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 部室にはすでに姫と麻生が来ていた。どうやら岩崎は姫にも部室の合鍵を渡したらしいこれは世代交代の一環なのだろうか。ただ単純に姫にせがまれただけかもしれないが。

「何よ。ボーっと突っ立ってないで、さっさと中に入ってくれないかしら。せっかく暖房つけているのだから」

 このやたら偉そうなしゃべり方をする少女はTCC唯一の一年、姫こと泉紗織である。最年少で一番小柄なくせに態度は一番でかい。誰がこんなやつを勧誘したのだろうか。それは俺なのだが。

「全く最近の若い者は情けないな。俺なんてコートすら着ていない。今年の冬は去年に比べてずいぶん暖冬だろうに」

 自分だって最近の若者のくせに偉そうなことをいうのは、俺の十年来の腐れ縁、麻生である。寒さに強い、という、どことなくバカっぽいステータスを持っているこいつは、冬だろうと夏だろうと、年中こんな感じだ。

「元気そうで大変結構だが、勉強のほうは進んでいるのか?」

 俺はパイプ椅子を引き、麻生の隣に腰を下ろす。

「俺はいつもどおり、俺のスタイルを貫くぜ」

 麻生の言う、俺のスタイル、とは、一夜漬けのことである。こいつ、いつまでこのスタイルでいくつもりなのだろうか。そろそろやめたほうがいいと思う。まさかとは思うが、受験までそれで行くつもりじゃないだろうな。推薦狙えるような成績を保持しているとは思えないし、いい加減勉強は積み重ねるものだと理解したほうがいい。

「麻生さん。いつもどおりもいいですけど、今回はそろそろ準備を始めたほうがいいと思いますよ。今回は割と範囲も広いですし」

「大丈夫だよ。俺は本番に強いし。結構勘も当たるしな」

 麻生の言っていることは、だいたいあっているから手に負えない。別にプレッシャーに強いわけでも、鋭い洞察力を持っているわけでもない。単純に悪運が強いのだ。失敗はするのだが、大失敗はなかなかしない。そして、失敗したことは忘れてしまう。こんな性格だと、人生楽しいことばかりだろうな。本当に幸せな男だ。

「あんた、よくそれで今までやってきたね。信じらんない」

「真嶋先輩みたいに真面目な人は、麻生のこと理解できないでしょうね」

 真嶋と姫がそろって否定。さすがに頭に来たようで、

「お前ら、俺のことボロクソ言っているが、自分たちはどうなんだ!準備しているのか?」

 麻生の言いたいことは分かる。俺だって、あそこまで自分を否定されたら、イラッと来るかもしれない。ただ、今回に限っては相手が悪い。

「あたしは今週の頭から勉強始めているけど」

 普通に秀才であるところの真嶋。当然のように試験二週間前に試験勉強を開始。すでに範囲を一通りさらって、分からないところを岩崎に聞いている状態。

「私は明日から始めるつもり」

 まだ始めていないという点では麻生と同じだが、心構えは天と地ほどの違いがある。明日から始めれば、優に十日は勉強できる。真嶋と比べてしまうとあれだが、普通に真面目だと言って問題ないだろう。こいつの学力はいまいち判然としないが、勉強に困っているところを見たことがない。プライドの高いこいつのことだ。おそらくみっともない点数を取らないように、努力しているに違いない。もしかしたら、明日から始める、というのも方便かもしれないな。

「私は文化祭直後から少しずつ」

 真面目の塊プラス努力の鬼であるところの岩崎。驚きの試験一か月以上前から試験勉強を開始。こいつに対抗しようとは思っていないと思うが、ここまで行くと感嘆の言葉しか出ないな。これは俺の勘だが、岩崎は毎日予習復習をしているはず。加えて、試験前には試験の勉強をしているのだ。もうこいつに対抗意識を燃やそうと思うこと自体間違っているのかもしれない。

「お前ら……、本当に高校生か?」

 質問の意図が分からないが、どうやら驚愕しているらしい。おそらく麻生の辞書には試験勉強イコール一夜漬け、と書いてあるのだろう。一週間以上前から勉強する、なんていうのは、もはや異文化でしかないのかもしれない。

「おい、成瀬!お前は、お前は違うよな?お前はこっち側の人間だよな」

 はっきり言って、一緒にしないでもらいたいね。俺とお前は全く別の種類の人間だろう。なぜだかここまで十年以上同じような人生を辿ってきてはいるが、人間性を見れば、同じところを探すほうが難しい。

「俺は試験勉強はしていない」

「ほら来た!さすが俺の親友」

 俺の親友、と言いつつ、こいつは俺のことを何一つ理解していないらしい。

「騙されちゃいけませんよ、麻生さん」

「ふぇ?」

「成瀬さんがしていないのは、試験勉強です。成瀬さんは普段から勉強してますよ。たぶん、試験勉強という名目で特別何かやっているわけじゃないけど、普段通り勉強はしている、ということだと思います」

 よく分かってらっしゃる。岩崎とはまだ二年弱の付き合いだが、十年以上の付き合いであるところの麻生より俺のことを分かっているようだ。

「はぁ?それ、本当か?成瀬」

「本当だ。俺は期限ぎりぎりになって焦るのが嫌いなんだ」

「う、裏切者!」

 だから長いスパンで適当に勉強している。麻生のスタイルとは正反対なのだ。

「たとえ成瀬さんが勉強してなくとも、麻生さんとの成績の差は歴然です。成瀬さんがあまり勉強していないからと言って、麻生さんが安心するのはおかしいですよ」

「た、確かに言われてみればそうだな。うーん、しょうがない。少しくらい勉強するか」

 あっさり岩崎に説得された麻生。こいつ、本当にこだわりというものがないな。適当を絵に描いたような性格だ。先ほどまで、俺のスタイルを貫く、とか何とか言っていたのに、その『俺のスタイル』に対するこだわりはないのだろうか。おそらくないのだろうな。

 さっそく勉強しようと思ったのか、カバンから教科書とノートを取り出した。一応教科書は持って帰っているのか。勉強はしていないようだが。どうせ、教科書を持って帰っただけで、勉強したつもりにでもなっているのだろう。

「とりあえずどうすればいいのか教えてくれ」

 さっそく意味の分からない質問をしてくれるな。

「だから、勉強すればいい」

「いやー、勉強って何をすればいいんだ?割と長いこと学生をやっているのだが、未だに何をどうすればいいのか分からないんだよな」

 それはお前が一夜漬けばかりやっているからだよ。

「勉強の基本は繰り返しだ。教科書とノートを見て、試験範囲を振り返ればいい」

「そりゃ分かるんだけどな。そんなことをやっていたら、いつまで経っても試験範囲を網羅できないだろ。どうせ一度じゃ覚えきれないんだし、とりあえず一週目は軽くさらっと流したいんだよね」

 そう思っているなら、そうすればいいだろう。人の意見を聞いといて、それを真っ向から否定するならわざわざ意見を求める必要などない。自分の思うとおりにやればいいと思うのだが。

「何はともあれ、まずは教科書からだと思いますよ。教科書に沿って授業を行っているわけですし。教科書だけで理解できなかったら、参考書を買うなり、誰かに聞くなりしたらいいんじゃないですかね」

「なるほどね。とりあえず教科書を眺めてみるか」

 という感じで、試験勉強を始めた。ま、どうせ今日か明日には飽きて、またいつも通りの生活に戻るだろうと思う。

 という感じで、各々試験勉強を始めた。いつもどおりであれば、このまま試験を迎えて、一喜一憂あった後、冬休みに突入する流れだったのだが、ところがそうは問屋が卸さなかった。


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