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さて、放課後。俺たちはいつも通り、部室に集まっていた。
「一応星野さんの人となり、周りからの印象や評価を集めてみたのですが、」
いつもは割とまったりと過ごしていて、それぞれ好きなことをしているのだが、今はきちんとした部活ができるので、岩崎を司会進行として、話し合いが始まった。議題はもちろん、星野の悩み相談について、である。
「まぁ分かっていたことでしたが、悪い噂はありませんね。嫌がらせを受けるような人とは思えません」
俺は星野のことをよく知らない。しかし、昨日少し話を聞いただけでそれは何となく感じた。少なくともまともな人間であると思った。
「しっかりしている、頼りになる、と割と男の人っぽい印象があるみたいですね。特に女子からの人気は高いようです」
「となると、逆に男子からは疎まれているんじゃないか?」
「それがそうでもないみたいで、男子からは同性のように付き合える、という評価が多いですね」
岩崎も真嶋も、男女ともに友人が多いと思うが、おそらく男子からは異性として意識されているはずだ。しかし、星野芹香は違うらしい。同性のように付き合える、というのは、利点なのかね。ま、変な気を遣うことなく、ということなのだろう。
「すると、どちらからも同性として見られているわけだ。雌雄同体ってことか……」
「そのたとえは、的外れもいいところだろ」
いったい何を考えているのだろうか。麻生のとんちんかんなたとえは、どうやら俺しか聞いていなかったようで、他の三人は、
「岩崎さんは、星野さんと仲いいの?」
話題は次に移っていた。岩崎なら当然知り合いだと思っていたのだが、
「いえ、仲がいいとは言えませんね。それほどちゃんと話をしたことないですし」
どうやら、本当に知り合いどまりだったらしい。
「でも何度か話したことあるんだよね。岩崎さんから見て、どんな印象?」
「そうですね。割とさばさばしていて、話しやすいです。自分の意見がはっきりしていて、気持ちのいい方だと思います」
岩崎が言うのだから、そうなのだろう。ふむ、というと、日下部よりは話しやすそうだな。という風に考えると、男子からいいイメージを持たれているというのは、あながち否定できないかもしれないな。
「ところで、」
ここで姫が口を挟んだ。
「嫌がらせ、という方向で議論を進めているけど、みんなその見解なの?」
今の議論だと、星野のことをよく思っていないやつはいないか、というところが論点になっていたような気がする。しかし、
「俺はそのつもりだったが、違うのか?」
麻生は姫の言葉を肯定した。
「嫌がらせで間違いない、とは思わないが、調査のとっかかりとしては間違っていないと思う」
俺も嫌がらせから議論を始めるのは間違っていないと思う。正直他にまともな仮説が立てられていないからな、可能性があるものからつぶしていくのが上策だと思うな。
「私もそう思いますね。話を聞いていて、その可能性は低いなとは感じましたが、」
岩崎の隣で、真嶋も頷く。
「泉さんは違う考えなのですか?」
「ううん、別にそういうわけじゃないけど、とりあえず方向性を決めといたほうが、話しやすいじゃない?というわけで、まず潰す可能性は、嫌がらせってことでいいわよね」
急に仕切り始めた最年少の泉紗織。こいつ、何気に仕切りたがり屋だよな。仕切るのが好きではない俺としては、助かるから構わないのだが、仕切り役は二人もいらない。TCCには岩崎がいるから、その性格は別の機会にでも発揮してもらいたい。ところで、俺が仕切るとすかさず文句を言うくせに、姫に対して苦言を呈さないのはどういうわけだ?
「今のところ、みなさんの意見は嫌がらせじゃない、というところで一致しているように思えますが、逆の意見はありませんかね」
正直に言って、断言できるほどの材料はない。ただ、嫌がらせにしては意味不明すぎる。というところで結論にしたいところだな。今のところ、例のカバンに入れられた物たちに対するまともな回答は用意されていない。なぜあんな物を入れたのか?という問いには予想も含めてお手上げ状態だ。その答えは犯人しか分からないのではないか。
「間違いなく嫌がらせではない、と言い切るつもりもないけど、本当に嫌がらせなら、もっと妥当な手段を使うはずよね」
「そうですね」
「あれじゃ、混乱するだけだもんね。確かに意味不明すぎて気味が悪いけど」
「もしかして、それを狙ったんじゃないのか?」
「あり得ないでしょ。困ってはいるかもしれないけど、あの程度じゃ一日中頭から離れない、とは到底思えないわ。気味が悪いのは確かだけど、インパクトが弱すぎて、放置されても誰にも文句は言えないわ」
議論は白熱しているように見える。だが、どうにも内容が薄い。これでは嫌がらせという線が、選択肢の一つから除外されるだけで終わってしまうと思う。問題は次の議論だな。しかし、それに関しては進めようがない。なぜなら情報が足りないから。
「じゃあ姫はどう考えているんだよ。否定するだけじゃ、議論とは言えないぜ。自分の仮説を言ってみろよ」
「無理よ。だって、今の状態で可能性の話をしてもしょうがないもの。どれも可能性だけならあり得るわ」
「じゃあ俺の説だってあり得る。言っておくが、俺の仮説を覆す新しい仮説が出てこないと、俺の仮説は完全に消えないぜ」
これは議論というのだろうか。ただの子供のケンカにしか見えない。確かに真っ向からあり得ないと言われては悔しいかもしれないが、この攻め方は大人げないぞ、麻生。
第三者として言わせてもらうなら、どちらの意見も正しいと思う。姫の言うとおり、まだ完全に否定するだけの情報がない。なので、麻生の意見も百パーセントあり得ない、とは言い切れない。麻生は思いつきでしゃべっているだけだと思うが。
「お二人の意見は分かりましたが、とりあえずどんどん意見を出していきましょう。それが正しいか否か、後で判断すればいいじゃないですか。ブレインストーミングというやつです」
これはとんでもなく面倒なことになる予感。しかも不毛な気がする。これは新商品開発じゃないぞ。推理小説だって、ブレインストーミングなんてやるかよ。まず情報と証拠を揃えるのが先決じゃないか。正しい情報が揃わないと、ホームズだってコロンボだってまともな推理を展開できないぞ。
俺としてはこの不毛なブレインストーミングは、心から遠慮したかった。何とかして、止めさせたいと策を練っていたのだが、幸か不幸か、その策は使わずに済んだ。
「岩崎先輩、電話鳴ってますよ」
「え?あ、本当だ」
この言葉で、会議は一時中断。岩崎は携帯電話を手に取ると、
「あ、」
と呟いた。そして、俺のことを見て、
「星野さんからです」
言って、電話に出た。こりゃ、嫌な予感がするね。
「もしもし。今ですか?部室にいますけど」
おそらく岩崎を探しているのだろう。すると、考えられる可能性は限られてくるな。
「今からですか?というと、何かあったんですか?」
岩崎の言葉に、俺たちは注目した。そして、
「え?またカバンに物が入れられていた?」
「…………」
不毛なブレインストーミングは回避したのだが、どうやら俺はまだ家には帰れないらしい。おそらく、下校時刻まで帰れないだろうな。これを、事件が進展した、と喜ぶところだろうか。
兎にも角にも、再び星野がTCCにやってくることになった。四つ目の逆盗難物を持って。いったいこれはいつまで続くのだろうな。