第21話 衝突
ソフィア様がお帰りになった〈客間〉に、長い沈黙が落ちる。
アルは向かいのソファに座ったまま、せわしなく腕を組んだり足を組んだり、そわそわとしている。
アルは話があると言っていたが、何だろうか。
正直ウルフの討伐で疲れているので、できることなら早く帰りたい。
永遠にも感じられる沈黙を先に破ったのは、アルだった。
「ルー、単刀直入に聞くけれど」
アルの真剣な表情に、俺は動けなくなる。
「ルイはソフィアのことが好きなのかい?」
「……っ」
予想もしなかった言葉に、俺は目を見開く。
とっさに、何も言葉が出てこなかった。
否定しなければと思うのに、顔を背けることしかできない。
アルは、ソフィア様のことが本当に好きだから、こんなに緊張した面持ちでこんなことを聞いてきたんだろうな。
「……はは、何でそんなに悲しそうな顔をするのさ」
ハッと顔を上げると、つらそうな、今にも泣き出しそうな顔をしたアルと目が合う。
思わず目から水がこぼれそうになるのを、ぐっとこらえる。
「泣きたいのはこっちだよ」
アルはそう吐き捨てるように言って、ソファに背を預ける。
「でも、そっか。ルーが、ね」
天を仰いだアルは、確かめるようにつぶやく。
「ルーかあ……」
アルは、嬉しそうな、寂しそうな笑顔で、遠くを見つめている。
俺はやっと動くようになった口から、言葉を絞り出す。
「アルは……、アルは、ソフィア様のことが、好きなんだろう?」
聞きたくないけれど、聞かなければいけないと思った。
自分の気持ちを知られてしまった以上、アルの気持ちを無視するわけにはいかない。
「ああ、もちろん、大好きだとも」
即答されたその言葉が、氷の刃のように冷たく胸に突き刺さった。
「好き」ではなく、「大好き」、か……。
アルの想いの大きさを感じて、俺は決意を固める。
胸がきしむ音がしたが、気づかないフリをした。
「けれどね、――」
「良いんだ、アル」
俺はわざと、アルの言葉を遮る。
きっとアルは、立場は気にしないと言ってくれるつもりだろう。
でも、一国の王子の恋愛が、結婚が、どれほど大事なものかは分かっている。
立場を抜きにしても、俺は友人の恋を応援したいと思った。
「俺は、アルと幼なじみのように育ってきて、身分は違えど、親友だと思っている。……が、身の程は弁えている」
「は」
「……だから、邪魔は……しない……ように、する」
何とか絞り出した言葉は、途切れ途切れになってしまって、自分の決意の弱さに呆れる。
言葉を紡ぐごとに、胸の痛みは強くなる一方で、この想いの大きさを思い知らされる。
ふ……人のことを言えないな。
「ちょっと待ってよ」
呆然としていたアルは、我に返ったように身を乗り出す。
アルの声が震えていて、顔をあげれば、アルはこちらを睨みつけていた。
「ルイ、俺のために身を引くとか、有り得ないんだけど」
「え?」
予想もしなかった言葉に、俺は驚きの声を上げた。
「確かに俺は王子で、ルイは騎士。王子の結婚は大事とか、そういう理屈はもちろん分かってる。でも、ルイは親友だろ? 何でそこで引くんだよ」
「それは……」
「俺が王子だからか? 知るか、そんなこと。俺が王子じゃなかったら諦めてなかったって?」
「……」
アルが、王子じゃなかったら……?
俺はどうしていただろうか。
そんなのは考えるまでもない。
彼女が自分に向けてくれたやわらかな笑顔や、きらきらとした瞳が思い出されて、胸が苦しくなる。
でも、親友だからこそ、応援したい気持ちも嘘じゃない。
俺が何も言い返せないでいると、アルはさらに言葉を重ねる。
「手を引いてやるなんて言われても嬉しくない」
「……アル」
「ちっとも」
アルの言葉の力強さに、アルが本気で怒っていることが伝わってくる。
でも、アルは……。
「俺に、ソフィアのことが好きだからルイは手を引け、って言われて引けるのかよ」
俺の心を見透かしたように、アルは畳みかけてくる。
「ルイはソフィアと結婚したくないのか? 俺がソフィアと結婚して良いのかよ」
けっ、こん……?
