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 翌日。俺が教室に着くと、珍しいことに岩崎はいなかった。まさか、すでに行動し始めているんじゃないだろうな。今回はいつも以上にやる気だな。考えてみれば、TCCに正式に依頼が来るのはずいぶん久しぶりなのではないか。久々の仕事に対し、張り切っているというところか。ま、依頼は来ずとも、いろいろとやってはいたんだけどな。

「おはよ」

 俺が自分の席に荷物を置くと、隣から声をかけられる。

「よう」

 真嶋はいつも通り営業中だった。昨日もそうだったが、真嶋は今回の相談を、少し迷惑がっていた。乗り気じゃないのだろう。割といつも岩崎の味方だが、今回はこっち側ということだ。

「あのおせっかい娘はどこ行った?」

「岩崎さんのこと?さぁ……?あたしが来たときにはすでにああだったよ」

 真嶋が指差す先には岩崎の机。カバンが無造作に置かれている。つまり、真嶋も岩崎のカバンしか見ていないらしい。

「やれやれ」

 俺はいつものセリフを口にしつつ、ため息。自然と体が重くなる気がするね。あいつがはしゃぐとなぜか俺は疲れてしまうんだよな。どう考えても吸い取られている気がする。それは俺だけではないようで、

「何か今回の岩崎さんは、特別元気だよね」

 真嶋もそう感じていたようで、なぜかため息交じりにこう言った。

「普段は元気な岩崎さんを見ていると楽しい気分になるけど、今回はなぜか疲れるんだよね」

 そんなこと俺の知ったことではないが、同意はしてやる。俺もたった今そう思っていたところだ。

「それで、成瀬は何か思いついた?」

 唐突に話を変える。何の話かというと、昨日の星野の嫌がらせもどきの話だろう。何か思いついたか、と言われても、正直情報が全く足りていないこの状況では、いくらでも仮説が立てられてしまう。もう少し状況を見守るしか方法はないだろう。

「何も思いついていない。というか、何も考えていない」

「それでいいの?」

 いいと思う。情報が足りていないのだ。考えたところでしょうがないだろう。それに、

「なんで俺がそこまで積極的にならなきゃいけない」

 面倒なことが嫌いなうえに、消極的な性格であるところのこの俺が、なぜ昨日の今日でいろいろ考察を重ねなければいけないのだろうか。

「とりあえず、あのおせっかい娘に任せておこう。俺たちは続報を待って、それから行動するんでも遅くないと思うぞ」

 少なくとも俺は何もする気はない。進んで動くつもりもない。

「それでいいのかな……」

 どうしても納得いかない様子の真嶋。真面目な人間ってやつは、いろいろ大変だな。怠けろ、とは言わないが、適度に力を抜くことを覚えないと、あとあと苦労するぞ。

 まあ好きにすればいいさ。俺のように待機するも、岩崎のように情報収集に奔走するも、真嶋の自由だ。俺も自由にするだけだ。

 しかし、俺にはあまり自由な時間は用意されていないらしい。こそこそと怪しげな挙動で目に見えて嫌な予感が近づいてきた。

「おい、成瀬」

「何だよ」

 話しかけてきた嫌な予感は、周りの視線を気にするように、小声だった。

「昨日のあれ、どうだった?」

 はて、あれとは一体なんだろうな。俺の脳は、忘れたい記憶には蓋をするようにできているのだ。そんな『察してくれ』と言わんばかりに、相手任せな話し方だと、一向に思い出してやらないぞ。

「何のことだ?」

「とぼけるなよ」

 お前こそ、はっきり言えよ。

「あれだよ、ほら、昨日放課後頼んでおいただろ」

「星野さんの件でしょ」

 間怠っこしい日下部のしゃべり方と、わざとらしくはぐらかす俺の態度が我慢できなかったのだろう。隣の真嶋が口をはさむ。当然分かっていたさ。ただ、朝っぱらからこいつの相手をするのは、非常に面倒だからシカトしていただけなのだ。

「そう、それだ!で、どうだった?星野はどんな相談をしていた?」

「え、えーっとねぇ……」

 おそらく言っていいものか躊躇ったのだろう。真嶋は言い淀みながら俺のことをちらちら見てくる。別に言ってもいいんじゃないか。俺たちだって相談の全貌どころか、欠片も見えていない。言ったところで、プライバシーの侵害にはならないだろう。

「星野は逆盗難に遭っているらしい」

「は?」

 それでも一応プライバシーはプライバシーだ。もしかしたら星野は誰にも知られたくないかもしれないし、あまり大事にしたくないとしきりに言っていた。ある程度はオブラートに包むべきだろう。

「何それ?どういう意味?」

 案の定困惑した様子。少し考えれば簡単に分かることだと思うが。

「盗難は所有物がなくなることでしょ。だからその逆は、所有物が増えるってこと。これくらい一回で分かりなさいよ」

 いらいらした様子の真嶋だったが、説明は割と親切だった。こいつもある程度世話焼きだよな。こいつに合わせていると話が進まないから、しょうがなくやっているだけかもしれないが。

「所有物が増える?何それ?」

 説明したところで、先ほどと状況が変わっていない気がするのは、なぜだろう。

「あんた、これ以上あたしに説明させるわけ?」

「ち、違うよ。だから、俺が言いたいのは、誰が何のためにそんなことしているのか、ってこと!」

 あわてて言い返すと、どうにも言い訳に聞こえるぜ。あと、その質問もまともじゃないな。

「それが分かったら苦労しない」

「それが分かっていたら、この悩みは解決しているから」

 俺と真嶋が合わせて突っ込みを入れる。まさに正論を言われ、ぐうの音も出ない様子で黙り込んでしまった。どうにも間抜けを相手にしているようだな。朝から面倒極まりない。

「悪いが、これ以上のことは何も話せない」

「な、何でだよ。昨日約束しただろ」

 約束をしたつもりは、微塵もないんだがな。

「俺たちも星野も、本当に何も分かっていないんだ。現状を報告するなら、『調査中』だ。以上」

 俺は唐突に話を終わらせた。日下部は何やら不服そうな顔をしているが、真嶋は大きく頷いている。これが切り上げ時だろう。そろそろ担任も来るだろうし。

「分かったよ。じゃあ調査が進展したら、話してくれよ」

 約束はできないので、俺は返事をしない。その様子を憮然として見ていた日下部だったが、担任が教室に来たのでしぶしぶ自責へと帰って行った。やれやれ。今までにいないタイプだな。面倒さ加減で言えば、トップクラスかもしれないな。

「何か、めんどくさいね」

 隣で真嶋がしみじみ呟いたのが印象的だった。



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