「家政婦気取り」と鍵を取り上げられ、全鍵束を置いて出ました。翌朝から誰も蔵も給金箱も開けられませんわ
「家政婦気取り」とユリウスが笑い、セラフィナの腰へ手を伸ばした。
十九本の鍵が、しゃらり、と鳴る。人の腰にぶら下がった物を断りなく鳴らすとは、成人男性の作法としては落第、坊っちゃまとしては平常運転。採点するこちらの赤墨が先に尽きそうである。
「それをミナへ渡せ。鍵を持って歩くだけなら、新入りにもできる」
指さされたミナが、盆を抱えたまま固まった。銀器蔵から食堂、食堂から厨房、厨房から客間へと三往復してきた頬は赤い。まだ館内の階段すら一度は間違える娘に十九本。まあ豪快。泳げない者へ船ごと渡す種類の教育方針だ。
親族の奥方たちは、扇の陰でそろって口元をゆるめた。家のことへ口は出せない、と日頃おっしゃる方々である。口は出さないが、笑い声はよく出る。
「ユリウス。遊んでいないで席へ戻れ」
ローデリックは息子を止めたのではない。セラフィナには椅子も勧めず、卓上の献立書へ指を落とした。
「今夜の銀器だけは遅れるな。客を待たせるのは当主家の恥だ」
「当主の妻が下働きにかまけるな、と昨日おっしゃいませんでした?」
「だから使用人へ渡せと言っている。お前は妻らしく客前に座っていればいい」
なるほど。銀器を出し、磨き残しを確かめ、十二人分の席順に合わせて並べ、そのうえで何もしていない顔をして座れ、と。旦那様の頭の中では家事妖精が無給で働いているらしい。炭代も食費も高騰中だというのに、妖精の餌代は予算にない。便利な生き物である。
「家政婦気取りは衝立の奥で十分だろう」
ユリウスがもう一度、鍵束へ指をかけた。
セラフィナはその手首を扇の骨で軽く押し返した。淑女の扇は風を起こすほか、無作法な指を追い払う用途にも耐える。実家から持参した品は質がよい。
「ミナ。この長い鍵を覚えていまして?」
「銀器の蔵です。ええと、右へ二回……」
「半分挿して一度戻す。それから奥まで入れて、少し持ち上げるのです。錠は力ずくにされると意地を張りますから」
ミナは盆の縁に指を滑らせ、教えられた順番をなぞった。
「開けられるのは、鍵ではなく人ですわ」
「鍵を回すだけで、ずいぶん大げさだな」
ユリウスの鼻が鳴った。では大げさでない方にお任せしよう。人は実践から学ぶもの。教育熱心な継母で、我ながら惚れ惚れする。
セラフィナは給金箱の前へ移った。鍵を回し、硬貨を厨房、厩、洗濯、庭へ分ける。上段の帳面に載らない二重底には、病欠者の立替分と冬靴の積立分。ユリウスが先週ひらいた夜会の花代を差し引くと、冬靴が片方ずつ逃げていく計算だった。
「今夜の葡萄酒は上等なものにしろ」
ローデリックが献立書を裏返しもしないまま命じる。
はい、冬靴のもう片方も逃亡。奉公人は春まで片足で跳ねて働け、と。旦那様の財布は閉じているのに、口だけは実によく開く。
セラフィナは給金箱を閉めた。その手元を、トマスだけが見ていた。鍵の艶でも、箱の金具でもない。誰へ何枚を分け、どの紙片をどこへ挟んだか、セラフィナの指が止まった場所を見ていた。
「奥様、銀器を出しますか」
「いいえ、トマス。今夜は坊っちゃまご自身でなさるそうです」
「私はそんなことは言っていない!」
「あら。誰にでもできるのでしょう?」
親族の扇がまた揺れた。ローデリックは眉を上げ、セラフィナではなく時計を見た。
「口答えは後にしろ。宴まで二時間しかない。銀器だけ用意しておけ」
「承知いたしました」
セラフィナは微笑んだ。
何を承知したかまでは、旦那様はお尋ねにならなかった。
◇
長い鍵は銀器蔵。丸い頭は食料庫。黒ずんだ小ぶりの鍵は給金箱、平たいものは裏門、歯が片側だけのものは賓客室の戸棚。
