表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
モブ君(ある朝突然)絶世の美少女になる  作者: イヌスキ
十二章 ようやく三学期
103/239

喉仏、広い背中、大きな掌、低い声、

 竜神はすぐにキッチンに戻ってきた。


「か、かーちゃん、もう、帰った?」

「あぁ。帰ったよ」

「そ、」


 ぎくしゃくしながら尋ねた挙句、不自然に言葉を切ってしまった。

 なのに竜神は気にする素振りもなくウインナーを炒めだす。

 俺の為に怒ってくれてありがとうな。

 御礼を言いたかったけど立ち聞きしているのがバレてしまうから言えなかった。

 いろいろしてくれた竜神のために、最高の女になれるよう努力するから!


「竜神」

「ん?」


 胸の下に腕をやって、Eカップの胸を強調する色っぽいポーズを決めてみた。片手にお玉を持ったまま。


「竜神のためにも、私、最高の女になる。目指すは色気たっぷりの小悪魔」

「いきなりオレの好みの真逆になったぞ」

「そなの!? 竜神の好みってどんなの?」


 一学期にデートした時、百合みたいなセクシーお姉さん系が好きだって言ってたのに、色気たっぷりなのは好きじゃ無いの?

 竜神は俺の質問に事も無げに口を開いた。


「日向未来みたいなの」


「」


 さらっと答えられて、俺はセクシーポーズのまま十秒以上も硬直してしまった。

 長く沈黙してから、なんとか立ち直る。


「竜神って結構ろくでもないな」

「え、どこが」

「宣言してやろう。お前は女タラシだ!!」

「それはねーよ」


 びしっとお玉をつきつけて宣言した俺に、竜神は首を振った。が。

 ある。断言する。


 見た目は無骨なくせ、恋人の母親に「未来さんは素敵な子です」って言っちゃったり(しかも本人が居ないところで)、さらっと好きなタイプを「日向未来」って言っちゃったりするのは充分タラシだ。

