貰えなかった憧れのバレンタイン手作りチョコ。
良太に見せびらかされた恨みを払拭できるような、ほんっとに可愛いチョコレートが作りたい!
貰えなかったから、可愛いチョコを作ることで恨みを払拭するなんて意味不明だけど、いいのです。江戸のカタキを長崎で討つのです。
「では、そんな未来ちゃんにこれを進呈しよう」
美穂子が机から本を取り出した。
手作りお菓子の雑誌だ。表紙にはでかでかと「バレンタイン特集」って書かれてる。
「作りたいお菓子を選んでね」
「うん!」
ページを傷つけないようにそっと捲っていく。
バレンタインのお菓子って、チョコレートを溶かして固めたモノってイメージしかなかったのに、めちゃくちゃ種類あるんだな。
生チョコ、トリュフ、チョコチップクッキー、カップケーキ……。
ブラウニー美味しそうー! でも俺みたいな素人が作ったらパサパサになっちゃうかも。
口の中で蕩けるガトーショコラ!? 作るよりも食べたいぞ。マドレーヌも美味しそう。
ショコラモンブラン……だと……! ただのモンブランだけでも美味しいのに更にチョコレートがプラスされるなんて贅沢だー。これにしちゃおうかな? あ、駄目だ。知らない材料と機材が多すぎる。作るなんて無理無理。
クッキーがいいかな? ハートのクッキー可愛い。あ、この、チョコをロリポップにしたのすげー可愛いぞ!
嗚呼……どれもこれも美味しそうだな……。お菓子の雑誌って見てるだけでも幸せだ……。
ぺら、とページをめくった途端、俺の体に電流が走った。
「いいのがあった?」
様子の変わった俺を察したのだろう。
美穂子が雑誌を覗きこんだ。そして、ふふって笑う。
「これなら未来の希望通りだね。可愛いし、初心者でも作りやすそうだしいいんじゃないかな?」
「そうなの!? じゃあ、これにする!」
「私の教え方はスパルタだから覚悟しておきなさい」
「はい、先生。よろしくお願いします。すっごくすっごく可愛いのが作りたいです!」
あと。
チョコだけじゃなくて手紙を書こうっと。
美穂子にも、百合にも、浅見にも、達樹にも。そして、竜神にも。
一年間、一緒に居てくれて、助けてくれた感謝の気持ちを一杯込めて!
「失礼します」
からりとドアが開いて、礼儀正しく一礼してショートボブの女の子が入ってきた。
花ちゃんだ。
残ってる生徒達に会釈しながら真っ直ぐに俺たちに向かってきた。
「未来さん、美穂子さん、ウチのバカ兄貴どこに行きました? 連絡繋がらなくて……」
掌を立てて、ウチのバカ兄貴の所だけ超小声で聞いてくる。
相変わらず、竜神の妹だって周りに知られたくないようだ。
「竜神なら担任に呼び出されて職員室に行ったよ。……花ちゃん、どうしてそこまで竜神のこと嫌がるの? もしわたしに竜神みたいな兄ちゃんがいたら自慢するのに」
「は?」
花ちゃんが物凄く呆気に取られた声を上げた。
「だから、竜神ってかっこいいし良い奴だから――――」
「かっこ……いい?」
花ちゃんはきつく目を閉じて眉間に皺を寄せ、顎に手をやって唸ってから、意を決したように顔を上げた。
「未来さん、これ、指、何本立ってる?」
俺から机三つ分ほど離れて、指を二本立てる。
「二本」
今度は教卓前まで離れる。
「これは?」
「四本」
それから花ちゃんは猛ダッシュで教室を抜けて、グラウンドを駆けて、校門前まで行って両手の指を立てた。
「合計ななほーん!!」
窓をガラッと開けて叫ぶ。
この学校、教室に設置されてるのはクーラーだけで暖房無しだから教室の中も結構寒い。
それでも外の寒さに、一気に顔が冷たくなった。
息せき切らして花ちゃんが戻ってくる。
「一体何だったんだ?」
試されなくても、俺は視力だけは良いから結構遠くまで見えるんだぞ。
「だってお兄ちゃんがかっこいいなんて言うから! 未来さんの目か頭がおかしいとしか思えないじゃない! ちゃんと見えてるなんて……! 目がおかしくないなら未来さんの頭がおかしいんだどうしよう……!!」
「おかしくないよ! 竜神かっこいいだろ」
「別にそこまで不細工だって思ってるわけじゃないけど、未来さん達って浅見先輩とも一緒に居るよね。浅見先輩、凄い綺麗でカッコいいから、あの人と比べたらお兄ちゃんなんて指名手配犯か服役囚じゃない。しかも傷害事件、殺人、暴力団対策法違反系凶悪犯の怖い顔。かっこいいっていえるなんて絶対変」
「竜神のどこが怖いんだよ。あいつが怖いならリラックマだってキラーマシンだ!」
「意味わかんない」
「竜神のことを怖がる人間は、リラックマを見てもキラーマシンに見えると言う画期的な比喩表現だ」
「とりあえずリラックマに謝って」
「ごめんなさいリラックマさん。リラックマのヒヨコは素敵なバカ面だと思います」
「素直でよろしい」
花ちゃんに真顔で詰め寄られて、恐怖のあまりすかさず謝ってしまう。
「花ちゃん、恋は盲目って言うでしょ。人を好きになったら、誰々よりかっこいいーなんて意味がないんだよ」
美穂子が俺にフォローをくれた。
花ちゃんは激しく息を呑んで、口元を掌で覆って二三歩よろけた。
「こんなに盲目になっちゃうなんて恋って怖い……! 未来さん、目に変なフィルター入っちゃって、お兄ちゃんが少女漫画のキラキラ男みたいに見えてるんだ……! ある朝突然未来さんのフィルターが無くなったらどうしよう……。現実世界のお兄ちゃんなんて凶悪犯だよ、一気に幻滅して別れ話に発展しちゃいそう……!」
発展なんかするはずないだろ! 第一俺の目にフィルターなんてありませんから。
「何しに来たんだお前」
ようやく戻ってきた竜神が大股に歩きながら花ちゃんに質問した。
「お兄ちゃん、大変だよ! 未来さんってお兄ちゃんが少女漫画に出てくるような線が細くて華奢なキラキライケメン男子に見えてるんだって! 目にフィルターが五十枚ぐらい入ってるんだよ! フィルター無くなったらどうすんの!? 現実のヤクザとのギャップに一気に幻滅されるよ!!」
「まじか。そんなふうに見えてたのか」
竜神が本気で驚いた顔して、「これ何本だ」と指を立てた。
さすが兄妹。発想が同じだ。
「キラキラには見えてないよ! フィルターもないから」
「ねー、その子って強志の妹ちゃんなの? 可愛いねー」
ギャル軍団に問いかけられて、花ちゃんがヒィ! と肩を揺らした。
そして完全無実な竜神を鬼のような形相で睨んでから、にっこり笑顔で声を掛けてきたギャル軍団を振り返った。
「始めまして、竜神花と申します。兄がいつもお世話になっています」
「こっちおいでよ。お姉さん達とちょっと話そ」
「黒髪キレー。強志と全然似て無いね」
「何年生? 中二? 彼氏居る?」
完全アウェイの花ちゃん相手に尋問のようなマシンガントークが降り注ぐ。
「さ、帰るぞ」
「え、あ、うん」
「竜神君、花ちゃんを置いて行っていいの?」
「あぁ。気にすんな」
花ちゃんが拘束されている間に、俺たちはさっさと教室を出たのだった。