十九本を一本ずつ指で確かめる。覚えたのは三年。外すのは、驚くほど短い。
セラフィナは自室の衣装箱から、嫁入り前のドレスを二着、夜着を三着、帳面を一冊取り出した。屋敷の帳簿は置いていく。銀の燭台も、義母の宝飾品も、夫が一度だけ贈った首飾りも置いていく。あの首飾りは石より台座が重く、つけると肩が凝った。未練より先に首が喜んでいる。
「奥様、馬車を玄関へ回しました」
トマスが扉の外から告げた。
「頼んでおりませんわ」
「はい」
「わたくし一人分ですから、小さな馬車で足ります」
「足りません」
何が、と尋ねる前に、廊下でごとりと音がした。トマスの古い革鞄だった。その後ろへ、女中たちの包み、料理人の木箱、下男たちの袋が順に置かれていく。
これは困った。非常に困った。十九本を置いて颯爽と去る未亡人めいた後妻、という頭の中の構図に、鍋と毛布と箒がぞろぞろ追加されている。颯爽どころか引っ越し隊である。
「皆さん、早合点なさらないで。わたくしは次の勤め先も決めておりません。給金の保証も、部屋もありませんのよ」
「俺らも、まだ何も頼んでません」
トマスは短く言い、荷を玄関へ運んだ。
セラフィナは給金箱の二重底、その開け方を書いた紙を差し出した。上段を抜いて左の金具を押すこと。今月分の仕分けは途中であること。旦那様の宴代を引けば不足すること。最後の一行だけ、少々筆圧が強い。紙に罪はないので破らずに済ませた。
「これを旦那様へ。残る方の給金だけでも、手順が要ります」
トマスは受け取らなかった。紙の端を二本の指で押し、セラフィナの手元へ戻した。
「奥様が回すから回っていたんです。俺らは奥様についていきます」
背後で、誰かの包みが床へ置かれた。次も。その次も。ミナは胸の前で両手を組み、ただ一度、深くうなずいた。
セラフィナは鍵ではなく、トマスの顔を見た。
紙の角が指へ食い込んでいた。持ち直そうとして、うまく折れなかった。
「……王都の宿は、高いですわよ」
「大部屋で」
「食事も粗末です」
「料理人がいます」
「馬車に全員は乗れません」
「歩きます」
逃げ道が一つずつ塞がれていく。妙な話だ。屋敷の扉はすべて開けてきたのに。
セラフィナは返事の代わりに玄関へ向かった。黒檀の卓には、青い花瓶と来客簿が置かれている。花瓶を脇へ寄せ、腰から鍵束を外した。
しゃらん。
最初の一本が木肌を打つ。次に銀器蔵。食料庫。給金箱。賓客室。裏門。十九本が重なり、卓の上で冷たい山になった。
腰が急に軽い。セラフィナの手は空いた場所へ触れ、何もないことをもう一度確かめた。
「あ」
懐から、小さな真鍮の鍵が一本滑り出しかけた。
セラフィナは指で押さえ、懐へ戻した。実家から持参した菓子壺の鍵である。中身は蜂蜜を練り込んだ堅焼き菓子が七枚。屋敷の財産ではないし、道中の非常食は非常に大事。七枚のうち何枚をトマスたちに分けるかは、馬車に乗ってから厳正に審議する。
「それでは、参りましょう」
誰も鍵束を取らなかった。
セラフィナは振り返らずに扉を出た。腰へ触れた手だけが、空振りして懐へ戻った。
◇
翌朝、ミナは銀器蔵の前で長い鍵を握っていた。
「半分まで、でしたよね」
「全部挿して回せ!」
ユリウスの声が廊下へ響く。親族の奥方たちは食堂から次々に伝言を寄越していた。自分たちの賓客だけは先に通せ、朝餐には温かいパンを、昨日招いた方々へ不手際を見せるな。家のことへ口は出せない方々の注文としては、朝からたいへん豊作である。
ミナは鍵を半分挿し、一度戻した。そこまでは覚えている。次に持ち上げる角度が足りず、錠の奥でごり、と嫌な音がした。
「動きません」
「貸せ。こんなもの——」
ユリウスは鍵を奪ったが、自分では錠へ差さず、そばの下男へ押しつけた。