 本人はタラシてる自覚がないのにさらっと殺し文句吐いちゃう厄介なパターンだ。

 男って見た目によらないんだな。うん。


「前も言ったけど、自然体にしてればそれでいいからな。色気とか小悪魔とか色仕掛けとかするなら、次は確実に襲うから覚悟しとけ」


「」


 大きく息を吸いこんで二度目の硬直をした俺に竜神は笑って、ちょっとだけ焦げたウインナーをアルパカのタッパに入れた。

 ころんとシンクの上に零れ落ちた一つを拾い上げて食べてしまう。


 俺はなんだか思考停止したまま、咀嚼に動く喉仏を注視してしまった。

 りゅうってほんと、どこもかしこも男前だなあ。

 背中は広いし力は強いしゴツゴツした指も大きな掌も低く響く声も頑丈そうな鎖骨も逞しい腕も体格も安心しちゃう優しい匂いも。

 クリスマスパーティーの時だって、大人でも太刀打ちできないぐらいにタキシードが似合ってた。


 全部全部俺には無いものだ。


「襲われたら泣く」


「う」


「あ」


 竜神の喉仏を見たまま包丁を動かしたせいで指を切ってしまった。

 ちょっとかすっただけだったのに血がぷっくりと盛り上がってくる。


「未来!」

 しまった。久しぶりに怪我しちゃった。

 包丁使ってるときに余所見しちゃ駄目だな。いや、竜神が男前だから悪いんだ――なんて考えてたら、手をつかまれて引き寄せられた。


 竜神が慌てながら俺の怪我を水で流す。


「これぐらい大丈夫だよ」

「大丈夫じゃねーよ。こんな細い指なんだぞ」


 そっと傷を避けて掌をタオルで拭いてくれた。

「ちょっと染みるけど我慢しろよ」

 サイドボードに突っ込んでた救急箱から消毒液を取り出して、垂れるぐらいの勢いで掛けてくる。

 う、染みるー。


「痛いか? ごめんな」

「なんで竜神が謝るんだよ! 自分で怪我しただけなのに」

「つい。お前が痛がるの見てらんねー」

 そっと脱脂綿で傷口を拭ってから、絆創膏を取り出す。

「あ、クマのがいいデス」

「クマの? ……ああ、この絆創膏、柄付きか」

 そう。救急箱の絆創膏はバカ面動物シリーズで、模様が全部違うのだ。

 竜神は破ろうとしていたヒヨコ柄をケースに戻して、クマ柄を俺の指に貼ってくれた。

「こんなモンの柄にこだわるなんて、ほんと可愛いよな」

 俺の掌の下に添えられていた右手の親指で、第二関節のあたりをそっと撫でられた。


 竜神は爪を頻繁に切ってて、白い部分が殆どない。

 俺の爪より随分大きな爪を指先で触れる。


「どうしてこんなに深爪してるの? 痛くない?」

「伸ばしてたら割れるんだよ。剣道でも柔道でもな」

 なるほど。

 竜神の剣道着姿かっこよかったなあ。柔道着も似合うんだろうな。

「今度、道場に見学に行ってもいい?」

 観に来るなって言われてるけど応援しに行きたいぞ。俺は、りゅうの、か、彼女なんだから!


「あー……」


 竜神は困ったようにしばし間を置いて、俺の目をじっと見て話出した。


「オレの体傷だらけだったろ」


 う、うん。

 夏に見た竜神の体を思い出す。

 びっくりするぐらいに青痣と古傷があった。


「あれ、柔道と剣道で出来た傷なんだ」

 え。

「現役警察官も対象にした道場でさ。教え方にも容赦がねーんだよ。床に倒れてもバンバン竹刀で打たれたり、柔道なら拳が飛んできたりな……お前、オレがぶん殴られてるの見ても耐えられるか?」


 !!!!

 む、無理だよそんなの!

 両手を拳にして息を呑んで涙目になってしまう。


「警察官は刃物を持った犯罪者にも立ち向かわなくちゃならねーし、柔道も剣道も自分や周りの人を守るための手段だから、皆、手加減がねーんだよ。見物はまた今度な」


「うん……」

 付けっぱなしにしていたテレビが七時のニュースを始めて、慌ててお弁当を仕上げてご飯に取りかかった。



 ――――



 今日の髪型はお団子(?)だ。

 小さなお団子を頭の左右に一つづつ。まるでパンダかクマの耳みたいに頭の上に揺れてる。

 お団子までできるなんて美穂子って器用だよな。

 トイレの洗面台で、鏡の中の自分を見ながら何となく頭を振ってお団子を揺らしてしまう。


 今は三時間目と四時間目の間の休憩時間。

 後一時間がんばれば楽しみなお昼ご飯だ。


「あ、丁度よかったー、日向!」


 廊下で呼び止められて振り返る。ギャル系のクラスメイト渡瀬風香さんだった。

 ダークブラウンに染めたストレートの髪がはためいて、派手なピアスが三つキラっと光った。


「何?」

「風香と一緒にバイトしない? 『プリンセス』ってメイド喫茶なんだけど、人が居なくて休みも取れないからマジ困ってんの。制服がすっごく可愛いんだよ。日向なら超似合うし。ね、お願い!」


「バイト……?」


 もうすぐ竜神の誕生日だ。

 正直言うと、プレゼントを買うお金が心もと無かったんだよな。


「じ、時給いくら?」

「1500円。頑張ればすぐ上がるよ」


 高い……!!

 チェックしてたコンビニの時給の二倍ぐらいある!


