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「真実の愛」をつらぬく男の話

作者: あかり
掲載日:2026/04/29

「君との婚約を白紙にする!」


 今日は春の花祭り。

 我が国の春祭りは豊穣を春の神に祈る祭りだ。


 まあ、平民達にとってはただの祭りだが、貴族にとっては大切な祭事だ。王都の大聖堂には、国中から貴族たちが集まり、春の神に祈りを捧げる。春の神に祈りを捧げることは、貴族の義務である。


 そんな大切な祭事の最中に、王太子殿下は「婚約白紙」を声高らかに宣言した。

 もう、婚約者の公爵令嬢と、令嬢のお父様である宰相が呆れた表情をしているよ。


 ちなみに、私は王宮貴族である子爵家の令嬢、モブリーナである。

 子爵令嬢である私は本来、大聖堂の後方にいるのだが、今回は父が祭事実行委員会の委員と言うこともあり、我が家は王族や公爵家と言った高位の方々の近くにいる。


「婚約白紙の理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 公爵令嬢様は口元を扇で隠しながらも呆れた声で王太子に聞いた。


「それは、とても大切にしたい存在ができたからだ。……ココをこちらへ」


 王太子殿下に促されて隣に並んだのは、なんと私のお友だちの男爵令嬢のコニー。学園で仲良くなった彼女の家は、私の家とは異なり牧羊や牧畜が盛んな領地を持っている。

 お守り代わりなのか、彼女は可愛らしい犬のぬいぐるみを抱いている。小柄で幼い顔立ちのため、16歳でもぬいぐるみを抱きしめる姿に違和感がない。




 まさかの彼女の登場に、私は驚いた。

 一年前から私に恋愛相談していたよね?

実務農学の授業で仲良くなったと言っていたから、 最初は同じ下級貴族だと最初思っていたけど、そのあと他人に知られてはいけない秘密の恋と教えて貰ったから、聴講生の高位貴族を好きになったんだと思ったよ。


 まあ、王太子もある意味高位すぎる高位貴族と言えるけどさ!



『一緒に牧草畑を耕した』


『一緒に羊の餌やりをした』


『一緒に牧羊犬の散歩に行った』


 とか言っていたよね?



 何を王太子にやらせている。


 私達が学んでいる実務農学は、農業や畜産が盛んな領地を持っている貴族の子息令嬢、もしくは農政官を目指す者向けの授業だ。実際に貴族が畑を耕す機会なんてそうそうない(一部の極貧貴族は自分で農作業やるらしいけど)。


 この授業の目的は現場を知ることと、そして他国の最新農業畜産技術を学ぶこと。領地をさらに盛り上げ発展させて行こうとする者、官僚として国に貢献しようとする者、皆がそれぞれの目標のために勉学に励んでいるなか、あの二人は愛を育んでいたのか。


「息子よ!何を言っているのだ!」


 慌てた様子で、国王陛下は王太子のもとに駆け寄った。その顔は真っ赤に染まっている。その後ろからは呆れた表情を王妃殿下と、顔を真っ青にした側妃様がやってきた。


 そりゃ、ニ代続けて「真実の愛に目覚めた」と言われたら淑女の中の淑女と言われている王妃殿下も思わず表情に出てしまうし、側妃様も「国母になる」という野心が叶わなくなるから真っ青になるよね。


 この国には密かに語られていることがある。 それは、私たちの親世代が学生時代に、当時の王太子殿下が卒業式の最中に婚約者だった侯爵令嬢に向かい婚約破棄を宣言した、と。


 婚約破棄は成功した。

 婚約破棄は失敗した。

 王太子は婚約者のサンドバックになった。

 王太子は婚約者の尻に敷かれて喜んでいる。

 駆け落ち同然で、市井に降りて生活していた。

『真実の愛』を証明すると宣言を行い、勝手に戦場に行き自軍を引っ掻き回した。

 鉱山での労働を条件に結婚を認めてもらった。

 当時の宰相が顔を青くさせながら、王太子を探すために国中を走り回った。

 実は、本物の王太子はすでに死んでいる。今の国王は偽物だ。


 など、色んな噂が飛び交っている。

 何か真実なのか知りたいと思い当時の話を両親に聞くと、両親は渋い表情になったり、しかめ面をしたり、眉間にしわを寄せたりして、とても詳しく話を聞ける雰囲気ではない。

両親がだめなら、学園の先生。それでもだめならおじい様……と色々な人に聞くが誰も明確には答えてくれない。婚約破棄の真相について、私だけでなく私と同年代の者は誰も知らない。


