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「ずいぶんのんびり歩いていましたね。どうかしましたか?」
俺と真嶋が部室に到着すると、岩崎がすでに紅茶を入れて待っていた。
「いや、どうもしない」
適当に誤魔化すと、俺はカバンを置き、いつもの定位置に腰を下ろした。
「よう。あまり顔色がよくないな。鼻緒でも切れたのか?」
古めかしい言い回しの挨拶をしてくるのは、俺の腐れ縁、麻生だった。
「ずいぶん早いな」
俺たちも、岩崎に急かされたせいで、割と早く教室を後にしたんだが。
「担任が早退したんだ。おかげでHRがなくなった」
なるほどね。教室でのんびりしたりせず、そうそうに部室にやってきたのか。お前は部員の鑑だな。
「ま、俺より先に姫がいたけどな」
俺は麻生の示す先に、視線を動かした。
「何よ。精神衛生によくないから、じろじろ見ないでちょうだい」
いきなり辛辣な言葉を浴びせるな。ただ見ていただけだろう。
「驚くほど早いな」
そこにいたのは姫こと泉紗織だ。ちゃっかり電気ストーブを自分の足元に配置し、さらにひざ掛けを用意している。こいつは俺以上に寒がりだな。この分だと冬を超えるのは難しいだろう。
「えー、みなさん。そろそろ雑談は止めて下さいね。お客さんの前ですよ」
手を叩いて、皆の注目を集めて話し出したそいつは、なぜだかいつもより偉そうな表情と声色だった。
「そういや、一人珍しい顔がいるな。いったい何の用だ?」
麻生が問いかけると、
「麻生さん、いいところに気付きましたね。十ポイント差し上げます」
さらに偉そうな表情で、岩崎が返事を返した。意味不明にもほどがある。こいつ、機嫌がいいと、意味不明になるんだな。初めて知った。覚えておこう。何の役に立つか、分かったものではないが。
「彼女は二年七組星野芹香さんです。野球部のマネージャーさんです」
そんなことはどうでもいい。さすがに二年近くこの学校で生徒やっていれば、同学年の生徒の顔と名前くらい分かる。本題はそこじゃないだろう。
「で、彼女がなぜ我がTCCの部室にいらしているかというと、」
岩崎は言葉を区切ると、どうぞ、といった感じで、星野に手のひらを差し出した。
「あ、えーっと、ちょっと相談したいことがあって……」
後を引き継いだ星野は少し言いづらそうだった。当然だ。
「そう、相談です。そうだんです!なんちゃってー!」
何を言っているんだ、こいつ。いい加減にしてもらいたい。この場にいる岩崎以外の全員が引いている。岩崎のテンションが異常すぎるのだ。やれやれ。
「事情は分かった。とりあえず、その相談とやらを聞かせてくれ。あと、」
「な、なんですか、成瀬さん。いきなり仕切らないで下さい。部長は私ですよ」
俺だってやりたくてやっているわけじゃない。俺以外の誰もやろうとしないからやっているんだ。俺だって貧乏くじをひかされているんだ。
「お前はとりあえず落ち着け。そしたらまた仕切らせてやる」
「なっ!」
岩崎はとても何か言いたそうだったが、全て無視して、
「あいつは放っといていいから、話を聞かせてくれ」
「う、うん」
かなり不安そうな顔をしていたが、星野はゆっくり話し始めた。