表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
モブ君(ある朝突然)絶世の美少女になる  作者: イヌスキ
十二章 ようやく三学期
100/239

バレンタイン(友チョコ)

「ねー、ミキミキー」


 浦田がテンション高く俺の席に突っ込んできて、ポニーテールをペシンと叩いた。

 変な呼び方すんなよ。なんかメケメケみたい。あれ? メケメケって何だっけ?


「バレンタインにチョコレート交換しよ!」

「えーめんどい」

「じゃ、けってー! アタシ手作りチョコ作ってくるから、未来も手作り作ってきてよ」


 え!?

 断ったのに勝手に決定事項にされた……のはどうでもいい!


「て、手作りのくれるの!?」

「うん! そのかわり未来も作ってきてよ」


 う。


「市販品じゃ駄目? 奮発してブランドの買ってくるから」

「駄目ー」

「チョコなんて作ったことないよ。アナゴの煮こごりなら得意だからそっちでもいい?」


 アナゴを煮込んでゼリーみたいに固めた、お酒のおつまみにも喜ばれるメニューだ。

 醤油で味付けするからぱっと見チョコレートっぽい。

 それに、煮こごりなら母ちゃんが大好きでしょっちゅう作ってたから味の保証もあるのだ。


「未来ってさー。可愛いのになんでそうなの? 『じゃあアナゴの煮こごりつくってきてー』なんて言うバカがいるとでも思ってるの? バレンタインに煮こごり貰って誰が喜ぶの? 醤油と出汁で味付け? 野菜もふんだんに入ってるって? それはそれで美味しそうだけどバレンタインに煮こごり!?」

「真顔で責められると悲しいんだけどな」

「竜神だって手作りのが嬉しいって絶対。アタシにもこの白魚みたいな美しい指でコネコネしたチョコを食べさせてよー」

 俺の手を両手で掴んで、手の甲に頬をすりすりしてくる。


「浦田……女の子が気持ち悪いこと言うな」

「真顔で責められると悲しい」


 俺の台詞を丸パクリしつつ、まだスリスリしてる。


「そもそもチョコって手でコネコネするものなの?」

「いんや。しない」


 しないのかよ!


「あ! わたしも! 作ってくるから交換しよ」

「私もやりたいー」


 岩元と柳瀬さんが交じってくる。

「お菓子作ったことないから多分失敗するぞ。それでもいいのか?」

 チョコレートって溶かして固めるだけ……って言うけど、どう考えても美味しいのが出来上がる気がしないよ。

 板チョコをそのまま食べたほうが美味しいに決まってる。


「いいよ! こういうのって交換するのが楽しんだから」

 それもそっか。確かに楽しそうだよな。

 皆の手作りチョコも食べてみたいし!

 なにせ、手作りチョコなんていまだかつて一度たりとも食べたことない。

 良太が美羽ちゃんから貰った手作りチョコレートを見せびらかしてきた去年のバレンタインが懐かしい。バレンタインにチョコを見せびらかす男は窓から付き落としてもいいという法律の施行を一日も早くお願いします。