 ただ、『すったもんだのすえ、当時侯爵令嬢だった現王妃殿下を王妃に迎え、愛した子爵令嬢を側妃に迎えることに落ち着いた』と、大人たちは口を揃えて言う。


 愛のない結婚だったせいか、国王陛下と王妃殿下の間に子供はいない。そのため、国王陛下と側妃様との間に生まれた子供が王太子殿下となった。






「父上……いえ、国王陛下。私は真実の愛に気づきました。私は心の底からココを愛しています!」


 そう言って、王太子はコニーが抱いている犬のぬいぐるみを、コニーから受け取った。


「ワン!」


 そして、その犬のぬいぐるみは尻尾を嬉しそうに振りながら吠えた。


 ええ?本物の犬?


「私とココの出会いは、実務農業の授業で、コニー嬢の家が運営している牧場を訪れたときだ」


 突然始まった、王太子による一人と一匹の始まりの物語。


「丁度、私が訪れたとき一匹の牧羊犬の出産が始まった。しかし、その場にいたのは、私とコニー嬢の幼い妹のみ。コニー嬢の妹に請われ取り上げた子犬の一匹がココだ。」


 そういえば、一年前にコニーの実家で子犬が生まれたって言っていた。


「難産だったため、親犬は残念ながら亡くなってしまった。ココは身体が弱く、脚に障害を持って生まれてきた。ココは他の兄弟犬のように牧羊犬として生きてはいけません。そう、ココを取り上げた者として、私はココを幸せにする義務があります。

 しかし、私はこの国の王太子。王太子としての勉強や義務を果たしながら、障害を持つココに寄り添い面倒をみる甲斐性など私にはありません。

陛下、今まで王太子とし育てていただきありがとうございます。しかし、私はどうしてもココを幸せにしてやりたいのです。どうか、私を平民にしてください」


「クゥ~ン」


 国王陛下に平民になる許しを得るために頭を下げている王太子の顔を、犬は労わるように優しく舐めた。




「息子よ、そんな勝手は許さぬ」


 国王陛下は顔を真っ赤にしながら、王太子に怒った。

 こんな公衆の前で、王命により結ばれた婚約を白紙にされたり、勝手に平民になりたいと言ったりしたら、穏やかで怒ることが滅多に無い、国王陛下も怒るよね。


 自分が学生時代にやらかしたことは棚に上げて。



「なぜお前が先に平民になる!お前が平民になる前に、私が先に平民になる予定だ!順番を守らんか!」


 え?


 怒っている理由が、王太子が平民になることではなく、自分より先に平民になろうとしているから?


 それより、国王陛下も平民になりたいの?



「もう、国王嫌だ。何で私が国王をやらなきゃならない」


ベンベン


 国王陛下は、突然駄々をこね始めた。

 そして、側妃様は東国の琵琶と言う楽器を演奏しだした。


「当時王太子だった兄は『真実の愛を見つけた~』と、とち狂った事を言い、前国王である父に男の象徴を切り落とされて平民に落とされ鉱山行きになり、真実の相手はお家お取り潰しになり本人は高位貴族向けのマニアックな娼館行き。弟はせっかく夢にまで見た王太子の座と初恋の人と婚約できたのに、勝手に戦場に行き戦死して……」


ベベン


「何で、前国王が遊びで一夜を共にした男爵令嬢を母に持つ私が、国王にならなければならない。」


ベベンベ


「弟が王太子になったと同時に、学園を退学して王籍から抜けて平民になったのに。一緒に学園を退学した妻と慎ましく暮らしていたのに。突然、弟が亡くなったから王太子になれと言われて」


ベベンベベン


「すでに、王籍を抜けて一年経っているにも関わらず、王籍を抜けたことを無かったことにされ、妻との結婚も無かったことにされ……、王命で侯爵令嬢と結婚することになり……」


ベン


「兄と弟の婚約者だった女性と子作りできるか?王家に振り回された彼女と彼女のご家族気持ちを考えなかったのか?それに、私の妻は妊娠していたのだぞ?