「仕事、難しい?」

「風香でもできるぐらいだよ。ぜんっぜん簡単! メイド喫茶に来る客って、メイドに気を使う連中も多いし超楽勝」


 い、いいかも……! やってみようかな。時間は何時から何時まで?――って聞こうとした途端に後ろから腕を引っ張られてしまう。


「わ?」

 にこにこと愛想良く笑う達樹だった。


「駄目っスよ風香ちゃん。この人、アホだからお店に迷惑掛けて風香ちゃんの評判まで落としちゃいますって。他を当たってください」

「えー」


「ちょ、達樹!」


 不自然な体勢のまま引っ張られて、五階へ続く階段の踊り場まで連れて来られてしまう。

 五階は使われてない階だから、当然ここを通りかかる人は居ない。


 四階の廊下から見えない位置まで引っ張ってから、達樹が俺をキッて睨んだ。


「未来先輩! あんなんすぐ断らなきゃ駄目でしょーが! あんたが知らん男とかエロオヤジに『ご主人様☆』なんてやるの絶対嫌っスよ! 竜神先輩にだって怒られますって!」


 何言ってんだこいつ。

「そんなルールの店ってだけだろ? ご主人様って呼ぶのも挨拶みたいなもんなのに」

「あんたさ、なんでおれ達の気持ち判ってくれねーの? 嫌だっつーのもあるけど、前も言ったよね可愛いんだから自覚しろって。男相手の接客業なんてあぶねーでしょ」

「聞いたよ! お前ももう一回考えてみろよ。もし、お前が超可愛い女の子になったとして、すっごく稼げるバイトがあったら働きたいって思うだろ?」


「え?」

 達樹はしばらく考え込んで、


「思いますね。それどころかノリノリでパンツ売りに行きますわ。千枚売ったら、一枚五千円だとしても五百万っスよ。すげー。これを費用にして男に性転換手術します」

「下着売るのは駄目だ! バカ達樹! そんなことしようとしたら蹴っ飛ばしても止めるからな!」

「ならあんただっておれ等の気持ちがわかるでしょ。アホなことしようとしたら蹴っ飛ばしても止めたくなるって」


 メイド喫茶で働くのとパンツ売るのは全然違うと思う。

 仮定の話と現実をごっちゃにしちゃ駄目だけど。


 竜神に用事があるという達樹と踊り場で別れ、負に落ちない気分ながらもまた廊下を歩く。


「未来」

 またも呼び止められた。今度は美羽ちゃんだ。

 美羽ちゃんは般若のような形相で凄みながら、ぎりぎりと俺の肩を掴んできた。

 ちょ、いたいいたいいたい!


「あんた、まさか、良太にチョコあげるつもりじゃないでしょうね」

「あ、あげるわけないだろ! あいつにやるぐらいなら粉々に砕いて東京湾で魚の撒き餌に使う!」

 そして美味しい魚を釣ってお刺身にする!


「ならいい」

「あ、待って、聞きたい事があるんだ」


 女の子の意見も聞きたい!

 美羽ちゃんの手を引いて、また階段の踊り場へと駆け上がった。


「メイド喫茶でバイト?」

 美羽ちゃんがきょとんとおうむ返しする。


「うん。もし美羽ちゃんがバイトすることになってさ、良太に反対されたらどうする?」


「殴る」

「え?」


「メイド喫茶って時給高そうだし、制服も可愛いし、それに、コンビニとか時給安いトコで長時間バイトするより稼げるバイトをちょこっとしたほうが、良太と会える時間も長くなるもん。だから反対したらグーで殴る」


 おお、目からうろこだ。確かに俺も竜神と一緒の時間が減るのは嫌だ。

 とりあえず竜神に相談してみて、それから決めようかな。


 お昼休みになると、用務員さんに用事があるからと竜神が教室を出て行ってしまった。

 この学校の用務員さんは50代と60代の男性だ。どんな用事があるのか普通に不思議だよ。


 美穂子、浅見、百合と一緒に竜神の秘密基地に向かう。

 秘密基地……とは名ばかりで、今となっては冷蔵庫やオーブンレンジ、給湯器、果てはアンティーク調の食器棚まで設置された充実空間になってるんだけどな。


 冷蔵庫からお醤油やソースが乗ったトレイを取り出して机の真ん中に置いて、お弁当を並べていく。


「そだ。浅見。チョコ駄目だって言ってたよな。バレンタインのお菓子なにがいい?」


 自分で考えて送るべきなんだろうけど、なにせ送る側になったのは今年が始めてだ。チョコレート以外の贈り物なんか何も思いつかない。どうせなら喜んでくれるプレゼントにしたいから本人に聞くのが手っ取り早い。モデルが食べちゃ駄目なもの――なんて検討も付かないもん。