鍵束さえあれば代わりは利く。
そう考えていた顔が、下男が二度目に首を振ると早くも険しくなった。
「食料庫を先に開けろ! 銀器は後だ!」
「食料庫の鍵がどれか、札がありません」
「丸い頭のものだと奥様が」
ミナが言うと、ユリウスは十九本の山から丸い鍵を三本つまみ上げた。大きさも色も似ている。見分けがつかないことに腹を立て、三本ともミナの掌へ落とす。
「全部試せ。厨房にはパンを焼かせろ。客間を開けて、湯を運べ。早くしろ、返事は要らん!」
「小麦粉も薪も食料庫です」
「では裏から買わせろ!」
「金は給金箱です」
命令は増えた。パンは増えなかった。
給金箱そのものは、黒ずんだ鍵で開いた。ローデリックはようやく得意げに鼻を鳴らし、帳面と硬貨を卓へ広げたが、数え終えた執事の顔は青い。
「合計が合いません」
「数え直せ」
「三度目です。本日支払うはずの冬靴代と、病欠分がございません」
「妻が持ち出したのではないか」
「奥様のお荷物は玄関で確認しております。屋敷の物は一点も」
ローデリックは箱の底を叩いた。硬い音がするだけで、二重底は口を閉ざしたままだ。妻が下働きにかまけるのは恥だと言った同じ口で、その下働きが金を隠したと決めつける。だが箱はセラフィナよりさらに口が堅く、主人の都合へ証言を曲げなかった。
「鍛冶屋を呼べ!」
呼ばれた鍛冶屋は、昼前に合鍵を一本仕上げた。銀器蔵の前には、客を迎えるはずだったローデリック、ユリウス、親族の奥方たち、手を止められた奉公人が並ぶ。客前では衝立の奥へ追いやっていた仕事が、今日は全員の正面に据えられていた。
「これで開くのだな」
「型は合っております。ただ、古い錠ですので加減が」
「加減などよい。回せ」
ユリウスが鍛冶屋の手から合鍵を取り、今度こそ自分で押し込んだ。奥まで入らない。力を込めると一寸進み、そこで噛んだ。
「抜け」
抜けない。
「回せ!」
回らない。
「壊せ!」
「扉ごと直すことになります。銀器を出すのは明日以降に」
食堂から、親族の奥方の声が飛んだ。
「せめて私どものお客様だけでも賓客室へお通しして! 後妻に今すぐ戻るよう言えば済むでしょう」
昨夜の笑い声より、一段高かった。ローデリックのこめかみが脈打つ。
「セラフィナを呼べ。どこへ行った」
誰も答えなかった。
厨房の竈は火が細り、食料庫の前には空の籠が積まれた。給金箱の周りでは硬貨を数え直す指だけが動き、銀器蔵では噛んだ合鍵が折れも抜けもせず、ぴたりと止まっていた。
◇
セラフィナが借りた宿の部屋には、椅子が二脚しかなかった。
奉公人たちは階下の大部屋へ入り、料理人は宿の主人から台所の一角を借りた。交渉の対価は夕食の煮込みを一鍋。さすが料理人、無職一日目から現物で家賃を削る。頼もしい。問題は、セラフィナの菓子壺から堅焼き菓子が三枚消えたことである。犯人は分かっている。皆で分けた。わたくしも許可した。つまり訴え先がない。
扉が三度、等間隔に叩かれた。
トマスが開けると、旅装の男が一人立っていた。質素な上着だが、差し出した封書には王家の印がある。
「セラフィナ様にお目通りを」
「わたくしですわ」
セラフィナは二脚のうち一つを勧めた。男は礼を述べて座り、もう一脚には手をつけない。客が一人でよかった。王家が二人で来たら、セラフィナは寝台へ腰かけて面接を受けるところだった。
「昨夜、宴を辞した客筋から、あなた様のお名前を伺いました。単刀直入に申し上げます。王家の家政総取締に就任していただきたい」
「……どちらのお屋敷の鍵を預かればよろしいのでしょう」
「鍵を預けたいのではありません。家政を、あなたに任せたいのです」
差し出された書面の上で、王家の印が赤く光っていた。
