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モブ君(ある朝突然)絶世の美少女になる  作者: イヌスキ
十二章 ようやく三学期
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学校の七不思議(女子トイレの壁に浮かぶ女の顔と怨念)

「なー、竜神、渡瀬さんからメイド喫茶のバイトに誘われたんだけど」

 ぬっと現れた大きな影に、喜び勇んで駆け寄りながら切り出すと。


「却下」


 にべもなく切り捨てられてしまった。


 漫画的に表現するならば、コマが「却下」のフキダシだけで埋まった。

 俺の頭の上にフキダシがずしりと乗っかった。

 それぐらいの大迫力の「却下」だ。


 えと……。


「却下」

 竜神が繰り返す。

「却下だ」

 続いて、椅子に座った百合が切り捨て、

「却下だね」

 重箱を机に並べていた美穂子が続けて、


「だから言ったっしょ」

 達樹が呆れたように締めくくる。


 唯一反対しなかった浅見はメイド喫茶が何のことだかわからないようで、「メイド イン 喫茶?」と原産地表記に変えて不思議そうに首を捻ってる。

 とりあえず浅見は置いておこう。


 よし、ここで美羽ちゃんから授かった話術の出番だ。


「だけど時給が1500円なんだぞ! コンビニだと二時間のところ一時間で稼げちゃうから働く時間が半分でいいのだ」

 バーンと宣言したのだが竜神の返事は変わらなかった。


「いくらいるんだ? 時給1500円ならオレが働いたが早いだろ。日給一万のトコあるし」

「え!? 高校生なのに一万? どんなヤベーバイトなんスかそれ」

 話が変な方向に飛んで硬直する俺を他所に、達樹が食いついていった。


「普通に引越しとかガテン系だよ」

「マジすか、どこですか? おれにも紹介してください!」

「16歳以上じゃないと働けねーぞ。お前まだ15だろ」

「誕生日が五月なんス。おれもバイクの免許欲しいからバイトしたくて」


「二人ともストップ! いくらなんでも病みあがりの竜神に面倒掛けたくないよ。ただでさえ色々助けてもらってるのに金銭面まで甘えたくない」

 だいたい、バイトの目標が『竜神の誕生日プレゼントのため』なのに竜神を働かせたら本末転倒すぎる。


 竜神はちょっと困ってから続けた。

「……お前の気持ちを尊重したいけど、お前が働きに出て、オレが家で晩飯作って帰りを待ってるより、オレが外で働いて、お前が晩飯作って待ってくれてるほうが生活に張り合いあるんだよ」

「晩御飯はバイトから帰ってきてから作るし、家事も手を抜かないから大丈夫だよ」

「そんなわけいくか」


「あのー」


 今度は達樹が話に割り込んでくる。


「すっげー今更で聞くのもなんかバカバカしいんですけど、あんたら同居してるんスか?」

「……」「……」


 あれ?


「言ってなかったっけ?」

「聞いてねーよ。まぁ、ほんと、今更なんですけどねー。未来先輩と竜神先輩、病院でもずっと一緒でしたし」


「百合が知ってたから当然知ってるとばかり勘違いしてた……」

 盗聴器の発見騒ぎの時、教えてないのに百合が家に来たから皆知っているもんだとばかり思ってたよ。


「私が知ったのはお前に発信機をつけていたからだ。友人のプライバシー情報をあちこちに漏らすほど道徳心を失ってはいないぞ」

 長い黒髪をかき上げて、ふ、と笑う百合を竜神が睨んだ。

「友人に発信機を付ける時点で道徳心なんかゼロ以下だろ」

「盗聴、盗撮には手を出してないのだから褒めろ」

「言っとくけど、全部違法だからな」


 達樹が行儀悪くバカ面ハスキー犬の箸を噛んで唸るような声を出す。

「ほんと、竜神先輩ばっかズリーっすよ……。未来先輩と暮らしてるなんて超羨ましいです」

「ずるいって何だよ。竜神は嫌がってたのに、無理言って一緒に住んでもらってんだぞ」

「嫌がってたならおれが住みたいっすー! 先輩と生活してみたい!」

「お前は無理。なにするかわかんないからな」


 俺もバカ面ヒヨコのご飯を用意して、挨拶をして食べ始める。

 ふふふ。今日は竜神が作ってくれたハートだから嬉しいぞ!