 もう、彼女に申し訳なくって『私を病気と言うことして、王都から遠くはなれた土地に追いやって、国の実権を握って欲しい。私を妻と暮らしていた家に帰してくれ』といったのだが、彼女の父親と当時の宰相に猛反対されてしまった」


 ベンベベン


「何度も妻のもとに帰ろうと王宮を抜けだした。その度に顔を青くした宰相が鬼の形相で追いかけきて、しまいには妻を拉致して離宮に監禁したんだぞ!!あいつは人間の皮を被った悪魔だ!!妊婦を無理やり連れてくるとは悪魔の所業としか思えない!!」


ベベンッベ、ベベンベンベベ!!


「しかし、当時国王だった父が病に倒れてしまい、『このまま国王が亡くなってしまうと国が不安定になり、他国に攻め込まれてしまう!!』と宰相たちが泣きながら言うため、三年間だけ国王になることを渋々承諾したのだが、こっちは頼んでないのに妻を側妃されてしまい。

 三年経ったその日に退位することを伝えると、国中の貴族達が泣きながら引き留めにかかり、息子も王太子にするつもりはなかったのに、勝手に王太子教育が始まってしまった」


ベベンベンベ


「何度も退位したいと皆に伝えているのに、何度も引き留められ、椅子に縛り付けられ、軟禁され……もういい加減開放してくれ!!

 息子よ、お前が平民になることに関しては反対しない。逆に大賛成だ。でも私が先に平民になるのだ!!愛する妻と幸せに暮らすのだ!」


ベンベン


「父上!!父上の気持ちも分かります。しかし、ココの寿命は遥かに短いのです!!ココには幸せな生活を送ってほしいのです!」


「ワンワン!」


「私は十年以上がまんしてきたのだ!私に譲れ!妻と平和で穏やかな生活をさせてくれ!!妻と手つなぎデートをさせてくれ!」


ベベンベンベン、ベベンベ


「犬の寿命の平均は十年程度です!父上なら分かるでしょう!十年という時間の重さが!」


「ワン!ワ、ワン!」




親子喧嘩と琵琶の音色、犬の鳴き声が響くなか、父が祭事実行委員会の委員と務めた春の花祭りは誰も豊穣を春の神に祈ることなく幕を閉じた。










 すったもんだのすえ(国王の心からの嘆きと大暴れにより)、国王陛下は退位されて側妃と一緒にのんびり田舎ライフを楽しんでいる。

 前国王陛下の代わりに王妃殿下(王家の血筋)が女王として即位された。

 王太子の婚約者だった公爵令嬢は、平民となった元王太子共に隣国に留学することになった。なんでもココの愛らしさに心を撃ち抜かれてしまい、ココを救うため元王太子と共に獣医師になることを決意したそうだ。虎視眈々とココの一番大好きな人の座を狙っているらしい。


 ちなみにコニーの愛する人だが、コニーの家が運営している牧場で働いている五歳年上の平民の男性だそうだ。

 そのコニーから聞いた話なのだが、元王太子から度々廃嫡になる方法を相談されたらしく、王太子が“ざまぁ”される小説を貸していたみたいだ。その中から大人気ロマンス小説「完璧淑女は世界を救う」、通称「カンスク」から婚約破棄騒動を採用したらしい。でも婚約破棄だと公爵令嬢に瑕疵が付いてしまうため、婚約白紙騒動に変更したとのことだ。


 そうそう、両親が婚約破棄騒動について口をつぐんだ理由だが、前国王陛下に後ろめたさを感じていたみたいだ。

 最初は、本当に三年間だけやってもらうはずだったのだが、政治的センスが良くずば抜けて外交が得意だったらしく、今までにないくらいに国を発展させてしまったそうだ。そのため、国の繁栄と発展のために手放せなくなってしまい、イヤイヤ国王をやっている前国王陛下を縛り付けてしまった。そのことがとても後ろめたかったそうだ。


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― 新着の感想 ―
へ、平和~と思ったけど国王陛下一家にとっては全然平和じゃねえわ。王妃様もどんどん夫が変わっていって、(そもそも欲しかったかは分からないが)ちゃんとした伴侶も血の繋がった我が子も得られなかったんだから可…
面白いパターンでした。というか令嬢じゃなくてワンチャンの方なのですね。国王陛下もなまじ優秀だったから辞められないとか悲しい。そして何気にノリが良い側妃様よ。
政治的センスが良くずば抜けて外交が得意 そらこんな所見せられたら3年で退位はできませんよねえ(笑) 婚約破棄物で他の女性のパターンはあったけど犬のパターンは見たことなかった。面白かったです。
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