オー・ソレ・ミオ
ラジオのノイズ混じりのスピーカーから「オー・ソレ・ミオ」が流れてくると、私の指先は今も、熱を帯びたテラスの感触を思い出します。 あの夏、太陽の光はあまりにも白く、鋭いものでした。潮風が揺らすカーテンの影が、大理石の床の上でメトロノームのように揺れていたあの午後。
それはもう何十年も昔、私がアマルフィの小さなホテルで給仕として働いていた頃のことです。
あの年の七月、彼女はこの町に現れました。アメリカはテキサス州から来た奥様で、旦那様とご一緒でした。
数週間のご滞在と伺っておりましたが、旦那様はいつもフロントで、見えない相手と数字のやり取りをされていました。その傍らで、奥様はただ透明な壁に囲まれているかのように、じっとご自身の靴先を見つめておられた。
私が紅茶を運ぶと、彼女は顔を上げず、ただ指先だけで、ほんの数ミリ、カップを受け入れるスペースを空けられました。それがあまりにも控えめで、あまりにも物言わぬお姿でしたので、差し出がましいと分かっていながらも、私はお二人の間に流れる空気を、つい測ろうとしてしまったのです。
午後になると、奥様はよくテラスに出て、紅茶を飲みながらティレニア海の彼方を眺めておられました。お気に入りは、英国から取り寄せたアッサムティー。
私は給仕として、ただ注文を受け、紅茶を運び、黙ってその時間を見守るだけの存在でした。
それでも私は、不相応にも、風に揺れるスカーフや、グラスの縁に残った口紅の跡から、どうしても目を離すことができなかったのです。
ある日の午後、奥様はテラスに置かれたラジオを指差し、私に尋ねました。
「この歌、なんて言うのかしら?」
それが「オー・ソレ・ミオ」でした。
「オー・ソレ・ミオでございます、奥様。アマルフィでは、夏の午後になると、どこからともなく流れてまいります」
私は内心の動揺を隠し、できるだけ落ち着いた声で答えました。
すると奥様は小さく頷き、「あいにくイタリア語は得意ではなくて。よろしければ、歌の意味を教えてくださらない?」とおっしゃったのです。
正しくはナポリ語である、などということは、その場ではどうでもよいことでした。
私は拙い英語で、歌詞の意味を一行ずつ、ゆっくりとお伝えしました。
――――
晴れた日は、なんと素晴らしいことだろう
嵐のあとに訪れる、あの静かな空気
その穏やかさは、まるで祝宴のよう
太陽が輝く日は、実に素晴らしい
けれど、もうひとつ太陽がある
それは、もっと美しい太陽
それは、私の太陽
あなたのこと
――――
奥様は黙って聞き終えると、口元に手を添え、ふっと微笑まれました。
いつも旦那様の横で目を伏せ、海を眺めているだけだった彼女の、あの表情を、私はその時初めて目にしたのです。
「太陽が誰かに独り占めされたら、困ってしまいますわね」
不意にそうおっしゃったものですから、私は意味が正しく伝わらなかったのではないかと思いました。慌てて言い直そうとしたその時、奥様は笑いをこらえるように手を上げ、私の言葉を遮りました。
「大丈夫。ちゃんと伝わっています。とても素敵な歌詞ですね。ありがとう」
そう言って紅茶を一口含むと、奥様は再び海へと視線を戻し、いつもの静かな表情に戻られました。
その時の私は、自分の顔が赤くなっていないか、そればかりを気にしていたのです。
それからしばらくして、旦那様はますます忙しくなり、朝早く出かける日が続きました。奥様はいつもお一人で朝食を取られていました。
手をつけられぬままのクロワッサンを前に、ある日、私は思い切って声をかけました。
「お加減が優れませんか」
奥様は少し首を傾げて答えました。
「いいえ、大丈夫。ありがとう。ただ……この町の光が、とても好きなの」
「アメリカとは、違いますか」
「ええ。ここの光は、なんだか……切ないの」
太陽の光を、そのように表現されるとは思ってもいませんでした。私は言葉を探しているうちに、返事に詰まってしまいました。
その瞬間、独特の駆動音が響きました。気がつくと奥様の手のなかにあるポラロイドの口から、白い舌のような印画紙が吐き出されました。彼女はそれを振ることもせず、じっと、色が浮かび上がる前の「空白」を見つめていました。
「失礼。いつも冷静なあなたが珍しく狼狽えていたものですから」
吐き出された白い印画紙は、像を結ぶ前に、彼女の手の中へと収まりました。
「良い旅の思い出になったわ。本当に」
その声は、自分自身に言い聞かせているようにも、あるいは、二度と戻らない場所へのお別れを告げているようにも聞こえました。
だから私は、この時間の終わりが近いことを、その時はっきりと悟ったのでした。
数日後、彼女たちは町を去りました。
チェックアウトの際、奥様は「グラッツェ」と一言添えて、一枚の写真を私に手渡しました。そこに写っていたのは、ピントのぼやけた私の姿と、その背後に写る夕暮れの海、そしてどこまでも続く水平線だけでした。
私はその意味も分からず、ただ頭を下げ、アメリカへと帰る彼女たちの後ろ姿を見送る事しか出来ませんでした。
それから数十年が経ちました。
オーナーは亡くなり、ホテルは改修され、今では大きな企業が運営しております。私も年老いて、仕事を辞め、この町で静かに暮らしています。
それでも、午後の風があの旋律を運んでくると、私は足を止め、耳を澄ましてしまうのです。
音色とともに、彼女の面影が胸に蘇る。
今なら分かります。色褪せた写真に写る、太陽に照らされた水平線の中に、私は確かに、彼女の孤高の心を見るのです。
誰の太陽にもならなかった、あなたの。
「オー・ソレ・ミオ」
一人つぶやいた老人の言葉は、まばゆい太陽の下、遠い遠い水平線の向こうへと、静かに溶けていきました。
おわり