 教室を出てた百合と美穂子が戻ってきた。


 あ。そだ。


 頭の上に電球が灯った気分になって、二人に手を振った。


「美穂子、百合、バレンタインにチョコレート交換しよー」

「うん。最初からそのつもりだったよ。楽しい手作りチョコ作ってくるから楽しみにしててねー」

 美穂子がさらりと答える。

 やった! 後でこっそり作り方を教えてもらおうっと。


「バレンタインにチョコレートの交換……?」

 あっさりと答えた美穂子とは違い、百合は不思議そうに繰り返した。


「そ。友チョコ交換。今のトコ、あたしと浦田と柳瀬と未来の四人。と美穂子ね」

「なるほど。面白そうだな。是非参加させてほしい」


「俺も! 俺も作ってくるから参加させてー」

「おれもー!」

 ドサクサ紛れてチャラ男三人組まで交じろうとしてきた。


「男は駄目だ。お前達の彼女に恨まれるのやだ」

 ただでさえ美羽ちゃんに嫌われてるのに、これ以上敵を増やしたくないぞ。


「彼女いねーよ! むしろ義理チョコくれる子もいねーよ! いいだろー」


「おい、竜神、そこのバカ共が未来にバレンタインのチョコレートをせがんでいるぞ。止めなくていいのか?」


 百合が腕を組んで声を張り上げた。

 竜神はジュース買いに教室を出ていた。

 丁度戻ってきたところだったらしく、腰を屈め、ドアを潜りながら――――。


「あぁ?」


 と地を這うような低い声を上げて眉を寄せた。


「「「すんまっせんした! 調子乗ってました!! 諦めます!」」」

 副音声の勢いで同時に叫び、チャラ男三人が頭を下げる。


「まだなんも言ってねーけど」

「鏡見てきたらどうでしょうか!? 人を二、三十人殺して来た顔してますよ!」

「地顔だ」


 どかっと後ろの席に座って俺の頬に暖かいペットボトルを押し付けてきた。

 おー、ぬくいぞー。

 気持ち良すぎて瞼が落ちてくる。

 飼い主が撫でると目を閉じてしまう犬や猫の気持ちが良く分かるな。ペットボトルと竜神の手に手を重ねて擦り寄ってしまう。


「ねー、りゅうだって、バレンタインに未来から貰うチョコは市販品より手作りチョコがいいよねー」


 どこから続いている話か分からないけど、岩元が唐突に切り出した。


「チョコ……」


 竜神は一瞬だけ間を置いてから、


「あぁ。手作りがいいな」

 って答えた。

 ちょっと困ったみたいな笑顔で。


 思わず、竜神のデコに親指を当てて、下がった眉毛を上げてしまう。


「竜神って、本当に嬉しい時ってちょっと困ったみたいな笑い顔になるよな」

「そうか?」

「自覚無い?」

「自分の笑い顔なんていちいちチェックしねーよ」

「今度写真に撮ってやるよー」

「やめろ」


 今度はほっぺたを引っ張る。俺のほっぺた結構伸びるのに竜神は全然伸びないな。


「お邪魔しまーす」

 あ、達樹だ。

 教室前のドアから、浅見と一緒に教室に入ってきた。


「虎太郎、達樹、バレンタインにチョコあげるから楽しみにしててよねー」

 グループで固まってた女子が二人を呼びとめた。

 因幡さんだった。

 達樹は嬉しそうに「まじっすか、超嬉しいっス」と愛想良く返しているが浅見は「え? あ、その、」と戸惑って言葉を濁らせてから続けた。


「気持ちは嬉しいんだけど……事務所の方針で受け取れないんだ……。チョコレートは肌が荒れるからって。ついでに、太りすぎだからあと三キロ落とせって言われてるし……」

 言いながらうな垂れてしまう。

「えー、愛実も渡そうって思ってたのにー。ってか虎太郎って超痩せてるのに体重落とさなきゃ駄目なの?」

 因幡さんの隣に座ってた宇佐見愛実さんが驚いてる。

 浅見は身を乗り出してきた宇佐見さんに気圧されて、一歩下がって答えた。

「ダイエットしてるのに体重が変わらないから毎日怒られてて」


「かわいそー。愛実よりずっと痩せてるのにー」

「そんなことないよ! 僕の方が重いよ!」

「そっすよー。浅見さん、こう見えてタプタプなんですから」

「た、タプタプじゃないよ! さすがにタプタプだったら事務所の人に蹴り飛ばされるから」

「えー、タプタプ? どの辺が? こことか?」

 因幡さんと宇佐見さんにお腹だの腕だの触られて浅見が「うわああ」って悲鳴を上げる。

 真っ赤になって慌てる姿からは、クリスマスパーティーでの完璧な立ち振舞いが想像できないな。

「ご、ごめん!」

 浅見が二人の手から逃げて、俺の隣の席に座った。

 前を向いて座るんじゃなくて、横向きに、俺の方を向いて座ってうな垂れる。


 モテル男は大変だなー。


 けど……。


 因幡さんって、浅見のことも名前で呼んでたな。

 竜神のこと名前で呼ぶのもやっとしてたけど、対して親しくない男でも名前で呼んじゃうタイプの人ってだけだったんだ。


 リア充だなリア充。いまだに浅見のことも竜神のことも岩元も浦田も柳瀬さんも苗字で読んでる俺には真似出来ないワザだ。


 うな垂れてる浅見のつむじをビシっと突く。

「う。な、何?」

「そこにつむじがあったから」

「???」

 浅見が目を白黒させている。


『自分が結婚して子供持ってって生活が全然想像できないんだ。想像しようとしたらどす黒い闇みたいな暮らししか考え付かなくて……』


 竜神が退院した日、歩道橋の上で浅見が言った言葉だ。

 浅見はおばあさんに言われて、目と髪の色を隠していた。


 気持ち悪いと言われ、幼い頃から顔を隠すことを強要され育ってきたせいで、家庭も家族も、浅見にとって安心できる場所じゃなかったんだろう

 家族に拒絶された経験のせいで、幸せな家庭像を描くことさえ出来なくなってしまってる。


 ぎし。早苗ちゃんの死の原因である左腕の傷が軋んだ。


 早苗ちゃんと一緒だ。


 浅見は頼りなく見えるけど、芯はしっかりとした強いヤツだ。

 変わろうと努力して、結果を出し続けている。

 ――早苗ちゃんみたいな悲しい事にはならない。ちゃんと自分の人生を生きていくに違いない。


 だからこそ。


 浅見を一番に大切にしてくれる優しい女の子と、優しい関係が築けたらいいな。

 その女の子と、今度こそ優しい家庭が作れたらいいな。

 闇みたいな暮らししか想像できない浅見の未来みらいを変えてくれるといいな。


 こいつも、結構いい父親になると思うから!


 相手はできれば美穂子がいいんだけど……。

 優しいし俺なんかにもちゃんと接してくれる我慢強い子だし信頼できるし料理も美味しいし気が利くしコミュ力も高いし浅見を引っ張っていけるだけの気の強さもあるし。


 でもなー。美穂子って男に興味なさ過ぎるんだよな……。

 竜神も浅見も達樹もいい男なのに恋愛感情のかけらも無いし。

 いや、竜神に恋愛感情持たれたら俺なんか絶対に負けちゃうからそこだけはありがたいけど!


「私の彼氏はメダ君ー♪」って言ってたっけ。いつか竜神がプレゼントしてた目玉お化けのマスコット。冬休み前に、「とうとう50体揃えたの!!」ってはしゃいでたよなー。美穂子宅にはあの怖いお化けが50匹も生息しているのか。なんて恐ろしい。夜中になったらごそごそ家中を動き回ってるに違いない。ヒィィ考えるだけで怖くなってきた。


 だめだ。希望が見えない。

 浅見がスプラッタな外見にならない限り美穂子の関心を惹ける気がしない。


 美穂子だなんて贅沢はいわないよ。因幡さんでも、宇佐見さんでもいい。浅見を一番に大事にしてくれる人なら。

 俺にとっての竜神みたいな。優しい人なら。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