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「えっと、相談というか世間話程度に聞いてもらいたいんだけど、」

 と慎重な雰囲気で話し始めた星野。これはどういった事情なんだろうな。心底悩んでいるといった感じではない。どうやら岩崎が一人で先走っているのを見て、釘を打っておこうと思ったのかもしれない。岩崎がはしゃいでいる理由が分からないが、まあ聞いてみようか。

「嫌がらせ、ってやつを受けているかもしれないの」

「嫌がらせ?そいつは穏やかじゃないな」

 確かに不穏な響きだった。嫌がらせ、と言われて思い出すのは、ちょうど一年ほど前に起こった日向ゆかりを中心に巻き起こったあの事件。いろいろ大変だったが、それでも何とか守りたいものを守ることができた。しかし、笑って話すにはまだまだ時間が必要だ。結果オーライでは済まされないようなことがあった。

 嫌がらせ、という言葉を聞いて、反射的に渋面を作った俺に対して、星野は過敏に反応した。

「だ、だから、そんなに深刻に受け止めないでほしいんだけど、」

 さっきから何を気にしているのかよく分からないのだが、おそらく大事にしたくないのだろう。

「分かった。とりあえず先を進めてくれ」

「うん」

「だから、仕切らないで下さいってば」

 意味不明なほど、岩崎は一気に機嫌を悪くした。さっきまであれほどハイテンションだったのに、いったい何がそんなに気に入らないんだろうか。あぁ、俺が仕切っているからか。

「えっと、最近……ここ一週間くらいかな。何か私のカバンの中に変なものが入れられているの」

 カバンに物を入れられる。現金や貴金属の類ならば嬉しい話なのだが、そうではないのだろう。

「その『変なもの』とは、具体的になんですか?」

 仕切り役を俺から奪い返した(俺はそんなものに固執していないが)岩崎が、若干音量を上げて話す。

「これなんだけど、」

 言って、星野はカバンから紙袋を取り出した。岩崎が袋ごと受け取る。

「中身を出してみてもいいですか?」

 一応確認を取って、岩崎が袋の中身を机の上に広げた。中からさらに三つの小袋が出てきた。俺たちはそれぞれ一つずつ手に取り、中身を取り出した。そこには、

「シャーペンが四個に、」

「消しゴムが一個。それと、」

「アメが四つ、ですか……」

 予想以上に変なものだった。

「何ですか、これは」

 発したのは岩崎だが、正直言って俺も同感だ。何だ、これは。

「私にもさっぱり分からないんだけど、」

「これらがカバンに入れられていたんだな?」

「うん」

 こいつははっきり言って難題だな。数ある犯罪の中で、目的が分からないのが一番厄介なんだよな。警察も探偵もそうだが、まず最初に動機を考える。殺人なら、被害者を殺す動機があるやつを探す。これは基本だ。犯罪に限らず、俺たちは何かしらの目的を持って行動を起こす。つまり発生した結果をもとに目的を探り、その目的から容疑者を絞り込むのだ。

 しかし、今回のような意味不明な犯行の場合、求められた結果がまず分からない。殺人なら、ターゲットを殺すこと。窃盗なら、ターゲットを盗むこと。これが最終的な目的になり、求める結果になる。では、今回の場合はどうか。犯人が求めた結果とは、一体何なのか。

 一番可能性がありそうなのは、本人が言うとおり、嫌がらせだ。しかし、

「嫌がらせにしては、インパクトに欠けるよね」

 その通り。印象が弱すぎる。確かに自分のカバンに見知らぬ物が入っていたら、若干気持ち悪いかもしれない。しかし、それは不快感以上のものにはならないだろう。これでは、嫌がらせとは言えない。現に星野は困ってはいるが、それほど嫌悪感やストレスを抱えているようには見えない。

「もし嫌がらせをするなら、生物を入れるとか墨汁を入れるとか、もっとインパクトを与えるべきですよね。これでは印象に残りません」

 えげつないことを平気で言うな。だが、岩崎の言うことは正論だ。

「星野さんが盗んだように見せるための偽装、とか?」

 真嶋が新たな仮説を提示してくる。

「なるほど。それはありそうだな。そして、面白いな」

 あくまで他人事として楽しむ麻生は、真嶋の案を受け入れる。だが、それはどうかと思うな。

「それは考えにくいと思うわ」

 麻生の意見を真っ向から否定したのは姫だ。

「何でだよ。頭っから否定するほど、おかしな説じゃないだろう」

 ま、あり得そうという意味では、その通りだろう。しかし、現在の状況を鑑みるに、否定する材料は多い。

「確認するけど、星野先輩が気付いたのって、ここ一週間くらいなんでしょ?」

「うん」

「で、今日までの一週間、誰か物が盗まれた、とか、なくした、とか言って、騒いでいたりした?」

 真嶋の仮説を実証しようとすると、そこには必ず被害者が登場する。きっかけは紛失でも構わない。とにかく自分の物がなくなった、と主張する被害者の存在が必要不可欠だ。そして、その紛失物が星野のカバンから出てくる。こうして、星野に窃盗の容疑がかかるわけだ。

