所詮夢、されど夢
『術式完了。転生成功です』
『おめでとうございます。五回目の転生成功でございます』
「――――ありがとう」
心の篭っていない声で謝礼を言う。その声は聞き慣れた自分の声ではない。まるで他人の声だが、これからは自分の声として認識しなくてはならない。
『これから一週間は新しい身体に馴染むための訓練期間となります。国選の専属トレーナーが付き、運動能力と思考能力に問題がないかも調べます。田中太郎様は五回目の転生ということで経験者ですからご存知でしょうが、訓練期間中は施設からは出ることはできません。これは田中太郎様の安全の保証のためであり――――』
これを聞くのも五回目、前回は四十年ほど前だったが、寸分違わない説明の仕方だ。もしかしたらこの人も顔が違うだけで同じ人物なのではと考えてしまう。
ぐだぐだと回りくどい説明は無視して首を回して窓を見る。外はもう夜で、暗い夜は窓に僕の姿を映し出していた。鏡ほど明瞭に見えないが、生前にファイルで見たのと同じ顔が見えた。ベッドに横たわっているその姿は十歳前後の少年。
『――――以上が、施設での訓練プランです。何か質問はありますか?』
「ありません」
無愛想に即答しても、白衣を着た男は表情を少しも歪ませないまま、そうですかとだけ告げ、今度は訓練期間後の定期健診について説明を始める。これも何度も聞いた。前回も前々回も、その前も、更にその前も、心が磨り減りなくなってしまうくらい。
説明を聞くのが面倒なのか、瞼が自然と下りていく。あくまで僕の合意の上でだが。
そうして、僕は新たな身体での初めての夢を見る。初めての夢だが、初めてではない。矛盾しているように聞こえるかもしれないが、生前も見た夢ということだ。
白い部屋の中、僕は木椅子に座る。対面にも木椅子があり、誰かが座っている。だが顔はわからない。塗りつぶされているのだ。それは黒色だったり、赤だったり、青だったり、まさしく色々だ。
その人物は突然立ち上がると急に走り出し、米粒のように小さくなるほど遠くまで走り、やがて見えなくなったと思い視線を戻すといつの間にかまた木椅子に座っている。
その人物は突然泣き崩れる。ワンワンと泣き叫び立ち上がって走り去ってしまう。そうして視線を戻すと木椅子に戻っている。
本を読みながらゲラゲラと笑っている。ギャグ漫画か何かだろうかと思い覗いてみるとその本には何も書いていない白紙のページがあるだけ。彼も立ち上がり笑いながら走り出すと見えなくなり、また木椅子にいつの間にか戻っている。
そうして消えては元の場所に戻る彼、もしくは彼女に飽いた僕は背を向けて歩き出した。ふと振り返ると椅子には誰も居ない。また走り去ったのかと考え前へと向き直ると、いつの間にか僕は木椅子に座っていて、色に顔を塗りつぶされた誰かが僕を見ていた。
所詮夢。
目を開けた。
人から死の概念が消えつつあった。平和な平和な世界。文明が発達し、人間の魂が人の手によって操作された時、人は不死の存在となった。肉体を製造し、そこへ自分の魂を定着させることで生まれ変わる。身体は高額なものから貧乏人向けの最低クラスまでそれぞれ。一応、国が補償してくれているが、国が給付してくれるのは最低クラスのもので、皆無理をしてでも高額の身体を欲しがる。神への愚考だと非難する者も当時はいたが、やがて消えた。死にたくないからだ。審判の日を信じて存在するかもわからない神に祈るか、現実にそこに存在する第二、第三の人生を歩むか天秤に掛け、後者に傾いた。
僕もその一人。まあ、宗教信者だったことは一度もないけど。
五度目の転生が成功して、訓練期間も滞りなく済んだ僕は実家に戻っていた。仕事は休養中、あと二週間は会社を休んでも良いことになっていた。
実家には母と父、妹の三人が住んでいる。