できることなら、彼女が一生隣にいてくれたらと、身勝手にも願ってしまう。
同時に、アルがソフィア様と並んで立つ姿を想像して、胸がキリキリと音を立てていく。
「それで諦められるのか?」
あきらめる……?
その言葉を頭の中で復唱した瞬間、腹の底から嫌だという黒々とした、燃えたぎるような気持ちが押し寄せてくる。
その醜さに、思わず顔を歪めてしまう。
「……はっ、そんな顔しといて、何が『邪魔はしない』だよ」
アルはそんな俺を鼻で笑った。
「ルイ、もう一度聞く。諦められるのか?」
アルが力強い瞳で、こちらをじっと見据えているのを、肌で感じる。
俺なりに、考えたのに。
そんな風に言われたら、もう。
「……もう、諦められなくなるぞ」
怒りと悲しみと、彼女への情熱とがぐちゃぐちゃになって、アルを睨みあげる。
心から出た、最後の砦だ。
「……」
アルは俺の視線を真正面から受け止めて、睨み返してくる。
「……ふっ」
力が抜けたように微笑んだアルは、嬉しそうに、挑発するように口角を上げる。
「いいよ、ルイ。思う存分ぶつかってきなよ」
挑発するような態度とは裏腹に、穏やかな声だった。
最後の砦は、アルの優しい言葉で、いとも簡単に崩れ落ちた。
もう、この気持ちを抑えることなんて、到底できそうにない。
「……ありがとう、アルフレッド」
心からの感謝を込めて、親友の名を呼んだ。
「うん、我が親友、ルイ」
アルは整った顔を崩して、はにかむように笑った。
アルの笑顔に、俺も笑みがこぼれた。
ソフィア様と出会ってからは悶々としていた気持ちが、今は不思議と晴れ渡る青空のように澄み切っていた。
他ならぬアルがいいと言ってくれたんだ。もう遠慮はしない。
「それと、ね」
アルのライバルになる覚悟を決め、決意を新たにする俺に、アルは少し申し訳なさそうに声をかける。
「ちゃんと言っておくと、僕はソフィアを愛しているけれど、恋愛感情ではないよ」
「……は」
俺の顔から、表情が抜け落ちる。
「……ごめん。言うタイミングがなくて」
アルはますます申し訳なさそうに眉を下げる。
「……………………」
言われた言葉の意味が飲み込めない俺をよそに、アルは目を伏せる。
「ソフィアは僕の大事な……幼なじみのひとりなんだ。ルーも大事な幼なじみだけれど、いくら大事な幼なじみでも、ソフィアが僕よりもルーを選ぶとしたらって考えると……ちょっと、まだ、受け入れ難くて……」
アルは視線をさまよわせ、気まずそうにぽつりぽつりと言葉を落とす。
「ごめん」
アルは勢いよく、真っ直ぐに頭を下げた。
本当に……?
ということは、今までアルに抱いていた気持ちは……。
アルのソフィア様に対する気持ちを勘違いしていたと分かって、今までの複雑な気持ちは何だったのだろうと力が抜けた。
「いや……こちらこそ、すまない」
アルを邪魔者のように思ってしまったこともある。
俺のほうこそ謝るべきだと思った。
「良いんだよ、ルイ……」
俺の考えていることが分かっているかのように、アルは優しく微笑んだ。
「だから……。だからね」
アルはそこで言葉を切って、俺の目を真っ直ぐに見つめる。
「俺は本気で応援してるから、ルイ」
その視線から、アルの本気の気持ちが伝わってきて、笑みがこぼれる。
「ああ、ありがとう、アルフレッド」
俺は、俺のために本気で怒ってくれた優しい友人に、心の底から感謝した。