使者は、複数の王家施設について予算と人員を整え、各所の責任者を選び、働く者の暮らしまで滞らせぬ役目だと告げた。銀器を出す者ではない。銀器を出せる人間を配置し、その手が冬に割れぬよう炭代を残す者。三年間セラフィナがしてきたことへ、屋敷より大きな名前がついていた。
「同行されている奉公人についても、希望者は一人ずつ王家と雇用を結び直します。あなた様の私費で養う必要はございません」
「一人ずつ、ですの?」
「はい。誰かの付属物としてではなく」
セラフィナは書面をめくった。給金。休日。住居。病欠時の扱い。どの欄にも、旦那様の機嫌という文字はない。実に読みやすい契約書である。
「少し、お時間をいただけますか」
「もちろんです」
使者が退室すると、扉の外にいたトマスたちが中へ入った。誰も内容を尋ねない。セラフィナは書面を卓へ置き、雇用条件の頁だけを彼らへ向けた。
「王家が、皆さんを個別に雇うそうです。わたくしについてくる、ではなく、ご自分で選べますわ」
ミナが条件を上から指でなぞった。
「奥様も、選ぶんですか」
セラフィナは一頁目へ戻った。家政総取締。その四文字をもう一度読む。
「ええ。今度は、わたくしも」
署名のために借りたペンは、宿の備品らしく少々かすれた。王家へ出す最初の署名としては格好がつかない。だが二度なぞれば読める。動かない錠より、よほど扱いやすかった。
◇
ローデリックとユリウスが宿へ来たのは、その日の夕刻だった。
先に部屋へ入ったローデリックは、空いた椅子を見つけるなり腰を下ろした。ユリウスは立ったまま、セラフィナへ顎を上げる。朝から屋敷を走り回ったらしく、襟は曲がり、片方の靴に小麦粉がついていた。パンになれなかった小麦粉である。合掌。
「荷をまとめろ」
「もう、まとまっておりますわ」
「なら話が早い。今夜の宴だけ戻って片づけろ。客には体調を崩したと言ってある」
「まあ。笑われて元気になりました、と訂正なさって」
「冗談を言っている場合か!」
ユリウスの声は大きい。父親と二人で、相手がセラフィナだけなら、昨夜の宴席と同じ調子が戻るらしい。
「銀器蔵の錠が壊れた。食料庫も開かない。お前が妙な扱いを教えたせいだ」
「鍵を誰にでも渡せばよいとおっしゃったのは、坊っちゃまでしてよ」
「だからお前がミナに——」
「返事を待たず、次の命令を重ねたのも坊っちゃまですわね。今はわたくしが話しております」
ユリウスの口が開いたまま止まった。セラフィナは内心の赤墨で、ようやく丸を一つつけた。静かにできました。成人までずいぶんかかったこと。
ローデリックが椅子の肘へ指を打ちつけた。
「では宴はいい。給金箱だけ開けに来い。使用人への支払いができん」
「二重底の手順を書いた紙は、トマスへ渡そうとしました」
「受け取らなかったのなら、お前の落ち度だろう」
見事な採点である。紙を差し出した者が悪く、三年間一度も箱の中を見なかった当主は無罪。旦那様の法廷では裁判官と被告が同じ椅子に座っているらしい。
「給金の支払いは当主の責任です。わたくしの分も未払いですから、合わせてお願いいたしますわ」
「夫婦の間で給金など——」
「契約書にございます」
「妻のくせに金を取る気か」
「働かせたくせに払わない気ですの?」
ローデリックの指が止まった。
ユリウスが卓上の封書へ目をやった。王家の印を見つけ、伸ばしかけた手を引く。ちょうど扉が開き、王家の使者が入室したところだった。
「署名済みの引き抜き状を受領に参りました」
ユリウスは語尾を飲み込み、父親の背後へ一歩下がった。
ローデリックは立ち上がると、自分が座っていた椅子を使者へ引いた。
「どうぞ、お掛けください。王家の方がいらっしゃるとは存じませんで。妻の家政の才については、私も以前から高く——」