母は最近、俺と同じように転生を行ったため姿は十歳前後の少女である。昔の西洋風ドレスを好む性格なので、姿もそれに合う様に西洋人のそれである。お人形さんみたいと近所の人に言われて照れていたりするが、今年で三百六十歳の婆を通り越した大婆である。
父は今年で二百三十一歳。だが転生の回数だけは多く、いつでも若々しくいたいと肉体年齢が二十前後に差し掛かると転生を行おうとする。そのため、転生の際の金額の関係で毎度母と喧嘩をするのだが、仲が良い夫婦なのですぐに仲直りしてイチャイチャする。二人ともいい加減に落ち着いて欲しい。
妹は家族の中で一番転生に対してお金を使っている。父のように数ではなく、質がいいものを選ぶ傾向にある。職人の手によって作られたオーダーメイドは通常の十倍の値段で取引され、彼女は仕事で得た給料を全てそれにまわしている。最近はアニメに影響され、獣人なるものに手を出したが不便らしくすぐに変えるつもりらしい。
そんな家族との転生祝いの食事が終わり、寝静まったあとに僕はこっそりと家を出た。
外は肌寒く、冬の気候が終わりを告げることはまだまだ先のようだ。生前着ていた大人物のコートを羽織り、僕は夜道を歩き出した。
街中に入ると人がごった返していた。転生する際、睡眠を必要としない身体をオプションで追加する人達も居るため、昼夜問わずに街には喧騒が響くようになった。かく言う僕もそのオプションを取り入れているため眠くならない。眠ることはできるが、したいと感じなくなった。
「おや、兄ちゃん。散歩かい?」
街道を歩いていると横から声をかけられた。ふと見ると二十代ぐらいの金髪の露天商が居座っている。売り出されているのは昔の音楽を取り入れたミュージックプレイヤーだ。臨場感あふれる音楽再生を脳で直接行えるオプションが付いてからは廃れた機械だが、一部の者たちには逆にレアモノとして扱われている。それを売り出している男は古くからの友人だった。
「兄ちゃんは個性がないねえ。前回と何も変わってないよ。ただ小さくなっただけじゃないか」
見るからにアウトローな生活を送っているそいつは、良い暇つぶしの相手が見つかったとでも言っているように気味悪く笑いながら手招きする。
「お前みたいに女に転生して売春してる馬鹿よりはマシさ」
「あれはもう俺だって懲り懲りだよ。相手がマジになって結婚してくださいといわれたときはどうしようかと悩んだものさ」
「……思い出した。お前その時持ち合わせの金がないからって僕に金借りてただろう。金返せ」
「五十年も前の話だぜ? もう時効だよ時効。それに、今の俺に金があるように見えるかい?」
ケラケラと笑いながら手を振る。確かに、このミュージックプレイヤーもゴミ捨て場から持ってきたのを修理したようにしか見えない。
僕は大きくため息を出し、その場を跡にしようとする。
「おいおい、どこに行くんだよ。もう少し付き合えよ」
「悪いな、人と会う約束をしてるんだ」
「……ああ。あいつのとこか」
そう言うと彼は並べてあったミュージックプレイヤーの一つを手に取り僕に向かって投げる。
「っと……何だよこれ」
「あいつに渡してくれ。今のあいつにゃそれがねえと聞けねえだろう」
ミュージックプレイヤーを起動させると、中には彼女の好んでいた音楽が入っていた。
「ああ、渡しておくよ」
「ハッハッハ。まいどあり~」
手を振る友人を背に、僕は再び街道を歩き出した。
街道を抜けて更に夜の街を歩いていく。住居が立ち並ぶ中を先へ先へと進み、やがて丘にたどり着いた。
「ここに来るのも何十年ぶりかな」
丘には寸分違ず変わらない黒い墓標が均等にいくつも立てられていた。。端の墓標から反対側の端の墓標まで約三百メートル、隣接する墓標と墓標の間の距離は十センチぐらい。ということはここには三千個近い墓標があるわけだ。とどうでもいい計算をしながら一つの墓標に歩み寄る。
先ほど貰ったミュージックプレイヤーを起動させて、全曲が流れ終わったら再び初めの曲に戻るようループ設定をする。
