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翌日俺が教室に向かうと、その前の廊下で岩崎が女子生徒と話し込んでいた。岩崎は何やら真剣な様子で、若干ヒートアップしている。瞳が嫌な感じで輝いていた。一方女子生徒は岩崎の勢いに圧倒されて、困惑しているように見える。
「…………」
何やら嫌な予感がするな。
俺はいち早く危険を察知し、二人から視線を外したのだが、その微妙なタイミングで岩崎が俺に気付いた。
「あ、おはようございます。成瀬さん」
その顔は、嫌な微笑みをたたえていた。
「あぁ、おはよう」
かなりの悪寒を感じたが、それでもシカトするわけにはいかず、適当に挨拶を返した。そのとき、隣にいた女子生徒は特に何も言ってこなかった。
教室に入り、自分の席に向かう。
「おはよ」
隣の席の住人、真嶋に声をかけられる。
「おはよう」
「なんで朝からそんな顔をしているわけ?」
俺はどんな顔をしているのだろうか。
「そんな変な顔をしているか?」
「別に変な顔じゃないけど……」
真嶋は一度言葉を濁すと、
「なんか、苦虫を噛み潰したような顔しているよ」
「そうか」
自分でも無意識のうちに、顔に出ていたらしい。やれやれ。俺はあまり感情を表に出さない人間だと思っていたのだが。気付かぬうちに変化したのか、それともそれほど嫌な出来事に遭遇したのか。果たしてどちらのほうがいいのかね。
「今、廊下でうちの部長と会ってな」
「あー、うん。さっきなんか呼ばれていたね。星野さんでしょ」
確かそんな名前だったか。下の名前は、芹香と言ったっけ。野球部のマネージャーだったような気がする。自分で言っててなんだが、果てしなく曖昧な情報だな。まあいい。そんなことは後で聞けばいい。
俺は真嶋の相槌にうなずくと、
「そこで何やら意味深な話し合いをしていたな」
「意味深って、相談ってこと?」
あー、とうとう言葉にしてしまったな。俺もそうだとは思っていたのだが、口に出すまいと思っていたのだ。
「そんな現場を見てしまったもんだから、自ずと顔をしかめてしまったというわけだ」
俺の言葉に、今度は真嶋が顔をしかめた。
「ふーん。何か悩み事がある人に対して、こんなことをいうのはよくないと思うけど、わざわざ試験前に相談と持ち込まなくても、って思っちゃうね」
真嶋としては、試験のほうが重要であるらしい。というか、それが普通の感覚だと思うね。真嶋は自分の意志でTCCに入部してきたつわものである。それを考えると、ある程度他人の相談に対して前向きであると思うのだが、さすがにこの時期このタイミングでの相談は勘弁願いたいと思っているようだ。
「どちらにしても、面倒じゃないといいな」
カバンをおろし、授業の準備をしながら、俺はつぶやいた。これは俺の心からの願いである。