 なに食べようかなー。あ、美穂子、真ん中にチーズの入ったチキンカツ作ってきてくれてる。一個貰い。

 うわあナポリタンも作ってきてくれてるー。これは取られる前に取っておかなければ。それとりゅうが焼いてくれたウインナーと味付けしてくれた卵焼き!


「………………」


「百合? 食べないの?」

 皆、次々に取り皿におかずを乗せる中、百合だけが黒猫のタッパを開いた体勢のまま、中央に鎮座するハート――竜神が描いたハートを睨んでいた。


「……禍々しい気配がする。竜神、お前のと交換しろ」

 百合が斜め前の席に座る竜神のご飯に腕を伸ばした。

「嫌だ」

「いいから変えろ」

「お前のとオレのじゃ飯の量が違うだろ」

 竜神の言う通り、百合のご飯と竜神のご飯は2倍ほども量が違う。

「どうしたの百合ちゃん? それ、嫌なの? じゃあ私のと変える? ご飯同じぐらいだし」

 美穂子が不思議そうに蓋を取ったタッパを差し出した。


 百合はハートをじとーっと睨んでから、「頼む」と交換して大人しく食べ始めた。

 ちなみに、美穂子のハートは俺が作ったハートである。

 凄いぞ百合。これはもう女の勘じゃない。野生の勘だ!


――――


 今日のご飯も美味しかったなー。

 母ちゃんが出て行ってからというもの、人の手作りご飯を食べる機会が少なくなった。それがかなり寂しかったから、毎日食べられる美穂子の料理についついテンションが上がってしまう。

 今日のお弁当は何かなー?ってドキドキできるのって幸せだ。美穂子も俺が作ってくる弁当をそんな風に思ってくれてたら嬉しいな。


 達樹が洗ってくれたお弁当箱をバックに詰め、昼休み終了十分前に教室に戻る。

 あ、トイレいこーっと。

 一人でふらりと教室を出て、上がったテンションのまま下手糞なスキップでトイレに向かう。

 昔は体育館裏のトイレまでダッシュだったのが嘘みたいだ。

 この季節、あそこまで行かされてたら確実に凍死してたな。体育の着替えもだけど、女子が俺のこと仲間に入れてくれてほんとに助かったよ。ありがたいなー……、あ、れ?


 トイレに入ると、十人ほどの女子が固まってざわめいていた。全員、窓際の壁を向いている。


「浦田、何かあったの?」


 見知った背中を見つけて声を掛ける。

「ミキクマー!」

 涙目の浦田が振り向きさまに、俺の肩をガシッと掴んだ。

「未来熊!?」

「熊耳が生えてるんだもん、だからミキクマ」

 五センチほど高い位置から見下ろされ頭をぺしぺしされる。やめろ、縮んだらどうしてくれんだ。


「未来熊、この学校の七不思議知ってる?」

「その呼び方やめろ。そして七不思議なんて知るはずがないでしょう。ゆ、幽霊なんかこの世にいるわけないし興味ないし。小学生じゃあるまいし」


「未来、平気なの!? すごい、さっすが元男の子! 今はそれだけちっちゃくて可愛いのに、やっぱり中身は強いんだね、頼りになる!」

 柳瀬さんががばりと振り向いた。

 !!?

 しまったぞ。なんか、流れが変じゃない? 頼りになるってなんだ?