使者は椅子を見ず、セラフィナから書面を受け取った。
「セラフィナ様の就任は、明朝より正式に発効いたします」
「家政総取締……?」
ローデリックの視線が肩書きの行に落ちた。セラフィナを衝立の奥へ置いていた顔が、今度は衝立でも欲しそうに引きつる。
宿の者が、もう一通の束を運んできた。親族の奥方たちからの手紙だった。幼い頃から聡明さを見込んでいた、王家へふさわしいと思っていた、ついては昨夜の賓客へ一言取りなしてほしい。セラフィナの幼少期など知らない方の筆跡まである。扇の陰で育った目は、過去までよく見通すらしい。
「セラフィナ」
ローデリックの声から命令の角が取れた。
「君の働きは分かっていた。ただ、家の中では礼を言う機会がなかっただけだ。戻ってくれないか」
「最初は宴だけ、次は給金箱だけでしたのに?」
「いや、その……妻としてだ。君がいなければ屋敷が立ちゆかない」
「ですから戻れ、と」
「戻っていただきたい」
敬語が混じった。なかなかの早業である。王家の印一つで「お前」が「君」になり、命令がお願いへ着替えた。仕立屋も驚く速さだ。
ユリウスも父の横から顔を出した。
「僕も、言い方が悪かったとは思っている。だから、あの鍵の扱いをもう一度ミナに教えてくれれば——」
謝罪は鍵穴の手前で止まった。やはり欲しいのは人ではなく、蔵の中身らしい。
セラフィナは二人の顔を順に見た。昨夜まで、鍵束を持つ姿は家格にふさわしくないと笑っていた。今日、その鍵束を外した手へ、屋敷一つをぶら下げ直そうとしている。
重い。十九本より、ずっと。
「開けられるのは、鍵ではなく人ですわ」
ローデリックが何か言いかけた。
「けれど、わたくしがこれから開ける場所を、旦那様方がお決めになることはありません」
「君は私の妻だ」
「その妻を、客前では衝立の奥へ追いやり、宴が遅れれば全員の前へ呼び出しましたわね。ご自慢の当主らしさで、今後もどうぞお回しくださいませ」
「せめて二重底の場所だけでも」
「未払い給金をそろえてから、残った方々とご相談を。わたくしの新しい給金も地位も、その箱へ入れる予定はございません」
ローデリックの顔から、最後の取り繕いが落ちた。ユリウスは王家の使者を見て、セラフィナを見て、それ以上は声を出さなかった。
よし。
高笑いなど淑女には似合わないので、胸の内だけで小さく拳を握る。三年分の溜飲は、蜂蜜菓子より甘かった。
◇
翌朝、王家の施設の玄関には、トマスを先頭に奉公人たちが並んだ。
一人ずつ契約書を受け取り、一人ずつ署名する。最後のミナがペンを置くと、王家の係官はセラフィナへ向き直った。
「総取締、こちらを」
奥様ではなかった。
差し出されたのは、真新しい鍵束だった。磨かれた金具に大小の鍵が並び、持ち上げると明るい音がする。十九本より多い。ずしりと腰が沈んだ。
セラフィナは心の中で、その束を《新入り大食らい》と名づけた。初対面から遠慮なく腰へ食いつくとは、なかなか見込みがある。
「まずは食料庫をご確認いただけますか」
「ええ。トマス、皆さんも参りましょう」
トマスが隣へ並び、奉公人たちが続いた。ミナは新しい廊下の角で立ち止まり、掲示された順路を指でなぞっている。
セラフィナは歩きながら懐へ手を入れた。小さな真鍮の鍵が、指先へ触れる。
さて。
こちらのお屋敷は、菓子をどこへ隠す流儀かしら。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。
「悪くなかったな」と思われたら、★や感想を残していってもらえると、とても励みになります。
作者ページには他の短編も並んでいます。よろしければどうぞ。




