第6話 いい表情
「………………」
「………………」
長い沈黙を破ったのは、殿下だった。
「はああ、もう。僕はソフィアのお願いには弱いんだ。それを抜きにしても、ソフィアの理性的な判断は正しいね」
「……!」
うん、やっぱり頭の切れるお方だ。
殿下は、
「気づかないではくれなかったか……ソフィアは優秀だから当然といえば当然だし恐ろしく立派で誇らしくもあるけれど……複雑な親心……」
とぶつぶつつぶやいている。
親ではないですが?
「これからは、共闘することも増えると思う。だからじきに顔合わせをする予定ではあったんだ」
ふう、と息をついて、殿下は言葉を落とす。
「ただ僕が会わせたくなかったんだ」
そんなふうに、困った顔で微笑まれても、こちらが困ってしまう。
「……わがまま言わないでくださいませ」
「……わかったよ」
観念したように、殿下は頷いた。
「予定を聞いておく」
「ありがとうございます」
私は素直に感謝を伝えようと、すっと頭を下げた。
「ただし、彼のことは本当に機密なんだ。絶対に他言無用で頼むよ」
……一国の王子がここまで言うなんて、よほど重要なのだろう。
「わかりました」
ここは素直に従うべきだ。
私は素直に頷いた。
殿下は私が頷いたのを確認して、頷き返す。
「それから、これは僕がソフィアを呼び出して、王宮に来てもらった理由なのだけれど」
来た。
ごくりとつばを飲む。
「まずソフィアの意見が聞きたい。実際に最前線を見て、どうだった?」
これは……。
純粋に魔法使いとしての私の意見を聞きたい、ということでもあるし、私のことを試している、というか私に考えさせて、正しい思考に導こうとしている、ということでもあるだろう。
殿下の意図を悟った私は、意識して居住まいと言葉を正す。
「……剣士の皆様は、強者ぞろいでした。魔法使いも、王宮所属の魔法使いではないにせよ、実力者ばかりでした。あの周辺は、さほど強い魔物が出る地域ではありません。群れをなしたところで、あれほどの実力者たちが揃っていれば、重傷の怪我人がでるほどの被害は出ないはずです。何か異常事態が発生したとしか思えません」
「……ふむ」
殿下はすらりとした脚を組み直し、膝の上に肘を持ってきてあごに手を当て、考える姿勢を取った。
「その異常事態だが……、魔物が活発化している」
「……!」
「強くなっている、とでも言おうか。原因は分からない。こんなこと、王城の機密資料にも書かれていない」
王城の機密資料、王城の図書館にある数多くの書物には、国の創成から現在までの出来事が記録された、いわゆる歴史書が収納されている。それはつまり、過去にそんな事例はただの一度もなかった、ということだ。
「前代未聞の、異常事態……」
「その通り」
よくできました、と言わんばかりに、殿下の手がぽんと頭に乗せられる。
「わ」
「ソフィアは優秀だな」
そのままくしゃくしゃっと頭をなでられた。
「……」
いつまでも子ども扱いされているようで、少し不満ではあるが、公の場ではこんな風に気軽に接することもできないし、まあ良いかなとも思う。
「殿下」
「ん?」
ついつい甘えたくなってしまうけれど、和んでいてはいけないと見上げる位置にいる殿下を呼べば、こちらに優しいまなざしが向けられる。
「私は何をすれば?」
「……いい表情をするようになったね」
殿下はふわりと微笑むと、向かいのソファに座り直し、今度は真剣なまなざしを向ける。
「しばらくは、魔物討伐に同行してもらいたい」
同行? 今までは殿下の指示があるときのみ前線に出ていたが、これからは全ての魔物討伐に参加してほしいということか。
「いつものように町娘に擬態してもらう形にはなるが……。もちろん、護衛はつける」
「必要ありません」
殿下のお言葉に、私は食い気味にお断りの意志を示した。
「落ち着いて。ソフィアが弱いって言っているんじゃなくて、護衛をつけるという名目で、ある男を同行させたいんだ」
ある男……そういうことか。
護衛などと言われて、つい急いでお断りしてしまった。
「……わかりました。お願いします」
殿下は素直に従った私を見て、満足げに微笑んだ。
「うん。だから、なるべく早く顔合わせができるようにはする」
「ありがとうございます」
私は素直に頭を下げた。
「うん。僕も王子としての責務は果たすよ」
頭を上げて見た殿下のそれは、一国の未来を担う王子の顔だった。
「殿下、かっこいい」
「え」
いつもそういう顔をしていたらいいのに。いや、令嬢が倒れるから逆に余計な面倒ごとが増えてしまうか……。
「それでは、私はこれで失礼いたします」
そんなことを考えながらソファから立ち上がり、アレクシアとともに礼をする。
殿下はなぜか固まってしまっていて、返事が返ってこない。
まあいいか。きちんと挨拶はしたもの。
私は来るときに使った転移陣を、再び発動させる。
「え、ちょ、ま、そ、ソフィア、今のもういっかい――」
魔方陣で転移し始めた私の耳に、殿下の慌てた声が少しだけ聞こえた気がした。