 正直に言うと、俺は「世にも奇妙な物語」のBGMで泣けるぐらいにビビリだ。タモリさんの話し方が怖すぎて笑っていいともがトラウマになった。

 頼りにされると困ってしまうのですが。


「この学校、歴史が百年以上あるでしょ? だから普通の学校より七不思議の怨念が強いんだって」


 柳瀬さんが沈んだ声で話しはじめる。

 ひゃめてえええええ!!! もうそれだけで泣きそうになってしまうのだが必死に堪えてガクガクと頷いた。

 その場に居た女の子達が口々に話し出す。


「古い歴史のせいで怨念が集まりすぎて、一つの不思議に関わる霊の数が尋常じゃなく多くなってるそうなの」


「七不思議の一つにね、『壁に浮かぶ三人の女子生徒の顔の話』があるの。

 成仏できない女子生徒の怨念なんだけど、そもそもの始まりは五十年前に教師に襲われて妊娠して自殺した子だった。

 この子は自殺した後、悪霊になって教師を祟り殺したの。

 でも、教師を殺しても成仏はできなかった」


「それから何年か後に、また屋上から飛び降り自殺があったわ。今度はイジメを苦にした自殺だったそうよ。そして、三人目が自殺したのはその子が死んだ次の年。

 授業中に突然大声で叫び出して、屋上から飛び降りたんだって。

 受験ノイローゼって言われてるけど、原因は不明。最期に残した悲鳴は恐怖と絶望に満ちた悲鳴だったそうよ。偶然かもしれないけど、その子が死んだ日は、いじめを苦にして自殺した子と同じ日だったの……」

 

「二人だけじゃないよ。噂では、五十年前に死んだ子も同じ日に飛び降り自殺してたんだって。だから、いじめで死んだ子も、ノイローゼの子も、五十年前に死んだ女の子に取り込まれちゃったんだよ!

 未来、死んだ子達、どうなったと思う?」


 わわわわ、わか、わかりません。

 ブンブンブンと首を振る。


「全員成仏なんかできなくて、屋上の壁にね、三人の顔が染みのように浮かび上がってきちゃったんだって……」


 ――――。


「最初はね。屋上に続くドアの壁に浮かんでたんだよ。それがね、ゆっくり、ゆっくり、生徒の多いクラスに近づいて来てるらしいの。屋上から五階の理科準備室に移動して、それから、いつの間にか四階の視聴覚室に移動してて」


「そして、とうとう、ここで――――」


 浦田が後ろを振り返った。


 トイレの窓の下。


 この校舎の歴史を象徴するかのように薄汚れた壁に、寄り添うように、いや、同じ苦しみから逃れるのを許さないとでも言うかのように身を寄せた、恐怖に歪んだ三人の女の顔が浮かび上がっていた。


「――――――うやあああああああ――――――!」

「きゃあああ!?!?」「うわああああ!?」「なになになにいいい!?」


 俺の悲鳴に、一斉にその場の女子が悲鳴を上げてトイレから逃げ出し、教室へと走りこんだ。



「りゅうううう!」


「うわ、どうしたんだよ」

 悠長に椅子に座り、ジャンプを読んでいた竜神に走った勢いのまま体当たりする。


「もー! バカクマミキ――――!! 超びっくりした心臓出たー!」

「おしっこ漏らすかと思ったじゃない!! このビビリ、根性無し!」

「バカバカバカー!」

「ごめんー!」

 続いて教室になだれ込んできた女子が、俺の背中や頭をぺしぺし叩いてくる。


「一体何があったんだ?」


「女子トイレに七不思議の幽霊が出たの! 何とかしてよ強志!」

 渡瀬さんが竜神を掴む。

「なんでオレに言うんだよ」

「だって女子トイレだもん! 使用中止にはできないでしょ。強志って、性欲(?)っていうかエロパワー無さそうだから安心だし!!」

 竜神を掴んだまま渡瀬さんは叫んだ。

「あ? オレ、すげーエロパワーあるぞ。我慢してるだけで」

「それは嘘だろ! 竜神にエロパワーあるならとっくに100回ぐらい襲われてるぞ!」

 俺は思わずフォローにならないフォローをしてしまう。


「そ、そんなに?」

 周りの女子が驚いた。

「だって冗談でくっついていっても逆に押し返されたし、襲っていいぞって言ったら怒られたし」


 ものすごーく小声で説明する俺に、女子半分がうわぁ……って半笑いになって残りの半分がおおおって歓声を上げる。


「何で半笑いなんだよ歓声上げるんだよ! 体に慣れて無かった上、辻と色々あったりしたんだからしょうがないだろー! それよりお化け!」

「いやー、あんたたちのコイバナって超たのしー」

「もっと聞きたいー!」

 ななななんだそれ!

 完全に話が明後日の方向に行ってるぞ。コイバナしてる場合じゃないだろー!!っていうか俺コイバナってほんと無理だからあああ!