「あいつからのプレゼントだ。お前の好きな曲だよ」
それを、何千と立ち並ぶ墓標の一つに置いた。そこに白い文字で書かれている名はかつての僕の恋人であり、妻であった。
「最近は息子とも音沙汰なしだ。やっぱりあれは僕を恨んでいるらしい」
まあ、恨みたい気持ちはわからないでもないがね。と自嘲気味に呟く。
墓標に書かれた名前の横にある文章がそのわけを物語っている。
『この者。新たなる命のためにその命を全うする』
「子供ができたみたいなの」
妻から出たその言葉は僕に喜びと苦しみを同時に与えた。いや、歩合でいうと二対八ぐらいだからどちらかといえば、苦しかったといえる。実際、それを聞いたとき僕は頭を抱えて悩んでしまった。
犯罪者になるわけにはいかなかったからだ。
人類は不死になるという脅威の進化を見せたが、宇宙への進出は滞ったままだった。人類が宇宙で生活するための技術はある地点を目処に進まなくなった。身体を改造して宇宙でも安全に生活できるようにするためのオプションを発明する計画も発案されたが一向に成果を見せないまま。
そうして死なない人間はどんどんその人口を増し、一人当たりの食料自給率も年々低くなっていった。
このままではいけないと思い、政府は子供を作ることを自粛するよう法律を発案。無許可で子供を生んだ場合は刑罰を与えられ、子供も取り上げられる。下手をすれば誰か一人が殺されてしまう。
世界はそれぐらい、人であふれてしまっていたのだ。
「大丈夫、この子は産むわ。だってあなたと私の子だもの。産んじゃいけないなんておかしいわ」
「だけどオマエ、それだと僕たちは犯罪者になって」
反対した。おそらく誰に聞いても反対されるに決まってる。結果は見えてる。政府の許可がそんな簡単に降りるわけがないと。
だが、彼女は僕が考えてもいない方法を取ろうとしていた。
「大丈夫よ。だってこの子を産んだら、私が死ねばいいもの」
そうして、妻が亡くなって三十年近くが過ぎた。彼女は政府と交渉し、自分の死を約束する代わりに子供を生むことを約束させた。一増えたなら一減らせば良い。とても単純な話だと妻は言い笑った。
息子は自分が生まれる経緯を大人になってから伝えられると僕を憎むようになり、やがて姿を消した。だれを憎めばいいかわからず、最終的に妻の安楽死を止めなかった父である僕を恨んだらしい。
止めたんだけど。聞かないんだよな、あのきかん坊……いや、きかん嬢は。
僕が今一番懸念していることは、息子が間違って政府を恨んでテロリストにならないかということだ。いい加減深く話し合わないとやばいと思ってる。
政府を憎むのは間違ってる。彼らだってそうしたくてしたかったわけではないのだから。転生の方法を確立した科学者も人類の発展のために汗水流し見つけたのだから。
そう、いわば人の欲が悲劇を生み、希望も生んだ。
恨むべきではないのだ。だれも。あるべくして起こったことに過ぎない。
したいからそうした。ただそれだけのこと。子供を生みたかったから代わりに死んだだけのこと。
それでも息子が僕を恨みたいなら恨ませてあげよう。今はこんな少年の姿をしているが、大人なのだから。
「……けど、たまには甘えてもいいかな」
僕は妻の墓標に寄り添い目を閉じた。眠りたいから寝る。これも起こるべくして起こることだ。
夢を見た。なんども同じ夢を。
木椅子に座っているのは過去の僕、そして未来の僕だ。
今の僕は過去の僕を見て、今の僕を未来の僕が見ている。
ふと、未来の僕はどんな顔をしているのだろうと思い覗き込んだが、やはり塗りつぶされて何も見えない。
僕は、この顔を幸せの色に染めたいと思った。
どうすればいいだろうと考えたとき、後ろから声をかけられた気がした。
三十年聞いていないあの声で。
「したいようにすればいい。人間はそうして生きるものなんだから」
所詮夢。
されど夢。