 ついでにいうと、生前は貰う側でしたけどクラス全員に配ってくれる女子にキットカット(ファミリータイプの個包装のを一個)をいただいたことしかありません。


「え、そ、その、う」

 浅見は言い難そうにしてから口を開いた。


「チョコが駄目だっていうのは嘘なんだ。でも、手作りチョコ貰ったら絶対捨てろって言われてて……、だから、まとめて全部断ってるんだよ」

「手作りチョコ駄目なの? どうして? 手作りって超嬉しいのに」


 俺の疑問に答えてくれたのは美穂子と百合だった。


「おまじないのせいかな? いろいろあるんだよ。自分の愛用の香水入れたら両想いになれるとか、髪の毛入れたらいいとか、血を入れたらいいとか」

「唾液や涙というのも聞いた事があるな」


「ええええええええ!? 何それ超怖い! 血を食べるなんてゾ、ゾンビだ! ゾンビになる! そんなのがあるなんて知らなかった……!」


「ゾンビにはならないから安心しろ。まぁ、異物を混入する女などほぼ都市伝説的存在だろうが……有名人ともなれば暴走する輩もいるから賢明な判断だな」

 浅見はミートボールの詰まったカピバラのタッパーを両手で包んでうな垂れる。


「僕、こんなだから、目の前で食べて欲しいって言われたら絶対拒否できないから、全部受け取れないって言うしかできなくて……。竜神君や達樹君ぐらい要領がよかったら、手作りだけ断ることもできるんだろうけど」


 この場に居ない二人を引き合いに出してドヨドヨとなる。


「いちいち落ち込むんじゃない。鬱陶しい」


 百合の言葉にうう、と更に凹んでうな垂れてしまった浅見のつむじをびしっと突いた。


「凹むことないよ。平均寿命は80年ぐらいあるんだから、40歳になってもまだ半分だぞ。うちの兄ちゃんなんか30歳になっても母ちゃんに叩かれるぐらい要領悪いもん。浅見はまだ15歳なんだからこれから成長していけばいいんだよ。手作りだけ断るぐらいなら全部断ったがマシだと思うから、充分要領いいぞ」


「……そ、う、かな……」


「そうだって! 頑張った御褒美にすっごく美味しいチョコレート買ってくるから楽しみにしてろー」

 浅見には世話になってるから、奮発したのを買ってこよう!


「その、できたら、未来が面倒じゃなかったら、手作りがいいな……」

「え、」


 手作り駄目じゃないの? って聞きそうになってしまった。だけど毎日のお昼ご飯だって俺の手作りだ。

 お菓子だけ手作りが駄目だなんて逆に変か。


「じゃあ、私も手作りチョコでいいかな?」

 美穂子が楽しそうに浅見に聞いた。

 浅見は嬉しそうに「うん」って頷いたんだけど。


「竜神君と浅見君ってどんなデザインでも食べてくれるから腕によりを掛けて作っちゃう! ラズベリー(ドス黒い赤の果実)で作るグネグネとうねる腸の形のチョコレート、ストロベリーチョコで作る筋肉のオブジェのチョコレート、何にしようかな」


 ふ、普通の形のチョコが嬉しいです。って言ってる浅見を他所に、美穂子の楽しげなグロ妄想が続く。

 聞くのも怖くて教室の端で耳を塞いでガクガクしてると竜神と達樹が入ってきた。


 メイド喫茶のバイトのこと、竜神に了承取らなきゃ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