「だからオレは我慢してるだけだって。エロパワー無いのがいいならオレじゃなく浅見にしとけよ」


「えええええ!!??」

 まさか自分に矛先が向いてくるとは予想もしてなかったようで、浅見が悲鳴を上げた。


「それいい! 浅見、お願い!」

「ほんとお願いだから! このままじゃ怖くてトイレ使えないよー」

「無理無理無理絶対無理だよ、竜神君!!」

 女子に詰め寄られた浅見が珍しく半切れで竜神に食って掛かるが竜神はジャンプから顔を上げもしてない。


「ぼ――僕より達樹君の方がいいよ。色々知ってるし」

「じじじ冗談じゃねーっすよ! 女子トイレに入れんのは嬉しいっスけどおれ幽霊なんて超怖いっスもん!」


 収拾付かなくなってきた騒ぎの中に、救世主が降り立った。


「一体なんの騒ぎだ」


「百合!」

「百合ー!!」

「花沢さんー」


 百合だ!!


「女子トイレに幽霊が出たんだよ学校の七不思議の幽霊! 除霊して……!!」


「幽霊?」


「壁に人の顔の染みが浮かび上がってきたの! 今にもすすり泣き始めそうな女の子の顔が三つも……! このままじゃこの教室まできちゃうかもしれないんだよ。助けて百合!」

 ショートカットの髪を揺らして山崎さんが懇願する。

「壁に? 染み?」

「そうなの!」


 百合はふむ、と顎に親指をやってから「なら、私が対処しよう」と答えた。


「除霊できるの!?」

 百合のブレザーを掴んで身を乗り出してしまう。


「除霊は出来ないが……、昔、仕事で高名な住職と話す機会があってな。当座の対処法をいろいろと学んだんだ」


「さすが百合……、さすが日本探偵事務所の社長令嬢、凄い!」

 女子一同からおおおおお!と歓声が上がる。

 百合は俺たちを教室で待たせて、一人廊下へと出て行った。

 不安で待つ俺たちの前に百合が戻ってきたのは、授業開始の三分前だ。

 百合はミネラルウォーターのペットボトルを手にしていた。


「百合、どこ行ってたの」

「鎮魂用の水を用意にな。この程度しか準備できなかったが、まぁ、大丈夫だろう」

 鎮魂の水!? 塩水なのかな?

 ペットボトルは底の方に少しだけ水が入っていた。


 怖かったけど、俺も女子トイレに付いていく。中まで入ることはできなくて、他の女子達と一緒にドアの前で百合の行動を見守った。

 百合は壁に向かって水を掛け、お祈りしてから、全ての窓を全開にした。

 対処はあっという間に終わった。


「よし、これでしばらくは大丈夫だ。また浮かび上がってくることがあれば教師に相談してお祓い師でも呼んでもらえ」


「そう……なの?」


 いくらなんでも終わるのが早過ぎる。百合に相談してから除霊の水を用意して除霊するまで5分と掛からなかった。

 俺たちは疑心暗鬼で教室に戻って、五時間目の授業を受けた。


 そして、次の休憩時間に恐る恐る見に行ったトイレには――――。


「――――!!?」

「なんで、凄い、消えてる!」

「どうして、」


 三つ寄り添ってたはずの顔が、全部綺麗に消えていた!!

 教室まで駆け戻って百合に飛びつく。


「すごいぞ、百合、本当に幽霊が消えてた!!」

「どこから用意したのあの水!」

「あんたひょっとして魔女じゃないの!? すごい、頼りになるー!」


 他の女子達も大喜びで百合に飛びついた。

 百合は役得だと笑って飛びついて行った女子達と俺を撫でる。

「あ、いーなー百合先輩、モテモテじゃねーっすか」

 様子を見に来た達樹が唇を尖らせた。




 なんと、除霊は完璧で、この後、俺たちが卒業するまで、顔が浮かび上がってくることはなかった。

 さすが百合! と言いたいところですが。







 余談です。


 このとき、百合が用意した『鎮魂の水』は家庭科室にあった漂白用ハイターで、百合がやったのは除霊でも何でもなく、単なる壁の染み抜き作業だったのだとネタバレされたのは、遠いみらいの事でした まる



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