「うーん、いないと思うけど……」

 しかし、被害者がいないのであれば、星野に容疑はかからない。

「星野先輩が盗んだように見せかけるのであれば、真犯人は事件を表沙汰にするはずよ。でなければ、星野先輩が容疑者にならないもの」

 事件は発見されなければ、事件とは言えない。事件にならなければ、この裏工作は意味をなさない。ならば、星野を嵌めようとした真犯人は、どうにかしてこの事件を明るみに出そうとするはずだ。だが、一週間ほどが経過しようとも事件は事件として成立していない。被害者らしき人物もいない。これは明らかにおかしいだろう。

「うーん、そうだね。確かにこれじゃわざわざ偽装した意味がないよね。事件が明るみに出ないと、星野さんが疑われる余地もないし」

「確かに」

 仮説を立てた真嶋も、その仮説に乗っかった麻生も、矛盾点を理解したようだ。

「星野さん、これ、持ち主探しましたか?」

 新たに質問をしたのは岩崎だ。

「クラスでも部活でも委員会でもいいんですけど、何かの拍子で星野さんのカバンに紛れ込んでしまっただけかもしれません」

 その可能性はなくはない。星野の机の周囲に落ちていた消しゴムを、善意でカバンに入れた。机から転がり落ちた先に、たまたま星野のカバンがあった。借りたシャーペンを間違えて自分のカバンに入れてしまった。まぁ、あまりないけど、絶対ないとは言えない。

「教室で気付いたから、その時周りにいた人には聞いてみたけど、偶然とかたまたまとかあり得ないと思うよ」

「え?なぜです?」

「だって、あの小袋のままカバンに入っていたんだもん」

 それを聞いた俺たちは、全員同じ反応を見せた。曰く、

「………………」

 である。

「つまり、この小袋は星野さんが用意したわけではないのですね」

「うん」

 そりゃ、偶然やたまたまはあり得ないな。明らかな故意だ。そして、

「一度に三つ入れられたわけじゃないんだよな?」

「うん」

 それが三回も続いた。他の誰かのカバンと間違えたわけでもなく、無差別というわけでもない。明らかに星野のカバンに入れられたのだ。

「うーん、これはミステリーだな……」

 おもむろに顎に手を当て、呟く麻生。麻生が言うと、圧倒的に胡散臭くなるのだが、それでも麻生の言うことはもっともだった。正直、これはミステリーだ。謎が多すぎる。

「………………」

 六人が一つの机を囲んで黙り込んだ。シュールな状況である。

「あの、」

 この状況に耐えかねたのか、それとも何とかしないといけない、と思ったのか。岩崎が口を開いた。

「とりあえず事情は分かりました。ですが、これだけだとどうにも情報が足りないと思うので、ちょっと今の段階では何とも……」

 断りを入れる岩崎は、かなり申し訳なさそうだった。しかし、

「ですが!」

 逆説を入れると、一気にテンションを上げた。

「必ずや解決して御覧に入れます。我々TCCにお任せください。それはもう、大船に乗ったつもりで!」

 全く、何を根拠に『必ず』なんて言っているんだろうな。ま、十中八九根拠なんてないと思うが。

 ただ、俺とて完全にお手上げとは思っていない。それはなぜかというと、おそらくこの事件はまだ続くと思われるからだ。たった一週間で三種類の物が別々のタイミングで星野のもとにやってきた。これは単発の犯行ではない。一連の事件が同一犯によるものだと考えるならば、また近いうちに事件は起こると予想できる。次があるなら、また新たな情報を入手することができる。同一犯による連続した犯行のリスクが高いのは、犯行を繰り返すたびに情報量が多くなってしまうからだ。

「次にまた何かあったら、すぐに知らせて下さい」

「うん。今度はもう少し詳しい情報を持ってくるよ」

 これが嫌がらせというならば、次がないようにすべきなのかもしれないが、現状星野は奇妙には思っているが、嫌悪というほどでもない。実質無害と呼べる。次回を待っても問題あるまい。

 とりあえず今回はここで解散となった。久々にTCCに持ち込まれた悩み相談。事件と呼べるか分からないが、その意味不明な分だけ難解なものになりそうだ。漠然と考えることは、一つ。定期テストまでに終わるだろうか。



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